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第五話…… 『初深雪』

《……お昼休み終了、 掃除の時間を知らせる予鈴が鳴る八分前、 中庭……》


………


「チクショーっ、 今日も明山雪を捕まえられなかった! なんでだよ! 足が速い訳じゃ無いのにっ!!」


男子が一人地団駄を踏んだ、 それを笑って茶化す他の男子集団の中、 雪の様に白い髪の少女が揺れる、 明山雪と呼ばれた少女だ


「むー、 私だって女子の中じゃ速い方だしっ、 それに、 田中はずっと全速力だからコーナーを使えば簡単に撒けるんだよ~」


地団駄を踏む男子が田中だ、 田中は少女の言葉に唸ると、 しかし諦めた様に深く息を吐いた


「はぁ、 まあいいや、 また今度絶対に捕まえてやるっ!」


田中と少女が何時ものやり取りをしているのを他の男子が笑う中、 一人の男子が中庭の時計台を見る


「おっ、 そろそろ教室戻ろうぜ、 昼休み終わるぜ」


それにつられて他の子も皆時計を見た後頷いて、 校舎の方へと歩き出す…………


ザッ……


「……あっ!!」


?


急に、 思い出した様な声を出したのは田中だった、 他の子が田中を見ると、 田中はこう切り出した


「愛美の事忘れてたっ!」


???


男子の一人が口を開く


「……は? 愛美って? 藤里愛美(ふじさとあみ)? それが何?」


田中は頭を抱える


「誘ったんだよ! 昼休みに、 隠れ鬼にっ!」


へぇ……


回答は短いものだった、 田中はその事を周知していなかったのでそんなものだろう


「でも来なかったじゃん、 児童会の仕事で忙しいんじゃねぇの~」


しかし田中は首を横に振る……


「いや…… ギリギリで来た、 皆が隠れてから来て俺が確認してる、 早く隠れちまえって急かして……」


……………


「……まだ隠れてるっこと?」


誰かがそう言った


「いや、 流石に教室帰ってんじゃね? あいつ真面目じゃん」


ぅぅん…………


田中が唇を噛む………


「……俺、 探してみる……」


えぇっ………


そう文句を言う者も居たが…… 田中は頷くと続ける


「やっぱり探す、 何か可哀想だし、 皆、 愛美の事見た人居る?」


皆少し唸ったが回答は一様だった


「見てない、 あいつ何時も教室に居るじゃん、 流石に外で見たら覚えてるけど、 見てねーよ」


……誰も見てない ………


あっ


田中は少女を見る、 彼女は首を傾げた


「なあ、 明山雪、 お前愛美の事見てねぇ?」


?


「……その愛美ちゃん? って子、 私分かんないかも……」



「ぁぁ…… 自動会長だよ、 分かんねぇか? 藤里愛美、 明山雪、 お前と話がしたいって言ってたから誘ったんだよ、 会ってねぇ?」


少女は首を横に振る


「でも、 私に用?」



「……なんか、 分かんねぇけど、 仲良くしたいって話してたかな、 それで話したいって……」


!


少女は大きく目を見開いた


「私と? えっ! 嬉しいっ~! 愛美ちゃんね、 私も話してみた~い! 探そ探そ! どうせ教室に戻るんだから、 教室に居るかどうかの確認はその時で良いじゃん!」


……たしかに ……


………


………不思議な物だ、 男子は、 どれだけ面倒くさがってても、 女子が、 やろう! と言えば、 頷く


「……ちっ、 分かった分かった、 時間無いから走って探そうぜ! 俺校庭の方見てくる!」



「じゃあ俺プール!」


男子達が走り出す、 それに続いて田中や雪も走り出す……………………


…………………………………



…………


「……なぁ、 教室に居たか?」



「居なかったよっ、 見てないって、 まじで愛美の奴何処に隠れてんだっ」


男子達は何処か焦っていた、 予鈴まであと二分、 一応確認に教室へ行った男子が愛美の不在を報せる


「ちゃんと愛美に学校の敷地内って教えた? バス停の方とか行ってない?」



「言ったよ! そっちも遊具の上から見てみた! それに愛美は真面目だから敷地外に出ちゃ行けないことよく分かってるだろっ」


田中がそう言う


汗を流して息の荒い男子達の中で、 白い髪の少女は一つ田中へと質問をする


「……ねぇ田中、 愛美ちゃんを最後に見たのは何処? 中庭?」


えっ…… あっ!


田中が呟く


「竹林だよ、 竹林に入ってく所が見えた、 そうだ! 愛美を追って竹林に入って、 明山雪を見つけて追いかけたんだよ!」


田中は隠れ鬼の始まりを話す、 そこに別の男子が被せた


「でも竹林には居なかったよ! って言うか、 だったら見てるよっ、 明山が囮で惹き付けて、 俺達竹林で隠れる作戦だったじゃんっ、 途中まで竹林に隠れてたって!」


……たしかにそうだ、 明山雪を追い掛けてぐるり敷地内を一通り走り回って、 もう一度竹林に入った時、 他の奴らを見つけて、 笑い声と共にちりじりに逃げ出したのが今回の隠れ鬼の内容だったと田中は振り返る……


「狭い竹林だよ? 入口から出口だって見えるし、 走ったら十秒で外に出れる様な、 でも愛美の事は見てないよっ」


一人が言う、 そして続けた……


「っ、 そんなっ、 何処かには居るはずだよっ、 神隠しじゃないんだからっ!」


……………………


っ!


…………その冗談の例えに、 笑いこそ起きない物の、 誰だって、 まさか本気にする事は無かった ……ただ、 一人の少女を除いて……


神隠し……


少女は竹林の方を見る………


っ


「……まさか、 いや、 でも、 前に冬夜お兄さんが話してた………」


?


「おい、 明山雪、 何ブツブツ言ってんだよ」


田中の言葉に、 しかし少女は焦った様な顔で頷くと、 質問には答えず、 変わりに言う


「みんなは先に教室に戻って、 私もうちょっと探してみるからっ!」


えっ!? ……………


……男子達に二の言葉を言わせない勢で走り出した少女をポカンとした顔で見送るしか無かった男子達、 そこにのしかかる様な鐘の音……


キーン コーン カーン コーン………


!!!?


「やっ、 やばいやばいやばいっ! 鳴っちまった!」



「一回教室帰ろうっ!」


そう言って走り出した男子達は、 昇降口から校舎の中へとドタバタ走っていくのだった…………


…………………………………………



………………………



………



……………ガァンッ …… ガァンッ …………


ぅっ……


薄暗い小屋の中、 板の間に体を預ける愛美は、 苦しそうに小さく唸った…… 音が聞こえる………


……その音は、 始め心臓の鼓動と同じリズムで刻まれ、 しかし、 少しした頃、 変調し始める……


ザッ! ザッ! ……


……笹の葉を踏む音が遠くで聞こえる、 足音が近ずいて来る、 知っている様な、 ああ、 これは………


ガァアンッ……… ッ 、 ッガァァアッ………


音が間延びする、 頭がグワングワンと激しい目眩に似た程の、 瞼の裏側は激しい砂嵐、 意識が深い所で理解する……


これは………………


……動けない、 金縛り………………


ジジッ……


《噂》


『……ねぇ知っている?』


誰かが再び耳元で嘯く……


『……ある会社の工場で一人の従業員が亡くなったんだって、 普段から寡黙で影が薄いから、 何時だってその人は適当な仕事を宛てがわれると殆ど放置されるような日々が続いていたんだって、 でも彼も人とのコミニュケーションが苦手だからそれをある意味好ましく従事していたんだって』


でも……


『……その日、 納期の決められた仕事を居残って残業していた彼は、 残業の報告をしてなかったんだって、 彼は普段殆ど残業しないから他の従業員はすっかり忘れて、 確認せずに工場を閉めてしまったんだって』


工場の電気が消され、 一気に暗闇、 工場の隅で作業していた彼はその変化に顔を上げると、 その後すぐにシャッターは音を立てて閉められてしまった……


『……でも別に問題は無いの、 中からでも開ける方法は幾らでもあるの、 彼もそんなに焦らなかったし、 自分の影の薄さに流石に自分でも苦笑いを浮かべただけだったの……』


手探りで傍にある筈の手持ちライトに手を伸ばし灯りを付ける、 作業はまだ続けるつもりだった、 消されたばかりの水銀燈は直ぐには付き治らないが、 その間事務所で待てば良い


今シャッターを閉めたばかりの従業員に、 笑いながら冗談めかしてぼやいてやれば、 雰囲気を悪くせず話題作りになるかもしれない


……そんなことを思いながら、 暗闇の工場を従業員は手持ちライトの光で歩く、 ただ、 そんな瞬間、 普段とは違うが、 異常とはとても言えない、 日常の中の、 ほんの小さな物……………


………………


ただ、 日常の闇の中に、 誰も目を向けない影穴の中に、 異常が、 誰も見ない内に、 潜んで居ただけ……


………


ガァンッ!


っ!?


工場内に音が響く、 従業員は肩を震わせた、 別にただの家鳴りか、 もしくはなにか道具が落ちたとか、 そんな事だろうと、 怯えることは無かった、 でも少しだけ、 ほんの少しだけ、 足が早くなった……


……ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!


ガァンッ!!


っ!?


音が近づく、 背後だ、 背後からこの音は、 この音は背後から迫っている……


従業員は、 思わず振り返って………………


…………………


『……従業員は倒れてしまったんだって、 従業員の背後には巨大な《手》が迫って居て、 その《手》に触れられた時、 従業員は体から力が抜けて崩れ落ちたんだって』


その時はまだ意識があった、 意味が分からないが逃げなくてはと思った、 でもそうは行かなかった、 まるで体が動かない、 昔、 何度か経験した金縛りの様に、 重い体は地面に張り付いた様に動かなかった


『……混濁する意識の中、 従業員の耳が最後に聞いたのはまたあの音、 でも今度のそれは、 傍の鉄棚が倒れて、 自分の体ごと押し潰した時に聞こえた音だったんだって』


それでね……


『……この話は会社の教訓となるけど、 後に《噂》へと変わるの、 笑い話として風化と共に恐怖は希釈されるけど、 口伝により《噂》は生き続ける』


それで……


『……たまに誰かが真に受ける、 《噂》にとって見ればそれで充分なんだよ、 《噂》の再現は、 ソレらへの肯定と、 受容、 内側へと取り憑き、 追い詰め、 活動範囲を広げながら強い肉体を探すっ……』


これらもう、 《噂》ですらない、 《噂》の一人語り………


ははっ、 ふははっ………


『……藤里愛美』


寝ぶっ面の男が運転する車の車窓から彼女を見た時、 思わず息を呑んだ、 美しいと思った、 本人はまるでちっとも気が付かないのだろうが自分には分かった、 まるで丁寧に織り重ねたシルクの様に滑らかで質の高いエネルギーの循環、 この肉体は、 ここ数百年で類を見ない酷の才能……


数日前、 肉体を飛び立つ為に、 取り憑きの男と若い子供達を犠牲に妖力を得、 藤里愛美に取り憑いてやる……


………つもりだったのにっ


………………………


ギリッ


白い、 白い髪の少女、 あれは何者だ、 あれは違う、 全く違う、 一般人とも、 藤里愛美の様な才能の持ち主等とも全く違う、 見た瞬間に背筋が、 取り憑いた男越しに冷や汗が出た……


……聖人っ


ちっぽけな子供に何をと思うかもしれないが、 子供心の純粋さ、 清心も邪心も、 それが子供と言う物だ、 何処までも純粋で、 かく言うあの白髪の少女も一見同じだった、 そばに居ても何も思わず、 特出した藤里愛美の気配にばかり気を惹かれて、 車のアクセルを踏んだまま男の意識を刈り取った


目の前の極上の餌に、 盲目的に飛び込んだ、 あの時…………


…………………………


ッ


ドッ!!! ッ…………………


…………


っ!?


……思わず、 思わず息を呑んだ、 あの瞬間、 世界に存在する物に白黒を付けるならば、 黒と定義される自分達の存在が、 その中ですら霞む程の……


白


ただ、 底の見えない、 深い、 白、 最早あの瞬間、 そこに立っていたのはただの少女の気配では無い、 神聖化さえされるソレらの、 しかも、 混じり気すら感じない神秘は、 この世界で、 どんな瞬間にすら殆ど感じたことの無い、 真の潔白……


………


ッ、 ボォオオオンッ!!!


………


白髪の少女が放った力は、 曖昧なこちらの存在を正確に捉え、 かつ力のままに木っ端微塵に吹き飛ばすのに充分で、 意識を取り戻した運転手はブレーキを踏み、 子供の乗るバスは無事……


……希薄に、 消え行く自分が、 それでも幸運だったのは、 やはり藤里愛美が特別だったから、 この子はこちらがはっきりくっきり見えていた、 精神の敷居の低い警戒心の無い子供、 更に消し飛ばされる手前、 力が弱っていたからこそ、 小さいからこそ細かい網目を縫う様に、 自分は藤里愛美へと、 くっ付いた……


………………………………


『……でも結構時間がかかったな』


所詮、 現状ただのくっつき虫、 本格的に取り付くには先ず失った力を取り戻しつつ、 彼女の精神を追い詰める、 それが今だ、 もう一度あの白髪の少女に勘づかれる前にと焦り、 昨晩は金縛りの中手を伸ばしたが、 以前の男でも触れるに至るまで数日掛かった、 子供ならばと強引に昨晩は部屋前へと迫ったが、 追い詰め過ぎれば意識は反射で目を覚ます……


やはり時間を掛けて肉体と精神を疲弊させる工程を取らなくては上手くない、 昨晩のこの手で触れられ無かった時点でやり方を変えた、 ここ、 《噂》犇めく学校裏の竹林を利用する算段を立てる、 嬉しい誤算だったのは、 藤里愛美自身が喜んでこの竹林へと自分の脚で向かった事だ、 動機作りは最もたる難関だったが……


川石の付喪神をけしかけ、 藤里愛美だけを、 この時間軸のズレた竹林へと閉ざした、 予め用意したポイント、 つまり自分の得意、 『金縛り』から接触のポイント、 この小屋へ誘う為、 上手く他の《噂》で疲弊させながら誘導した


唯一の懸念点である川石の付喪神は、 流石に手網が効かなかった為奴の動きは自立していたが、 《噂》の語り手をこちらが引き受けていた為強引に、 被せる様に別の《噂》で上塗りする事が出来たので一時的に黙らせる事が可能になった


星の怒りの《噂》は上手く藤里愛美を誘導してくれた、 怖がらせるならあれくらい派手な方が効果的で、 そして今、 ついに疲れきった藤里愛美は用意した小屋にほいほい入り、 板の間で重い瞼を落とすに至った………


………


はははっ


思わず笑う…………


『……ああ可愛い子、 もう少し藻掻いて眠りなさい、 今ここに、 すぐ側まで私の手が向かっているから……』


今はこの空間内で自分は語り手だ、 川石の付喪神を出し抜く為に甘んじて語り手の役割を受け入れたが、 それ故に今、 自分ができるのは語り掛ける事だけ、 本体とは分離した状態になっている


昔の労働災害の事件の際、 自分は従業員の男を殺して言葉に揺蕩う《噂》の形をとったが、 あの日従業員の男が見た、 所謂本体は確かに有り、 こうして対象を術中、 金縛りへと落とした時、 足音を立て迫り触れるのは本体だ、 本体が今こちらに竹の葉を踏み進んで来ているのが分かる……


…………ザッ


ザッ、 ザッ!


……来た、 直ぐ戸の外側に本体の気配を感じる、 遂に、 時間が掛かったが藤里愛美を手に入れる事が出来るっ


力だ、 今の、 不安定な時代、 力が必要なのだ、 これから世界がどちらに舵を取るとも分からない混沌のようなこの世界、 力を付け、 備えなくてはならないのだっ


……何かが、 来る……


その前に、、 力を付けて、 強者へと……………


………ザッ …………………


直ぐ外に感じる本体の感覚が、 障子戸に手を掛けたのが分かった、 後は小屋の中へと入り、 触れるだけ………


……にも関わらず ………………


ピタッ……


?


………本体が、 そこで動きを止めたのが分かった、 首を傾げたが、 語り手の自分も、 何処か焦りの様な、 唖然とした感覚にいつしか語る事を止めて居た事に気が付いた……………


……何か …………


………


ふわっ……………


………


それは突然……


……竹林の中に一瞬冷たい風が通り抜けて、 その後、 白い何かがふわふわと落ちる、 息を潜めた《噂》達は皆一様に見つめる、 落ち武者が、 ころり転がる川石が、 揺れ動く事を止めた竹達が、 そして、 金縛りの妖魔が……


しんしん…… しんしん、 と……


それは雪だった、 この世の理から隔絶されたこの闇が疼く暗い竹林に、 齎された理は、 しかし、 誰も全く知らない、 未知の理……


降り、 吹き荒れれば、 忽ち、 この世界を白銀へと染め上げる、 汚れを知らない新雪の様に、 それは、 その雪は、 黒すら白へと塗り替える程、 汚れなき、 究極の潔白っ


っ


ピシッ! ……………………………………


静電、 空気の乾燥、 鋭い木枯らしに、 竹は縮み上がっては葉をもがれる、 強い風が渦を巻いて吹き荒れれば、 この竹林に齎されたのは冬の嵐……


吹雪…………


ッ


ビュオオオオオォオッ!!!! ボォオオオッ!!!


冬の嵐が世界に畝る、 視界は忽ちホワイトアウト、 殴り付ける鋭冷は、 苦しい程に叩きつけ、 切り付ける様に鮮烈で、 息が止まるほどに凍てついた……


……冬の嵐が吹き荒れる、 竹林は悲鳴をあげて泣き喚く……


ッ


ギャアアアアアアアアアッ、 ビャアアアアアアッ!!!!


ビッ! ビビッ! ビジッ! ビビビジッ!!!


白が触れた、 竹達がその身を苦しい程にもがき苦しむ、 その白は、 黒い者達に、 傷に塩を塗り込む様に激しいあかぎれに血が滲む様に、 この竹林全体が苦しみに喘いで居た……………


これは…………


っ!?


(……何だ!?)


この……


ゴッ!!!


ッ


(……っ、 荒れ狂う白の暴力はっ!!!)


……雪 ………


っ!!


っ! っ!!


っ!!


…………………


この力は間違い無いっ、 あの時と同じっ!


っ!


『……っ、 明山雪っがぁあああああっ!!!!』


……………………………………………………………



………………………………



………



…………………ザッ ……


少女は白い髪を揺らして竹林に足跡を刻む、 少女の視界に映るのは誰と変わらない、 何時もと変わらない学校裏の竹林、 広くも無ければ、 薄暗くも無い、 落ち武者が居たり、 石が転がったり、 竹が動いたりはしない、 皆が知る竹林………


………スッ ……


……少女、 明山雪は小さな手を、 人差し指を伸ばし向け、 親指を立てる、 まるで鉄砲の様に、 それを竹林へと構えていた……


彼女には力があった、 しかし、 実は彼女のソレは決して、 才能を持つ者よりもくっきりアレらを視認出来たり、 アレらが人を喰う為に使う術や、 貼られた結界を認識出来るほどにはっきりとした物では無い


ほんの少しだけ嫌な感じがしたり、 気のせいかと思う程のぼんやりとした影を不意に見ることはあっても、 感じ取ると言う事に関しては、 本当にその程度なのだ


だから、 彼女は今回、 この竹林に被せるように貼られた強固な隠す結界に勿論気がつけなかった、 今こうして竹林の中に立ち、 深呼吸をし意識を深くしたとて、 何となくの揺らぎの様な物しか感じないのだ……


……しかし、 だとしたなら、 明山雪、 彼女が持つ力とはなんなのだろうか、 特にソレらの才能を持たなかった彼女に、 一体何が有る、 いや、 何があったと言うのだろうか?


…………それは ………


………


ジジッ! ジジジッ! ジジッ……………


…………………


脳内に何時ものノイズが走る、 電流の様な音がしてまるで意識が背けられる、 今考えていた事が別の思考へと強引に繋がり、 何を考えていたのか忘れてしまう、 何時ものシナリオ……………


……でも ……


「……うん、 大丈夫、 忘れない」


少女は、 寧ろそのノイズこそ、 決して忘れはしないあの記憶の肯定だと、 構えたのと逆の手で耳に触れてノイズを確かめる


……これは、 そう、 今思っても、 辛い記憶だった ……少女は鉄砲の様に構えた自分の手の指先を見つめる、 この指先は、 どれだけの人を、 どれだけの想いを踏み躙って、 吹き飛ばして来たのだろうか……


………


甘樹街(あまたつまち)の惨劇と呼ばれた事件から、 もうすぐ三ヶ月が経とうとする、 あのニュースを見る度に、 明かされていく被害状況を追う度に、 心が苦しむ、 痛むのを感じる……


モンスターと呼ばれる異世界から招かれた化け物が人々を襲ったあの混沌の出来事、 その渦中にて、 モンスターと同時にこの世界にやって来た異世界からの招かれざる存在が居た……


異世界の、 物語で語られる……


『勇者』、 そして、 『魔王』……


……


『魔王』と言うのは今に思えばこの世界で言う悪霊の様な物だった、 人の心中に取り憑いて操り、 力を振るっては、 人を殺す、 しかし、 人の言う『魔王』とは、 例え自分の意思とは関係なく、 力が人を殺すのだとしても、 その『魔王』と言う力の事では無く、 その力の宿る者の事を呼ぶならば……


明山雪、 彼女はまさに、 現代の『魔王』だった少女だ……


……あの惨劇にて、 やって来た『魔王』と言う力は少女に取り憑き、 更なる破壊と混沌をこの地に齎した、 少女にはその時の記憶や、 実感が肉体の方に染み付くのか、 構えた手には殺した者の返り血がこべりついて居るように、 耳にはかの日の悲鳴が今でも反響している様だった


正直苦しい、 誰にもこの苦しみは共有出来ないし、 頭を振っても、 抱えても、 無かった事には出来ない、 『魔王』として、 一時は黒く染まったこの雪の様な白髪も、 目を瞑れば月光を背に笑う様が夢にまで見る気がする……


……走るノイズは正に、 この事実を隠そうとしてくる、 自分が『魔王』として君臨し、 力に操られ殺した人や、 破壊した街や、 砕いた人々の想いを、 このノイズはそんな臭い物に蓋をしてくれる


……惨劇の事や破壊された街、 亡くなった人が無くなる訳では無いのに、 誰かが描いたシナリオは、 この世界から不都合な『魔王』と言う存在を抹消するのだ


多分、 このままノイズに身を任せれば、 苦しい過去も同時にいつか忘れてしまえるんだと思う、 その方が楽だと言う事も分かっている……


でも…………


ッ、 ジジジッ ……………


……うん ……


「大丈夫、絶対に忘れない……」


それは、 まだ小さいながら、 少女が自分の犯した罪に向き合って、 その責任から目を逸らしまいと、 辛く苦しい現実を、 隠すことなくありのままに生きる事を決意したからだと言うのだろうか……


それとも……


………


『……それを俺に託せば良い、 俺が雪ちゃんの抱えきれない責任、 想いを背負って戦ってくる』


……


目を閉じた時、 ノイズの隙間に、 いつかの、 誰かの言葉がそっと寄り添う、 きっとこのノイズは、 そんな自分にとってとても大切な、 あの人から貰った想いまで隠してしまう


それだけは、 絶対に嫌だった、 自分が犯した罪と責任を、 あの人は、 当然の様に肩代わりし、 私が進むべき暗い道を私の代わりに彼は進み、 逆に彼が享受するべき温かさ、 人の想い、 彼の当たり前の日々を私にくれた……


忘れはしない、 自分が今ここに居るのは、 ここで幸せに生きているのは、 全て、 彼が道を譲ってくれたからだ………


忘れる筈が無い、 叶うなら、 この砂嵐の様なノイズの隙間に見える、 貴方にもう一度、 再会(あ)いたい………


どれだけ辛くても、 苦しくても……


(……忘れないよ ……日暮お兄さんっ)


……………


ジッ、 ジジジジジッ!!


ジジッ!!!


………


スッ………


少女はその手をこの暗雲立ち込める、 薄暗い竹林へと向ける、 彼女と言う潔白(げきぶつ)がここに在るだけで、 既に遠い様で近い、 かの竹林では奴らの苦しむ悲鳴が響いていた


夢の中で、 黒髪の自分はよくこうやって構えて、 力を放った、 あの時産んだのは悲しみの悲鳴と犠牲者だけ


でも、 今は違う、 忘れないからこそ、 今があるのはあの時、 あの瞬間の、 あの場面の、 あの……


……だからこそ、 同じ様に構えたこの力は、 今度は、 悲鳴をあげる誰かを助ける為に、 自分がそうして貰った様に、 今度は人を助ける為にっ


っ


「! 吹き飛んでよねっ、 悪霊さんっ!!」


ッ


ボオッ! …………


………


目に見えて、 何かが起きた訳では無い、 でも少女が力を放った時、 既に埋もれる程、 白に塗り潰された薄暗い竹林で、 決定的な力が弾けたっ


ッ


ボォガァアアアアアアアアアアンッ!!!


ッ、 バリィイイイインッ!!


…………………………………



…………


砕け散った、 竹林に貼られた川石の付喪神の隠す結界が、 木っ端微塵に、 力任せに吹き飛ばされて、 その妖力の粒子がこの現実の竹林に舞って、 通り抜ける風に攫われて消えていく……


白髪の少女は弾む足取りで歩みを進めた、 まるで今にも、 鼻歌を歌い、 スキップでも始めそうな勢いだ……


それもその筈、 今自分はとてもワクワクしているし、 心はドキドキとしている……


……自分は、 彼が譲ってくれた当たり前の日常の上を歩く者だ、 あの彼や、 自分の幸せを願う人達が思い描く自分の姿は、 笑顔の自分なのだ……


勉強は苦手だが、 学校は好きだ、 座学は大嫌いだけど体を動かすのは好きだし、 第一に学校には友達が居る、 友達と走り回って笑ったり、 色んな話をして遊ぶのは大好きだ


友達と過ごす時間は、 心に豊かさを齎し、 この道に綺麗な色や良い匂いで満たしてくれる、 自分は今の自分に自信を持って、 胸を張って今を、 最高に楽しんで生きていたい………


ぁぁ……


「……藤里愛美ちゃん、 か…… ふふっ」


聞けば、 彼女は、 そんな自分と友達になりたいと言ったらしい、 これが楽しみでない筈は無いだろう、 ワクワクするなと言うほうが難しい


彼女はどんな色をして、 どんな匂いのする子なのだろう、 彼女は……


「……私とどんな楽しい事をして遊んでくれるのかなっ、 ふふふっ、 楽しみ」


ザッザッ……


決して広くは無い竹林を暫く歩いて見れば、 この地に学校が立った百年程前に建てられた記念碑が見えてくる、 苔の生えた何やら難しい事が書かれた楕円の石だ


その麓に…… 居た、 彼女は記念碑に背を凭れ、 疲れたように瞼を閉じる彼女を見つけた、 ああ、 そうか、 自動会長、 そういえば眠たくなる様な総会の際彼女はステージの上で言った


『……どんな子も笑顔で、 楽しく充実して過ごせる、 そんな学校にしたいっ』


と………


ふふっ、 それなら、 是非楽しく、 学校生活を充実した物にしてもらおうか………


ザッ……


ぅっ………


足音に、 遂に目が覚めた眠り姫は、 今気怠げに重い瞼を開いて見せた、 まだきっと朧気な視界の彼女に、 今の自分を誇る様に、 花の咲いたような笑顔を向けて笑いかける


ざわざわ……


涼やかな風に、 今度はこの一期一会を記す小学校、 長い永を見守って来た竹林の、 竹の葉揺れる、 誰かの、 そして未来には自分達の青春の思い出となる出会いを………


彼女、 藤里愛美が、 白髪の少女、 明山雪に目を惹かれた時……


雪色の少女は笑う……


「ふふっ、 愛美ちゃんみ~つけたっ」


ぁっ……


藤里愛美は、 疲れた顔で、 声も小さくしか出なかったけれど、 その瞬間の、 小さく驚いた様な顔は、 とても、 可愛いなと、 そう思った……


……なんにせよ、 この日、 藤里愛美と、 明山雪は、 何処にもシナリオに記されていない、 出会いと別れを繰り返す、 何処にでも有る、 ありふれた、 だからこそ特別な、 出会いを果たしたのだった

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