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STATE;0 ―この国を、疑え。僕らが知らない「国家」が、そこにある。  作者: 嘘江 新


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第15話「必要とされた国家参与」

 《STATE;0――国家判断記録》という文字が画面中央に表示されたまま、委員会室にはしばらく誰の声もなかった。第0期の最終判断を確認し、その判断を引き継ぐのではなく再評価するという選択をした直後、STATE;0は七人に新たな資料を提示した。しかも、それは第0期の過去を振り返るための記録ではなく、現在の国家参与制度が今なお存在する理由を証明するための情報だという。


 つまり、ここから先は過去の謎を追うだけではない。


 今この瞬間、七人が所属している制度そのものが、判断の対象になっている。


「……《国家参与制度が現在も必要である根拠を提示してください》、か」


 司が画面を見つめながら呟いた。その声には、いつものような余裕がなかった。これまで政府から案件を提示されれば、その案件について調べ、必要なら交渉し、法的な問題を確認し、最終的に委員会として判断を下してきた。しかし今、彼らの前に置かれているのは一つの案件ではない。彼ら自身が国家に参与することの正当性、その存在理由そのものだった。


「変な質問だよね」


 燈縭が椅子の背にもたれながら言った。


「私たちが制度の必要性を証明するってことは、自分たちが必要だって証明するようなものじゃない?」


「だからこそ、注意しないといけない」


 茜が画面から目を離さずに答える。


「自分たちが必要だと思っているから必要、という結論になったら、それはただの自己正当化になる。制度の必要性と、私たち自身がこの制度を必要だと思うことは分けて考えたほうがいい」


「同感です」


 颯が頷いた。


「法的にも同じです。制度に権限があるから、その権限を使うことが正当化されるわけではありません。制度が存在する根拠と、その制度によって実際に行われた判断が適切だったかは、別々に検証する必要があります」


「なら、最初から条件は厳しいな」


 穰介が腕を組んだ。


「俺たちが自分たちを守るために、この制度を残そうとしたらアウトってことだろ」


「そうなるね」


 学が端末を操作する。


「STATE;0も、たぶんそこを見ている。第0期の最終判断をそのまま受け継ぐのではなく、現在の状況を踏まえて再評価しろと言っている以上、必要性を証明できなければ制度を否定することも選択肢に含まれているはずです」


 暁は黙って画面を見ていた。


 そこには現在の制度について、これまで七人が知らされていなかった情報が並び始めている。国家参与制度の設立時期、制度上の権限、参与対象、政府機関との関係、学校側の管理責任、そして制度に関わる国家機関の一覧。どれも個別に見れば既に知っている内容が多かったが、それらを一つの記録として並べられると、これまで見えていなかった輪郭が浮かび上がってくる。


 特に目を引いたのは、制度の権限について記された一文だった。


 《特別学生国家参与制度は、国家機関から独立した判断主体として参与者を位置付ける。》


 その文章の下には、さらに細かな説明が続いている。


 《参与者は、政府その他の国家機関から提示された案件について、必要な情報の要求、関係機関との協議、法的妥当性の検討、独自調査、緊急時における現場介入その他、国家的判断に必要と認められる行為を行うことができる。》


 司が目を細めた。


「……やっぱり、かなり広い」


「今まで私たちが使ってきた権限だけでも広いと思っていましたけど、これを見ると改めて異常ですね」


 颯が正直な感想を漏らす。


「高校生に与える権限として考えれば、なおさらです」


「だから、普通なら必要性を証明するより先に、なぜこんな制度が存在できるのかを疑問にするべきなんだろうね」


 燈縭が言った。


 その言葉に、暁が初めて顔を上げた。


「うん。私もそう思う」


 彼女は画面を見ながら続けた。


「国家機関だけでは判断できない問題がある。それを外部から検証するために、この制度が作られた。そこまでは第0期の記録で分かった。でも、それだけなら、現在も高校生でなければならない理由が分からない」


 学の指が止まった。


「……確かに」


 七人の間に新たな疑問が生まれる。


 国家機関を外側から検証する必要があるとしても、なぜ選ばれるのが学生なのか。


 なぜ高校生なのか。


 なぜ帝煌学園なのか。


 なぜ現在の七人なのか。


 そして、なぜ第0期から現在まで、ほぼ同じ七つの役割が維持されているのか。


 これまで七人は、その理由を制度上の仕組みとして受け入れていた。だが、STATE;0が制度そのものを再評価するよう求めている今、その前提すら当然ではなくなっている。


「学」


 司が呼びかける。


「学生であることに、何か意味があると思う?」


「あると思います」


 学は即答した。


「ただし、まだ根拠がありません。少なくとも、この記録を見れば何か理由があるはずです」


「なら、そこを探そう」


 暁が言った。


「制度が必要だという結論を出すためじゃない。必要ないなら、必要ないと判断するためにも」


 その言葉に、全員が頷いた。


 学が記録を一段階進める。


 すると、画面に新しい項目が表示された。


 《現在の国家参与制度――設立根拠》


 その下に、三つの記録が並ぶ。


 《第一根拠――国家機関間の判断対立》


 《第二根拠――国家機関による情報秘匿》


 《第三根拠――国家判断の正当性検証》


 司が眉を寄せる。


「……三つ目は分かる。でも、最初の二つはどういう意味だ?」


「国家機関同士が対立すること自体は珍しくないと思います」


 颯が考えながら言う。


「政府、行政機関、警察、情報機関、それぞれに権限や目的がありますから。問題は、その対立を調整する仕組みが機能しなくなった場合じゃないでしょうか」


 茜が画面を指した。


「それに二つ目。情報秘匿が問題になるのは、秘密そのものが悪いからじゃない。秘密にする判断が妥当なのかを外部から確認できない場合に問題になる」


「つまり、この制度が必要になるのは、国家機関の中だけで判断が完結してしまう状況か」


 司が言う。


「そう考えれば、第0期の政府要求も繋がります」


 学が続けた。


「政府は情報公開を拒否し、政府指定範囲を超えた調査を禁止しようとした。第0期はそれに対して独自調査を続けた。制度の設立理由そのものが、そこで問題になったわけです」


 燈縭が画面を眺めながら呟く。


「じゃあ、第0期は制度を壊したんじゃなくて、制度が必要な理由を実際に証明しちゃったんだ」


 その一言に、七人は沈黙した。


 第0期が「失敗」と呼ばれた理由が、少しずつ違って見えてくる。


 制度の命令に従わなかったから失敗した。


 政府要求を拒否したから失敗した。


 独自調査を止めなかったから失敗した。


 そうではない。


 制度が本来持っていた目的を、政府側が想定していた以上に徹底してしまった可能性がある。


 だからこそ、政府側の記録では失敗になった。


 そして現在の制度は、その第0期を踏まえながらも、同じ問題を繰り返さないように設計されている。


 しかし、その証拠がまだ足りない。


「……もう一つ、気になる」


 司が言った。


「現在の制度が第0期を踏まえて作られたなら、どうして同じ問題が起きる可能性を残したんだ?」


「どういうこと?」


 穰介が聞き返す。


「第0期で政府と参与者が衝突したことが分かっていたなら、最初から政府が参与者へ一方的な要求を出せない仕組みにすればいい。情報へのアクセスも完全に独立させればいい。でも実際には、政府側の要求を受ける仕組みが残ってる」


 司は画面を見つめた。


「俺たちは政府から案件を受ける。政府と交渉する。政府の資料を見る。そして必要なら政府と対立する。つまり、完全に切り離されてはいない」


 茜が答えた。


「切り離したら、逆に国家を判断できなくなるからじゃない?」


 全員が茜を見る。


「国家の外側に立つことと、国家から情報を受け取らないことは違う。政府の判断を知らなければ、その判断を検証できない。だから接続は必要。でも、従属してはいけない。その境界を維持するために、現在の制度は作られているんじゃない?」


「なるほど」


 司が頷く。


「近すぎても駄目。遠すぎても駄目ってことか」


「その通りだと思う」


 暁が答えた。


「だから難しいんだと思う」


 画面に、七人のこれまでの活動記録が表示された。


 最初に表示されたのは、教育政策に関する予算資料だった。


 そこから政府資料の照合、分類番号の発見、第0期の調査、政府要求への独自検証へと、七人がここまで辿ってきた経緯が時系列で並んでいく。


 それを見て、学が小さく息を吐いた。


「STATE;0は……全部記録していたんですね」


「最初から?」


「おそらく」


 画面には、七人が委員会を結成した直後から現在までの判断が整理されている。誰が何を言ったのかという発言記録だけではない。どの情報を重視したのか、どの時点で判断を保留したのか、どの場面で政府側へ確認を求めたのか、そして何を根拠に独自調査へ移ったのかまで記録されている。


 それは監視記録というより、判断記録だった。


「俺たちがここまで来ること自体、最初から想定されてたのか?」


 穰介が言った。


「分からない」


 燈縭が答える。


「でも、少なくともSTATE;0は、私たちがどう判断するかをずっと見てた」


「なら、ここで一つ間違えると……」


 颯が不安そうに画面を見る。


「第0期と同じ結果になる可能性があります」


 暁は首を横に振った。


「違う」


 颯が顔を上げる。


「同じ結果になることを恐れる必要はないと思う」


 暁は一人ずつ仲間の顔を見る。


「第0期と同じ判断をしたとしても、それが私たち自身の判断なら、それは模倣じゃない。逆に、第0期と違う判断をしたとしても、それが正しいとは限らない」


 その言葉を聞いた司が、静かに笑った。


「やっぱり暁らしいな」


「何?」


「結果じゃなくて、そこに至る責任を考えてる」


 暁は少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに画面へ視線を戻した。


「委員長だからね」


 その瞬間、STATE;0の画面に新たな文章が表示された。


 《現在の参与者による第一評価――確認しました。》


 七人が一斉に画面を見る。


 《評価基準――自己正当化による判断ではないことを確認。》


 司が眉をひそめる。


「……評価された?」


「私たちの議論そのものを?」


 颯が驚く。


 学はすぐに記録を確認した。


「どうやら、そうみたいです。ここまでの発言内容から、制度を維持することを目的として判断していないか、確認していた」


「ってことは……」


 燈縭が画面を指差す。


「これも試験だったってこと?」


「試験というより、検証だと思う」


 学が答える。


「STATE;0自身が、私たちを判断している」


 その言葉に、司が苦笑した。


「国家を判断する側だった俺たちが、今度は国家に判断されてるわけか」


 画面に次の文章が表示された。


 《第一評価――通過》


 そして、その直後に新しい資料が開かれる。


 《第二根拠――国家機関による情報秘匿》


 今度の画面には、これまでより遥かに多くの記録が並んでいた。


 警察。


 行政。


 政府。


 情報機関。


 教育機関。


 そして、国家参与制度。


 複数の機関が同じ分類番号のもとで記録を保有していることが表示される。


 学の表情が変わった。


「……この番号」


「やっぱり、ここに繋がってる?」


 司が尋ねる。


「はい。でも、今までとは違います」


 学が拡大表示した。


「この分類番号は、特定の機関を分類しているんじゃない。『判断に関する記録』を横断して管理するための番号です」


 七人が画面を見る。


「つまり、教育予算も、警察の記録も、政府の機密も、第0期も……全部同じ分類で管理されていた」


「国家の判断に関係する記録だから?」


 茜が尋ねる。


「その可能性が高いです」


 学は答えた。


「そして、その中心にSTATE;0がある」


 その瞬間、画面の最下部に新たな記録が表示された。


 《国家判断記録――秘匿理由》


 その項目を開こうとした瞬間、画面に警告が現れる。


 《現在の参与者には、まだ閲覧資格がありません。》


「まだ?」


 司が反応する。


「条件があるってことか」


 颯が画面を見る。


 《第二評価を完了してください。》


 そして、次の問いが表示された。


 《国家機関が情報を秘匿することは、常に誤りであるか。》


 誰もすぐには答えなかった。


 その問いは、今まで七人が議論してきた「情報公開」とは少し違っていた。


 公開するか、しないか。


 政府に従うか、拒否するか。


 そうした二択ではない。


 国家にとって、秘密が必要になる場合があることを前提にした上で、それでも国家参与者が何を判断するべきなのかを問うている。


 颯が最初に口を開いた。


「……常に誤り、ではありません」


「颯?」


「国家機密そのものを否定することはできません。安全保障や個人情報、捜査上の情報など、公開することで被害が生じる情報は存在します。でも、秘匿されているから正しいとも限らない」


 彼女は一度画面を見てから続けた。


「だから、秘匿する必要性と、秘匿する手続きの適法性、そして秘匿によって生じる国民への影響を、それぞれ確認する必要があります」


 学が頷いた。


「情報の有無ではなく、秘匿する判断そのものを検証する」


「うん」


 茜が続ける。


「必要性があるなら、必要な範囲で秘密にする。でも、秘密だからという理由だけで何でも許されるわけじゃない」


 穰介も言った。


「それで誰かが危険になるなら、その危険も考える」


 司は少し考えたあと、画面へ向けて言った。


「そして、政府が説明できる範囲では説明してもらう。話せるうちは、まだ敵じゃない」


 最後に燈縭が言った。


「でも、説明されないからって、説明されたことを全部信じる必要もない」


 暁が全員の意見をまとめる。


「つまり、国家機関が情報を秘匿すること自体を否定するんじゃない。なぜ秘匿するのか、その判断が本当に国家のためなのかを、別の立場から確認する。それが私たちの役割だと思う」


 数秒の沈黙のあと、画面に文字が表示された。


 《第二評価――通過》


 そして、その直後。


 《現在の参与者による制度再評価――継続》


 七人の視線が画面へ集まる。


 しかし、次に表示された文章を見た瞬間、その場にいた全員の表情が変わった。


 《評価対象――国家参与制度》


 《現在までの評価――必要性あり》


 司が息を吐く。


「……必要性あり、か」


 だが、その下にさらに一文が続いていた。


 《ただし、現行制度には第0期以降に解消されていない重大な問題が存在します。》


 暁の目が鋭くなる。


「……何?」


 画面が切り替わった。


 《重大な問題――国家参与者自身が、制度の必要性を判断することができない。》


 誰も言葉を発しなかった。


 その意味を理解するまでに、数秒を要した。


 国家参与制度は、国家機関を外側から判断するために作られた。


 しかし、その制度を必要とするかどうかを判断する主体は、制度の内側にいる。


 つまり、制度を廃止すべきかどうかを決めるとき、制度の恩恵を受けている参与者自身が判断することになる。


 それは、第0期の時代から解決されていない問題だった。


 そしてSTATE;0が七人をここまで導いた理由も、ようやく少しだけ見え始める。


 過去の第0期は制度そのものを再評価した。


 しかし、その判断を完全に制度の外側へ委ねることはできなかった。


 だからこそ、現在の七人に同じ問いが渡された。


 国家を判断する者は、誰が判断するのか。


 制度を判断する者は、誰が判断するのか。


 そして、その答えを出すことができなければ、この制度は永遠に自分自身を正当化し続ける。


 画面に最後の一文が表示された。


 《第三評価へ移行します。》


 《次の評価対象――国家参与制度を必要としない国家を成立させることは可能か。》


 七人は、誰も答えられなかった。


 その問いは、これまでのどの問いよりも重かった。


 制度を必要だと証明するだけなら、国家機関だけでは判断できない問題を示せばいい。しかし、制度そのものを必要としない国家を成立させられるのなら、制度が存在する意味は変わる。


 それは第0期の時代には存在しなかった問いだった。


 そして今、STATE;0はその問いを現在の七人へ突きつけている。


 暁は画面を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「……私たちが、この制度を終わらせる可能性まで考えろってことだね」


 司が隣で頷く。


「たぶん、それが本当の再評価だ」


 学は記録を保存しながら、低い声で呟いた。


「そして、この先にある記録には、その方法が残されている可能性があります」


 颯が画面を見つめる。


「でも、もし本当にそんな方法があるなら……どうして今まで公開されなかったんでしょう」


 その疑問に、誰も答えられなかった。


 画面には、まだ開かれていない一つの記録が残されている。


 《国家参与制度――終端条件》


 その項目だけが、他の記録とは異なる色で表示されていた。


 そして、その下には小さくこう記されている。


 《第0期――到達不能》


 《現在の参与者――閲覧条件未達》


 七人は、その文字を見つめた。


 第0期は、ここまで辿り着けなかった。


 ならば、この先にあるのは第0期が知らなかった「現在」の答えなのかもしれない。


 暁は六人を見渡した。


「行こう」


 その声に、今度は誰も迷わなかった。


 国家を判断するためではない。


 国家参与制度を守るためでもない。


 必要ならば、その制度そのものを終わらせる可能性まで含めて、自分たちで答えを出すために。


 七人は、次の記録へ進んだ。


 その瞬間、STATE;0の画面が暗転する。


 そして、誰も予想していなかった一文が、静かに表示された。


 《終端条件を開示するためには、現在の参与者が一度だけ国家機関の判断を否定する必要があります。》


 七人の表情が、一斉に変わった。


 その「否定すべき判断」が何なのか。


 それを知るための記録が、画面の奥で静かに開き始めていた。


――第15話 完

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