第16話「国家命令を拒絶せよ」
《終端条件を開示するためには、現在の参与者が一度だけ国家機関の判断を否定する必要があります。》
大型モニターに表示されたその一文は、STATE;0がこれまで七人へ提示してきたどの問いよりも具体的でありながら、同時に最も危険な意味を含んでいた。国家機関の判断を検証することと、実際にそれを否定することは同じではない。これまで七人は政府から提示された情報を疑い、独自調査を行い、政府要求をそのまま受け入れないという判断を下してきたが、それでも制度上は「政府要求を独自検証する」という立場に留まっていた。ところが今、STATE;0が求めているのは、国家機関によって正式に下された何らかの判断に対して、参与者として明確な否定を突きつけることだった。
「……一度だけ、っていう書き方が嫌だね」
燈縭が画面を見つめながら言った。いつもの軽さを残した声ではあったが、その視線はSTATE;0の文面を一文字ずつ確かめるように動いている。
「回数を指定してるってことは、何でもいいから反対しろって意味じゃない。たぶんSTATE;0が認める条件が別にある」
「私もそう思う」
茜が椅子へ深く腰を下ろしながら応じる。
「制度上の判断を一度否定すればいいだけなら、形式的な案件を探して反対すれば条件を満たせる。でも、それでは国家参与制度の終端条件を開示する理由にならない。STATE;0が見ているのは、反対したという事実じゃなくて、何を根拠に国家機関の判断を否定したかのほうでしょうね」
「つまり、条件を満たすために否定したら駄目ってことか」
穰介が言うと、学は端末に残されているSTATE;0の判断履歴を確認しながら頷いた。
「おそらく。これまでの評価もそうでした。STATE;0は結論だけではなく、そこへ至る判断過程を記録している。私たちが終端条件を見たいから国家機関へ反対したところで、正当な国家判断として認められるとは思えません」
「だったら、これを達成するために案件を探すのはやめよう」
司がそう言って、椅子の背から身体を起こした。
「俺たちの仕事はSTATE;0を攻略することじゃない。実際に国家機関の判断を否定しなきゃいけない状況が来たとき、その判断が本当に間違っているのかを確かめることだ。結果として条件を満たすならともかく、条件を満たすために政府へ喧嘩を売ったら順番が逆になる」
「同意します」
颯が頷く。
「そもそも国家参与制度の権限が広いからといって、国家機関の正式な判断を理由なく覆していいわけではありません。行政上の決定であれば、その決定に至る手続きや根拠もありますし、緊急性が高い案件なら、私たちが判断を遅らせること自体が危険になる可能性もあります」
暁は六人の意見を聞きながら、STATE;0の画面を見つめていた。ここまで進んだことで、国家参与制度がなぜ存在しているのか、その輪郭は確実に見え始めている。しかし同時に、制度を終わらせる可能性へ近づけば近づくほど、要求される判断の重さも増していた。国家を疑うことはできる。政府と異なる結論を出すこともできる。だが、実際に国家機関の判断を否定するということは、その判断によって守られるはずだった何かについても、自分たちが責任を負うということだった。
「じゃあ、今は進めない」
暁が結論を出した。
「STATE;0の条件を満たすためだけに、国家の判断を否定することはしない。私たちは今まで通り、案件ごとに必要な判断をする。それで条件を満たさないなら、この先はまだ私たちが見るべきものじゃない」
その言葉が終わった直後だった。
委員会室の端末から、鋭い電子音が鳴った。
七人の視線が一斉にそちらへ向く。学が操作していた端末ではない。国家参与制度を通じて政府側から正式案件が送られてきた場合にのみ作動する専用回線だった。これまでにも何度か使用しているため、音そのものは珍しくない。それでも、STATE;0が国家機関の判断を否定するよう条件を提示した直後という状況が、その通知音を不自然なほど重く聞こえさせた。
「……冗談だろ」
穰介が眉を寄せる。
「タイミング良すぎないか?」
「STATE;0から送られたものではありません」
学がすぐに専用端末へ移り、受信情報を確認する。
「正式な政府回線です。電子署名も有効。参与制度を通じた緊急案件として送信されています」
「送り主は?」
暁が尋ねる。
学は画面を確認したあと、わずかに表情を変えた。
「政府側の案件管理系統を経由しています。ただし、発出主体は一つではありません。複数の国家機関による共同判断になっています」
茜が眉を寄せる。
「複数?」
「はい」
学が大型モニターへ案件情報を転送すると、STATE;0の画面が縮小され、その隣に政府から送られてきた文書が表示された。
《特別学生国家参与制度――緊急参与要請》
《案件区分――国家安全保障》
《秘匿区分――最上位》
《参与目的――国家機関決定事項の確認》
その最後の一文を読んだ司が、露骨に顔をしかめた。
「確認?」
「普通なら『協議』とか『検討』ですよね」
颯も違和感を示す。
「確認という書き方だと、すでに決定された内容を私たちへ通知するだけにも読めます」
「開いて」
暁の指示を受け、学が認証処理を進めた。七人の参与資格が順番に確認され、最上位秘匿案件に対する一時閲覧権限が付与される。画面に現れた資料は、これまで扱ってきた教育政策関連の文書とは明らかに雰囲気が違っていた。詳細の大部分が秘匿指定され、対象名すら表示されていないにもかかわらず、文書の冒頭にはすでに政府としての最終決定が記されている。
《対象情報について、国家安全保障上の重大な危険が確認された。》
《当該情報の外部流出を防止するため、関連記録を即時封鎖する。》
《関係者への接触を禁止する。》
《参与者による独自調査を認めない。》
そこまで読んだところで、七人の空気が変わった。
司がゆっくりと椅子から立ち上がる。
「……待てよ」
誰も答えなかった。
答える必要がなかったからだ。
この文章を、七人は知っている。
まったく同じ文面ではない。それでも、その構造は第0期へ提示された政府要求と酷似していた。情報を秘匿し、指定された範囲を超える調査を禁止し、参与者自身による独自判断を制限する。第0期が最後まで拒否したものと、現在の政府が七人へ提示している要求が、時代を越えて同じ形を取り始めている。
「第0期再現可能性……」
学がSTATE;0側の画面を見る。
だが、そこには何も表示されていなかった。
以前なら現在の判断と第0期を比較していたSTATE;0が、今回は沈黙している。
「出てない」
燈縭が呟く。
「STATE;0、何も言ってないよ」
「私たちに判断させるつもりなんでしょうね」
茜の声が低くなる。
「さっき終端条件を見せたのも、これが来ることを知っていたから……とは限らない。むしろ、そう考えないほうがいい」
「どうして?」
穰介が尋ねる。
「STATE;0と政府案件が最初から連動していると決めつけたら、政府が間違っているという前提で考えることになるから。今の私たちがやるべきなのは、第0期との類似を理由に拒否することじゃない。この案件そのものを検証すること」
「そうだね」
暁が頷いた。
「第0期と同じに見えるから、政府が間違っているとは限らない」
司も画面を見つめながら続ける。
「本当に国家安全保障上の危険があるなら、情報を封鎖すること自体はあり得る。さっき颯が言った通りだ」
「はい。ただし――」
颯が資料を指した。
「《参与者による独自調査を認めない》という部分には、法的な確認が必要です。現在の制度上、私たちは政府の補助者ではなく独立した参与主体として位置付けられています。個別案件で調査範囲を制限できる規定が存在するとしても、その根拠が示されていません」
「学、決定までの経緯は追える?」
暁が尋ねる。
「やってみます」
学は政府資料に付与されている管理情報を確認し始めた。通常なら、正式決定に至るまでの審査履歴、関係機関の確認、法務上の検討記録など、少なくとも参与者が判断するために必要な情報へアクセスできる。しかし今回の案件では、その大部分が閲覧不可になっていた。
「……おかしい」
学の指が止まる。
「最終決定は存在します。でも、そこに至る判断過程が見えない」
「秘匿されてる?」
司が尋ねる。
「それだけではありません。通常なら秘匿されている資料でも、資料が存在すること自体は分かります。今回は中間記録への参照情報そのものが切られている。私たちに見せないというより、最終決定だけを切り離して送ってきたように見えます」
燈縭が椅子から身体を起こした。
「それ、誰が決めたかも分からないってこと?」
「発出に関わった機関は分かります。でも、どの機関が最初に提案して、誰が反対して、どういう理由で最終判断に至ったのかは分からない」
「それじゃ判断できない」
茜は即座に言った。
「結果だけ見せられても、その決定によって回避できる損失と、逆に生じる損失を比較できない。安全保障を理由にするなら、少なくとも何を守ろうとしているのかは必要」
穰介も資料を睨んでいる。
「しかも関係者への接触禁止って、その『関係者』が誰なのかすら見えねぇ。危険人物なのか、守らなきゃいけない人なのか、それすら分からないだろ」
「まず政府に説明を求めよう」
司が言った。
「否定するかどうかは、そのあとだ」
暁は頷き、政府回線を通じて追加説明を要求するよう学へ指示した。学が正式な照会文を送信すると、通常なら担当者へ転送されたことを示す受付表示が出るはずだった。しかし今回は違った。送信処理が完了した直後、ほとんど時間を置かずに回答が返ってきた。
《追加情報の開示は認められません。》
颯の表情が険しくなる。
「早すぎます」
「自動応答?」
「違います」
学が首を振る。
「正式回答として電子署名されている。つまり、私たちが追加情報を求めることまで想定して、回答が準備されていた」
司の顔から、いつもの柔らかさが消えた。
「なら、もう一度送る。今度は俺の名前でいい」
「司?」
「渉外官として正式に説明を要求する。国家安全保障上、開示できない情報があることは理解している。ただし、独自調査を禁止する根拠と、参与制度の権限を制限する法的根拠だけは説明してもらう。それすら出せないなら、この要求を受け入れる理由がない」
暁が数秒だけ司を見たあと、頷いた。
「お願い」
司は端末の前へ移動し、自分の参与資格を使って正式照会を送信した。文章は短かったが、政府を非難するものではない。機密そのものを開示しろとも書いていない。政府の判断を理解するために最低限必要な根拠を示してほしいという、これまで司が何度も行ってきた交渉と同じだった。
数十秒後、回答が届いた。
《本件について、国家参与者との追加協議は行いません。》
その一文を読んだ瞬間、司の目が細くなった。
「……話すつもりがない、か」
それでも彼は怒鳴らなかった。机を叩くこともしなかった。ただ、これまで「話せるうちは、まだ敵ではない」と考えてきた司にとって、国家側から対話そのものを拒絶されたという事実は、他の誰より重い意味を持っていた。
燈縭はそんな司を横目で見たあと、政府資料へ視線を戻した。
「ねえ、学。この文書、作成時刻は?」
「今日の午前――」
学が答えかけて止まった。
「どうした?」
「……違う」
学は複数の情報を並べる。
「最終決定の作成時刻と、参与制度への送信準備時刻が合っていない」
大型モニターへ二つの時刻が表示される。政府側で最終決定が確定した時刻よりも、七人へ送信するための文書が作成された時刻のほうが早い。
颯が椅子から立ち上がった。
「決定される前に、私たちへ送る文書が作られていた……?」
「そうなります」
学は何度も時刻情報を照合する。
「誤差ではありません。正式決定より前に、《参与者による独自調査を認めない》という文言を含む通知文が作成されています」
茜の表情が変わる。
「つまり、政府内で最終的な結論が出る前から、私たちの調査を止めることだけは決まっていた」
「でも、それだけでは違法とは言えません」
颯は慎重に言った。
「緊急案件なら、複数の判断を並行して準備することはあり得ます。ただ……」
「ただ?」
「正式決定の内容が変わる可能性があった段階で、私たちの権限を制限する文書だけが先に完成していた理由は、確認する必要があります」
司は画面を見つめたまま、静かに息を吐いた。
「これ、俺たちに何かをさせたくないんじゃなくて……」
燈縭が続ける。
「何かを見つけられたくない?」
委員会室に沈黙が落ちた。
その可能性を、誰もすぐには否定できなかった。
しかし暁は、そこで結論を急がなかった。疑わしいから拒否するのでは、第0期の記録を見たことで政府を敵視しているだけになってしまう。七人が今しなければならないのは、疑念を事実へ変えることだった。
「学、私たちがこの案件について独自に確認できる情報はどこまである?」
「政府内部の秘匿資料は制限されています。ただ、今回の決定によって影響を受ける行政記録や既存の参与記録まで全部消えているわけではありません。公開情報と、私たちが正規権限で閲覧できる範囲を組み合わせれば、対象が何に関係しているか程度なら絞れるかもしれません」
「やろう」
暁が即答した。
「ただし、禁止されている情報へ不正にアクセスすることはしない。今の私たちに認められている権限だけで確認する」
そこから委員会室の空気は一変した。
学が複数の資料を照合し、茜が時系列を組み直す。颯は今回の政府決定に適用され得る法的根拠を洗い出し、燈縭は文書の作成者が残した微細な差異を拾っていく。司は政府側との通信履歴を確認し、暁は全体の情報を整理しながら判断に必要な欠落部分を抽出する。穰介だけは一見すると情報戦の外側にいるように見えたが、関係者への接触禁止という文言から、この案件が現場へ波及した場合に誰が危険へ晒されるのかを確認していた。
時間が過ぎるにつれ、ばらばらだった情報の間に一本の線が浮かび上がっていく。
「見つけました」
学の声で全員が画面を見る。
「今回の政府決定と同じ時刻帯に、別系統の行政記録でアクセス制限が行われています。直接の内容は見えませんが、分類番号が一致する」
表示されたのは、七人がここまで追い続けてきた番号だった。
―STATE;0
―第0期
―国家判断記録
それらを繋いでいた分類番号が、現在進行形の政府決定にも使われている。
「偶然じゃないね」
燈縭が言った。
「でも、まだ足りない」
茜が冷静に返す。
「同じ分類だからといって、今回の政府判断が間違っている証拠にはならない」
「その通りです」
学がさらに記録を進める。
「ただ、もう一つあります」
次に表示されたのは、政府決定の更新履歴だった。本文そのものは閲覧できない。しかし、文書がいつ作成され、いつ修正され、いつ最終承認されたのかという管理情報だけは残っている。
そこには、一度削除された項目が存在していた。
《国家参与者への情報共有――許可》
その項目は、最終決定の直前に削除されている。
代わりに追加されたのが、
《参与者による独自調査――禁止》。
司の目つきが変わった。
「最初は、俺たちに見せるつもりだった」
「途中で方針が変わった」
暁が続ける。
「問題は、なぜ変わったのか」
そのときだった。
委員会室の扉が強く叩かれた。
全員の身体が反射的に強張る。
こんな時間に委員会室を訪れる予定はない。しかも、今扱っているのは最上位秘匿案件であり、通常の生徒や教職員が入室できる状況ではなかった。
穰介が真っ先に立ち上がり、扉と仲間の間へ自然に身体を入れる。
「誰だ?」
返事はすぐにあった。
「俺だ。兵頭だ」
その声を聞いても、緊張は解けなかった。
むしろ司の表情が変わる。
暁が入室を許可すると、扉が開き、兵頭和久が委員会室へ入ってきた。普段なら多少なりとも気の抜けた態度を見せる男が、今日は扉を閉めるなり大型モニターを見て、露骨に顔をしかめた。
「……やっぱり来たか」
司がすぐに反応した。
「知ってたのか?」
「全部じゃねぇ」
兵頭はそう答えながら、七人の顔を見渡す。
「ただ、政府内でお前らに何か出す動きがあることは知ってた。俺のところを通してねぇ時点で、まともな参与要請じゃないと思って来た」
「兵頭さんを通していない?」
颯が尋ねる。
「ああ。俺は制度連絡担当だ。本来なら、お前らに最上位案件を送るなら少なくとも通知くらいは来る。それがなかった」
学がすぐに政府文書の送信経路を表示した。
「電子署名は正式です」
「だろうな。偽物じゃねぇ」
兵頭は画面を見つめる。
「正式な権限を持ってる誰かが、正規の手続きを使って俺を飛ばした。それだけだ」
「誰?」
暁が尋ねる。
兵頭はすぐには答えなかった。
その沈黙を、燈縭は見逃さない。
「知ってるんだ」
「推測ならな」
「なら教えて」
「無理だ」
兵頭の返答は早かった。
穰介が眉をひそめるが、兵頭は続けた。
「勘違いすんな。隠したいわけじゃねぇ。今の俺には確証がない。名前を出した瞬間、お前らの判断に俺の推測が混ざる。それじゃ意味がない」
司が兵頭を見つめる。
「じゃあ一つだけ答えてくれ」
「何だ」
「この政府判断に、俺たちは従うべきだと思うか?」
兵頭は黙った。
政府側の人間として答えるなら、従えと言えばいい。
国家参与制度の連絡担当として答えるなら、独自に判断しろと言えばいい。
だが兵頭は、そのどちらも選ばなかった。
「それを俺に聞くな」
司の眉が動く。
兵頭は大型モニターへ視線を向けた。
「お前らが何のために七人でそこに座ってるのか、もう知ったんだろ」
暁がSTATE;0の画面を見る。
「……えぇ」
「なら俺が答えを出したら、全部台無しだ」
兵頭はそこで一度言葉を切り、珍しく真剣な表情で七人を見渡した。
「ただし、一つだけ言える。この国の中には、お前らが国家を判断することを必要だと思ってる人間と、邪魔だと思ってる人間の両方がいる」
その言葉が、委員会室の空気を変えた。
政府は一枚岩ではない。
それは最初から分かっていた。
だが今、国家参与制度そのものを巡って、政府内部の意思が割れている可能性が初めて現実のものとして浮かび上がった。
「今回の決定も、その対立の一部?」
茜が尋ねる。
「自分で確かめろ」
兵頭はそれ以上答えなかった。
その瞬間、学の端末に新しい警告が表示された。
「……何?」
学が画面を見る。
政府案件の状態が更新されている。
《参与者回答期限――十分》
「十分?」
颯が目を見開く。
「こんな重要案件に?」
さらに、その下に新たな文章が追加された。
《期限までに回答がない場合、政府決定への同意とみなします。》
「そんな規定はありません!」
颯が即座に立ち上がった。
「参与者の不回答を同意とみなすなんて、少なくとも通常の参与手続きでは認められていません。まして独自判断を禁止したうえで、十分以内に回答しなければ同意なんて――」
「颯」
暁が呼ぶ。
颯は言葉を止めた。
暁の表情は、もう迷っていなかった。
「法的根拠を確認して」
「はい」
「学は、今まで確認した事実を全部まとめて。茜は、この政府判断を受け入れた場合と拒否した場合のリスクを整理。燈縭は文書の矛盾をもう一度。穰介は、この決定が現場へ移った場合の危険を見て」
そして最後に、暁は司を見る。
「司」
「分かってる」
司は政府回線の前へ座った。
「最後に一度だけ、話す」
残り時間が減っていく。
九分。
八分。
七人は動いた。
焦りに任せてではない。STATE;0に求められたからでもない。第0期と同じ道を歩くためでもない。政府が示した判断が、本当に国家のためのものなのかを、自分たちの役割で確かめるためだった。
そして残り三分になったところで、全員の情報が揃った。
颯が最初に報告する。
「政府側が示した独自調査禁止について、現時点で確認できる法的根拠はありません。緊急時に情報アクセスを制限する規定はありますが、参与者の判断権そのものを停止する根拠にはなっていません」
学が続ける。
「政府決定そのものは正式です。ただし、判断過程が意図的に切り離され、参与者への情報共有を認める項目が最終段階で削除されています。誰が変更したかは確認できません」
茜は二人の報告を受けて結論を述べる。
「受け入れた場合、即時の情報流出リスクは抑えられる。ただし、判断根拠が確認できないまま調査権を放棄することになる。拒否した場合は秘匿情報に関するリスクが残るけど、私たちは情報公開を要求しているわけじゃない。独自検証の継続だけなら、損失は限定できる」
燈縭も続けた。
「文書には二つ矛盾がある。政府判断が確定する前に私たちへの調査禁止通知が作られてること。それから、最初は情報共有を認める予定だったのに、最終段階で消されてること。少なくとも、最初から一貫した安全保障判断だったとは言えないと思う」
穰介は最後に腕を組んだまま言った。
「関係者への接触禁止の範囲が分からねぇ以上、このまま現場措置に入ったら守るべき相手まで危険人物として扱われる可能性がある。俺は賛成できねぇ」
残り二分。
全員の視線が司へ向く。
司は最後の照会に対する政府回答を見ていた。
そこには、一文だけ表示されている。
《追加協議には応じない。政府決定に従われたい。》
司はしばらくその文字を見つめ、それから椅子を引いた。
「話せるうちは、まだ敵じゃない」
誰も口を挟まない。
「でも、話すことを拒まれたからって、すぐ敵になるわけでもない。だから俺は、政府を敵だとは判断しない」
司は暁を見る。
「ただ、この判断には従えない」
残り一分。
暁は六人を見渡した。
「異論は?」
誰も手を上げなかった。
颯だけが、緊張した面持ちで小さく頷く。
「ありません」
暁は政府回答端末へ向き直った。
選択肢は二つ。
《政府決定を承認する》
《政府決定を否認する》
第0期と同じだから拒否するのではない。
STATE;0の先を見たいから拒否するのでもない。
七人がそれぞれの役割で情報を確認し、法を調べ、損失を比較し、現場の危険を考え、対話を試み、それでもなお政府判断を妥当だと認める根拠が足りなかった。
だから、暁は選んだ。
「国家参与特別委員会として判断する」
残り三十秒。
「政府決定を否認。情報の無制限な公開は行わない。ただし、独自調査の禁止には従わず、国家参与制度に認められた範囲で検証を継続する」
暁が《政府決定を否認する》を選択した。
画面が切り替わる。
《国家参与者による政府決定否認を受理しました。》
同時に、STATE;0が動いた。
《終端条件――第一条件達成》
七人の視線が大型モニターへ集まる。
だが、その直後だった。
政府回線に新しい警告が表示された。
《国家参与者による否認を確認。》
《緊急措置へ移行します。》
兵頭の表情が変わった。
「……まずい」
「何が?」
司が振り返る。
兵頭が答えるより早く、委員会室の外で複数の足音が響いた。
それは生徒のものではない。
一定の間隔を保ち、迷いなく廊下を進み、委員会室へ近づいてくる複数人の足音だった。
穰介が即座に扉の方向へ身体を向ける。暁は全員を席から離れさせ、学は端末の記録保存を開始し、茜は委員会室から退避可能な経路を頭の中で組み直す。颯は政府回線に表示された緊急措置の法的根拠を探し、燈縭は扉の向こうから聞こえる音へ神経を集中させた。
その最中、STATE;0にはさらに新しい文字が表示されていた。
《国家参与制度――終端条件》
《第一条件:国家機関の判断を独立して否定する――達成》
《第二条件:否認後も参与者として独立性を維持する――判定開始》
司がその文章を読んだ瞬間、委員会室の電子錠が外側から操作された。
赤い警告灯が点灯する。
兵頭が扉へ視線を向け、低く言った。
「全員、そこから離れろ」
穰介が七人の最前列へ出る。
次の瞬間、扉の向こうから声が響いた。
『国家参与特別委員会へ通告します。政府緊急措置に基づき、現在より本室を一時封鎖します。参与者は端末から離れ、室内で待機してください』
颯が政府文書を見た。
「そんな命令、さっきの決定にはありません……!」
「今追加されたんだろうな」
兵頭が答える。
司は扉とSTATE;0を交互に見る。
政府判断を否定した直後に、委員会室そのものが封鎖される。
それが偶然なのか、最初から用意されていた措置なのかはまだ分からない。
ただ一つ確かなのは、七人が初めて国家へ明確な「否」を突きつけた瞬間から、これまで資料の中だけに存在していた対立が、現実の世界へ姿を現したということだった。
暁は扉の向こうにいる者たちへ届くよう、静かに、しかし明確な声で告げた。
「こちらは国立帝煌学園高等学校、生徒会直轄・国家参与特別委員会。委員長、戰國暁です。封鎖措置の発令主体、法的根拠、目的を提示してください。それが確認できるまで、私たちは国家参与者として端末を放棄しません」
返答はなかった。
代わりに、電子錠へ外部から強制解除処理が始まった。
穰介が拳を握り、司が暁の隣へ立つ。颯は震えそうになる指を押さえながら法令情報を追い、学はSTATE;0の記録を保全し、茜は残された時間を計算し、燈縭は扉の向こうの人数を音だけで数えていた。
そして兵頭だけが、険しい表情で呟いた。
「……これで分かっただろ」
司が彼を見る。
兵頭は扉から目を離さなかった。
「第0期が『失敗』した理由を知りたきゃ、記録ばっか見てちゃ駄目だ」
電子錠の解除表示が、一段階進む。
「第0期に何が起きたか――今から、お前ら自身が体験することになる」
その言葉と同時に、STATE;0の画面に新たな記録が解放された。
《第0期最終記録――未公開領域》
《記録名称――国家による参与者権限停止》
七人がその文字を認識した瞬間、委員会室の電子錠が解除された。
扉が、ゆっくりと開き始めた。
――第16話 完




