第15話 No More Heroes
「神代ッ!!」
黒崎駿の声が夜の工場に響いた。
爆発音と崩れる鉄骨と吹き上がる火花の、その中心で悠真の身体が弾き飛ばされた。
「ッ!!」
黒崎駿は弾き飛ばされた悠真の元へ駆け寄った。
黒崎双子の弟、謙も兄に続いた。
2人は地面に煙に巻かれ、瓦礫の中に倒れた悠真を抱えあげ医療班の待つテントへと走った。
「しっかりしろ!」
謙が悠真に呼び掛けるが返事はなかった。
吹き飛ばされた衝撃で意識を失っていた。
「……クソッたれ…!」
もっと引き留めれば、強引にでも。
駿の頭の中が悠真を止めれなかった後悔で埋め尽くされていた。
────
「神代が爆発で負傷!」
蒼志と渚のいるテントに悠真が運ばれて来た瞬間。
蒼志は考えるより先に悠真の元へと走っていた。
医療班も救急も関係なかった。
ただ、弟だった。
「悠真ッ!!」
悠真を見た瞬間――蒼志の呼吸が止まった。
血、煤、ぐったりと動かない身体。
その光景が。
一瞬だけ。
別の誰かに見えた。
――父さん。
瓦礫の山の白い粉塵の中。
ー『……父さん…っ!!』
返事は無く、酸素音だけが響いていた。
シュー……
シュー……
埋没現場。
父を必死に助け出す救助隊。
声をかけ続ける蓮の姿。
泣いていた自分。
「神代先生」
誰かが自分を呼ぶ。
「蒼志ッ!!」
その声は、渚だった。
蒼志は現実に引き戻された。
目の前に居るのは父ではなく、悠真だった。
蒼志は渚の目を見て、頷いた。
生きている。
呼吸もある。
脈もある。
蒼志は震える手を無理やり押さえ込んだ。
「バックボード!」
蒼志は声を張り上げ指示を飛ばした。
「頚椎固定!」
渚が即座に動いた。
大丈夫。
患者だ。
弟じゃない。
患者だ。
蒼志は自分に言い聞かせていた。
「悠真」
悠真から返事は無く、蒼志は唇を噛んだ。
「起きろ」
もう一度、声を掛けるが反応は無い。
「起きろ、馬鹿」
その時だった。
「……うるせぇな」
悠真が顔をしかめた。
蒼志は数秒固まった。
そして。
「馬鹿が」
それだけ呟いた
蒼志のその言葉に悠真は薄く目を開いた。
「蒼志?」
「喋るな」
「怒ってる?」
「怒ってる」
即答する蒼志に周囲の緊張が少しだけ緩んだ。
渚が小さく息を吐き、黒崎兄弟も安堵している。
だが蒼志だけは笑えなかった。
あと少し。
あと少し遅かったら。
そう考えてしまった。
悠真はそんな兄の顔を見て苦笑した。
「大丈夫だって」
「……」
「俺、帰るから」
蒼志は返事をしない代わりにストレッチャーへ乗せる固定ベルトを自分の手で締める。
強く。
逃がさないように。
失わないように。
そして小さく呟いた。
「全員帰すんだろ」
悠真は少しだけ笑った。
「当たり前だろ」
その返事に蒼志はようやく息を吐いた。
そして、数時間後。
空を赤黒く染めあげていた炎は焦げ臭い匂いだけを残して、静かに消えていった。
────
「現場にて、神代悠真、負傷!」
黎明本部、統括室にオペレーターの声が響いた。
その言葉に葛城や奏は背筋を凍らせた。
「怪我の状況は!?」
奏が即座にオペレーターに確認を取った。
「……左腕の骨折、軽度の熱傷で命に別状はないとの事です」
その報告に奏と葛城は胸を撫で下ろし小さく息を吐いた。
蒼真はモニターから目を離していなかった。
モニターの重傷者人数と処置の様子を見つめていた。
「……蒼真」
「あ?」
「怒ってんのか」
「……バカ息子達には困ったもんだよ」
蒼真は椅子に背中を預け、小さく息を吐き続けた。
「あいつらは、黎明がなんなのか分かってねぇ」
低い、重たい声が統括室に落とされた。
その声に統括室の悠真の無事が確認されて起こっていたざわつきが静まった。
蒼真の言葉の意味を統括室に居るもの達は理解していた。
救助が落ち着き、炎が収まるまで統括室に静まったざわつきが戻ってくる事はなかった。
────
第一特務隊と医療班が本部に帰還したのは日付が変わる頃だった。
本部庁舎の灯りは落とされていたが、最上階、総統室の灯りだけはまだ灯っていた。
ーコンコン。
「入れ」
日向が総統室の扉をノックすると低い声が聞こえた。
扉を開け、中へ入ると総統椅子には蒼真が深く腰掛け窓の外を眺めながら待っていた。
補佐官席では、蓮が葛城、奏と今回の爆発事故の資料をまとめていた。
「第一特務隊、及び医療班、帰還しました」
いつものように日向は報告をした。
いつもなら、蒼真はすぐに「そうか」と返すはずなのに、蒼真は口を開かなかった。いや、窓の外を見つめたまま、向こうともしなかった。
そして、その反応に資料をまとめていた奏と葛城の空気が重い事にも日向は気が付いた。
蓮だけはいつもと同じようにも見えたが、いつも以上に目つきが鋭く感じられた。
「……」
蒼真はまだ、第一の方を向きもしなかった。
総統室には重い沈黙が続いていた。
ただ、シュー…と蒼真の鼻カニューレから流れる酸素の音だけが響いていた。
誰も口を開かない。
悠真は左腕を固定されたまま俯き、蒼志も黙っている。
第一の面々も同じだった。
「……おい、いい加減、話せ。黙ってても分かんねぇだろ」
その沈黙を破ったのは葛城だった。
蒼真は窓から目を離すと葛城を見つめた。
言いたいことは言うのがお前だろうが。と視線を葛城が飛ばすと、ようやく蒼真は第一へ向き直った。
蒼真は第一特務隊と医療班の全員を見渡した。
そして、蒼志と悠真を見ると口を開いた。
「……お前達が黎明を選んだ時の俺の言葉を忘れたか」
怒鳴らない。
ただ静かな低い声、その静けさが余計に重く蒼志は感じた。
悠真が小さく拳を握り、蒼志は喉を鳴らした。
蒼真は2人から視線を逸らさない。
「悠真」
「……はい」
「黎明は何だ」
悠真は答えられなかった。
生きる伝説、国民の英雄、怪物と呼ばれる父の視線が怖かった。
いや、父ではなかった。
国家特殊救助機関【黎明】第8代総統 神代蒼真の視線だった。
答えられない悠真を見ながら蒼真は続けた。
「英雄を作る組織か」
「違います」
「なら何だ」
「……全員を帰す…命を繋ぐ組織です」
「そうだ」
その答えに蒼真は小さく頷いた。
「黎明は英雄を作る組織じゃない。命を繋ぐ組織だ」
総統室の空気が更に張り詰めた。
蒼真は悠真から視線を外し、今度は第一の隊員達へ視線を向ける。
「何故止めなかった」
誰も答えなかった。
日向も本城も……誰も。
「止まらない事は分かる」
蒼真は静かに言った。
「俺もそうだった」
誰も顔を上げられない。
「だが」
蒼真のさらに声が低くなった。
「止められないは違う。現場判断なら殴ってでも、骨を折ってでも止めろ」
「嫌われても止めろ。それが仲間だ」
第一の全員が俯いていた。
蒼真は小さく息を吐く。
「総統の息子だからか」
誰も答えなかったが、それが答えだった。
「神代悠真だから遠慮したか」
その言葉に第一隊員達は沈黙していた。
補佐官席の蓮は小さく息を吐いていた。
蒼真は第一から視線を外さず、言葉を落とした。
「なら失格だ」
その一言に全員の肩が震えた。
蒼真はゆっくり立ち上がる。
「怪物に頼るな」
“怪物”という言葉に全員が顔を上げた。
「俺にも、蓮にもだ」
「俺と蓮が居なきゃ動けない第一ならいらない」
真っ直ぐな視線で蒼真は強くその言葉を落とした。
「日向」
「……はい」
「本城」
「……はい」
「もう一度考えろ」
蒼真の視線が2人へと真っ直ぐ向く。
「お前達は何の為に隊長と副隊長なんだ」
言葉を失う2人はそれでも蒼真から視線を外すことはなかった。
蒼真は今度は渚へ視線を向けた。
「渚」
「……はい」
「蒼志についているだけじゃ駄目だ」
渚が息を飲む。
「お前は看護師だ。医師が見えなくなった時は引き戻せ」
「全体を見ろ。優先順位を間違えるな」
渚は震える声で返事をした。
「……はい」
そして、蒼真は蒼志へ視線を向けた。
「悠真が担がれてきたとき、テントに重症者はいなかったのか」
「……いました」
蒼志は拳を握った。その拳は震えていた。
「気道熱傷の重症者がいたはずだ。何故その患者を救命士に預けてお前は悠真に走った」
その瞬間、蒼志の目が揺れたのを蒼真は見逃さなかった。
「弟だから、家族だから、優先するのか、お前は。俺はお前をあの時、優先したか」
あの時―。
15年前の大地震、大型商業施設崩落。
父が優先したのは息子ではなく、重症の子供だった。
「……いえ」
「優先順位を間違えるな。お前は命を繋ぐ人間だ」
「……はい」
蒼志の声は震えていた。
怒られているから、怖いんじゃない。
父に信頼されているのに、その信頼に答えられなかった、間違った自分が悔しかった。
最後に蒼真は第一特務隊と医療班の全員の顔を見た。
しばらく何も言わなかった。
ただ見ていた。
それだけで全員が逃げ場を失う。
「今回は見逃す」
悠真が顔を上げた。
「だが次は無い」
蒼真の声は静かだった。
怒鳴り声ではなかった。
それなのにどんな言葉より重かった。
「次に同じ事をしたら、黎明から出ていけ」
総統室の空気が凍り付いた。
だが、誰一人として言葉を返せなかった。
補佐官席に座ったまま蓮は第一を見渡し、静かに口を開いた。
「聞いたな」
蒼真は視線を外し椅子に座ると、窓の外を見る。
そして小さく呟いた。
「……全員帰すんだよ」
その言葉だけが静かに総統室に残った。




