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帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第2章 次の景色

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第19話 Snap Back!


翌朝、神代家の朝は騒がしかった。


「ふぇぇぇぇぇん!!」

華凛の子供の泣き声が家中へ響いた。


「起きたぁぁぁぁ!!」

その声に誰よりも早く反応したのは悠真だった。


「悠にぃ、朝5時」

華凛が眠そうな目を擦りながら呟く。

「知るか!」

骨折中とは思えない勢いで立ち上がった悠真は、そのままリビングへ消えていった。

「元気だなぁ……」

蒼志が苦笑しながらベッドの中で欠伸をしていた。


神代家の日常、いつも通りの朝。

そのはずだった。


リビングへ降りると、既に麗華が朝食の準備をしていた。

「おはよう、母さん」

「おはよう、蒼志」

麗華は笑顔で返す。

そして少しだけ視線をソファに座り酸素吸入を静かにしている蒼真へ動かした。


「蒼真、眠れた?」

「……まぁな」

いつも通りの短い返事だった。

けれど麗華は少しだけ眉を寄せた。


いつもより声が低い。

いつもより目の下が暗い。


蒼真はコーヒーを飲みながら窓の外を見つめていた。

『お前は誰だ』

ふいに耳元で声がして蒼真は無意識に目を閉じる。


「父さん?」

悠真の声で我に返った。

「ん?」

「孫、笑ったぞ」

嬉しそうに報告する悠真。

その隣の華凛の腕の中では子供が小さく笑っていた。

「そうか」

蒼真は少しだけ笑った。


その笑顔を見て麗華は何も言わなかった。

ただ静かにコーヒーカップへおかわりを注ぐ。


『疲れただろ』

また声が聞こえた。

蒼真は小さく息を吐いて聞こえていないふりをした。


そのまま朝食を終え、支度を整える。

今日は久しぶりの本部出勤だった。

蓮が迎えに来ない連絡が来たので蒼志と共に向かう事にした。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

家族の声を背中で聞きながら蒼真は玄関を出る。


誰も気付かなかった。

上手くやり過ごした。


いや、気付いていた人が居ることに蒼真は気が付かなかった。


玄関が閉まる音を聞きながら、麗華は小さく呟いた。

「……また眠れてない」

麗華の声は誰にも届かなかった。





黎明本部庁舎内に入ると、久しぶりに戻ってきた総統に職員達が頭を下げる。


「おはようございます」

「おはようございます、総統」

蒼真は軽く手を上げて応えると、そのまま総統室へ向かった。

扉を開くと見慣れた部屋に見慣れた机。

18年見てきた見慣れた景色。


そして見慣れた位置の補佐官席には既に蓮が座っていた。

「お前、早ぇなー」

「お前が遅い」

蓮は書類から目も離さずに返した。

蒼真は鼻で笑うと自席へ腰を下ろした。


「麗華に追い出された」

「だろうな」

「孫見てたかった」

「知るか」


いつも通り。

本当にいつも通りだった。


書類を開き、ペンを持つ。

サインを書く。

それだけ、それだけのはずだった。


『疲れただろ』


不意に蒼真の手が止まった。

視界の端の窓際。

誰もいないはずの場所に黒い影が立っていた。


ここは庁舎最上階の5階だ。

『もう十分だ』


蒼真は目を閉じ、息を吐く。


聞こえない。

見えない。

そう言い聞かせた。


「おい」

声が飛んできた。

ーバサッ。蒼真の顔に書類が直撃した。


「いてっ!」

蒼真が顔を上げると補佐官席の蓮が無表情でこちらを見ていた。

「何すんだ」

「戻ったな」

「は?」

「今、居ただろ」

蒼真は一瞬だけ黙った。

蓮は静かにこちらを見ている。

「……何が」


「死神」

蒼真は思わず目を蓮から逸らした。

「居た」

「だろうな」

蓮は当たり前みたいに返した。

「なんで分かる」

「顔」

「顔?」

「止まる」

蒼真は眉をひそめた。

「お前、聞いてる時だけ止まる」

蓮は書類へ視線を戻す。

「昔からそうだ」

蒼真は何も言わなかった。


窓際を見る。

そこにはもう何もいない。


「消えたか?」

蓮が聞く。

「……消えた」

「効いたな」

補佐官は真顔だった。

蒼真は深くため息を吐いた。


「馬鹿だろお前」

「知ってる」

そして何事もなかったように蓮は次の書類を投げた。

「ほら仕事しろ」

ーバサッ。蒼真は今度はちゃんと受け取ると書類を開きながら小さく笑った。


「雑だな」

「今更だろ」

その言葉に蒼真は少しだけ肩の力を抜いた。


窓際には誰もいない。

死神の声も聞こえない。

代わりに聞こえるのは。

紙をめくる音。

キーボードを叩く音。

そして補佐官のため息だった。



ー『怪物を辞めろ』


もう窓の外には何も居ないのに、聞こえてくる声に蒼真はまた目を閉じた。


ーバサッ。


「……だから、痛ぇ」

蓮は無表情でまた書類を投げつけていた。

床には蓮が投げつけてくる書類が散乱していたが、蒼真は拾うのもめんどくさそうでそのままになっている。

ーコンコン。

「総統、次の国家危機管理……なんだこれは」

ノックと共に総統室に入って来たのは、葛城だった。

総統席と補佐官席の床の間に散らばる書類を一瞥した。

「……蓮が投げました」

蒼真は怒られると思ったのか葛城に敬語で答えた。

その言葉を聞くと葛城は蓮を見る。

「死神が居たので」

当然の対処だ。とでも言うように蓮は答える。

「は?死神?」

何を訳の分からない事を言っているんだ、と葛城は呆れた顔でため息をついた。


「最近出るんです」

蓮は平然と答えた。

「何が」

「死神」

「何を言ってる」

葛城は今度は蒼真を見た。


「お前も何か言え」

「……居る」

「お前もか」

葛城は頭を抱えた。

総統と補佐官が揃って何を言っているんだ。

2人ともどこかで頭を打ったのか?

でも…あまりにも2人とも真剣だ。


葛城は息を吐くと蒼真に声を掛けた。

「いつからだ」

「……2年前」

「2年って……お前…頻度は」

「最近、増えてる」

蒼真が俯きがちに答えた。

葛城はその瞬間だけ眉をひそめた。

冗談を言っている顔じゃなかった。

蓮も笑っていない。


「……寝れてるか」

「寝てる」

「何時間だ」

蒼真は黙って答えようとしなかった。

「何時間だ」

葛城はもう一度、今度は強く聞いた。

「……2時間」

「馬鹿か」

即答すると葛城は顔を覆った。


昔から蒼真はこうだ。

限界まで抱えて、壊れる。

蓮が傍にいるなら大丈夫だ。と思っていた。


蓮は補佐官席に座ったまま鼻で笑った。

「だから言った」

「うるせぇ」

「食事は」

「食ってる」

「嘘だな」

「食ってる」

「量は」

蒼真が再び黙るのを見て葛城は大きなため息をついた。


「麗華さんは知ってるか」

その瞬間、蒼真が目を逸らした。

葛城は静かに頷く。

「知ってるんだな」

「知ってる」

蓮が即答した。

「お前黙れ」

「嫌だ」

「お前ら本当に仲良いな」

葛城は呆れた顔で椅子へ腰掛けた。

その時だった。


『怪物を辞めろ』

蒼真の視線がまた窓際へ向いた。

ほんの一瞬、それだけだった。

だが、ーバサッ。また書類が飛んできた。


「だから痛ぇって!」

「戻ったな」

「戻ったわ!」

葛城は静かに目を閉じた。

「なるほど」

「分かった」

「何がだ」

蒼真が聞くと葛城は真顔で答えた。


「蓮」

「なんだ」

「書類は投げるな」

「じゃあどうする」

「呼べ」

「戻らない」

「そうか」

葛城は再びため息をつきながらスマホを取り出した。

「白石呼ぶぞ」


総統室の空気が僅かに張り詰めた。





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