最終話 まだ名もなき怪物達
「本部より、第一特務隊へ」
暁本部の統括室から悠真の強い声が無線へと響いていく。
「———全員、帰して繋ぐぞ」
父が何度も口にしてきた言葉を、自分の声で告げた。
隣に立つ蒼志も強く、頷く。
暁は今日も誰かの帰る場所を守る為に走り続けていく。
季節は巡り、また夏が訪れていた。
神代家のリビングの窓から吹く風が、窓を抜け軒先の風鈴を優しく揺らす。
──ちりん。
その音を聞きながら、蓮はソファへゆっくりと腰を下ろした。
昔から変わらない場所。
蒼真がいつも座っていた場所。
いつの間にか、自分も座るようになっていた場所だった。
「……静かだな」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
今日は悠真も蒼志も仕事で家には麗華と蓮だけがいた。
キッチンからは麗華の淹れるコーヒーの香りが漂って来る。
その何気ない生活音に、蓮は小さく笑った。
「……帰る場所、か」
橘の言葉も蒼真の言葉も全部、本当だった。
あの頃は分からなかった。
ずっと隣にいただけだと思っていた。
でも違った。
この家は、この家族は…いつの間にか、自分の帰る場所になっていた。
「……クソ蒼真」
和室に置かれている蒼真の遺影を見つめると、蓮は自然と笑みが零れた。
「最後まで……」
言いかけた言葉は、そこで止まった。
少しだけ瞼が重くて、眠い。
ここ最近、こんな日が増えた。
「少し……寝るか」
窓から入る夏の風、風鈴の音、麗華が台所で鼻歌を歌っている。
どこか懐かしい昼下がりだった。
蓮はソファに身体を預け、瞼を閉じる。
ふと……若い頃の景色が浮かんだ。
19歳で入居した黎明の独身寮。
くだらない事で笑って、喧嘩して訓練と任務で疲れ切った顔をしながら、たどり着く部屋。
『蓮』
懐かしい声がして、目を開けるとそこには、まだ19歳の蒼真が立っていた。
銀色の髪を揺らしながら、呆れたように笑っている。
『何してんだよ』
「……迎えか」
『遅ぇんだよ、お前』
「うるせぇ」
いつもの蒼真の軽口に蓮は、思わず笑った。
『帰ろうぜ』
その一言に、蓮は立ち上がり、蒼真の隣に並んだ。
「……あぁ」
そして、昔と同じように。
何の迷いもなく。
2人は並んで歩き出した。
「蓮、コーヒー入ったわよ」
麗華がマグカップを手にソファへと歩み寄り、声を掛けたが、返事はない。
「蓮?」
そこには穏やかな表情で眠るように目を閉じた蓮がいた。
「……蓮?」
肩へそっと手を置くと、その身体は温かかった。
けれど呼吸は、もうなかった。
麗華は何も言わず、その肩へ静かに手を添えた。
驚きはあった。
悲しみもあった。
それでも涙より先に、小さな笑みを浮かべた。
「……会えたのね」
窓から夏の風が吹く。
──チリンッ。
風鈴が、どこか嬉しそうに鳴った。
まるで「おかえり」そう迎えているように。
1人の少年は、15歳で『黎明』へ辿り着いた。
守る為に振るえ。
その言葉を胸に、多くの仲間と出会い、多くの命を救い、最後まで立ち続けた。
隣には、いつも1人の男がいた。
2人は、ただ当たり前のように隣を歩き続けた。
人はいつしか彼らを「怪物」と呼んだ。
この物語は、英雄譚ではない。
怪物と呼ばれた者達も、特別な存在ではなかった。
泣き、笑い、迷い、何度倒れても手を差し伸べ合い、“帰る場所”を守り続けた者達だ。
だからこそ、人はその背中に希望を見た。
その生き様に、未来を託した。
その願いは、1人では終わらなかった。
親から子へ。
仲間から仲間へ。
時代を越えて受け継がれ、今日もまた、誰かの「ただいま」を守っている。
黎明の牙と呼ばれ、
翼を失いながらも、
誓いを胸に全てを帰し続けた男は、
片翼と共に立ち続け、
最後まで帰る場所を守り続けた。
そして、黎明は開け、暁へと空は変わっていく。
『まだ名もなき怪物達』
———完




