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第四話…… 『《噂》の妖魔』

キーン コーン カーン コーン……


予鈴が鳴る、 この後はお昼の掃除の時間だ、 当番表に振り分けられた掃除地点をそれぞれ道具を持って担当する事になる………


生徒達が教室からホウキや雑巾を手に持つ中、 バタバタと幾つか足音が聞こえて、 教師が廊下を見ると、 焦った男子達が息を切らして駆け込んで来る……


先生が男子達を一瞥……


「こらっ、 休み時間に外に出るのは良いけど、 掃除の時間に遅れちゃダメでしょっ」


はぁっ はぁっ……


膝に手をついて大きく息を吸って吐く男子生徒達、 あんまり慌てて向かって来たのかその息は荒く、 先生の声すらまともに聞いては居なそうだった


「はぁっ、 ごめんなさい、 でも、 見つからなくてっ……」


?


あんまりバタバタとしていた物だから、 他の生徒達も足を止めてすっかり男子達と先生のやり取りを見ていた、 先生が溜息をつく


「? かくれんぼでもしてたの? でも関係無いよ、 隠れる側も意地になって隠れてないで、 時間を考えて終わらせなさいっ」


しかし男子、 その先頭の田中という男子が首を横に振る、 彼が先生に見せた顔は何処か焦って見えた……


「違うっ、 違ってっ、 まだ見つかって無いんですっ!」


………え?


「かくれんぼで見つからないからって置いてきちゃったの? もう…… じゃあまだ隠れてるその子にも後で怒らないと、 その子は誰?」


教師は教室をぐるり見渡す、 既に担当掃除場へと向かった生徒も居るから、 このクラスの子か分からない、 他クラスの子と言う可能性もある、 どちらにせよ、 一度キツく叱らなくては………


…………………


「愛美ですっ、 藤里愛美(ふじさとあみ)っ!」


…………?


先生は初めその言葉を理解できなかった、 何故なら、 まあ生徒の善し悪しを比べるようでは教師失格だが、 それでも全く言うことを聞かない悪ガキも居る中、 彼女、 藤里愛美はこのクラスや、 学年の中でもしっかりした子で、 素直で手を焼いた事は無い


オマケに責任感も強く、 今年の自動会長だ、 背伸びした様な努力家の姿には個人的にとても応援したくなる様な生徒だった、 彼女は外遊びを好む生徒では無いと分かっているが、 健康面も考えれば外で走り回って遊ぶ事になんの抵抗も無いし、 良いと思う


しかし、 それが、 時間を忘れて、 未だ姿を表さないとは…… 流石に人違いかと少し思ってしまう程だったが………


たっ たっ……


その思考の最中に近ずく足音がして、 そちらを見ると、 このクラスの女の子、 佐々木景子(ささきけいこ)が不安を貼り付けた様な顔でこちらを見ていた


「あの、 先生、 たしかに愛美ちゃん、 お昼休み見てないし、 帰ってくる所も見てないです……」


彼女は、 そうだ、 藤里愛美とも仲が良い、 思えば普段は何時もの三人で、 休み時間を過ごして居る様だが、 今日はどうして外に、 しかも二人とでは無く、 普段遊ばない子達と遊ぶ事になったのか……


「あ、 二組の明山雪と話がしたいって言い出したんですよっ、 だから誘ったんです、 いつも明山雪は俺達と遊んでるから……」


田中が疑問に答えた時、 また新しい足音がする、 今度は廊下から……


ガラッ


「すみません、 花田先生、 うちのクラスの明山雪が帰って来ないのですが、 あっ、 田中君、 君達と遊んでたよね?」


隣クラス、 二組の、 明山雪のクラスの担任だ、 藤里愛美に続いて、 隣クラスの明山雪も帰らない状況に、 流石にこのクラス担任も首を傾げた


えっ……


「田中君、 明山雪さんは一緒に帰って来て無いの?」


ぅっ……


田中は唾を飲み込むと続けた


「……あいつ、 明山雪って、 隠れ鬼で鬼をやると絶対に勝てなくて、 つまり、 人を見つける力が超すごくて……」


それで……


「明山雪が、 私だけで探してみるって、 言って……」



「じゃあ、 うちの雪さんに、 愛美さん探しを頼んで、 皆は帰ってきたの?」


ぅ、 うん………


男子たちはすっかり小さくなって頷いた、 まだ言いたいことはあるが過剰な説教は教育では無いし、 今はそれよりもするべき事が有る


隠れ鬼で隠れていた子が見つからない、 この状況に、 ただの遊びだと切り捨てる事は出来ない、 それは誰であっても、 嫌な予感が浮かぶ、 足を動かしてそれを否定したい、 彼女に、 ダメだよ、 そう叱れる事がどれ程幸せかと確認したい……


……万が一にも、 何か、 事件に巻き込まれる様な事になれば…………


っ


「山谷先生、 二人を探しましょう」



「そうですね、 花田先生、 皆、 愛美さんを最後に見た場所、 雪さんと最後に別れた場所や向かった場所は分かりますか?」


田中が小さな声で言う


「愛美は、 竹林に入って行くのを最後に…… 明山雪も、 なんか、 迷わず竹林の方に走って行きました……」


竹林………


頷きあった二人の教師、 しかしそれを止める様に、 景子は口を開いた


「っ、 あのっ、 すみません……」


?


「佐々木さんどうしたの? 不安かもだけど大丈夫、 藤里さんの事は私達に任せて、 一旦は掃除に向かってくれる?」



「いや、 そうじゃなくてっ」


景子が唾を飲み込むと続けた


「やっちゃん…… 八依ちゃんも帰って来てないですっ! なかなか帰ってこない愛美ちゃんを探してみるって……」



「えっ!? 新椥(にいなぎ)さんまでっ!?」


新椥八依(にいなぎやちよ)は転校生で大人しい子だ、 初めはあんまりにも大人しすぎてクラスに馴染めてないんじゃないかと不安になったが、 徐々に会話や笑顔が増えてきた、 特に愛美と景子といる時間は何より楽しそうに見えた……


「……分かりました、 新椥さんも追加で探しましょう、 お説教する為にね、 うん、 山谷先生行きましょう、 皆っ、 サボらないで早く掃除場所に行きなさいっ、 佐々木さんも、 あと田中君達も急いでっ」


逃げるように飛び出していく田中達に続いて、 景子も頷いてホウキを取った、 何処か心に暗い不安感を抱きながら、 先生達は三人の捜索のために外靴へと履き替えるのだった……………



…………………………………………………………



………………………



……


ピリッ ピリッ……


ピリリッ


……ビリッ! ………………


あっ


「……海苔まで破れた、 はぁ…… 終いにおにぎりに亀裂、 コンビニおにぎりもここまで酷い状態になった事は今まで無かったな……」


公園のベンチで男が一人、 お昼時にコンビニで買ったおにぎりを手に持っていた、 最近値上がりの激しいおにぎりだが、 彼の持つそれは、 数字の振られた外側のビニールの堺で海苔諸共真っ二つに割れていた、 溜息が出るのも分かる


「昼休みについてない……」


この公園も彼の不運の溜まり場かと思う、 昨日だって二人の女子高生と、 奇妙な悪霊騒動に、 疲れた退勤時間に巻き込まれた……


村宿冬夜(むらやどとうや)は割れたおにぎりを気だるげに、 しかし丁寧にビニールから取り出すと、 むしゃむしゃと食べ出す、 ペットボトルのお茶に手を伸ばした時、 彼にさらなる不幸が舞い込んだ……


チャララン~♪ チャンチャン~♪


……着信音、 会社のスマホじゃない、 自分の個人のスマホだ、 着信画面を見て、 思わず怪訝に顔を歪めた


『国村流(くにむらながれ)』


……叔父さん、 親戚のプロを名乗る霊媒師だ、 彼は霊媒師の連盟に加盟し、 実力を認められているらしく、 全国を忙しく飛び回り、 何やらやっているらしいが、 力を持つ冬夜さえ具体的に何をしているのかは詳しく知らない


何にせよ………


ピッ……


「……はい、 もしもし、 どんなご要件ですか?」



『……ん? あはは、 何だか硬いね冬夜君、 別に電話くらい掛けたって言いじゃないか、 それとも仕事中だった?』


はぁ………


何処か気楽な叔父の声に溜息を着くと、 冬夜は頭を振った


「いえ、 お昼の休憩中ですから大丈夫です、 それで? また何か面倒事でしょう? 貴方が電話を掛けてくる理由はそれしか無いから嫌なんですよ」


電話の向こうで叔父、 国村流は笑った


『……まあいいじゃないか、 でも鋭いね、 その通り、 早速だけど要件を伝えよう』


叔父は続ける


『……今ね、 そっちで結構でかい結界の反応が万華鏡に観測されてるんだ、 気が付いてる?』


え?


冬夜は言われてから意識を研ぎ澄ます、 結界術は雑だったり作りが荒いと直ぐに認識出来てしまう、 逆に精度が高かったり、 隠す事に特化した結界はプロが使う特殊な観測機を駆使するしか探す術はない


………


「……すみません、 あまりはっきりとは分かりませんでした、 何か嫌な感じはしますが、 言われるまでは全く」



『……そうか、 まだまだだね…… まあ良い、 つまり今回、 万華鏡にははっきりと映る事から使い手は雑魚妖魔、 しかし内容が閉じ込める為では無く、 秘匿する為、 隠す為の結界という訳だ』


破壊せずとも、 何とか抜け出す術が有るのが隠す結界、 条件は多くは付けられないからだ、 しかし十分、 少なくともなんの対策も講じてない現代人にとってそれは確実な脅威なのだから……


「直ぐに向かいます、 場所はどちらでしょう?」



『……本当に急いだ方が良い、 場所は市内の小学校だ』


っ!? 小学校!


市内の小学校と言えば一つしかない、 あの裏手に竹林のある小学校だ、 たしかに距離は遠くないが……


……あそこには、 知り合いの子供も居る、 白い髪の不思議な少女…………


っ


「詳細は?」


冬夜はビニール袋におにぎりのゴミとお茶を入れると立ち上がる、 その他のお昼ご飯は後回しだ、 子供達に何かあったらただ事じゃ済まない、 力を持ち、 戦う術を持つ冬夜だからこそ、 近くに居た自分が何も出来なかった、 子供に何かあった、 そんな現実を黙って受け入れる事は出来ない


『……万華鏡には結界と、 妖魔の反応を示す黒の点が力ごとに大小で映される、 結界を張った妖魔は一体だ、 勘だが川石の付喪神の反応に近いな、 だが、 中身はもっと別だ、 正確には分からないが、 黒天が複数動いている』


それはつまり


『……結界の中は大量の妖魔で溢れてるって事だな、 多分全部が力の弱い《噂》の妖魔だ、 だが数集めればそれなりの事は出来るさ』



「でも基本、 妖魔は共闘しませんよね? 特に《噂》の者達はどれも抜け駆け、 つまり自分本位な思考で自分が強くなる事しか考えてない傾向に有ります、 特に奴らにとって求める才能有る肉体は…… まさか、 取り合いになっているのか?」


冬夜は疑問を口にしながらも、 個人のスマホを耳に挟み、 会社に連絡をすると叔父に断りを入れてから、 取り出した社用携帯で上司へと電話をかける……


………………


〘……もしもし土飼(つちかい)だ、 冬夜どうした?〙


冬夜は自身の上司である、 土飼笹尾(つちかいささお)の声を聞くと切り出す


「お昼休み中にすみません、 土飼さん、 こっちの要件で至急市内の小学校に向かう事になりまして」


普通、 急にこんな事を言われても大抵の人は困惑するだろうが、 彼の上司は違った、 今冬夜が在籍する会社、 [未確認生物又は未確認事象に対する対策及び現地調査隊を目的とした調査隊本部]……


名前が長すぎるので[調査隊]と呼ばれているが、 もうすぐ三ヶ月が経とうとする、 かの惨劇により丸ごと廃墟となった甘樹街(あまたつまち)への調査を目的とする団体、 そこには未だ未知の痕跡が遺されている


[調査隊]の殆どが、 冬夜や、 土飼含め、 皆惨劇の被害者である、 モンスターも、 超能力の様な力も、 奇妙な二ヶ月の静かで苦しい戦いの日々も経験し、 誰も忘れる事の出来ない事を経験した者たちだ


更に、 上司である土飼も、 冬夜の力については一定の理解をし、 配慮してくれている、 何故なら昨今急増する妖魔被害も、 惨劇の二次災害の様な物だからだ……


〘……分かった、 急ぎ何だな? ちょっと待ってろ ……〙


本の少しの時間を置くと土飼は続けた


〘……今、 威鳴(いなり)の奴にも向かわせた、 車を周してくれる、 公園で待っててくれ五分の内には迎えが来るだろう〙


助かる、 先輩…… と言うか発足の同期なので会社の先輩には当たらないが、 少し年上のお兄さん、 威鳴千早季(いなりちさき)が車で迎えに来てくれるそうだ……


「ありがとうございます、 帰ったらまた報告しますので、 よろしくお願いします」



〘……ああ、 頼む、 くれぐれも気を付けろよ〙


………ピッ


社用携帯を切ると、 もう一度断りを入れて自分のスマホ、 叔父へと繋ぐ……


「すいません、 上司には連絡したので、 車も周してくれるそうなので十分ちょいで辿り着けると思います」



『……ああ、 そうか、 だが急いだ方が良いかもね、 急かす様じゃないけど…… どうやら閉じ込められた人が居るみたいだ、 さっき反応が見えた、 子供かもね』


っ!


「っ、 無事…… かどうかは確認できませんよね…… 急ぎます」



『……そうしてくれ、 あとそうだ、 冬夜君がさっき言った疑問だけど、 これはもしかしたら反響かもね』


反響?


『……木霊とも言う、 よく森の中で音が反響するだろ? あれは竹林の中でも起こるが、 現代妖魔は《噂》と言う音の存在になった』


子供達は《噂話》が好きだ


『……ここが小学校で、 音が反響する竹林があった、 子供達が面白おかしく話す怪談話が竹林に木霊している…… だから色んな《噂》がここには居る…… のかもね』


でも……


『……それだけじゃない、 冬夜、 今回は是非気を付けろよ、 そうは言っても偶発の規模じゃ無い、 何者かの意図的である可能性が高い、 俺は暫くは向かえないからね』


それはその通りだろう、 だが……


「……叔父さんは今どこに? まさか海外ですか?」



『……いや、 巨大な妖魔の腹の中だ、 詳しく聴きたい?』


…………冬夜は首を横に振る


「結構です、 でも叔父さんも気を付けて下さいね、 連絡ありがとうございました、 こっちの事は俺に任せて下さい……」


ん?


プップッー!


車のクラクションがなり、 そちらを見るとセダンが止まっている、 なんでこの人は社用車じゃ無くて何時も自分の車で来るんだ………


はぁ……


「それじゃあ、 叔父さんまた」



『……ああ、 頼んだよ』


ピッ……


通話を切ると、 冬夜はセダンの後部座席へと運転手に挨拶をして乗り込む、 助手席には女性、 運転手、 威鳴千早季の姉が乗っているからだ


ガチャッ


「すいません威鳴さん、 急ぎでお願いします」



「OK、 小学校だよね? ……小学校に何しに行くの? 昼寝してたらいきなり叩き起されてさ……」


はは…… 相変わらずだな……


「それはすみません、 でも俺の方の仕事ですよ」



「………え? もしかして妖怪退治の方? ……ついてねぇ…… いや、 仕事サボれて丁度いっか」


はぁ……


「まあ、 なんかあったら手伝って下さいね、 威鳴さんだって視える側なんですから」


彼は運転席で手をひらひら振ると唸った車が出発する、 力を持つ者も、 今はただ祈る事しか出来ない状況に胸を焼かれるのだった………


……………………………………………



…………………



……


っ


はぁっ、 はぁっ……


息が苦しい、 この鬱蒼とした竹林を、 走っても走っても、 一向に抜ける気がしない、 体は熱く、 汗は止まらない、 スニーカーはすっかり泥だらけで、 止まったら二度と立てそうにない


だから、 止まって行けない、 止まったらダメだ……


………


……………カサカサ …… カサカサ


風音が葉を揺らす音が耳に不快に吹きかける ……まただ、 音が鳴って、 その内にそれが、 ヒソヒソと笑って居るように聞こえてくる……


そして、 それはこの酩酊する様な意識の中に語りかける………


《噂》


ヒソヒソ………


『……ねぇ、 聴いた?』


っ……


誰かが耳元で囁いた、 周りを見ても竹林しかないのに、 誰かが耳元で嘲笑う様に囁き語る……


『……竹林には死体が埋まってるんですって』


『……まだ戦国の世に街の方で戦があったんですって、 それはそれは激しい戦があったんですって』


『……逃亡して竹林に逃げ込んだ落ち武者が居たんですって、 全てを捨てて逃げ出した落ち武者が、 ガチャガチャと防具の音を立てて、 竹林に逃げ込んだんですって』


………


ガチャッ ガチャガチャッ …………


………?


何か、 金物がぶつかる音にそちらを振り向く…………


っ!?


……誰かが立っている、 竹林の中に、 長く崩れた髪で顔が見えない程に隠れた男だと思う、 薄暗い木漏れ日が希薄なその者を照らす


赤………


血塗れだ………………


手には、 ギラリ…… 刀が握られている、 落ち武者………


ヒュ……


『……敵軍の将は賢くて、 竹林に逃げ出す事を見越して予め別働隊を竹林に隠して布陣していたんだって、 知らずに入ったが最後、 無慈悲に瞬く間に殺されてしまったんだって』


カラカラカラッ…………


落ち武者が震える


『……その落ち武者の怨念が竹林を彷徨って、 かの日の怨恨を晴らす為に、 刀を振るうんだって、 でももう意思が無いから、 誰彼構わず襲いかかるんだって』


って……


『……専らの《噂》だよっ』


ッ


ガチャンッ!!


っ……


囁きが途切れると共に、 落ち武者が狙いを定めた様にこちらを振り向く、 気が付けば止まっていた足は既に震えていてとても使い物になりそうにないと感じる程……


ジャァンッ! ヂャッ……


落ち武者が刀を構えた、 ボロボロだ、 刃こぼれが酷く、 赤黒い血がこべりつき、 ギラリと光を返した……


ザッ ザッ


落ち武者が歩む………


ッ


ガヂャッ、 バンッ!!


落ち武者が鎧を打ち付けて踏み込む、 瞬く間に詰める距離……


ビュンッ!


刀を振り上げた、 大上段……


……愛美は、 動けなかった、 他人ごとの様な、 意味の分からない瞬間に、 疲れからか恐怖からかまるで頭も回らず、 小さく震える事しか出来なかった……


足が震えて、 立って居られなかった……


からこそ……


ガクッ


「ぅっ、 ぁっ!?」


……足から力が抜けた、 支えきれないように、 膝からガクりと折れてしまう、 そのまま、 重力に引かれて、 体はペタリ……


ッ


ヂッ、 ビジャアアアンッ!!!!


ズバァアアンッ!! ………………………


……………


っ


「ひぃっ!?」


……振るわれた刀は、 体勢の低くなった愛美の頭の上を風音を残して通り抜けたまま、 傍にあった太い竹へと命中する……


……一刀両断している、 物凄い威力………


?


……何だ? 落ち武者はその瞬間、 奇妙にも停止した、 その様は何処か違和感を感じていると言うか、 首を傾げて居るようにも見えて……


バザバサッ!


葉が強く打ち、 両断された竹がその身を引かれ地面へと傾く…… 未だ固まる落ち武者へと……


ぁっ……


「っ、 危なっ……」


ドシャアアアンッ!!! バキバキッ! ………


……落ち武者が、 太い竹に押し潰された、 流石に耐えきれず、 地面に打ち付けられる……


ぇっ……


ぁっ、 ぇっ……………


人が目の前で押し潰された現状に、 愛美は心の底から自然に声を出した……


「だっ、 大丈夫ですか………」


ギラッ!!


っ……


落ち武者の目が鋭く光り、 言葉の詰まった愛美は、 ようやく感覚が戻ってきた足に力を込める


(……逃げなきゃっ)


ばっ


手に土をつけて起き上がると、 もう一度震える足に力を入れた、 ガチャガチャと、 未だ暴れる金音に背を向けて走り出す…………


…………………………………



………


はぁ、 はぁっ……


暫く走って、 それでも未だ深い竹林の中、 もう何処に向かって走って居るのかも分からない……


……


ジッ


《噂》


『……知ってる?』


っ


また……


ヒソヒソ…………


『……聞いた事ある? 川石を、 持ち帰っては行けないって噂、 聞いた事ある?』


カランッ!


……音が聞こえて、 何かが竹を打つ、 コロリと転がって、 コロコロ丁度、 足元へ………


っ!?


石、 拳二つ分程の、 角の削れた楕円の石、 何処かで見た、 そうだ、 竹林に入る時に、 見た特徴的な石……


ピキッ、 音を立て、 石に亀裂が走る……


『……どうして石を持って帰っては行けないのかって? それはね…… 聞いた事ある? 八百万の神様、 全てに神様が宿っているの、 石にも同じ、 でも宿った神様が良い神様か、 悪い神様かは、 誰にも分からないの』


『……特に川石の神様は、 古くからその土地の龍脈で研磨された土地神様、 綺麗だからって、 持ち帰ったら…… 神様でも長年過ごした故郷から勝手に持ち帰られたら怒るのよ』


『……だからバチが当たるって、 専らの噂だよ』


………


っ


「私はっ、 石なんて持ち帰ってない……」


バラッ


思わず出た愛美の声を、 嘲笑う様に亀裂の入った石は割れる、 ヒソヒソとした風音が、 今度はケタケタ笑って聞こえた


……へへっ


ジジッ!


《噂》


『……ねぇ知ってる?』


再びの問いかけ、 それはまるで、 割れた石から聞こえた様に感じた……


『……石は、 この星の欠片、 天然の神秘、 自然のエネルギーが宿る、 多くの生物はこの星のエネルギーに生かされている、 だから人は星に感謝するの』


でも……


『……石は自然に割れたら吉兆を表すけど、 その逆、 イタズラに割ると悪い運勢の兆しを記す、 石にこの星の天然のエネルギーが宿るなら、 それを破壊する行為はこの星への報いを意味する』


生物は、 この星に生きる生物は、 雨に、 風に、 山に、 海に、 多大な恩恵を貰い産まれ生きる、 営みの中でエネルギーを貰い、 布を折重ねる様に、 連綿と繰り返す生物の進化の歴史と今は、 全てこの星(ゆりかご)の温もりに肖る故だ


『……それは、 最大の親不孝、 恩恵の拒絶と謀反を意味し、 同時に、 この星からの実質的な勘当も同時に意味する、 その者は、 自然から、 この星からの恩恵を受け入れる事が出来なくなるばかりか、 敵だとさえ認識されてしまう』


自然が、 敵になる……………


……


ザワザワザワッ…… バザバザバザバザッ!!!


っ!?


風が強く吹き付ける、 竹が激しく揺れては葉を落とし、 まるでこの竹林全体が、 怒って居るように感じた、 次は何が……


ガッ…… ガガガガッ!!!


?


何か、 打ち付ける音………


ガンッ!!


大きな音がした方を見る、 すると一本の竹が倒れていた、 今のは竹が倒れた音………


ズズズッ


グニャアッ……………


!? っ!?


愛美は今、 目の前の光景を今度こそ疑った、 倒れた竹が、 ゆっくりとその身体を持ち上げて、 また真っ直ぐ上を向き直したのだ、 まるでお辞儀でもする様に、 根元も折れてない、 本当にあの体がしなって曲がったのだ………


ザワザワザワッ!!!


っ


愛美は風に揺られ葉を揺らす竹達を見上げる、 今気が付いた、 この竹達は………


ゆらゆらッ、 グニャグニャッ、 バサササッ!!


………まるで、 そう、 まるで生きている様に、 お好み焼きの上の削り節見たいに、 周囲の竹達は、 まるで自分の意志を持ったように、 左右に揺れ動いているっ、 まるでサンバでも踊るように皆一様に左右に揺れだしたのだっ


っ


「ひゃぁぁあっ!!?」


明らかな異常光景に、 愛美は今度こそ悲鳴を上げた、 訳が分からなくともまだ人間の形をした落ち武者よりも、 ぐにゃぐにゃと狂ったように踊り出す竹の方が愛美にはずっと怖かった


ダッ!


…………………


ザワザワザワザワッ ザワザワザワザワッ!!


竹が笑う、 竹林全体が笑っている


……ただ、 もうすっかり棒になった足で、 それでも走る、 見渡す限り、 何処まで続くとも分からない果ての無い竹林の中、 遠くに目に見える竹が全て勢いよく頭を振る狂気の竹林の中で、 もうすっかり疲れた愛美は、 それでも、 何処を目指すでも、 何をすれば良いとも分からないのに走った……


走って、 走って、 走って…………


…………………………


走って、 居る内に……………………


!


……この、 一向に変わらない竹林の中に、 見るからに古い、 茅葺き屋根の小屋が見えてくる、 戸は障子貼りで、 時代が何百年も昔に感じる小屋だった……


っ


ガタッ!


愛美は障子に手を掛け引き戸を引く、 そこが、 何処だって、 化け物の腹の中に安全な所等無いとか、 そんな事は全く考えなくて、 とにかく恐ろしい竹達の視線から少しでも隠れたくて、 笑い声が聞こえない所に行きたくて………


バタンッ!


…………………………


障子を思い切り閉めると、 薄暗い小屋の中は、 まるで外の音が入り込まない程の静寂であり、 先刻までの、 耳障りな竹の笑い声も、 嘯く語り手の声も何も無い、 ただ、 薄暗い小屋の中には、 囲炉裏の灰臭さと、 カビとホコリの匂い、 何処か隣県の祖父母の家を思い出す様な、 何処か落ち着く匂い………


はぁ…… はぁ………


っ


「げほっ げほっ…… はぁ…… 疲れた………」


脇腹が痛くて、 息も荒いまま、 玉のような汗と、 暑い体、 もう涙か鼻水か汗か、 ベタベタの顔は疲れきって、 土間から一段登った板の間へ腰を掛けると、 体は地面に後ろ髪を引かれる様に重くなる……


どさっ………


寝転がる、 冷たい床が気持ちよかったし、 昨晩から引く寝不足気味の体は、 プールの後の数学の授業の様に、 耐え難い程の眠気に晒される……


(……瞼が、 重い …………)


依然変わらぬ息苦しさが、 重しのような倦怠感に代わり、 漬物石でも体にのしかかったように、 二度と起き上がる事が出来ないと感じる程の体は、 段階を踏むように今度は瞼に重力を掛ける……


(……もう、 だめ………… 起きて、 居られない…………)


……瞼が閉じると、 意識は深い深淵へとまるで引きずり込まれるように、 抵抗しても押し戻される引き潮の様に、 暗い方へと飲み込まれていく……


……………………………


それで………


………………………


それで、 素直に眠れるのなら、 きっと、 一時的な現実逃避の様な睡眠も、 意識を遮断できて、 逸らす事が出来たのなら、 どんなに楽だろうかと思う……


……………………………


……ガァンッ! ……………ガァンッ! ………


………………………………


また、 頭の中で、 あの音が聞こえた気がした……

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