↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所を守るために―国家災害統括特殊救助機関 "暁" の継承者達―  作者: HANA
第9章 その先も、ずっと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
105/112

第104話 The Words I Couldn’t Say

ドライブから数日が過ぎた。

あの日の熱は下がったものの、蒼真の身体は以前のようには戻らなかった。


自力で起き上がることは難しくなり、今では背中を起こすにも誰かの手を借りる。

それでも蒼真は、焦ることも嘆くこともなく、その変化を静かに受け入れていた。


窓の外では風鈴が優しい音を響かせ、夏の風が障子を揺らし、庭からは小鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「……今日も平和だな」

蒼真がぽつりと呟くが誰からも返事はない。

視線だけ横へ向けると、ベッド脇の椅子で蓮が文庫本を片手にページをめくっていた。

相変わらず無表情の蓮に蒼真は呆れた顔をした。


「お前……最近、何してんだ」

「読書」

「それは見りゃ分かる」

 

ページをめくる音だけが静かに響き、しばらくして蓮は本から目を離さないまま口を開いた。

「お前、最近動かねぇから」

「……まぁ」

「俺、暇」

「帰れば?」

ようやく本を閉じた蓮は、蒼真へ視線を向けた。

「それは断る」

「即答かよ」

「麗華さんの飯、美味い」

「目的それか」

「違う」

「じゃあ何だ」

 蓮は少しだけ肩を竦める。

「……お前が暴走しないように一応、見張り」

「……嘘?」

「嘘だ」


あっさり認める蓮に、蒼真は思わず吹き出すと、少し咳き込む。

咳き込む蒼真の背中を蓮は椅子から立ち上がり、ゆっくりとさすった。


「お前、本当に変わんねぇな」

「お互い様だろ」


再び文庫本を開く蓮の横顔を見ながら、蒼真は静かに目を閉じた。


また起きていられる時間が少なくなった。

本当になんでもない事で体力がもっていかれる。

それでも、隣に蓮が居るだけで安心できた。

何を話すわけでもないし、何かをするわけでもない。

ただ、そこに居る。

昔から、そうだった。

飯に誘った、15歳の春から、ずっと。

任務の合間も、病室でも、総統室でも蓮は、気が付けば隣に居た。

それだけで、不思議と安心できて眠る事ができる。


襖が静かに開き、蓮は文庫本から顔をあげた。

麗華が昼食を持って来ていた。

「また、寝たみたいで…」

「蒼真のリクエストだったのにね。先に食べちゃおうか」

「いただきます」

蓮は麗華から昼食を受け取ると、和室のテーブルへと並べ穏やかな寝息をたてている蒼真を見ながら麗華と昼食をとった。


「いつも、ありがとうね、蓮」

「突然どうしたんですか」

食べながら麗華が唐突に蓮へと話しかけた。

「……蓮に本当にいつも助けられてるから」

「……褒めても何も出ませんよ」

「知ってる」

麗華は少しだけ笑いながら俯いた。


蓮は空になった食器を盆へ戻すと、腕時計へ視線を落とした。

「そろそろ行って来ます」

「診察?」

麗華が尋ねると、蓮は頷く。

「蒼志にまた咳止めもらうんで」

「本当にしつこい咳だよね……やっぱりタバコ辞めたら?」

「……努力します」

珍しく歯切れの悪い返事に、麗華は思わず笑った。

努力すると言っても蓮がタバコを辞めない事は分かっていた。

風邪症状もなく、咳だけ続く蓮を麗華は不思議に思ってはいたが、深くは聞かないようにしていた。

きっと蓮は聞かれたら困った顔をするだろうと分かっていたからだ。


蓮は玄関へ向かい、靴を履くと振り返った。

「麗華さん」

「ん?」

「何かあったら電話してください」

「分かった」

「蒼志の診察終わったら、そのまま帰ります」

「気を付けてね」

「はい」

玄関の扉が静かに閉まり、車のエンジン音が聞こえると少しずつ遠ざかっていった。


家の中は、不思議なくらい静かになる。

風鈴だけが、ちりん……と涼しげな音を鳴らしていた。

麗華は眠る蒼真を見つめながら、小さく息を吐く。

「……ん…」

「あ、起きた?」

蒼真がゆっくりと目を開けると、そこには麗華の穏やかな微笑みがあった。


風鈴が、ちりんと鳴る。

夏の風が二人の間を優しく通り抜けていく。


蒼真はしばらく、麗華を静かに見つめていた。

「蒼真…どうしたの?」

「麗華」

「ん?」

「こっちに来て」


蒼真がゆっくりと右手を伸ばした。

以前なら、ひょいと抱き寄せられた腕。

今は伸ばすだけが精一杯のその腕。

それでも、その手は確かに麗華を求めていた。

麗華は何も言わず、そっとベッドへ腰掛け、蒼真の身体へ寄り添った。

「ちゃんといるよ」

「うん……」


蒼真は残った力を振り絞るように腕を麗華へ回す。


ぎゅっと抱き締めることは出来ない。

それでも、背中へ添えられた手からは、「離したくない」という想いが痛いほど伝わってくる。

麗華も静かに身体を預けると肩へ額を寄せ、そっと蒼真の背中へ手を回した。


「久しぶりだね」

「うん」

「重いでしょ」

「全然」


しばらく二人はそのままだった。

風鈴が一度だけ鳴る。

蒼真は麗華を見つめると麗華の髪をゆっくり撫でた。

何十年も前、初めて一緒に夜を過ごした頃と同じように。


「……麗華」

「なに?」

「ありがとう」

「こちらこそ」

「違う……俺を……」

身体を動かし、言葉を紡ぐだけで、蒼真の息が僅かに乱れた。

蒼真は息を整え、麗華を見ながら口を開いた。


「選んでくれて」


麗華は思わず目を潤ませた。

────泣かない。

そう決めていたのに。

蒼真には笑顔を向けようと決めていたのに。


あまりにも蒼真の声が優しくて、麗華の瞳から涙が一筋零れた。

それでも、麗華は震える声で言葉を紡いだ。


「……私が…選んだんじゃないよ。一緒に歩くって…生きていくって決めたんだよ…」

「……そうだった」

 

麗華の涙がシーツを濡らした。

それでも、蒼真は麗華に泣くな。と言うことも、涙を拭う事もしなかった。

ただ、静かに麗華を見つめていた。

その静けさが────今は泣いていいよ。と蒼真が麗華に伝えているようだった。


麗華の涙が途切れた頃、蒼真はゆっくり息を吸う。

残された力を集めるように。


そして麗華の耳元へ静かに囁いた。


「Я люблю тебя.」


麗華は少しだけ驚いたように目を見開くと、蒼真は照れくさそうに笑っていた。

その様子を見て、何を言われたのか分からないけれど…麗華は微笑んだ。

「うん……」

「……分かるのか、ロシア語」

「分かんない……ただ、なんとなく」


────愛してる。


そう言われたような気がした。


微笑む麗華を見つめながら、蒼真は安心したように目を閉じた。


麗華の手を握ったまま。

その温もりを確かめるように。


「また、寝ちゃうんだね…」

麗華が蒼真の髪を優しく撫でると、蒼真は小さく笑みを浮かべ、静かな寝息を立て始めた。

麗華はその寝顔を見つめながら、そっと額へ口づけた。


「……おやすみ、蒼真」


風鈴がちりん…と鳴り、2人に風と共に寄り添う。

夏の午後は、どこまでも穏やかに流れていた。

2人は互いの温もりを確かめるように、そのまま寄り添っていた。



────君の隣で夢を語った。

隣で見ていてくれた。

そして、生きてくれた。

今は泣いてもいい。

きっと、君は明日には笑ってくれるから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。