第16話 Never Forget
総統室を出て、歩く第一特務隊と医療班の足取りは重かった。
蒼真と蓮の言葉が隊全体に重く残っていた。
誰も話そうとしない中、口を開いたのは悠真だった。
「……蒼志、父さんの言葉…」
悠真に声を掛けられた蒼志の脚が止まった。
「覚えてるよ」
自分たちが黎明を選んだ日の父の言葉。
————————
「父さん」
自宅の書斎で資料を読み込む父の背中に蒼志と悠真は声を掛けた。
「……ん」
蒼真は資料から目を離さず軽く返事をした。
「俺達、黎明の訓練所に入る」
その一言に、蒼真は顔をあげ、蒼志と悠真に向き直った。
蒼真の目は少しだけ見開かれていた。
その目に宿るのは喜びの色でないことは蒼志も悠真もすぐに気が付いた。
蒼真はこれまで、1度も「黎明に来い」などと2人に話したことはなかったからだ。
蒼真の目に宿っていたのは「何をバカな事を言っている」という色だった。
驚いているのか、蒼真は口を開けずにいる。
そんな父を見て、蒼志が先に口を開いた。
「俺は医療部門に進みたい。母さんのような医者に…」
「医者なら、普通の病院でもできるだろ」
蒼志の言葉に蒼真は即座に答えた。
医者になりたいなら、黎明じゃなくてもなれる。
麗華のように救う意志を持つ医者だって他にもいる。
黎明を選ぶ理由にはならない。と蒼真は切り捨てようとした。
「違う。待ってる医者になりたいんじゃない。待っている人の命を繋ぐ医者になりたい。その最短ルートは、黎明だろ」
“命を繋ぐ”
その言葉を聞いた蒼真は蒼志に何も返せず、少しだけ俯いた。
そして、悠真が口を開いた。
「俺は救助部隊部門」
蒼真は顔をあげ、額に手を当てながら悠真を見た。
「俺が全員帰して、蒼志が繋ぐ」
悠真の目は真剣だった。
蒼志は黙り込む蒼真の目を見ながら口を開いた。
「父さんと母さんがやってきたことを俺達2人が引き継ぎたい」
その瞬間、蒼真の目が僅かに揺れた。
蒼真は腕を組み、椅子に背中を預けると少し黙り込んだ。
そして、2人の息子の目を見つめた。
息子たちの視線は揺れることなく、真っ直ぐだった。
蒼真は小さく息を吐くと口を開いた。
「……嫌なところが似ちまったな…」
そして少しだけ笑うと鋭い視線を2人へ向けた。
父親の目じゃない、総統の目を。
その目に2人とも背筋が凍るような感覚を覚えた。
「道は甘くねぇぞ。医療も救助も」
蒼真の言葉に2人はしっかりと頷く。
「俺の息子、なんて肩書は忘れろ。贔屓もしねぇ」
それでも2人はしっかりと頷く。
「黎明は、全員、帰す。そして命を繋ぐ組織だ。英雄を生む組織じゃない。人助けで称賛を浴びたいなら辞めろ、自己犠牲を美徳とするな」
「はい」
蒼真の言葉に2人の声が重なった。
「お前たちが選んだ道なら、もう何も俺は言わない」
「だが、忘れるな。その道の先にあるものがなんなのかを」
——————
「選んだ道の先……。確かに、見失ってたよ、俺」
蒼志は静かに拳を握りしめた。
そうだ、忘れていた。
現場で悠真が運ばれてきて、俺は目の前の命を放り出した。
動かない悠真に父が重なって見えた。
俺の選んだ道はなんだ?
どこに向かう。
答えは最初から、父と母から教えられていたじゃないか。
「俺…俺は…」
悠真は唇をかみしめた。
父の理念、”全員、帰す”を理解していたつもりだった。
でも、違う。足りなかった。
“自分も、帰る”を父の背中を追うばかりで失くしていた。
だけど、どうしてもその大きな背中はずっと遠くにある。
置いて行かれるばかりで追いつけない。
その背中が悠真を道から外して、戻れない。
自分1人で戻れずにいる。
「でも、総統の言葉は間違っていませんでした」
渚が静かに口を開いた。
看護師だから、医師の指示に従う。
一般の医療現場であればそれが普通。
けれど、ここは黎明。
軍のような階級もなければ、本部幹部群にしか役職もつかない組織。
看護師が医師に意見したとしても何の問題にもならない世界だ。
「神代先生が次、間違ったら私は全力で止めます。殴ってでも、骨を折ってでも」
渚は強い言葉とともに第一と医療班の全員を見つめていた。
「……怖いな、お前」
河上が渚を見ながら苦笑いする。
「そうしろって総統が言いました」
けろっと言う渚に全員があっけに取られていた。
第一特務隊で唯一の、そして史上初の女性隊員。
その芯の強さは誰よりも強いようだ。
「確かにな…」
駿は渚の言葉に少しだけ俯いた後、謙と顔を見合わせ、悠真を見た。
「悠真は俺達が止める。ぶん殴ってでも、骨を折ってでも」
ニカっと双子は悠真に笑う。
「お前は総統の息子じゃねぇ、ただの悠真だ!」
駿がいうと、謙が続けた。
「神代って呼ぶのも辞める!お前は悠真だ!」
息の合っている双子をみて日向と本城は頷き、悠真を見た。
「悠真、次は突っ走るな。で、とりあえず骨折治るまで大人しくしてろ」
「突っ走ったら、首根っこ捕まえるから安心しとけ」
日向と本城の言葉に悠真のこわばっていた表情が僅かに緩んだ。
「はいっ!!」
力強く返事をした悠真の目尻は少しだけ赤かった。
それでも、まだ大きな背中は悠真の遥か遠くにいる。
その背中に追いつくのはいつなのか。
どこから向かっていけばいいのか。
まだ、悠真には分からなかった。
けれど、分かったことは1つあった。
それは、自分の選んだ道を間違ったまま進ませない仲間がいることだった。
彼らもまた、選んだ進むべき道の先が見えなくなりかけていたから。
しかし第一特務隊はようやく、その形を成そうとしていた。
悠真だけではない、第一特務隊の全員が神代蒼真と黒瀬蓮の背中にとらわれていた。
怪物達が率いていた、かつての第一特務遊撃隊に。
第一の様子を見ながら、医療班の4人は少しだけ微笑んでいた。
「はい、廊下をふさがなーい」
「お前ら、避けろ!!」
廊下に蒼真と葛城の声が響き、第一の全員が総統室方面を振り返った。
その瞬間、車椅子の蒼真が横を走り抜けた。
そして、その後ろを蓮が走って追いかけていた。
総統室の扉を閉めながら、葛城と奏は笑っている。
それは、いつもの黎明本部庁舎の廊下だった。
「おい、こら。総統様、止まれ!」
「早く帰りてぇ」
「だからって高速移動すんな!」
いつもの2人のやり取りに第一に笑いが起きた。
歩いてきた葛城が第一の全員を見ると笑いながら口を開いた。
「すぐには止まれない。だから誰かが止める。そうやって第一は積み上げてきた、お前らはこれからだ」
「俺でも止まったから、大丈夫」
かつての第一特務隊を率いた葛城と奏のその言葉がどれだけ、今の第一を救うものかを隊長である日向は言葉を重く受け止めた。
「……よし、帰ろう」
日向がそういうと第一は葛城と奏の後を追って歩き出した。
「あ」
車椅子を急停止された蒼真が後ろを振り返る。
「なんだよ」
蓮は不思議そうな顔をして立ち止まった。
「いや、蓮じゃねぇよ」
蒼真は蓮の体からひょこっと顔を出して蒼志と悠真を見つめた。
そして、少しだけ微笑んで口を開く。
「帰るぞ」
その声は、総統ではなく、2人の息子の父親の声だった。




