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STATE;0 ―この国を、疑え。僕らが知らない「国家」が、そこにある。  作者: 嘘江 新


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第13話「国家を判断する者」

 画面に表示された最後の一文を、七人は誰一人としてすぐには読み飛ばすことができなかった。


 《閲覧者が国家を判断してください》。


 それは、これまで何度も目にしてきた国家参与制度の説明文とは明らかに異なっていた。制度の目的でもなければ、参与者に与えられた権限の説明でもない。政府から提示された案件に対して判断を下せという命令でもなく、ましてや第0期の失敗を記録した文章でもない。まるで、国家そのものを一つの判断対象として目の前に置かれたような言葉だった。


 委員会室には、空調の低い駆動音だけが響いている。さっきまで七人の声が重なっていた空間が、今は不自然なほど静かだった。誰かが言葉を選んでいるというより、全員が同じ疑問を抱えたまま、その疑問を口にする順番を待っているようにも見える。


「……国家を、判断しろって?」


 最初に口を開いたのは司だった。いつもの軽い調子ではない。画面を見つめたまま、言葉の意味を確かめるように呟く。


 学が端末を操作しながら答えた。


「少なくとも、通常の国家参与制度が想定している判断対象ではありません。これまで私たちが扱ってきたのは、政府の政策、行政上の問題、国家機関から提示された案件、あるいは緊急事態における対応です。ですが、これは違う。『国家』そのものを判断してください、と書いてある」


「それって、つまり……この制度そのものを?」


 颯が画面を見上げた。


 その問いに、学はすぐには答えなかった。指先を止め、画面に表示された文字列を再確認する。STATE;0――第0記録領域。その名前だけでも、現在の制度が一般に公開している記録とは異なることは明白だった。


「可能性はあります。ただ、断定はできません。『国家』が政府を意味するのか、国家参与制度を意味するのか、それとももっと別のものを意味するのか。現時点では判断材料が足りない」


「なら、調べればいいじゃん」


 燈縭が椅子の背にもたれながら言った。いつものように軽い口調だったが、その目だけは画面から離れていない。


「ここまで来て、怖いから閉じました、じゃ意味ないでしょ。そもそも第0期の人たちだって、ここまで来たんだから」


 その言葉に、茜が静かに頷いた。


「ただし、調べることと信じることは別。STATE;0が何を見せようとしているのか、それ自体を疑う必要がある」


「そうだね」


 燈縭は否定しなかった。


「だって、今までずっと私たちを見てたんだから」


 その一言が、部屋の空気を再び変えた。


 STATE;0は、最初から七人を監視していた。第0期参照者として登録されたことも、現在の七人の判断が第0期と比較されていたことも、すでに確認している。政府の要求に従うのか、独自判断を行うのかという二択を提示し、さらにその二択そのものを疑った者だけに第三の判断を解放した。そして七人が第0期と同じく、政府要求を独自に検証するという判断を下した直後に、通常権限では閲覧できない領域へ案内した。


 つまり、この場所に辿り着いたことそのものが、偶然ではない。


「……俺たちは、試されてるのか?」


 穰介が腕を組んだ。


 その問いに、司は画面を見たまま答えた。


「分からない。でも、少なくとも見られてるのは間違いないと思う」


「だったら、なおさら慎重にいこう」


 暁が全員を見渡した。


「ここから先は、今までとは違う。政府の資料でも学校の資料でもない。第0期の最後の記録が残されている場所で、しかも通常権限では見られない。何が出てくるか分からない以上、全員で確認する」


 誰も異論を挟まなかった。


 学が画面中央に表示された《第0期参与者の最終記録》を選択する。


 その瞬間、画面が一度暗転した。


 これまでのSTATE;0とは違い、読み込みを示す表示すら出なかった。ただ数秒間、完全な黒画面が続き、やがて白い文字が一行ずつ浮かび上がっていく。


 《記録名称:第0期最終参与記録》


 《記録区分:国家参与制度原初記録》


 《記録目的:参与者による国家判断の記録》


 学の手が止まった。


「原初記録……?」


 颯もその言葉を繰り返す。


「それって、現在の制度より前にあった記録ということですか?」


「たぶん違う」


 学が答える。


「『制度の前身』という意味だけなら、わざわざ原初とは書かないはずです。これは……もっと根本的な記録を指しているように見える」


 画面に次の文章が表示された。


 《国家参与制度は、国家機関による意思決定を補助する目的で創設された制度ではない。》


 司が眉をひそめる。


「……今まで聞いてきた話と、また少し違うな」


 現在の制度は、国家運営に学生が参与する制度として説明されていた。もちろん独立した参与主体であることは繰り返し確認されている。しかし、それでも国家の意思決定に関わるための制度であることには変わりがない。


 だが、この記録はその前提そのものを否定していた。


 学が続きを表示する。


 《国家参与制度の目的は、国家機関の判断を代行することではない。》


 《また、国家機関の判断を補助することでもない。》


 《制度の目的は、国家が下す判断を、国家の外側から判断可能な存在を置くことにある。》


 誰も口を開かなかった。


 その文章だけで、これまで七人が見てきた制度の意味が少しずつ変わり始めていた。


「国家の外側から……?」


 颯が呟く。


「でも、私たちは国家参与者ですよね。政府の制度の中にある以上、完全に外側ということにはならないんじゃ……」


「制度上の所属と、判断上の立場を分けてるんじゃない?」


 茜が答えた。


「政府の中にいるわけではない。政府の命令系統にも属さない。でも、国家に関する判断には関与する。だから『外側から判断可能な存在』」


 燈縭が小さく息を吐いた。


「それなら、今の制度の説明と繋がるね。『国家機関の補助者ではない』っていうやつ」


「そういうことだと思う」


 学が頷いた。


 だが、その直後だった。


 画面に新たな文章が表示された。


 《ただし、国家の外側に立つ者は、国家の敵であってはならない。》


 司が画面を見つめる。


 その一文には、これまでとは違う重さがあった。


「……敵じゃないことが条件?」


「違う」


 暁が静かに言った。


「敵か味方かを決めるための制度じゃないんだと思う」


 彼女は画面を見ながら続ける。


「国家に従うことも、国家に逆らうことも、最初から目的じゃない。国家が何をしようとしているのかを理解した上で、それが本当に国家にとって必要なのかを判断する。そのための存在だったんじゃないかな」


 司が暁を見る。


「だから、第0期は政府の要求を拒否したのに、国家そのものを否定したわけじゃなかった」


「うん」


 暁は頷いた。


「第0期の記録にあった『独自調査――継続』も、そう考えれば説明がつく」


 それまで断片的だった情報が、一つの線として繋がり始めていた。


 第0期は政府要求を拒否した。情報公開も拒否した。それでも調査を止めなかった。政府に従わなかったから失敗したのではなく、政府の要求そのものを判断対象にした。そして、その判断を誰かに委ねることなく、自分たちで調査を続けた。


 だからこそ、政府の記録では「失敗」とされた。


 しかし、STATE;0の記録では、それを別の意味で残している。


 七人は、その違いを初めて明確に理解し始めていた。


 そのとき、画面に赤い文字が浮かび上がった。


 《警告》


 全員の視線が一斉に画面へ向く。


 《第0期最終参与記録には、現在の国家参与制度では公開されていない判断原則が含まれています。》


 《以下の記録を閲覧した場合、閲覧者は国家参与制度の目的そのものを再評価する必要があります。》


 颯が息を呑む。


「目的そのものを……再評価?」


 穰介が立ち上がった。


「それって、つまり制度そのものを疑えってことか?」


「そうなるね」


 燈縭は画面を見ながら答えた。


「ここまで来た時点で、もう疑わないほうがおかしいけど」


 司は苦笑しながらも、すぐに表情を戻した。


「だったら、見よう。ここまでの情報を全部繋げるなら、ここに第0期が最後まで隠されてた理由がある」


「司」


 暁が呼びかける。


「分かってる」


 司は頷いた。


「見るだけで終わらせない。書かれていることが本当かどうかも、自分たちで考える」


「それでいい」


 暁が答える。


 学が確認操作を行う。


 画面に、最後の確認文が表示された。


 《これより先の記録を閲覧した場合、閲覧者は以下の問いに回答する必要があります。》


 その下に、一つの問いが現れる。


 《国家とは、誰の判断によって成立するのか。》


 七人は、再び言葉を失った。


 それは政治学の試験問題でも、制度についての確認事項でもなかった。政府の誰が決定権を持つのかという話ですらない。


 国家を国家として成立させているのは、政府なのか。法律なのか。行政機関なのか。それとも、その国家に生きる国民なのか。


 そして、国家参与制度は、その問いに対してどのような答えを出したのか。


 颯が画面を見つめたまま、ゆっくりと言った。


「……これ、私たちに答えを出させるつもりなんでしょうか」


「たぶん」


 学が答える。


「でも、今までの記録を見る限り、STATE;0は答えを指定していません」


「じゃあ、何を見てる?」


 茜が問う。


 学は数秒考えたあと、画面の文字を指した。


「判断する過程です」


 その言葉に、司が目を細めた。


「第0期も、同じだった?」


「おそらく」


 学は続ける。


「だから第0期の名前が消されても、役職だけは残された。誰が何を言ったかより、七つの役割がどう判断したのかを記録することが重要だったんだと思います」


 燈縭が画面を見ながら呟く。


「じゃあ、私たちが第0期と同じ七つの役割を持ってるのも……偶然じゃない」


「そう考えるほうが自然だね」


 沈黙が落ちる。


 七人の役職は、最初から決められていた。


 委員長。


 渉外官。


 法務官。


 情報官。


 参謀官。


 執行官。


 監察官。


 そして、その七つが第0期にも存在していた。


 それは単なる制度上の形式ではなかった。


 国家を判断するために必要だと、過去の誰かが考えた七つの視点だったのだ。


 暁はゆっくりと椅子から立ち上がった。


「なら、私たちは知る必要がある」


 六人が彼女を見る。


「第0期が何を判断したのかだけじゃない。なぜ、その七つの役割が必要だったのか。そして、なぜ政府はその記録を『失敗』として残したのか」


 司が頷く。


「それを知らないまま、俺たちがこの制度を使い続けるわけにはいかない」


「うん」


 颯も続いた。


「制度が法的に正しいかだけじゃなくて、その制度が何のために存在しているのかを確認しないといけません」


「情報も必要だね」


 学が端末に向き直る。


「第0期の最終記録だけじゃなく、この記録が作られた背景も調べる必要があります」


「なら、次に出てくるものは大体予想できる」


 茜が静かに言った。


「第0期が判断した『国家』の正体」


「それと――」


 穰介が言葉を継ぐ。


「俺たちが今、何を判断させられてるのか」


 燈縭が小さく笑った。


「やっと入口に立った感じだね」


 その瞬間、画面が再び切り替わった。


 今度は文章ではなかった。


 七つの項目が、画面中央に並んでいる。


 《国家》


 《政府》


 《制度》


 《国民》


 《法》


 《情報》


 《参与者》


 その下に、STATE;0の文字が表示される。


 《第0期最終判断を再生します。》


 そして、最後に一つの表示が現れた。


 《ただし、最終判断を閲覧する前に確認してください。》


 七人が画面を見つめる。


 《第0期は、国家を救うために判断したのではありません。》


 司の表情から笑みが消えた。


 続く一文が、静かに表示される。


 《国家に、判断されないために判断しました。》


 誰も、その意味をすぐには理解できなかった。


 やがて暁が、画面から目を離さずに呟く。


「……国家が、誰かを判断するんじゃない」


 司が続ける。


「国家そのものが、判断される側にもなる」


 画面の最下部に、新たな文字が浮かび上がった。


 《第0期最終判断――再生準備完了。》


 その直後、画面の端に小さく時刻が表示される。


 現在時刻だった。


 七人は同時に気づいた。


 この記録は過去のものなのに、なぜかSTATE;0は今この瞬間に、再生の準備を始めている。


 そして、その画面には過去の記録には存在しなかった一行が追加されていた。


 《現在の参与者による判断を、同時記録します。》


 七人の表情が変わった。


 STATE;0は第0期を見せようとしているのではない。


 第0期の判断と、現在の七人の判断を、同じ場所で比較しようとしている。


 その事実に気づいた瞬間、画面中央にカウントダウンが表示された。


 《第0期最終判断まで――》


 数字が、一つずつ減っていく。


 そして七人は、まだ知らなかった。


 その記録の中に残されているのが、第0期が政府に対して何を拒否したのかという事実だけではないことを。


 そこには、現在の国家参与制度が生まれた本当の理由と、なぜ七人の学生が国家を判断する立場に置かれ続けてきたのか、その始まりに関わる記録が残されていた。


 そしてその記録を開いた瞬間から、七人自身の判断もまた、第0期と同じように「国家の記録」として残されることになる。


 カウントダウンが、最後の数字へ到達した。


 《第0期最終判断――再生します。》


――第13話 完

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