第1話「国家に選ばれた高校生」
代表作『Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ。』
第2作品目『ようこそ、異世界ホテル"Aequitas"へ』
長編2作品に続く、新長編連載作品『STATE;0―僕らが知らない「国家」が、そこにある。』の連載開始です。今後の展開に、乞うご期待ください!!
――20xx年 4月。
桜の花びらが校門へ続く坂道を埋め尽くす中、国立 帝煌 学園高等学校には、新しい一年が始まろうとしていた。全国から優秀な生徒が集まることで知られるこの学校は、文武両道の名門校として長い歴史を持っている。広大な敷地には複数の校舎と体育施設が整然と並び、正門には国立学校らしい重厚な門柱が設けられているものの、そこを通り過ぎる生徒たちの姿だけを見れば、どこにでもある春の高校と大きく変わるところはない。友人と笑いながら歩く者、始業式の時間を気にして足早に校舎へ向かう者、まだ眠そうな顔で欠伸をする者。誰もが新しい一年に期待や不安を抱えながら、それぞれの日常へ向かっていた。
ただし、この学校には一般の高校には存在しない、ひとつの特殊な制度がある。政府によって制定された《特別学生国家参与制度》。その名の通り、一定の条件を満たして選抜された高校生に対し、国の政策や行政に関する活動へ参与する特別な権限を与える制度だ。対象となった生徒は、政府関係者との政策協議や行政機関との意見交換、限定的な国家情報へのアクセスなど、通常の高校生には到底与えられない経験をすることになる。その制度の対象校のひとつとして選ばれているのが、ここ、国立帝煌学園高等学校だった。
そして今年、その制度のもとで選抜された七人の生徒によって、生徒会直轄・特務部隊《国家参与特別委員会》が新たに編成された。
その日の放課後、校舎の一角に設けられた特別委員会の会議室では、七人の生徒が一堂に集まっていた。
室内には長方形の会議机が置かれ、正面には大型のディスプレイ、その脇には国立帝煌学園の校章と日本国旗が並んでいる。一般の生徒会室とは明らかに異なる、どこか行政機関の会議室を思わせる造りだった。壁際には国家参与制度に関する資料を収めたキャビネットが並び、入口には学生証とは別に、この委員会の活動資格を証明する専用の認証端末まで設置されている。
その席に座っているのは、委員長を務める戰國 暁、主人公・渉外官の零宮 司、法務官の進藤 颯、情報官の片町 学、参謀官の望月 茜、執行官の堅橋 穰介、そして監察官の八乃森 燈縭。
法務官の進藤 颯を除き、高校2年生であり颯の先輩たちである。
誰もが同じ制服を着た高校生であるにもかかわらず、その場に並ぶ役職名だけを見れば、まるでひとつの小さな国家組織のようにも見えた。
司は机の上に置かれた資料へ目を落としながら、改めてその異様さを実感していた。つい数週間前まで、自分はただの高校生だった。それが今では、政府関係者との会議に参加し、国家政策について意見を述べる立場にいる。制度について説明を受けたときにも、その現実感は最後まで湧かなかった。しかし、目の前に並んだ資料と、机上に置かれた専用の身分証を見ていると、どうやらこれは夢でも冗談でもないらしい。
向かい側に座っていた暁が、全員の顔を確認するように視線を巡らせた。彼女は七人の中で最も大きな権限を持つ委員長であり、委員会全体を統括し、最終的な判断を下す役割を担っている。まだ高校生という年齢でありながら、その眼差しには妙な落ち着きがあった。
「今日から私たちは、《国家参与特別委員会》として活動することになる。制度上、私たちには一定の範囲で政府や行政機関へ意見を提出する権限が認められているけれど、だからといって私たちが国家そのものを動かせるわけじゃない。あくまで学生として与えられた権限の中で行動すること。それだけは最初に確認しておきたい」
暁の言葉に、颯が資料をめくりながら頷いた。
「その通りです。特別学生国家参与制度には、かなり細かい制限があります。政府機関への参与が認められているとはいっても、最終的な決定権を持つわけではありませんし、機密情報についても閲覧できる範囲が明確に定められています。権限を越えた場合には、委員会そのものが活動停止になる可能性もあります」
「つまり、俺たちは何でもできるわけじゃないってことだな」
穰介が腕を組みながら言うと、颯は小さく頷いた。
「むしろ、できないことのほうが多いと思ってください」
「高校生なんだから、それが普通だろ」
穰介がそう返すと、司は思わず苦笑した。確かにその通りだ。政府と話すことができると言われても、自分たちはまだ制服を着た高校生に過ぎない。国会議員でもなければ官僚でもなく、ましてや国家の意思決定者でもない。制度が特別だからといって、自分たち自身まで特別な存在になったわけではない。
その一方で、片町学だけは資料から顔を上げず、静かにページを読み進めていた。情報官である彼に与えられた役割は、政府や行政機関から提供される情報だけではなく、公開情報や各種資料を収集し、それらを分析して委員会の判断材料を作ることだった。やがて彼は一枚の資料を机の中央へ置く。
「それで、最初の案件なんだけど」
全員の視線が学へ集まる。
「明日の午後、内閣府の担当者との意見交換会が予定されてる。議題は、今年度の高校教育政策について。政府側からいくつかの案が提示されて、それについて僕たちが意見を述べることになる」
「初仕事が教育政策か。ずいぶん平和だな」
穰介がそう言うと、茜が資料を確認しながら答えた。
「平和とは限らないよ。教育政策は対象となる人数が多い分、少しの制度変更でも影響範囲が広い。しかも予算や自治体との調整も絡む。最初の案件としては、むしろ妥当だと思う」
「さすが参謀官。初日から難しい話をするな」
「難しく考えているわけじゃない。事実を整理しているだけ」
淡々と返され、穰介は肩をすくめた。そんな二人のやり取りを聞きながら、司は資料に目を通した。内容そのものは確かに教育政策に関するものだったが、政府が提示する予定の案には、いくつか気になる点がある。特に予算配分の変更については、現在の制度から大きく数字が動いているにもかかわらず、その理由についての説明が簡潔すぎる。
司がその点を指摘すると、颯も同じ箇所へ視線を落とした。
「……確かに、説明が足りませんね。明日の意見交換会では、この部分について質問してみる必要があります」
「じゃあ、僕が関連する公開資料を調べておく。数字の根拠が分かれば、政府側の説明が妥当かどうか判断できる」
学がそう言うと、暁は頷いた。
「お願いする。茜は明日の会議の進行と論点整理を。颯は法的な問題がないか確認して。司は政府側との交渉を担当してほしい」
「分かった」
司は短く返事をした。
その瞬間、机の上に置かれていた自分の役職名が妙に重く感じられた。
『渉外官』
政府や企業、他の機関との交渉を担当する役職。その文字を見るたびに、自分が本当にその役割を果たせるのかという不安が湧いてくる。けれど、同時にひとつだけ確信していることもあった。
相手が政府だからといって、最初から敵だと決めつける必要はない。
相手には相手の事情があり、こちらにはこちらの事情がある。その違いを整理して、互いに納得できる場所を探す。それが交渉なのだと、司は考えていた。
「司」
暁から声をかけられ、彼は顔を上げた。
「明日の交渉、あなたに任せる。何か問題があったら、無理に一人で判断しなくていい。委員会として判断するから」
暁の言葉には、委員長としての責任感がはっきりと表れていた。
司は少しだけ考えてから、彼女へ向けて言った。
「話せるうちは、まだ敵ではない」
その言葉に、部屋が一瞬だけ静かになった。
燈縭が興味深そうに司を見る。
「それ、ずいぶん楽観的な考え方だね」
「そうかもしれない。でも、話す前から敵だと決めたら、交渉する意味がなくなるだろ」
「なるほど」
燈縭はそれ以上何も言わなかった。ただ、その視線だけは司から離れない。
やがて最初の会議が終わり、七人はそれぞれ資料を持って部屋を出ていった。廊下へ出れば、そこには先ほどまでと変わらない学校の日常が広がっている。部活動へ向かう生徒たちの声が聞こえ、窓の外では運動部がグラウンドを走っている。教室からは友人同士で笑い合う声も聞こえてくる。
司はその光景を眺めながら、ふと足を止めた。
ついさっきまで自分も、あちら側にいた。
国家のことなど深く考えず、ニュースで政治家の発言を見て、良いとか悪いとか感想を抱く程度だった。国がどのように動いているのか、法律がどう作られているのか、行政がどんな仕組みで動いているのか。それらを本気で知ろうと思ったこともなかった。
それが今では、自分たちがその国家と直接話をすることになる。
不思議な感覚だった。
「零宮」
後ろから学に呼ばれ、司は振り返った。
「明日の資料、今日中に一度見ておいたほうがいいよ。政府から来てる資料、思ったより細かい」
「分かった。ありがとう」
「それと……」
学が一度言葉を止める。
「何?」
「さっきの予算配分の数字なんだが、私も少し気になってる」
「何か見つかった?」
「まだ分からない。ただ、過去の公開資料と比較すると、少しだけ不自然なんだ」
司は資料へ目を落とした。
「不自然?」
「うん。でも、今の段階では単なる計算上の差かもしれない。明日、政府側に聞けば分かると思う」
「それなら、まず聞いてみよう」
司はそう答えた。
それだけの話だった。
少なくとも、その時の彼らにとっては。
このとき誰も知らなかった。
翌日の政府との意見交換が、彼らにとって単なる「最初の仕事」では終わらないことを。
政府から提示された資料の小さな矛盾が、やがて国家参与制度そのものへの疑問へ繋がり、消された記録と存在しないはずの過去を追うことになるなど、この時点では想像すらできなかった。
そして何より、彼らがこれから向き合うことになるのは、目の前にある日本という国家だけではない。
その国家のどこかに、彼らがまだ知らない何かが存在している。
誰かによって隠され、誰かによって守られ、誰かによって忘れられたもの。
その名を、彼らはまだ知らない。
ただ、物語はすでに始まっていた。
『STATE;0』
――僕らが知らない「国家」が、そこにある。
――第1話 完




