第11話 A New Generation
二年後――。
神代蒼真、五十四歳。
黎明総統。
神代家当主。
国家災害統括責任者。
二年前と比べて肩書きだけは増えていた。
その代わり、休みは減った。
「総統、こちら神代グループの決裁です」
「総統、内閣危機管理室との合同会議資料です」
「総統、東北支部の災害報告が上がっています」
机の上へ次々と書類が積み上がっていく。
蒼真は無言で判を押し、目を通し、次へ回す。
慣れた作業、何年も続いている。
だが終わらない。
神代グループ当主を継いでから二年。
天音が背負っていたものを理解した。
理解してしまった。
「……あの馬鹿親父」
思わず零れた言葉に神代グループの秘書が固まったが蒼真は気にしなかった。
こんな量を抱えながら黎明総統までやっていたのかと。
今なら分かる。
天音がおかしかった理由も。
橘や鷹宮が止めていた理由も。
全部。
「総統」
声が掛かり、顔を上げるとそこに居たのは葛城だった。
「十分後から危機管理室とのオンライン会議」
「分かった」
「その後は神代グループ役員会」
「分かった」
「さらに夕方から――」
「分かった」
「最後まで聞けよ」
葛城が深いため息を吐く。
蒼真は葛城のため息を無視して、コーヒーへ手を伸ばした。
「昼飯は?」
「食った」
「何を」
「……栗羊羹」
「それは茶菓子だ」
即答した葛城が額を押さえる。
二年前から変わらない光景。
いや少しだけ悪化している。
災害は増え、規模も大きくなっていく。
神代グループの仕事もある。
黎明の統括もある。
そして誰にも言わないだけで。
肺も少しずつ悪化していた。
「総統」
「何だ」
「休んでください」
「無理だ」
即答する蒼真に葛城は何も言わなかった。
言っても無駄だからだ。
その時、ノックもなく総統室の扉が開いた。
「相変わらず死にそうな顔してんな」
聞き慣れたその声は蓮だった。
蓮が来ると神代グループの秘書は頭を下げ、部屋から出て行った。
蒼真は椅子へ深く背を預けた。
「お前に言われたくねぇ」
「俺は寝た」
「嘘つけ」
「三時間は寝た」
「寝てねぇじゃねぇか」
「俺はショートスリーパー。必要な時は寝る」
二人のやり取りに葛城が小さく息を吐きながら部屋を出ていった。
蓮は書類を確認しながら蒼真を見る。
少し痩せた。
顔色も良くない。
だが本人は認めない。
昔からそうだった。
「蒼真」
「あ?」
「最近、何かあったか」
「何もねぇ」
「……そうか」
即答した蒼真に蓮はそれ以上、何も聞かなかった。
だが、明らかに蒼真は疲れて居るのが見て分かってしまう。
呼吸も浅く、咳が続く事も多くなったからか食事もまた少なくなってきた。
そしてここの所、イライラしてる事も増えて居るのに、無気力に空を見上げる回数も増えている。
現に今もぼーっと窓から空を眺めていた。
ーブブ…。
机の上の蒼真のスマホが振動すると蒼真の視線は空からスマホへ向く。
画面にはーー麗華からの着信表示。
すぐに蒼真は電話に出た。
「もしもし」
『産まれたよ、男の子』
「……華凛は?」
『母子共に問題なしよ』
「そうか…」
それだけ聞くと、蒼真は通話を切り再び空を見ていた。
「なんだった」
蓮が口を開くと、蒼真は蓮へと向き直った。
「………孫、産まれたわ」
その声は少しだけ掠れていて、目尻は赤かった。
「そうか」
蓮は短く答えると蒼真は再び窓の外へ視線を向ける。
空は少しだけ赤く染まり始めていた。
「行かねぇのか」
蓮が何気なく聞く。
蒼真は数秒沈黙した後で答えた。
「今日はいい」
静かな声だった。
「会いてぇだろ」
「会いてぇ」
蒼真のその返事に蓮は少しだけ目を細めた。
「じゃあ何で行かねぇ」
蒼真はしばらく黙っていた。
机の上に置かれたスマホ。
画面にはいつの間にか麗華から送られてきた写真。
小さな毛布に包まれた赤ん坊。
まだ顔もよく分からない。
それでも確かに神代家の新しい命だった。
「今日は向こうの日だ」
蓮は何も言わなかった。
蒼真はスマホを静かに伏せた。
「華凛が頑張った日だ」
静かな声だった。
「華凛の旦那も今日から父親だ」
「……」
「向こうの親御さんも居る。だから今日はいい」
蒼真は少しだけ俯きながらそう言った。
本当は病院へ行きたい。
駆け付けてやりたい。
顔が見たい。
華凛へ頑張ったなと言いたい。
でも今日は違う。
娘が母親になった日。
夫婦が家族になった日。
そこへ自分が行けば空気が変わってしまう。
神代蒼真。
黎明総統。
神代家当主。
本人が思う以上に、その名前は大きい。
「後でいい」
蒼真は小さく呟くと蓮は小さく息を吐いた。
「相変わらず面倒くせぇな」
「うるせぇ」
「素直に行きゃいいだろ」
「嫌だ」
「何で」
蒼真は少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「気ぃ遣わせる…あと、お前もセットで行くことになるから、向こうの親御さん意味分かんなくなる」
「……確かにな」
蓮が呟くと蒼真がニッと笑った。
久しぶりだった、蒼真がこんな風に笑ったのは。
蒼真はもう一度スマホを手に取ると写真を開く。
小さな命。
新しい命。
その姿を見つめながら、ふと呟く。
「……頑張ったな」
誰に向けた言葉だったのか。
華凛か。
旦那か。
それとも生まれてきた子供か。
蒼真自身にも分からなかった。
ただ目尻が少しだけ熱かった。
「泣くなよ」
蓮が言う。
「泣いてねぇ」
「赤いぞ」
「うるせぇ」
「爺さん」
「殺すぞ」
蓮が笑うと蒼真も少しだけ笑った。
その日、神代蒼真は病院へ向かわなかった。
代わりに仕事を少しだけ早く切り上げて帰宅した。
帰る場所へ。




