第14話 Like Father, Like Son
爆発から数十分後。
北部工業地帯には夜空を赤く染める炎が立ち上っていた。
黒煙が空を覆い、サイレンが鳴り響く。
消防車、救急車、警察車両が次々と現場へ集結していた。
「第三タンク再燃!」
「退避!退避!」
「要救助者まだ内部に残ってます!」
怒号が飛び交う爆発地点。
爆発は一度では終わらなかった。
複数の設備が連鎖的に損傷し、現場は未だ不安定な状態が続いていた。
黎明第一が到着した時には既に消防が消火活動を開始していた。
「第一到着!」
悠真が車両から飛び降りる。
その後ろから黒崎兄弟、日向、本城も続いた。
熱気が肌を刺した。
「うわ……」
思わず悠真は声を漏らした。
工場の一角が吹き飛び、鉄骨は捻じ曲がり、壁面は崩壊。
地面にはガラス片や破片が散乱していた。
「見惚れてる暇ねぇぞ」
日向の声が悠真に掛かると悠真の表情が変わる。
「行くぞ」
本城の声で第一の全員の表情が引き締まった。
そして、第一特務隊のすぐ後ろでは医療班も到着し、消防救急とのやり取りを始めていた。
蒼志は炎を見つめる悠真の背中を少しだけ心配そうに見つめた。
ー突っ込みすぎんなよ。
そんな祈りを込めて。
「神代先生」
渚の声で引き戻された蒼志は、兄の顔から医者の顔に変わっていた。
「どうした?」
「機材の配置位置についてなんですけど」
集中してください。とでもいうような渚の強い視線が蒼志を射貫いた。
「……怖い顔しないでよ。…機材、消防救急隊にも使用可能な位置にして。後は河上先生と福池に任せて俺達は第一に続くぞ」
「はい」
渚に指示を出すと蒼志は目を閉じて深呼吸をする。
そして目を開く。
「…仕事だ」
その目には神代蒼真と同じ色が宿されていた。
ー全員、帰す。
ー命を、繋ぐ。
黎明本部庁舎に居る父への蒼志の誓いだった。
その頃。
黎明本部統括室の大型モニターには現場映像が映し出されていた。
シュー……
高濃度酸素マスク越しに蒼真は映像を見つめていた。
蓮は隣で状況を奏と整理している。
「工場内に残留者多数」
「消防情報では少なくとも三十人以上」
「有毒ガス検知あり」
蓮の報告に蒼真は短く頷いた。
「医療班」
「河上、福池が軽傷テント処置。神代、東條、前線テント処置」
その報告を聞き終わると、蒼真はモニターへ視線を向けた。
映像の中では救助活動が始まり、警察消防が動ける人の避難誘導をしていて混乱はなさそうだ。
まだ現場は始まったばかりだというのに黎明と各機関の連携がスムーズに全てが進んでいた。
これは神代蒼真が総統就任から18年を掛けて築いた黎明への各機関からの信頼の象徴でもあった。
だが蒼真には分かっていた。
この現場は長くなる。
そして――蒼志と悠真にとって初めての大規模な爆発事故。
救うだけでは終われない現場。
命を繋ぐ側として立つ現場。
蒼真はモニターに移る第一と医療班を見つめながら、静かに息を吐いた。
シュー……
「……全員、帰すぞ」
蒼真の一言で統括室の空気が張り詰めた。
蓮は蒼真の隣でモニターの悠真を見つめていた。
「で、蒼真」
「なんだ」
「そろそろ座れ」
力の入りにくい右脚をかばうように左足に重心を乗せて立っている蒼真を見て蓮が呟く。
「過保護」
蓮もこの現場は長くなると分かっているからこそ、蒼真を立たせ続けるわけにはいかなかった。
蒼真もその意味が分かっている。素直に統括椅子へと腰を降ろしたが、その視線がモニターから外れることはなかった。
ーだが、この時はまだ誰も知らなかった。
新たな爆発の危険が残っている事を。
「一名救助!」
次々に担架が運ばれていき、消火作業を行う消防隊員が次の区画へ走る。
第一も止まらなかった。
消防隊員の後を追い、走り抜けていく。
「駿さん、こっち!」
悠真が瓦礫を飛び越えていく。
その動きに黒崎駿が眉をひそめた。
「前出過ぎだ」
「大丈夫っす」
「そういう問題じゃねぇ」
悠真は笑って答えた。
だから黒崎駿は余計に嫌な予感がした。
悠真が救助中に笑って答える時は誰かの背中を追いかけている時だから。
「神代」
「はい?」
「死ぬなよ」
「死にませんよ」
悠真は即答したが、黒崎駿の不安は消えなかった。
前線医療テントでは次々に運ばれてくる患者のトリアージと処置を蒼志が続けていた。
「搬送一名!」
「熱傷!」
「酸素!」
忙しい。
考える暇なんて無い。
手を止める時間も惜しい。
それなのに何故か、胸のざわつきが消えない。
――嫌な感じがする。
蒼志は顔を上げ工場を睨みつけた。
炎と黒煙で赤く黒く染まる夜空。
その先に居るはずの弟。
「神代先生」
渚の声で我に返った蒼志は処置を再開した。
「どうしました?」
「……いや」
そう言いながらもつい視線が工場へ向いてしまう。
「心配ですか?」
渚が静かに聞いた。
蒼志は少しだけ苦笑する。
「弟だからね」
「悠真君なら大丈夫ですよ」
蒼志は返事をしなかった。
いや、できなかった。
大丈夫。
その言葉が一番信用できないのだ、今の弟は。
「要救助者発見!」
消防隊員の怒鳴り声が響いた。
「場所は!?」
悠真が即座に振り返る。
「第四設備区画!生存反応あり!」
その瞬間、悠真の目の色が変わった。
黒崎駿はその目を見て舌打ちした。
嫌な予感が当たってしまった。
「待て」
「行けます」
「待て」
「呼んでます」
「神代!」
「助けなきゃ死ぬ!」
その言葉に黒崎兄は一瞬だけ言葉を失った。
誰かからどこかで聞いた言葉だった。
ー『呼ばれたら、行く。俺が行かなきゃ、助けなきゃ死ぬ』
何度も口にしてきた言葉だと知った。
ー『助けられたよ。でもさ…』
そしてその誰かは。
ー『自分が、帰れなくなりかけた』
何度も死にかけた。
太陽に髪が照らされるときらきらと輝く銀色の髪の男が弱く笑った。
今、目の前の銀色の髪の男も同じだった。
だから、止める。
「神代!」
だが悠真はもう走り出していた。
瓦礫を飛び越え炎の向こうへ。
その様子を見ていた本城が叫ぶ。
「待て!!」
黒崎駿が悠真を追いかけて駆け出した。
「悠真!!」
その時だった。
ゴォォォォッ――
工場奥で火柱が吹き上がり誰もが顔を上げた。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!!!
地面が、揺れた。




