↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

第七話…… 『下向きと上向き』

ぁ


ぁぁっ


ぁぁぁぁぁぁっ!!!!


っ


「ああああああああっ!!! ああっ!!」


力を込める、 持てるだけの力を込める、 殺人犯が相手の首を締める様に、 床に伏せた少女は瞼をキツく閉じて、 荒い息に身を悶えて苦しんで居る


そこに全てを捩じ込む様に、 今夜だ………


「ああああっ!! 何としてでもっ! 何としてでもこの少女に取り付か無くてはっ! 今度こそ朝日に焼かれて消えてしまうっ!! うぁあああっ! 早くっ!!」


……その声が誰に、 少女にすら聞こえる事は無いが……


金縛りの妖魔、 その日の昼間、 藤里愛美(ふじさとあみ)へ取り付く為に竹林に閉じ込めた妖魔が人知れず少女を苦しめ叫んで居た


……竹林にて、 追い詰めた藤里愛美に、 あと一歩まで迫った妖魔だったが、 そんな黒い竹林に、 黒すら塗りつぶす究極の潔白、 白が刺す


明山雪…… 雪色の少女が何者かは分からない、 彼女の強力な力は今度こそ、 金縛りの妖魔を塵になるまで消し飛ばす物だった……


だが、 幸運だったのは、 明山雪は決して、 こちらの存在を強く認識して狙っているのでは無く、 違和感に向けて大雑把に力を放ったに過ぎず、 勿論あの竹林に自分以外の《噂》の妖魔が複数潜んでいた事にも気が付いて居ない


爆心地は自分では無かったし、 自分は咄嗟に他の妖魔を操って自分へのダメージを最小限に抑えた、 藤里愛美を閉じ込めた結界が力のままに壊れた時、 自分は消えかすも同然、 多少霊感のある者ならばくっつき虫の様に張り付いて、 会社員の男から藤里愛美にくっついた様に出来たが、 もう一度藤里愛美にくっ付くのは避けたかった


明山雪が藤里愛美に接触したからだ、 正面にして堂々とくっ付く事は流石に出来なかった、 自分は周囲をくまなく探した、 そして……


最も運が良かった、 この少女だ、 何時も藤里愛美と一緒にいる少女、 新椥八依(にいなぎやちよ)だ、 この子はどうやら帰らない藤里愛美を心配にして探しに来た様だったが、 何と都合が良い


特に、 新椥八依は、 藤里愛美程では無いにせよ、 霊感の持ち主だった、 特殊な空間だからか、 それとも才能があるのかは知らないが、 あの瞬間この子はコチラを見た、 目が合った


自分は今度はこの子にくっ付いた、 くっつき虫になって今こうして居る、 だが、 藤里愛美の時のようにのんびりしている訳には行かない、 今の自分は前回よりも確実に削られ、 くっ付いたと言えど消しカスである事に変わりは無いのだ


こんな脆い状況では、 日の出と言う新しい希望、 陽の気配に触れるだけで蒸発する様に消えてしまうかもしれない、 だから何としてでも今夜、 この子を手に入れたいっ


っ


「あああああっ!!」


苦しみに藻掻く程に人の意識は目を覚ます、 本当はこれ程苦しめてしまえば目を覚ましてしまうのだろうが、 その前に決着を付けたいっ


ギッ、 ィッ………


よし、 部屋の前まで足音が迫った、 ここからが肝心だぁっ


ザァッ……


襖を開ける、 妖魔の本体が遂に、 八依の祖父母の家の、 八依達が眠る客間へと侵入する、 ゆっくりと歩みを進めても狭い一部屋の中、 苦しむ少女へ手を伸ばすなど容易、 よし、 この少女は未だ目を覚まさないっ


妖魔が、 手の形をした妖魔が、 遂に、 少女へと触れる………


スゥ…………


……うっ ……………


布団を滑って妖魔の手が少女の首を掴む、 繋がった、 息が止まる様な苦しい声を出した少女だがもう遅い、 この手で触れた時、 その内側、 自意識の様な物が死に、 自分はそれに入れ替わる、 肉体を手に入れるのだ


触れた時、 何時も、 対象の人間の、 記憶が流れる、 綺麗に入れ替わるのだ、 ああ、 見えて来た……


………


妖魔の手と、 八依の意識が深い所で繋がる時、 八依の見る景色や、 記憶が妖魔へと流れ始める、 この可愛い少女の事を知っていく……


……両親の元へ生まれ、 転んでは泣いて、 楽しければ笑って、 温かさの中で、 何も不自由なく、 生きている、 ハウス栽培の果物の様に、 大切に、 大切に………………


ッ


ウガギャアアアアアアアアアアアッ!!!


!!


っ!?


……妖魔は突然、 八依の深い意識の中で最も鮮烈で強い印象を持つ記憶に触れる、 その途端響き渡ったのは見た事も無い、 この世界には存在しない筈の、 巨大獣の咆哮、 立ち込める血の匂い、 混沌の黒……


妖魔は八依の記憶を持って初めて、 数ヶ月前程から、 人間の世界を震撼させた騒動を目撃する、 追体験をする……


ガッ


場面が暗転する、 ここはおそらく二人が避難したシェルターだ、 暗い、 光の届かない地下だが、 照明を消した、 夜、 誰もが身を寄せあって震える、 夜闇の中……


母が、 狭い区画の中で自分を抱き締めている、 ここは、 どうやら、 甘樹シェルター内の、 《避難者就寝十五番室》と言うらしかった


……


そんな暗闇、 八依は不意に目を覚ます、 小さな何か風きり音に気が付いた、 虫が飛ぶ様な音とは違う、 何かを振る様な音……


ッ、 ピシャァアアンッ!! ………


?


……変な音がした、 水袋を勢い良く切り断った様な、 もぞもぞと、 母の腕を抜け出して体を起こす、 暗闇で音を頼りに、 首を捻った、 八依の動きに母が目を覚ます……


『……八依ちゃん? どうしたの? トイレ?』



『……ううん、 でも、 何か音が………』


……ッ


そのすぐ後だった、 まるで魚の銀の鱗がキラリと光る様に、 反射光、 鋭さを伴って、 首筋に、 綺麗に入る、 よく研いだ包丁で、 みずみずしい野菜に刃を入れる様に、 小気味良く、 すんなり……


ッ、 スパシャンッ! ………


?


……視界が暗転する、 どこか遠くで、 よく知る大好きな人の、 悲痛な悲鳴が鼓膜を揺らした様な気がした……………………


…………ぁぁ、 そうか…… あの夜、 そうか、 自分は……………………………


………………


っ


「はぁっ!?」


妖魔は、 次に意識を取り戻すとき、 思わず鳥肌が立っていた、 今まで人に取り付く時、 その人間の振りをするならば、 この記憶や感覚を詳しく読むと言う行為は必須だと思っていたが、 だからこそ、 あの感覚を生々しく感じとってしまった……


更に…… 今、 意識が戻ると同時にあの夜の事を思い出し納得の声を出したのは、 自分では無い、 そうか、 少女は忘れていたのか、 今思い出したのか……


ッ


ギョロッ!


っ!?


妖魔は思わず、 普段人間を貶める、 怖がらせる側の自分が、 この時ばかりは思わず背筋を冷やし恐怖した、 首に触れた、 八依の目が開いて、 確実にコチラを見ている、 そこにもう、 震えは無い……


……有り得ない、 先程の記憶が正しいのなら、 そもそもこの少女は、 一度、既に……………


バシッ!


っ!?


驚く、 金縛りで動けない筈の少女が布団から手を出し、 今度は自分から、 妖魔の手に触れる、 逆に、 あの夜の、 有り得ない筈の続きが、 無理やり捩じ込まれる……


………


血溜まりで、 静まり返った空間は、 死臭で満ちて居た、 誰もここには寄り付かない、 昨晩の騒動も、 すっかり一時的に落ち着いた様だった


何処から飛んできた蝿が、 こぞって死肉に群がる中に、 不意に、 それこそ虫の大群の様な、 光が底を這ってやって来た、 光の筈なのに、 闇よりずっと暗かった……


光が自分を包む、 そして…… 私は、 私達は……


………


「……再び立ち上がった、 そうか、 そうだったよね、 忘れてた…… いや、 忘れられていた」


ジジッ! ジジジジッ!!!


頭の中で激しくノイズが走る、 煩い…………


っ


「っ、 新椥八依ォッ! お前はなんだっ! なんで一度死んでるのにっ、 さっきのはなんだっ!!」


ギラッ


「……煩い」


スゥ……


「……業魔刑(ごうまきょう)・径漣冥祇(けいれんみょうぎ)」


グッ


ググググッ!!!


八依の手が触れる妖魔の手、 底に黒い、 紐縄型の痣が走っていく、 妖魔は手を離そうとして、 逆に、 自分の体がピクリとも動かない事に気が付いた……


八依の冷たい視線が刺さる


「……ダメだ、 やっぱりダメだよ、 許せない、 こんなにっ、 こんなに寒いっ、 欲しいっ、 あの温かさかが欲しいっ」


グッ!


「……協力して、 悪い様にはしない、 私の目的は……」


そう……


「……愛美ちゃんにを手に入れる、 愛美に近づく、 明山雪を………」


……


「…………殺す ………」


ビジッ! …………………………


妖魔の手に亀裂が走り、 八依の力に縛られらる、 粉塵の様に消えていく、 八依に取り込まれる様に……………


………………………………………



……………


気が付けば、 妖魔の力は消えて、 客間には相変わらず、 夜の停滞した様な空気が溜まっている、 父と母の寝息が聞こえる、 八依はもう一度目を閉じると、 今度は魘される様な事はなく、 自分も再び眠りに着いた……………………………


…………………………………………………………



………………………



……


朝……


目が覚めた途端、 嫌に目が冴えていた、 客室が明るい、 障子が開け放たれていた、 父と母の姿が無い……


八依は何時も起きる時間よりずっと早いけれどもう一度眠る気にはなれず体を起こす……


襖を開け、 客室を出る、 居間に向かう、 祖父母の家の中は、 今朝、 何時もとは比にならない程明るく見えた、 空気が澄んでいて、 心地が良い……


居間の前に立つと賑やかな声が聞こえる、 これは祖父の声だ、 耳が遠くなった祖父は、 代わりにテレビの音量と自分の声が大きくなった、 しかし祖父がこんなに素直に笑うのは久方ぶりの事だ……


ガラッ……


居間に続く戸を開けると、 こちらに視線が投げられた、 まだ仕事に向かう前の父、 祖父が談笑していてコチラに笑いかけた……


「おっ、 おはよう八依! 早起きだなぁ、 関心だっ、 はははっ!」



「八依おはよう、 客間が眩しかったから起きたかな? なんか路代(みちよ)が張り切ってさ」


朝から元気な祖父と、 父が爽やかに挨拶をする、 それに適当に返事をしながら、 音に耳が引かれる様にテレビを見れば、 朝のニュース番組は、 もうすぐ三ヶ月になる、 『甘樹街の惨劇』の事ばかり専ら報道していた……


父と祖父の会話、 ニュースキャスターの声、 そして、 混じる……


カチャンッ カチャッ……


居間から続くおかってにかかる暖簾が、 まだ背の低い八依の頭上をかすっては揺れる、 潜った先には、 久しく見ていない日常がそこにあった……


カチャ カチャンッ


あっ……


「八依ちゃん、 おはようっ、 早起き出来たね、 偉い偉いっ、 もうすぐご飯になるから、 先に顔洗って来てね」


……ぁぁ、 優しい、 甘い卵焼きの匂い……


これは、 母の………


うん……


「お母さん、 おはようっ」


八依は何時にない、 笑顔を見せて笑いかけた、 エプロンを付けた母が、 朝ご飯を作っていた、 八依の好きな、 当たり前が、 その朝、 漸く、 目を覚ましたのだ………


…………………………………………



…………………



……


足取りが軽い、 今朝は少し空気が冷えた、 金木犀の花も少し下を向いている気がした、 不意に手を伸ばす、 すると忽ち花は、 笑顔を取り戻した……


満開の様に咲いた金木犀の花のゲートを潜り抜け、 庭を抜けて、 八依は今日も通学路を歩く、 ふんふ~ん ふ~んふ~♪ 鼻歌が零れては、 ランドセルを左右に揺らす……


ワンワンっ ワンワンっ


隣の家のワンコが朝から元気に吠えている、 ワンコに手を振って、 八依は思わずスキップを初めて、 不思議だ、 体がやけに軽い、 こんなに身体が軽いのはいつぶりだろう、 まるで体が羽になった様に……


一つ、 二つ、 回って、 回って……


くすくす……


それを見ていた同じ地区の年下の子が笑う、 抜かしながら軽く挨拶代わりに肩を叩いてあげれば、 もう一度回って見えたその子の顔は、 やっぱり口角がにこやかに上を向いている


……このワクワクが、 胸を叩く興奮が、 いじらしいような彼女の家までの数百メートル、 彼女は何時だって自分より先に、 玄関の外で私を待っていてくれる……


思わず、 抑えられない様に足取りが早くなると、 直ぐに彼女の家が見えて来た、 庭を覗いて見れば、 居た…… 藤里愛美、 愛美ちゃん、 彼女はどこか緊張した様に、 彼女の母の軽自動車、 そのサイドミラーに向かって前髪の乱れを直していた


……ふふっ、 そんな様が愛おしい……


コチラに気が付かない彼女へ、 私は声を掛けた……


「愛美ちゃんっ♪ おはようっ」


ピクっ


少し驚いて肩を震わせた愛美がコチラを振り向くと、 笑いかけてコチラに手を振った、 あの太陽にも負けないような明るさだ……


彼女が庭の飛び石を蹴るとすぐ側に並ぶ……


「八依ちゃんっ、 おはようっ」


彼女の声は、 私と同じ様に浮ついて跳ねている、 彼女の瞳は綺麗で、 きっとよく睡眠をとってパッチリと開いた目が、 八依を覗き込んだ…………


………………?


愛美が少し首を傾げる……


……


「やっちゃん? どうしたの? 顔…… 目が、 凄い隈だよ…… 具合悪い? 昨日眠れなかった?」


…………………?


……何を言っているんだ? こんなにも気分が良いのに、 体は寧ろ軽く、 頭は冴えている、 視界も良好で、 至って元気だ………


不意に、 愛美の母の軽自動車のブロンドガラスに映る自分の、 やけに間延びした顔が、 逆光か、 まるで影が落ちた様に真っ暗に見える……


………そんなわけが無い………


ははっ……


「……ぇ、 そうかな? 全然大丈夫だよ? ……それに、 愛美ちゃんこそもう大丈夫なの? 熱中症は……」


話題をすり替える様にねじ込み、 歩き出す、 後に続いた愛美がすぐ隣に並んで、 思わず息を飲む……


「あれね、 心配かけちゃったよね、 本当にごめんねやっちゃん、 熱中症には気をつけろって、 やっちゃんも言ってくれたのに、 馬鹿だよね、 あははっ……」



「……ふふっ、 愛美ちゃんが元気なら他に言う事無いよ、 大丈夫……」


恥ずかしそうに、 申し訳無さそうに笑う愛美に、 八依はその本の半歩分程の距離を、 愛美に向かって、 手を伸ばした……


……不意に、 愛美が一歩前に出て、 その手は空を切る、 彼女は振り返ると、 残酷な程の笑顔で笑って見せた


ふふっ


「それよりねっ、 私昨日の昼休みねっ、 明山雪ちゃんと話せたんだっ、 すっごく素敵な子だったのっ」


…………っ


八依の手が落ちる、 今理解した、 今朝の、 眩しい程の笑顔も、 初々しい様に前髪を弄ってい居たのも、 そうだ、 最初から、 それは全部、 私に向いているんじゃ無くてっ


ギリッ……


……あの子に、 明山雪に、 向いてるんだ…………


ああ………


………………………………


「……………そっか、 良かったね」



「えっ、 ぅ、 うん……」


少しだけ素っ気なく返した八依の声に、 愛美は少しだけ、 力無く語尾を弱めた、 私の角が、 彼女にささくれを作った様に思って、 内心で思わずはにかんだ……………


………………………………………………



……………………



……


?


「……あれ、 愛美ちゃんどこ行ったの? ……やっちゃん知ってる?」


朝、 佐々木景子も含めて登校を終えた三人、 景子が朝の準備をしている間に、 ふと見れば愛美の席は空っぽになっていた…… 録に準備もしてない、 後回し………


……


景子が質問すると、 珍しく頬杖を着いて、 不貞腐れた様に壁を睨む八依が、 小さく答える……


「……明山雪 ……ちゃんの所でしょ ……」



「えっ、 じゃあ隣のクラス?」


景子は驚いた様に教室を出て、 そろ~ り、 と隣クラスを覗いて見れば………


「……わっ、 ほんとに居た ……」



「……そうでしょ?」


後ろに続いて八依と、 壁に身を隠しながら隣のクラスを覗くと、 そこには目を引く雪色の髪の少女、 明山雪と、 その傍には正面から向き合う様に藤里愛美が……


……普段は見せない様な、 はしゃいだ様な顔で何やらかんやらと、 まるで言葉を次から次へと、 責め立てるように繰り出す様が見えた……


……ぇっ


「………あれ、 本当に愛美ちゃん?」


景子の疑問は彼女達からすれば最もだった、 愛美は聞き上手で寧ろまくし立てるのは景子の方だったし、 何時だって落ち着いた様に振舞おうとする愛美の努力家の一面には、 景子も惚れ惚れする程だった


が……


「……なにあれ、 私あんな愛美ちゃん知らないかも……」


友達の事は、 不思議となんでも知っている様な気持ちが有る、 でも不意に知らない一面を見ると、 何だか距離を感じて、 胸が痛くなるものだろう……


……しかし、 何だか変だと思っているのは景子達だけでは無いようで、 隣クラスの予鈴前の光景としては変だった、 何時もはそれこそ、 愛美の様に他の、 このクラスのクラスメイトが明山雪に集まって居る、 どうやら占いの様な事も得意と聞くから女子は好きだろう……


でも、 これはきっと、 誰もが変だと思っているように、 今朝ばかりは、 明山雪の周りに居るのは愛美だけだった、 と言うより、 普段は訪れる事のない他クラスの愛美がドカドカ急にやって来て、 あれだけ語るのだ、 隣クラスは見慣れない光景に思わず唖然として、 皆距離を取っている、 中には冷ややかな目も有る……


その中で、 愛美はまるで蕾が開花した様に、 溌剌と語り、 そして何より、 対面する明山雪も、 例えるなら、 いや、 変な例えだが、 まるで母親の様に、 娘の声を聞く母親の様に、 絶えない笑顔で相槌を打っている……


……そうか、 この違和感は正しいのだ、 友達に新しい友達が出来た、 良いだろう、 しかし、 傍から見た二人の関係性は、 友達と言うには妙に視点がズレていた、 愛美は変に盲目的…… いや、 まるで明山雪が巨山の様に大きく、 愛美には全貌が見えて居ない様な………………


………………………………


……トントン


「……景子ちゃん?」


っ


……違和感の正体を探る様に思案していた景子だったが不意に肩を叩かれ少し肩を震わせた、 振り向けば八依が手を伸ばしていた


「先生来たよ、 そろそろ鐘がなるし、 戻ろう」


ぇ


そう言って歩き出した八依、 景子は視線を彷徨わせると、 丁度先生が通路の奥から曲がって、 姿を表した、 鐘はまだ鳴らない……


………


「ぁっ、 愛美ちゃんにも声掛ける?」


景子の声に八依は振り返る事もせずに言う……


「……別に、 良いんじゃない? 鐘が鳴れば自分で戻って来るでしょ……」


っ……


八依の声は、 何だか冷たかった、 怒って居るのだろうか、 それか拗ねているだけか、 気持ちは少し分かるだけに、 くっきりと不安感を感じずには居られない、 自分の大切な、 自分にとって特別な瞬間が、 音を立てて、 今崩れ出した様な………


……


「……愛美ちゃん、 急にどうしちゃったんだろうね……」


こつん……


上履きのソールが廊下を叩く、 景子も歩き出し、 ながら、 八依の背を引く様に、 少しだけ不安を共有する様に声を出す……


八依は………


……


「……知らない、 あてられたんじゃない? あの子に……」


帰ってきた八依の声に、 それも虚しく、 突き放されてしまった様だった…………


……追いかけて跨いだクラスの敷居、 それに被せる様に鳴る鐘の音は、 何処か、 大袈裟だけど、 終わりを報せると言う、 鐘の音に聞こえて仕方なかった……


……………………………………………



………………………



……


お昼休み、 はしゃいだ声で溢れる中庭や、 ボールが飛び交う校庭、 そこから反対に離れた静かな裏庭、 学校の裏手の竹林、 そこに二人の女子が歩いて向かっていた


一人は白い髪の少女、 明山雪、 もうひとりは昨日ここで不思議だ体験に巻き込まれた藤里愛美、 愛美は終始キョロキョロと周囲を警戒的に伺う様だった


ねぇ………


「……本当に大丈夫? ……その、 また変な所…… 変なのに襲われたりしない?」


愛美は前を歩く雪に言うと、 こちらに振り返った雪色の髪が揺れた……


「大丈夫だってっ、 私を信じて愛美ちゃんっ、 朝も言ったけどね、 悪い奴らは私が追い払ったからさ、 でもね、 朝の話を聞いて愛美ちゃんには状況を理解しておいてもらいたいからさ」


そう、 昨日、 愛美が体験した事、 あれがなんだったのか、 雪はそれをわかる範囲で教えてくれると、 だからお昼休みは裏庭に行こうと約束した……


ザワザワザワ………


吹く風が竹の葉を揺らす、 緊張気味に踏んだ竹林の土は愛美にとって当たり前に知る物だった、 飾り気もなく、 善し悪しも無く、 ただよく知る竹林、 落ち武者が居たり、 ひとりでに石が転がったり、 竹が揺れたり、 声がしたり……


再び、 彼女とふたりで入った竹林は、 気が抜ける程普通の物だった、 それが今はとても良い…… ちらりちらりと竹の葉の間を抜ける木漏れ日が、 前を歩く彼女に返る度、 愛美はその光から目が離せなかった……


少しだけ、 涼しい竹林の中央、 学校創立の際に建てた石碑が、 寂しげに視界に見えた……


「昨日ここで愛美ちゃんを見つけた、 その石碑に背中を預けてね…… もう分かってると思うけど、 愛美ちゃんはただの熱中症で倒れたんじゃ無いよ」


愛美はその言葉で、 真剣に、 自分の身に起こった出来事が、 夢でもなんでも無かった事を改めて、 愛美は頷く……


「……うん、 分かってる、 ねぇ、 雪ちゃん…… その、 昨日のは、 やっぱり、 お化けの所為なの?」


肌寒い様な顔をする愛美に、 雪は微笑む


「うん、 まあ…… 多分そんな所だと思う…… すごく詳しくは雪も知らないけど、 あ、 知り合いのお兄さんがこういう事の専門家なんだけど……」


専門家………


「……霊媒師? みたいな?」



「そうそう、 あー…… でも、 怪しい訳じゃ無いよ、 信じて」


……正直怪しいし、 お化けなんているかどうかも怪しい者に専門家が居ると言われても疑うのは当然だが、 でも、 実際にこの身に起こった奇々怪々な出来事、 そして第一に、 彼女を疑う事は嫌だった……


愛美は頷く


「……信じるよ、 雪ちゃんの言う事は」



「そう? ふふっ、 ありがとう愛美ちゃんっ、 それでねっ……」


雪はしゃがむと、 裏庭から運ばれた青白い玉石を拾って地面に丸を描いた、 けんけんぱをする時に描く様な丸だ


「愛美ちゃんここに立って…… そうそう、 それでね、 この丸は、 えーっと、 そう、 結界って言ったら分かる?」


指定された様に丸の上に立った愛美に、 丸を指さして雪はそう言った


「……結界? えっと…… あー…… アニメとかで見るやつだよね? その、 バリアー…… みたいな?」



「うんうんっ、 そうそうっ、 だいたいそんな感じだよ、 本当はもっと難しいんだけど、 雪はすごく詳しい訳じゃ無いから、 詳しいことは言えないけど、 でもこれは分かる」


雪は続ける


「妖魔…… お化けは、 人を襲う時に、 こういう結界を使って、 人を閉じ込めるの、 愛美ちゃんは昨日、 お化けに襲われたでしょ? お化けは結界を貼って愛美ちゃんを閉じ込めた」



「……なんで、 そんな…… それに、 バリアー…… いや、 結界なら、 壁があるんだよね? あの中に壁は無かったよ、 寧ろ何処までも続いてた……」


雪は顎に指を当てた、 どう説明するかも思案している様だが、 その様子も可愛らしかった


「えっと、 ごめん、 バリアーとは一旦離れて? えっとね、 えっと…… 結界の中はね、 その、 そのお化けの個性…… 心の中? がえっと…… あーもうっ、 冬夜お兄さんは何て言ってたっけっ、 うーん…… はぁ…… もっとちゃんと聞いとけば良かった……」


はぁ……


大きな溜息を着いた雪が首を振った


「だめ、 愛美ちゃんごめん、 やっぱり一度冬夜お兄さんに会って欲しい、 凄くいいお兄さんだから、 カッコイイし…… 今日の放課後空いてる?」


えっ……


愛美は別に放課後、 用事があったりする訳では無い、 確かに放課後は家に帰らず遊んで居る子もいる様だが、 それはつまり、 寄り道をすると言う事だろうか………


それは…………


「愛美ちゃん、 私が言える事は一つだけ…… 昨日はね、 凄く運が良かったんだよ、 愛美ちゃんが何とか逃げて、 少しでも時間を稼いで、 運良く私が気が付いて、 運良く私には対抗する力があった、 だから昨日は助かった……」


でも……


「お化けに襲われる事は誰にで可能性のある事だけど、 お化けに襲われ易い人は居るの、 体質みたいに、 お化けも襲う人を選ぶから…… 多分愛美ちゃんはお化けにとても狙われやすい人だと思う」


ぇっ………


愛美は昨日の恐怖がフラッシュバックして思わず肩を抱えた、 雪はそれを、 優しく声を掛ける事も真実をぼかす事もしなかった、 ただ、 想いを言葉にする事は務めてした、 大切なのは伝える事だ……


「……愛美ちゃん、 私はね、 愛美ちゃんが私と友達になりたいって言ってくれた事が、 嬉しかった…… 私はこれからも愛美ちゃんと仲良くしたい…… でも、 でもね…… どんな人でも、 どんなに想っていても、 本当に大切な時になって初めて、 伸ばした自分の手があんまりにも短い事に気が付くの……」


どれだけ磨いた技も、 鍛えぬいた力も、 いざという時に扱えない、 百パーセント頭の中の様には行かない様に、 必要な時、 大切な時程、 その手は届かない事は世の常だ……


……いつかの彼は、 足が震えて、 まるで小動物の様に無力な自分に、 それでも必死に手を伸ばして、 届いて見せた人だ、 何時だって彼は、 もう一歩だけ踏み出して手を差し伸べる人だった……


……守ってあげると、 嘯くことは簡単で、 簡単だからこそなんの保証にもなりはしない、 どんな事でもそうだ、 始まりに楽をすると、 後から後悔するんだ


ここだ、 いつかの彼の様に、 自分が誰かの為に一歩踏み出す、 その手を必死に伸ばすのは、 ここだ……


不安そうな愛美に、 雪は言う


「……愛美ちゃん自身が、 守られるだけじゃなくて、 自分の身を守れる様に、 抗う力を持たないと、 愛美ちゃんはこの先ずっと、 怯え続ける事になる…… 私がどれだけ頑張っても、 私も、 いつも愛美ちゃんの隣に居れる訳じゃない……」


雪は思う、 きっといつかの彼は一度、 そこで大きな後悔をした、 彼が届かせた手は、 伸ばした手より、 ずっと少なかった筈だ………


愛美を見れば、 目が合った、 そこには未だ動揺に揺れている……


「……わっ、 私が…… 私にはそんな事…… 出来ないよ、 分からない…… 私には、 戦う力無く何て無いよ……」


きっと昨日、 散々自分の小ささを実感したのだろう、 下を向くのも分かる、 でも、 下を向くと地面が見える、 地面が見えると、 その地面に立つ自分の足が見える、 きっと人は、 不安な時に下を向くのは、 それでも、 自分が今、 こうして確かに、 生きてこの足で世界に立っていると確認する為だっ


下を向く事は悪では無い、 全ての行動には意味がある、 全ての方向に道は続いている、 生きる事は辛い、 苦しい、 生きると言う行為その物がきっと下向きなんだろう、 でもそれは、 自分の意思もまた下を向くと言うことでは無い


自然と下を向いたなら、 生きる事に必要な物がきっと足元に落ちているという事だ、 過去を振り返ったなら、 きっと必要な物を置いて来てしまった事に気が付いたという事だ、 それを拾い上げる事は、 難しいことでは無い


下向きの世界で『生きる』という事もまた下向きなら、 下を向いて拾い上げる、 拾い上げた大切な何かをもう一度胸に当てた時、 それで前へ踏み出せたなら、 下向きの生に抗った時に『生き抜く』と言う行為こそが、 この世界だ唯一、 自分の意思が、 上を向いていると気が付く筈だ


だから………


「愛美ちゃん」


っ……


雪のが名前を呼んだ時、 愛美の瞳はまだ、 恐怖とは別の波紋に揺れた………


「私達がこれからも、 友達で居れるように、 私がもう一度、 大切な時に愛美ちゃんに手を届けられる様に、 愛美ちゃんにも、 私にむかって手を伸ばして居て欲しいっ」


雪が地面に描かれた丸の外側から手を伸ばす、 愛美は、 まだ小さくとも、 それでも、 丸の内側から、 雪に向かって、 手を伸ばした……


それは正に昨日の再現か、 いや、 運では無い、 運とは別の、 互いに手を伸ばすから、 昨日より、 そして、 あの時よりずっと確かに………


………ぱしっ ………


手が、 届いた…… 雪の手は、 雪のように冷たいかと思ったら、 かまくらの中の様にほのかに暖かかっ………


雪が愛美の手を引くと、 愛美は丸の中から一歩踏み出す、 一歩、 ぐっと近付いた二人の距離は、 心の中にまで深く染み入る様だった………


……うん ……


「雪ちゃん…… 私、 それでもやっばり分からない、 お化けの事も、 それに私の事も…… 知る事も怖いと思ってる……」


でも……


「守られてるだけじゃなくやっぱり嫌だ、 私は誰かの助けになりたくて自動会長になったんだっ、 私に出来ることがどれ程あるかは分からないけど、 それでも……」


愛美は今度は震えの無い瞳だ雪を見る


「私は知りたい、 私は私の事を知って、 私も手を伸ばせる様に、 大切な人を守れる様になりたい…… 昨日の様に、 私も、 雪ちゃんを助けられるようになりたいっ」


っ………


……雪は、 愛美の目が、 ノイズの隙間に見える、 いつかの彼の物と、 一瞬被った様に見えた、 でも、 あの時と見え方が違う、 ただ力無く上から降り注ぐばかりだったその目と、 今自分は、 今度は対等に並んで居る……


ふふっ………


ぁぁ、 やっぱり………


(……面白い、 生きる事は、 面白いよっ)


雪は笑う……


「分かった、 じゃあ放課後、 約束ね、 ふふっ、 私楽しみだよ、 愛美ちゃんっ♪」


っ…… うん……


「私も、 楽しみだよ、 雪ちゃんっ」


……二人の高鳴る興奮は、 放課後よりずっと先、 まだ見ぬ二人の青春の、 ずっと先まで熱が尾を引くように、 煌めいて見えた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。