第13話 Not Yet
大将の店から戻った後、珍しく蒼真は総統室のソファで少しだけ目を閉じていた。
シュー……
静かな酸素音だけが室内に響いていた。
やっぱり鼻カニューレはまだ慣れない。
机の上には未処理の書類、モニターには各地の災害情報、相変わらず仕事は山積みだった。
それでも今だけは少しだけ気分が違った。
「……美味かったな」
蒼真は目を閉じたまま小さく呟いた。
大将の味噌汁、唐揚げ。
若手達の騒がしい声。
思い出すと少しだけ笑ってしまう。
だけどあの店は19歳で通い始めた時から何にも変わらない。
ーコンコン。
扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼します」
入って来たのは蒼志だった。
両手には書類の束がかかえられていた。
「神代グループの秘書さんたちから預かりました。決裁書類です」
「多い」
「当主だから」
「辞めたい」
「却下」
即答する蒼志に蒼真は嫌そうな顔をしながら書類を受け取る。
あれから蒼志は総統室ではかならず蒼真を総統と呼ぶようになった。
蒼志は向かいへ座ると少しだけ父を見つめた。
少し息苦しそうだけど、顔色は良く見えた。
「何だ」
「いえ」
「言えよ」
「さっき、ちゃんと食べたなと思って」
蒼真はペンを走らせながら鼻を鳴らした。
「食わされた」
「同じだよ」
「違う」
「同じ」
蒼志は少しだけ笑った。
「…若いころ、すごい食べてたんだね」
「まぁ、動いてたし」
「昔の写真ってまだあるの?」
「あるよ、家より資料保管庫の方が多いかもな」
「今度見ようかな」
蒼志は笑顔で呟いた。
その笑顔を見て蒼真も小さく笑う。
「好きにしろ」
穏やかな時間だった。
数年前なら当たり前だった時間。
今では少しだけ貴重になった時間。
「総統…」
蒼志が深刻そうな顔で口を開いた。
「なんだ」
また体調確認やら寝ているかの確認か?と蒼真は嫌そうに息を吐いた。
「……総統の電子カルテのアクセス権限はまだ俺にはもらえないですか」
書類にペンを走らせていた蒼真の手が止まった。
蒼真のカルテは総統就任時に黎明の機密情報扱いとしてロックを掛けた。
ロックのパスワードを知るのは蒼真本人と白石のみ。
「……見たいのか」
「見たいんじゃない。知りたい。白石先生が居なくなったら担当医は俺だろ」
蒼志は真っ直ぐな視線を蒼真に向けていた。
好奇心ではないことは蒼真にはその視線で分かった。
けれど、まだ息子に自分の全てを見せたくはなかった。
そもそも…自分ですらこの体を受け入れ切れていないのに。
「まだ」
「どうして」
「……まだ、白石が見てくれる。以上」
最後の書類に蒼真はサインをすると蒼志に書類を手渡し、立ち上がり総統椅子へと座った。
蒼志は少しだけ悔しそうな顔をしながら、父に…いや総統に一礼して部屋から出ていった。
久しぶりの訓練日になっていた第一は蓮と律に監督されていた。
「日向隊長ー!」
「うるさい」
悠真の声に日向が頭を抱えていた。
行動力はある。人を救いたい気持ちも人一倍ある。
けれど…悠真のそれは何かにあがいているように蓮には見えていた。
「今度の訓練、黒崎兄弟と悠真組ませますか?」
律が様子を見ながら蓮へと声を掛ける。
「やめとけ。山が吹き飛ぶ」
「吹き飛びません!」
真顔で答える蓮に悠真が抗議し黒崎兄弟は苦笑していた。
第一に珍しく平和な午後の時間が流れていた。
「遅れました」
蒼志が足早に訓練場へとやってきた。
医療班も必要時は瓦礫地帯に入ることもあるため、こうして訓練に参加することは多い。
「蒼志、悠真どうにかしろよ」
日向が蒼志に頭を抱えながら歩み寄ると医療班・班長の河上は苦笑いしていた。
「悠真ねぇ…父さんに憧れてるから仕方ないんですよ」
呆れたように蒼志は笑い、悠真を見つめた。
「……あいつは何にも知らないんで」
ぽつりと呟く蒼志を蓮は見つめていた。
そして視線を悠真に向けた。
ボロボロの父の体のことも。
埋没した時のことも。
悠真は何も知らない。
見ていない。
だから、悠真の中で父は大きくてかっこいい英雄のままなのだ。
「悠真は…今は何言っても止まらないと思います」
「……そうか…」
少し残念そうに日向は呟く。
「俺、また総統に怒られるじゃん」
「いや、別に総統様は怒ってないぞ」
それまで黙っていた蓮が口を開いた。
タバコを取り出し火をつけると蓮は続けた。
「ただ、帰したいだけだから、全員。まぁ総統様は24歳の時はもっと無茶してたよ」
懐かしそうに蓮は目を細めた。
「鷹宮隊長に100回投げられた後に筋トレしてみたり、任務で20m登攀した後に帰ってきて、もっと早く登る!って登攀訓練したり。あいつ、おかしかったよ。まぁ、俺も付き合わされたけど」
蓮は、ははっと笑った。
「悠真は足掻いてもがいてんだろ、今。しがみついてたいんだよ神代蒼真に」
蓮はタバコをひと吸いすると続けた。
「だから、神代蒼真はただ心配してるだけ。日向の事も怒ってねぇよ、誰にも。……誰かに怒るというより、自分に怒ってんじゃねぇかな…」
言いながら、蓮は庁舎最上階の総統室の方を向いていた。
「補佐官、めっちゃ喋りますね」
静かに聞いていた渚がひょこっと顔を出した。
「どこからでてきた」
「ずっと河上隊長の後ろに」
「お前って怖い女だな」
「そうですか?」
渚はそのまま蒼志のもとへ行き、救助後の搬送体系などの確認や人員配置の相談をしていた。
蓮は2人の様子を見つめていた。
「……ほんと…親子だよなぁ」
「え?」
律が書類から顔をあげて蓮に聞き返してきたので、蓮は首をかしげながら答える。
「……女の趣味?」
「意味わからないんですけど。補佐官、最近総統っぽい時ありますよね」
「どういう意味だ」
俺があいつと似ているとでも言いたいのか?と蓮が律を睨みつけた。
「怖いから睨まないでもらえますか?日向に話したりとか、悠真の分析とか。そういうの補佐官ってより、総統が昔してませんでしたっけ」
「あー…あいつ律に熱心だったからな。律は絶対、第一に欲しい。って全部隊統括してからずっと言ってた」
「……そうだったんですか…いや、やっぱ今日の補佐官、めっちゃ喋りますね」
「……大将の飯が美味かったせいだよ」
蓮は空を見上げながら目を細めた。
蒼真が飯を美味いと言った。
笑顔だった。
だから、昔が懐かしくなった。
一緒に馬鹿げた事ばかりしたあの日々が。
その時だった。
黎明本部庁舎から警報が鳴り響いた。
ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!
蒼真は総統室で書類から顔を上げた。
統括室の奏はモニターへ視線を向けた。
本部庁舎に通信の声が響いた。
「緊急災害情報!」
「北部工業地帯、大規模爆発発生!」
「爆発継続中!有毒ガス漏洩の可能性あり!」
蒼真はすぐに統括室の奏と通信を繋いだ。
「被害規模」
「確認中!」
「消防、警察、自衛隊へ即時連絡」
「第一、第一医療班、出動させろ」
蒼真は奏へ指示をし終えると蓮に電話をかけた。
ープル……。
「警報聞いた。すぐ総統室行くから待ってろ』
ワンコールで電話に出た蓮は走って居るようだった。
蒼真は引き出しにしまってあった高濃度酸素マスクを取り出しながらひと言だけ蓮に伝えた。
「仕事だ」
その声と共に黎明の日常は終わった。




