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第十七話…… 『……逃げる者に迎え撃つ覚悟、 待つ者に今暫くの静寂』

はぁ…… はぁ……


「……十七時、 三十九…… いや四十分…… はぁっ、 会延矢(あのや)駅に着くだけでっ、 十五分っ、 もかかっちゃったっ……」


駅舎の正面に取り付けられた時計を、 息を切らして見上げる少女、 藤里愛美(ふじさとあみ)は、 ショッピングモールから、 最寄り駅の会延矢駅まで最短ルートを取って全力疾走をして来た、 普段走り慣れない愛美にしては、 それでもそこそこ早く到着したと思う……


はっ、 タッタッ……


体を引きずって歩く、 走れば体が発熱し汗をかく、 しかし外の気温を思えば汗はかきたくなかった、 正直背筋が寒い、 額を流れる汗が冷やされて冷たい……


それでも……


「……行かなきゃ ……でも、 私は何処に隠れたら良いの……」


……愛美は先程の事を思い出す、 ショッピングモールの立体屋上駐車場での事、 共に今日出掛けた新椥八依(にいなぎやちよ)の話を聞いた時の事だ……


八依は自身の事を『魔王』なる存在によって蘇った、 今は『魔王軍』として衝動で人を殺す『怪獣』と同じだと言った、 それに納得出来ない愛美の目の前で、 八依は力を示す様に……


……自身の手で触れた対象に隷属支配を強いて、 命令する事が出来る、 更に自分の手は長いのだと、 エネルギーの手を遠くに伸ばして遠距離で対象へと触れる事を開示した上で、 走るセダン車の運転手に『アクセルを踏み込め』と命令し、 眼下の駐車場内で待ち列をしていたミニバンに後ろから衝突させて……


笑った…… 心底楽しそうに、 あの笑みは愛美の知らない、 知りたくなかった彼女の本心の笑だ、 否定する事は簡単だが、 それは彼女に対する押しつけになってしまう、 決して愛美は、 友達がそんな風に苦しむ様は見たくない……


……そして更に、 八依は続けて空を飛ぶ旅客機に今度は手を伸ばして、 愛美に問いかけた……


『…………それでも ………愛美ちゃんは、 私と言う『怪獣』に向けて、 手を伸ばす、 なんて戯言を吐けるのかな?』


……………


……彼女は愛美からの拒絶を求めている、 彼女は自分の事を『怪獣』と語るけれど、 今日、 愛美は彼女の手を取り隣を歩いた、 繋いだ手からは愛美の良く知る、 八依の丁寧で繊細な、 そして何時もより怯えた様な気遣いを感じていた……


何故八依は自身の力で愛美を支配しなかったのだろう? 度々感じた怯えは寧ろ愛美に万が一にも力を向けたくは無いと言う躊躇いに感じた、 そんな彼女は愛美に拒絶を求める、 支配による強要では無く、 愛美が自分から拒絶して欲しいと思っているのだ……


(……分かるよ、 痛い程、 私に嫌いになって欲しいのは、 離れて欲しいのは私を傷付けたく無いからだよねっ)


それなのに…… 力を向けて支配しないのは、 多分愛美に嫌われたく無いからだと思う、 相反する様にせめぎ合う……


そう……


彼女は、 自分の事を『怪獣』と言うけれど……


(……まだ、 迷ってるんだよねっ、 『怪獣』になりきれないんだよねっ)


中途半端、 力を持った『怪獣』の彼女が、 弱い『人間』の彼女を嫌悪する、 でも同時に、 弱い『人間』の彼女が今も悲鳴を上げて、 恐ろしい『怪獣』になる事を忌避し、 躊躇い続けて居る……


過去に刻まれた傷の上を、 『怪獣』が鋭い爪でなぞって苦しむ痛みと滲む血を『人間』の彼女に見せつけ教える、 目を逸らすな、 嘗て自身を貶めた弱い自分自身を叩いて、 貶めてまで甘んじて受け入れた他人からの嘲笑と侮蔑に報いを、 精算を取らせろ


『魔王』が撒いた種は彼女の内の震える小動物を、 凶暴な『怪獣』へと変貌させた、 『怪獣』の腹の底から溢れるとめどない、 焼く程の怒りを、 『魔王軍』としての当然だと語る殺人衝動が寄り添い背を押す


……人を傷付け、 殺す事を楽しむ様な人は居ない、 仮に居たとしても少なくとも八依が、 彼女がそんな人間でないというのは愛美にもよく分かる、 それは確かに愛美の目から見たフィルター越しの解釈だけど、 それでも……


まだ出会って短い間に彼女が見せた顔、 言葉、 少しづつ、 開花していく様な心が、 偽物な訳が無い、 寧ろ、 今必死に、 地面に引きずられ、 体中を土に汚しながら、 それでも……


彼女は、 最後に残った『怪獣』としての彼女が『弱者』と揶揄する『人間』としての彼女が、 そんな彼女にもあった『日常』を恋しく思って、 力足りずとも、 暴走する『怪獣』に鎖を掛けて必死に引いている様にすら、 愛美には感じる……


彼女が素直に、 『助けて』と言えないのは、 何も今始まった事じゃない、 なら、 示すならここだ、 証明するならここだっ


………………


ダッ!


愛美は駅のバスターミナルに進むと自宅方面に向かうバスを見つける、 出発は五分後、 時間は分かっていた、 時間帯的には電車で帰るよりもバスに乗った方が早い事が有るので調べて居たのだ、 なので急いで走った、 バスに間に合うと分かったからだ……


……しかし、 その前に ……


ガチャンッ……


バスターミナルの待合ベンチ区画に設置された公衆電話ボックスの戸を開くと、 愛美は受話器を手に取ってから十円硬貨を数枚投入し、 その後番号を押した、 これは母のスマホの電話番号だ……


ツっ ツっ ツっ………


プルルルッ…… プルルル………


………


ガチャッ……


『……はいもしもし ……』



「あ、 もしもしお母さん? 私、 愛美、 ちょっと今いい?」


はいはい、 ちょっとまってね……


……


『……はい良いよ、 それで? どうしたの? 帰りの電車の時間はそろそろだけど、 時間変わりそう?』


……母の声は、 何も知らない、 何時もの声だ、 愛美にとっての『日常』、 だからこそ、 愛美は自分が今から、 この穏やかな『日常』に墨色を指す様で、 少し胸が痛む……


……それでも ……………


「……あのね、 お母さん ……… 迎えは、 何時になるか分からない、 私の事は気にしなくて良いから……」


…………………


『………愛美? 何言ってるの? 迎えは要らないって、 帰りが何時になるか分からないの? 何かあったの?』


案の定…… 母の声に緊張が走る…… 愛美の胸が痛んだ、 そもそも、 なんて伝えたら良いのか分からない……


……だから、 飾らない ……


「……やっちゃんと、 喧嘩した、 でもね、 必要な喧嘩なの、 絶対に、 真正面から向き合わなきゃ行けない、 ぶつかって、 それで、 私は証明しなきゃいけない、 やっちゃんに、 友達である事をっ」


だから……


……


っ


『……ダメっ、 ダメよ愛美っ、 ごめんね、 電話越しじゃ状況は分からない、 でも凄く焦ってるのが分かるからっ……』


でも……


『……だからこそダメよ愛美、 絶対にダメ、 もう空も暗くなって来て夜になる、 子供達だけで歩いてて良い時間帯でも無い、 それに、 愛美ちゃんはまだ子供よ、 来年には中学生になるけど、 それでも……』


『……何かあったなら、 大人を頼りなさい、 子供だけで解決しようとしちゃダメ、 だから一度帰って、 それがダメなら会延矢まで迎えに行くからっ』


だから……


…………


ぁぁ…… 凄いな、 不思議だな……


まるで目の前に立って叱られて居る様だな、 頑張れば、 凄いねって褒めてくれるのと同じ声で、 悪い事をすればダメだよと叱ってくれる、 昔から、 まるで導く様な………


……だから多分、 この声に、 素直に従わないのは、 愛美にとって、 人生で初めてっ ……


……………


「……うん ……そうだ、 お母さん、 今日はありがとうね、 服選びも、 身嗜みも、 ライラックのチャームも、 駅まで送ってくれた事も、 今日…… ううん、 何時も私を笑顔にしてくれて……」


ありがとう………


……でも、 だからこそ ………そんな自分を恥じたくはない、 その為にっ


「っ、 ありがとう…… だからごめんっ、 必ず仲直りして帰るからっ」


ッ


ガチャンッ! ………………


……


受話器を思わず強く戻して、 愛美は溜息を着く、 残るのは重苦しい静寂、 電話を終了して愛美は扉を開いて電話ボックスの外に出ると、 既にターミナルに来ていたバスの後ろ側のドアから整理券を取って乗車した……


窓側の席に座り、 ショッピングモールの方を見る、 ここからでは影も形も見えないが、 今もまだ八依は、 残酷な夜風に身を小さくしているのだろう……


足元の暖房が冷えた体を温める…… 温かさを感じる事が出来る人は、 心に温かな熱のある人だ、 誰かに温められて、 人に囲まれて、 心に豊かな余裕のある人は、 家に帰れば家族が居て、 好きな人が居て……


『……おかえり』


と、 声をかけられて、 寒い冬の季節にも、 家に帰ればほっと一息着いて、 冷えた肌を温かな暖房が包む様に温める………


私は、 『ただいま』と返す…………


でも……


きっと、 冷えた鍵を、 宿主を知らぬ様な閉ざした扉に突き刺して、 重苦しく、 口を開く様に、 招くでも無くただ歩みを進めれば……


昔、 遠くに聞こえた大切な人の迎える声は、 今に無く、 あるのは冷えた静寂のみ…… 例えエアコンの乾いた、 節約した様な暖風に当たろうと、 心の冷えた者には響かない……


……一人立つ際に貰った、 温かい、 母の作るクリームシチューの味、 今はすっかり丸まった付箋に書かれた魔法のレシピを真似しても、 味気の無いそれ、 魔法はレシピでなく、 あの時当然だと思った、 心の温かさにこそ宿ったのだ……


……そう、 気付く、 誰かがもう一度、 寄り添って心を温めてあげないと、 ただ何時までも孤独に、 冷える夜に、 縮こまる………


…………


(……一緒に帰ろう、 温かい家に、 絶対に二人でっ)


プシューッ!


バスの扉が閉まる、 出発の時間だ……


ふぅ……


息を吐くと同時にバスが唸りを上げて進む、 愛美は退屈な街並みを逡巡した後、 備える様に目を瞑った………


………………………………………



……………………



……


っ


「ねぇ愛美っ! ねぇっ…… 愛美っ………」


………


スマートフォンの画面は、 既にロック画面へ戻り直ぐに自動で暗くなった、 真っ暗の画面に向けて娘の名前を呼んでも返事は無い……


ぁぁ……


……愛美の母は先程の、 公衆電話からかかる娘の言葉と、 一方的に切られた通話に頭を抱えた


「……もう、 こんな事になるなら携帯電話を持たせておけば……」


いや、 そんな事はなんの解決にもならない、 娘の声、 不安に震えて、 それでも喉の奥から付いてこぼれたのは決意と、 確かな勇気……


子供の精神の成長、 声から感じるソレは、 今確かに、 羽ばたく様な強い成長を感じた…… でもそれを親として素直に喜べないのは……


「……どうして頼ってくれないのっ、 どうしようっ、 外はもう暗いのにっ、 子供だけで…… 何が起こってるのよ……」


……ガチャッ


リビングの扉が開くと入って来たのは、 仕事から帰ってきた夫だった、 ドスドスと入ってくると疲れ顔で口を開いた……


「愛美がどうしたって~ 玄関まで声が聞こえたぞ~ ……ん? どうした? 何かあったのか?」


っ……


こちらの顔を見るなり疲れ顔を放り投げて、 目を大きく開いて顔を覗き込んで来る夫、 普段はうっとおしく頼りないと思いがちだが、 そう、 こういう所が……


はぁ……


首を横に振る……


「……分からない、 今愛美から電話があって…… 八依ちゃん…… 愛美の友達ね、 喧嘩したって…… でも、 正面からぶつかるから、 何時に帰れるか分からない、 迎えは要らないって…… もうっ、 どうしよう………」


ああ……


「……何か危険な事をしようとしているのか? いや、 それも分からないのか…… 反抗期か?」



「ただの反抗期なら良いわよ、 私だってあったし、 そんな時期…… でも、 これはあの子の大きな問題なのかもしれない、 それに親がとやかく口を挟むのも違う、 でも………」


窓から外を見る、 外はすっかり暗い、 この家に明確な門限は無いが、 それでも子供が出歩くには時間が遅い、 特にこの時期は暗くなるのが早いから……


「確かに心配だな、 でも正確な愛美の居場所も分からないんじゃ…… それでも何か出来る事をやってみよう、 そうだ、 その友達の親御さんなら何か分かるんじゃ無いのか?」


ああっ……


「確かに、 えっと彼女のおばあちゃんの家、 柏藻(はくも)さんのお宅の電話は……」



「ああ! 柏藻さんってすぐそこのっ、 そうかそうか、 あの子か、 だったら直接伺った方が良い、 柏藻さんやお父さんお母さんからしても他人事じゃないんだ」


確かにそうだ、 愛美が帰らないなら、 おそらく八依も帰らないと言う事なのだろう、 愛美はそれを電話して寄越したが、 八依の方がそうとは限らない……


二人は顔を見合せて頷く、 そのままリビングから通路へと出ると、 玄関へと……


扉を開く時だった……


……ピンポーンっ ………


……?


ぇっ


「あっ、 はーい、 今開けますっ」


ガチャっ……


家を出ようという所で鳴るチャイム、 間髪入れずに応え、 既に掛けていた手でノブを捻る……


扉の外、 暖色の証明にぼんやりと照らされて居たのは………


……あら?


「……景子ちゃん? どうしたの?」



「あっ、 こんな時間にすみません、 あの、 突然すみません、 愛美ちゃんって居ますか?」


そう言ったのは、 愛美の友達の、 佐々木景子(ささきけいこ)だった、 彼女は行儀よく頭をぺこりと下げるとそう切り出した……


ぁぁ……


「……えっと、 愛美は、 今出掛けててね? 家に居ないのよ……」


ああ……


「じゃあやっぱり…… 会延矢ですか? やっちゃんと二人で………」


え?


「あっ、 ああ、 私も今日、 さっきまで会延矢に居たんです、 お姉ちゃんの車でショッピングモールに…… その途中で二人を見かけた気がして…… やっぱり二人、 私抜きで出掛けてたんだ…… まあ良いけど……」


それより……


「その帰りに、 車から、 会延矢の駅に向かって一人で走る愛美ちゃんをまた見掛けて…… 暗がりだったけど…… 分かるんです、 何時も一緒に居るから…… 愛美ちゃん、 すごく焦って走ってた、 やっちゃんもどうしてるのか分からないし……」


………


夫を振り返ると首を縦に振った


「……ねぇ景子ちゃん? 変な事を聞く様だけど、 最近二人に何か変わった事はあった? 例えば…… 仲が悪くなったとか………」


!


その言葉に景子はこちらを見上げた……


「……何かあったんですよね? あの二人が一緒に出掛けたって事は……… はい、 今私達は少し不安定な関係でだったんです……」


……不安定?


「……やっちゃん、 何があったのか分からないけど、 最近凄く冷たくなったんです…… ああ、 愛美ちゃんが熱中症で倒れた後辺りかな、 その日は物凄く愛美ちゃんを心配してて何時も通りのやっちゃんだったんですけど…… 次の日から、 急に……」


急に………


「……あ、 それより、 ごめんなさい、 おふたりはこれこら出掛ける所だったんですよね? 愛美ちゃんの迎えですか?」


……ううん


少し考えて、 この事をこのまま黙ってて良いのかと、 でもこれは、 何時もの三人、 目の前の彼女にも大きく関わる問題だ、 二人の問題だけでは済まない……


友達が、 突然目の前から居なくなるのは…… 余りにも寂しい、 心に穴が空く程に……


……うん


「……景子ちゃん、 実はね、 さっき愛美から電話が掛かってきてね、 八依ちゃんと、 喧嘩したって言うの」



「……えっ、 二人が喧嘩っ!?」


景子が驚いた声を出す


「ええ、 私も信じられないけど、 問題はそこじゃ無くて、 何だかその喧嘩が想像するよりずっと大きくて複雑な物みたいで…… でも一人で解決しようとしてるのね…… 帰りが何時になるか分からない、 迎えは要らない…… そう言って電話を切られてしまって……」


でも……


「私達も、 はい分かりましたとは成らない…… だから、 これから八依ちゃんの家、 柏藻さんのお宅に伺おうと思ってるの、 彼女のお父さんお母さんなら何か知ってるかも」



「……そういう事なら私も行って良いですかっ、 学校での二人の事なら私が一番詳しいですから!」


………


「……分かった、 話を聞くだけだから、 終わったら私が家まで送ってくわ、 だから行きましょう」


もう一度夫と頷いて、 景子も連れて三人で、 現在新椥一家が身を寄せる、 柏藻家へと三人は歩き出した………


……暗がりの歩道、 最近この通りは、 昔からの薄暗い街路ライトをLEDの物に一新したので、 随分と明るく歩き易くなったが、 他所の子を万が一にも見失う事の無いよう、 凄く肝を冷やす様だったが、 幸いにも柏藻家は、 我が家から目と鼻の先と行って良い距離である


……金木犀の香りがする、 柏藻家だ ……


飛び石を蹴る……


ピンポーンっ………… ブゥゥンッ………


昔のチャイムだ、 反響した様な鈍い音が後に引く……


………は~い


ガラッ………


中から声がして、 玄関の戸が開くと中から顔を覗かせたのは…… 八依の母だった、 エプロンを付けている……


あら……


(……確か、 八依ちゃんのお母さんは、 そういえば体調を崩して伏せって要るって……)


っ


「あっ、 こんばんは、 八依ちゃんのお母さん、 いつもお世話になっております、 愛美の母です、 こんな時間にごめんなさい…… それで突然何ですか……」


そう、 切り出した時だった……


八依の母が口を開く、 抑揚のない声だった……


「……八依なら帰りませんよ、 今晩は帰らないのかも…… いえ、 あの子にとってまだ、 帰る場所はここでは無い…… あの子は帰れないのかもしれません……」


…………え?


目の前で八依の母は頭を下げた……


「……ごめんなさい、 不甲斐ない母のせいであの子は…… 愛美ちゃんが帰らない事の事情を聞きに来たのですよね?」


っ!?


「驚かせてすみません、 きっとお越しになると思って居ました…… でも愛美ちゃんの行方は追えません、 どうやらバスに乗った様だと八依の耳には聞こえたみたいですけど、 それ以上は追えない様ですね」


???


でも…………


「あと、 三十分もすれば八依が動きます、 愛美ちゃんを探しに、 二人はどうやら隠れ鬼で戦う事にしたみたいですから、 八依の力なら直ぐに愛美ちゃんを見つける事が出来るでしょう、 そうなれば、 その時私は愛美ちゃんの居場所を知る事が出来る…… 事が住む前に間に合えば良いですが………」


…………


ん? えっ? ………???


八依の母の言葉に正直首を傾げた、 気を病んだとはホントの事だったのかと思う程話が通じない様に感じたのだ………


「……やっちゃんにGPSを持たせてるんですか? 私のお母さんも私が出掛ける時は位置情報が分かる様にしているので……」


おずおずと質問する景子、 的を得た質問だと思ったが八依の母は首を横に振った


「いいえ、 現代科学の物では無いのです、 八依は自分の力を理解している様で、 して居ないと言う意味です…… 彼女の支配は、 基本支配下の者を沈黙させますが、 魔力の繋がりを利用すればアチラの状況を追えます、 それは誰でもと言う訳では無く、 ……例えば二つ、 一つは『魔王様』これはそうでしょう、 手下の事ですから、 彼女の支配も勿論『魔王様』には効きません」


そしてもう一つ……


「他の『業魔刑(ごうまきょう)』の覚醒者です、 以前のレイナーリは、 他の『業魔刑』の発現した四天王や、 将軍に自身の能力で魔力的な繋がりを作り、 通信の様に使っていた…… あの子は私が『業魔刑』の覚醒者だと気が付いて居ない…… まあ、 私自身、 彼女の支配を受けて初めて思い出したのですが……」


っ? ? ??? ………


「……えっと? あの、 すみません、 何を……」


すっ……


訝しげな目を切り裂いて、 八依の母はこちらの目を見る……


「それは今大切な事ですか? いいえ、 大切なのは、 愛美ちゃんと、 八依が無事に帰る事です、 私もそれを願っている…… そして、 鬼の八依が動けば、 無意識に彼女からの魔力通信が私に届き、 私にその位置情報を発信します、 そうすれば愛美ちゃんの位置も分かる、 大切なのはソレです」


っ



……正直彼女、 八依の母が何を言ってるのかは分からない、 景子も含めて三人で首を傾げるばかり、 だが不思議と、 嘘を言っているのでは無いのだと言う事は分かった……


それはつまり、 本当に愛美の居場所が分かると言う事…… 確かに、 それを思えば、 今大切な事とは二人を迎えに行くことだけだ……


うん……


「愛美ちゃんのお母さん、 信じます、 その代わり愛美達の居場所が分かれば直ぐに教えて下さい、 一緒に迎えに行きましょうっ」



「分かりました…… 一人震えるあの子を、 そろそろ迎えに行かなくては……」


顔を見合せて頷く、 焦れる気持ちがヒリヒリと焦がす様な感覚に、 今は身を任せ、 その時が来る事を、 大切な我が子を想い


今は、 ただ待つ…………


………………


帰りを待たれる者は……………………


…………………………………………



………………………



……


プシュゥ~ ……………


……目を開く、 バスが到着する、 よく見覚えのある景色、 ここは………


《……ピンポーン、 〇〇小学校前~ 〇〇小学校前に到着です、 お降りの方は手荷物を………》


スタッ……


愛美はショルダーバッグを手に立ち上がると、 バスの前方でお金を払い、 バスのステップを降りた……


……見慣れた景色、 でも夜のここは全く別の顔をしている、 夜の小学校、 そのすぐ隣のバス停だ……


プー…… ブゥンッ…………


背後にバスが、 走り、 遠ざかって行く、 その音を背に見送ってから愛美は暗闇に落ちた学校へと向かう、 昼間ならば明るく眩しい学校は、 不思議と背が冷える程、 夜の学校は不気味だった……


でも……


「……行こう」


歩みを進める、 愛美の学校は元々自然を切り開かれた地だ、 裏庭の竹林もその名残である、 それに関係するのか、 特に高い柵や、 敷地へ続く校門が閉じられている訳では無い、 竹林からでも、 校庭からでも、 裏庭やプール側の裏手からでも、 どこからでも敷地に入れる……


以前、 この小学校の卒業生の大学生が、 地元で集まった飲み会の後にそのままノスタルジーに浸る為学校の敷地に入り、 アスレチックやブランコ等で散々遊んで、 結局働かない頭で校舎にも侵入しようかと入れそうな場所を探した結果、 セキリュティによって通報するされたと言う話があった……


多分校舎に入ろうとさえしなければその人達も通報されなかったのだろう、 少し敷地を歩いて終わりにすれば良かったものを………


まあなんにせよ……


……戦いの場に、 学校と言う場所を選んだのにはいくつか理由が有る、 最大の理由は、 だいたいの立地や構造を愛美が理解しているからだ、 六年弱、 通っているのだ、 それに比べれば八依は転校生、 まだ三ヶ月経つか経たぬかと言った所だ


流石にもう迷う程では無いにしろ、 隠れ鬼は見つかっても捕まらなければ負けないと思えば、 隠れる事と逃げる事に適して居るとも言える、 最初どこか遠くの街に行こうかと思ったりもしたが、 見知らぬ土地は結果愛美にとって不利になるだけだ、 何故なら八依には何やら力があるらしいからだ……


八依の持つ特殊な力と言う物がどんな事を可能とするのかは未知数だが、 それを考慮した上で学校と言う選択は間違って居ない様に感じた……


(……できる事なら校舎の中に入りたい、 でも基本施錠されてるし、 その確認をしたらセキリュティが……)


……そんな事を思いながら、 愛美は校門より入って直ぐを折れ、 アスレチックのある中庭を横目に過ぎる、 この間、 クラスメイトや、 明山雪(あかやまゆき)との関わりを持った時の隠れ鬼の際に通った道を行く……


中庭を過ぎれば、 殺風景な砂利の裏庭、 理科室等が有る、 近ずいて理科室の窓を見るが、 レバーを上下に半回転するタイプの鍵は、 施錠を示す様に上を向いている……


……諦めて更に歩みを進めれば、 かの竹林である、 暗闇の竹林に、 あの日の記憶が呼び起こされ背筋の冷える感覚に一瞬足を止めたが……


……っ


しっかりと、 目を向けて正面から立ち向かえば……


……


キラキラ…… キラリッ……


……暗く等無い、 目に見えるのは、 蛍の光が虚空を舞い、 光の軌跡が空間を照らす様に、 世界に溢れる、 この竹林に生きる命の生き死に、 営みと流転、 エネルギーがこの暗がりにも満ち満ちて照らして見える……


……ザッ


歩みを進めて見れば、 なんて事は無い、 ここはあの、 果ての無い竹林では無い、 昔からこの地にずっとある竹林の一部、 勝手の知る竹林だ……


ガザガサッ……


風に竹の葉が掠れて音を立てる、 踏み付けた落ち葉も同様に、 この竹林に用は無い、 ここは校舎の隅の壁に隣接しているばかりで中に入る窓等は無い……


愛美は竹林の、 プールの方へと抜ける出口に足を向けた………


その時だった………


…………


……? ………………


っ!?


………愛美は、 不意に横目に見た、 エネルギーの、 光の塊、 エネルギーは基本的に流れ続けている、 人や生物から放出されるエネルギーのイメージは、 湧いて出てくると言うより、 息を吸って吐く様に、 エネルギーを取り込み、 それが体を経由して出ていく様に見える、 だから巡り続けて居るのだ……


……今見えたのは、 完全に固定された様に密集している、 エネルギーが塞き止められる様な、 そして何より…… 人型をした塊だ……


つまりそれは、 エネルギーを認識して、 体内で運用、 力を貯め、 留める事をしていると言う事……


しかし……


(……あれ、 このエネルギーの光、 前に見覚えが……)


……エネルギーが動揺した様に一瞬揺れ、 その後こちらに向かった ……


ザッザッ………


ぁっ……


「……あれ? よく見たらこの間の、 明山雪ちゃんと、 うちの会社に来た、 藤里愛美ちゃん…… だったよね? こんばんは、 こんな時間に学校に居るなんて珍しいね?」


……学校の竹林に居たのは ……エネルギーに見覚えがあると思ったら、 この間、 明山雪に連れられた先で知り合った、 愛美にこのエネルギーの見方を教えてくれた、 確か陰陽師の祖先だと言う……


えっと……


「……村宿冬夜(むらやどとうや)さん? ぁぁ、 こんばんは…… と言うか、 冬夜さんは何故夜の学校に?」


っ……


「いやっ、 不審な事はしてないよっ、 誓って…… この間の、 愛美ちゃんが襲われた妖魔被害に関しての調べ物だよ、 特にこういう大多数の人が集まる場所は定期的に見ておかないと、 妖魔の動きがあったなら特に、 穢れが溜まりやすいんだ、 穢れが溜まると妖魔は活発になるからね、 見ていたんだ」


なるほど………


彼は首に痒さを感じるのか手を伸ばすと、 服に引っかかっていた笹の葉を払う、 どうやら長い事ここで何やらやっていたらしい、 顔には疲れも見えた


「……それは、 私達の学校の為にありがとうございます、 この間言っていた、 陰陽師の力で、 その穢れ? を払って居たんですか?」



「ああ、 まあね、 そういう事もしているし、 そもそも穢れが溜まりずらい様な…… エネルギーの流転の視認は続けている? 穢れが溜まりやすい場所ってのは、 イコール、 エネルギーの流れが滞り気味な所の事なんだ」


エネルギーが、 滞る?


「ああ、 イメージは、 どちらかと言うと目に見えているエネルギーは空気の流れの様に感じるけど、 より分かり易く言うなら、 川かな、 木の葉の詰りなんかで水の流れが弱くなると、 新しい水が循環されなくて滞るのと同じ、 そうすると水が腐って後々蓄積した汚れがヘドロになる…… そういう妖魔被害もあるって事だね」


!


よく見れば、 彼の目はあの日の様に光っている、 確か愛美と同じ、 いや彼の目にはもっと複雑なエネルギーの流れが見えて居るのだろう……


「……すごい、 冬夜さんはこの仕事を初めてもうベテラン何ですか?」



「ん? いやいや、 まさか、 まだひよっこだよ、 叔父さんがプロの霊媒師何だけど、 その人から中学生の時に力を教わって、 意識して生きてきたけど、 実際に使う様になったのはここ数ヶ月だよ…… 『甘樹街の惨劇』それがきっかけかな、 まあそうでも無ければ使い所なんて無いよ」


……ああ、 そうなのか、 彼もかの惨劇の……


「そうそう、 実は最近、 妖魔被害が極端に増えてね、 多分『甘樹街の惨劇』のせいかな、 あれでドカンと穢れが増えた、 穢れは人の生き死にや感情の変化にも関係する、 アレはそれだけ大きい事だったからね…… まあ仕事の合間に叔父さんに雑用の様な仕事を任されてるって感じだよ」


それより……


「愛美ちゃんの方は、 こんな時間にどうしたの? 一人かい?」


っ……


正直、 愛美はこんな所で人と遭遇する事を想定していなかった、 何とか誤魔化せるだろうか……


「ぇっと…… あぁ…… その……… 肝試し…… じゃなくて、 あっ、 忘れ物ですっ、 教室にっ、 どうにか入れないかと思って………」


……………


しまった、 人を誤魔化す事は苦手である、 しかもタジタジ、 目の前の彼も訝しげに首を傾げた……


「……どんな理由にせよあまり関心しないね、 不法侵入の俺が人の事を言えた事じゃ無いけど、 無許可でしょ? 生徒であっても侵入する事は許されて無い、 第一、 もう子供が一人で出歩いていて良い時間じゃない、 俺は大人として君を家に帰す義務がある」


っ…… それは………


「………ダメですっ、 見なかった事に出来ませんか……」



「出来ないね、 君に何かあったなら俺は一生俺を許せない、 責任とは、 未来の罪悪感に対する報いだ、 適切に対処すれば良い意味で『報われる』、 ソレが出来なければ『報い』の罰を受ける」


彼は首を横に振った、 しかし、 続けた……


「……本当に忘れ物? どんな事情でも、 今の俺は君を家に送り届ける決意を変えるつもりは無いけど…… 何か事情が有るなら、 その前に聞こう…… 何か悩んで居ないかい? エネルギーが動揺に酷く乱れて居るよ?」


っ!? ……そんな事まで ………


……………



……不思議だった、 母にすら話す事を憚られた今回の騒動、 まるで口が滑ると言うより、 心の底から求める様に、 何故か愛美は、 目の前の彼に口を開いた……


はぁ………


「……友達と、 喧嘩をしたんです ……でも、 まだ、 私自身があの子に対して、 何をしてあげられるのか、 迷ってるんです……」


…………


沈黙があった、 バサバサと笹の葉が揺れる、 不意に目の前の彼が、 ひらひら落ちる笹の葉を手に掴むと、 目の前に揺らした……


「……俺も、 中学生の時、 友達と喧嘩したんだ、 それは大事(おおごと)だね、 解決しなくちゃ夜も眠れない程に悩む…… でも俺はその時、 決して一人で解決は出来なかった、 助けてくれた奴が居たんだ……」


ジジッ! ……


彼が耳に手を当てると、 笹の葉を捨てた……


「良かったら、 もう少し詳しく教えてくれないかな? きっと同じ様な葛藤を抱いた一人として、 愛美ちゃんの事を手助けしたいんだ、 これは大人の責任とかじゃ無くて、 俺個人の、 アイツに対する報い…… いや、 証明かな」


っ、 友達への証明……………


………………



「………ありがとうございます、 少し聞いて貰えますか?」


彼は頷いた、 ふぅ…… 息を吐くと、 愛美は胸の内を吐露する………


「……その、 喧嘩した私の友達が ……私がその子の事を知っている様で、 何も知らなくてっ…… 自分の事を…… 『怪獣』だって言うんです……」


……怪獣? 彼はその言葉の意味を測りかねて居る様だった


「……あの子が言うには、 私達が目に見ているこのエネルギーの流転、 この世界の理の、 その外に居る、 自分を化け物だと言うんです……」



「……何故そんな事をその子は言うんだろう? 確かにそんな事を言われたらどうしたらいいのか悩むよね、 きっと普段のその子からは、 そんな側面は見えないんだよね?」


愛美は頷く…… そして深く息を吸って、 吐くと続ける……


あの………


「……冬夜さん、 お化け ……例えば幽霊は居ますか?」


……?


「……まあ、 強い思念体、 怨霊や悪霊も、 大枠には幽霊だけど……… それらは確かに存在する、 君を襲った妖魔もそういったものかもしれない」



「……なら ………死んだ人が、 もう一度生き返る事は有り得ますか?」


………っ!? ………


冬夜は目の前の愛美の言葉に驚き目を見開いたが、 静かに事実を零す……


「それは、 愛美ちゃん、 それは有り得ない、 幽霊が生まれるのと死者蘇生は全く別だよ、 さっきも言ったけど幽霊は思念体だ、 人の強い怨念や意思がこの世界に焼き付いて、 エネルギーとしての形を持った物だ」


それは……


「嘗ての、 生前のその人の物であっても、 その人その物では無い…… でも古から言う所の死者蘇生とは、 流転するエネルギーに逆行し、 もう一度器に戻る事、 それは不可能、 理に反する………」


……理に …… まさか…………


っ


冬夜は息を飲んだ……


「……もしかして、 その友達は、 自分の事を?」



「……はい、 一度、 死んで、 蘇ったって言うんです…… 彼女も『甘樹街の惨劇』の被害者で、 甘樹地下シェルターの《避難者就寝十五番室》で、 ……彼女からしたら惨劇の終わった日の四日前の夜に、 シェルターに侵入した武器を持った人に、 殺されたと……」


…………っ!?


彼が目を大きく見開いた、 まるで愛美の言葉を飲み込むのに時間を要した様だった……


「……その子は、 そうか ……あの日の四日前と言えば、 モンスターが大量にシェルターに押し寄せた攻防戦の夜か…… ああ、 そういう事か……」


ジジッ、 ジジジッ!! ………


頭の中でノイズがうるさい、 このノイズは臭い物に蓋をする様に、 隠すべき事実を隠す、 しかしこのノイズの先には冬夜自身が求める、 忘れた事実に続いている……


ふぅ…… 頭に手を当てた冬夜が頷いた……


「……多分、 その子の言う事は事実なんだと思う、 あの夜は、 おかしな夜だった、 実際に仲間の調査隊員が複数人でシェルター内で動いた記録が有る、 そしてその地点が《避難者就寝十五番室》だったと言う記録も有る……」


でも何故そんな事になったのか、 何をしていたのか、 十五番室であの晩何があったのか、 それは何故か判然としなかった……


でも……


(……このノイズがその先の過去を隠そうとすると言う事は、 それが誰かの隠したい不都合であり、 事実という事だ…… 十五番室が侵入者によって襲われ避難者が殺された、 その侵入者の対処に調査隊は動いた……)


なるほど………


………


「……よく分かったよ、 でもどうして喧嘩を? その子の言葉を否定してしまった? 責めるつもりは無いよ、 きっと俺だって事実でも受け入れられない……」


しかし愛美は首を横に振る……


「……その子は手で触れた者を支配する能力があると言いました、 実際にショッピングモールの駐車場で、 運転手を支配させて、 私の見てる前で力を証明する様に、 事故を起こさせたんです……」


!


冬夜は先程、 スマホの通知に、 会延矢(あのや)の傍のショッピングモールで事故があったと言う胸の速報通知を受け取った事を思い出す……


「……彼女は、 今度は空を飛ぶ飛行機に手を伸ばしました、 多分彼女の手は届くんです、 遠くまで届く手を持っています…… あの子は、 私にあの子を否定して貰いたいみたいなんです……」



「……愛美ちゃんは実際にその子の、 その姿を見てどう思ったの?」


愛美は目を瞑ると思い浮かぶ先程を思い出して口を開く……


「……あの子は笑いました、 でも笑顔には見えなかった…… 苦しそうでっ、 寂しそうで…… あの子は、 私に嫌われたくなくて、 私を拒絶するんです…… 反対の事みたいだけど、 それはあの子が、 自分でいうほど『怪獣』になりきれないから」


まだ……


「迷ってるんです、 『怪獣』になるには『人』としてのあの子が辛い、 でも人として生きるにはもう…… 苦しい程あの子の中で『怪獣』は大きな存在なんだと思います……」


……………うん


冬夜は愛美の目を見て思う、 そうか、 既に決意は出来ているんだな、 決意があるからこそここに居るのだ………


「……その子に、 愛美ちゃんはどうしてあげたいの? それが最も大事な事だ」



「はい…… でもまだ分からない…… 意味があると思って喧嘩しようって言いました、 以前、 何年か前にとても仲の良かったクラスメイトが突然喧嘩した後、 それきりになってしまった子達が居ましたけど…… 悪く言いたい訳じゃないけど、 きっと、 それは楽をしたせいだと思います」


互いにぶつかれば互いに傷が付く、 それが喧嘩だ、 傷が痛めば相手の事をより憎しむ、 その後、 しかしよく見れば、 その痛む傷跡は正に、 相手の心の形その物なのだと、 気が付けない者は憎しみばかりに目を向ける、 衝動的な、 蒸発すれば無くなる様な瞬間の発露で痛みを忘れる、 しかしその場合の殆どは喧嘩別れのままだ……


楽をせず、 その傷跡を見詰めた時、 相手の思いを考えて、 自分との衝突に照らして振り返って見れば、 その人が一体何に対して気に食わなかったのか分かってくる、 楽をせず、 憎しみから、 ひとつ息を着いて、 あともう一歩踏み出した時……


「……私達は、 雨降って地固まる…… じゃ無いですけど、 もっと仲良くなれる、 私はあの子との青春に楽をしたくないんです、 きっと初めに楽をすると、 後でもっとずっと、 苦しい思いをする…… 今も辛いけど…… 今、 思い切って踏ん張らないとっ」


だから………


「私、 その子に言ったんです、 『隠れ鬼』で勝負をする事にしたんですけどっ ……その子に、 もし私が捕まったら…… 私も、 あの子が一人で孤独に震えて、 『人』としての私と、 『怪獣』のギャップにその子が苦しむなら……」


隣に居たいから…… 理由はただそれだけ……


「私も、 『怪獣』になるってっ、 もしもあの子がっ、 やっちゃんが人をっ…… 殺すなら…… 私も………」


っ……


ぅっ…………


「……嘘ばっかり、 怖いんですっ、 私は戦う為にここに来たけど、 本当は勝ち目がずっと無い事は誤魔化しても分かってしまう…… どれだけあの子の前で繕っても…… 私はっ………」


はぁっ……


「……『怪獣』になんて、 なれない ………成りたくない ………」


愛美は頭に手を当てる、 これが、 優しい日常をくれる母には言えなかった愛美の最も大きな不安である、 勿論嘘では無い、 今更止めるつもりは無い……


でも、 一体誰に共有する事の出来ない、 不安感……


何故、 目の前の彼には言ってしまったのか、 分からない…… こんな話、 突然されて、 なんと思うのだろうか………


………


村宿冬夜は…………


「………いやっ、 驚いた ……凄いね、 愛美ちゃん、 君はとても凄いよっ」


………?


顔をあげると、 そこには夜の竹林の中で、 それでも眩しいほど、 規則正しいエネルギーの激しい流転の輝き、 それに照らされた冬夜は口角を上げて、 嘘偽りなく無く驚いた様に笑った……


ぇっ?


「……変な事言ってるって、 思わないんですか?」



「思わないよ…… いや、 思うか、 変な事ではあるね、 ごめん、 でも、 それは、 その覚悟は…… その言葉は、 俺が、 愛美ちゃんと同じ頃に、 決して言えなかった、 言いたかった言葉だよ……」


?


首を傾げる愛美に、 冬夜は自分の右目に手を当てる……


「……愛美ちゃん、 俺の友達を紹介するね、 ちょっと目を閉じて、 きっと君じゃまだ眩しいからっ」


え?


愛美は言われた通り、 素直に目を閉じる、 目を閉じてもエネルギーの流転は見える……


ッ


ビカッ! ……


っ、 眩しい…… 膨大なエネルギーの情報量っ、 これは、 初めにエネルギーの見方を教わった時に、 愛美が見かけた……


神秘っ………


……………


光が収まる、 愛美はゆっくり瞼をあげた………


………わっ!?


冬夜の、 右手の上に、 なんだろう、 ふよふよと、 何か透明な…… 水? の塊の様なものが浮かんでいる、 丸い水の塊が逆巻いて宙に浮かんで居るのだ……


これは……


「マリー、 紹介するね、 俺の友達…… いや、 今は恋人かな、 マリーだ、 水の精霊だよ」


ごぽごぽっ……


水、 深い底で、 空気の泡が流れる、 耳元で弾けて過ぎていく様な、 遠い昔、 私がまだ、 私では無かった始まりの、 太古の、 あの音だ………


!


音と共に、 水の形が不可逆に蠢いて何やら形を作る、 そして、 その形は、 精霊、 いや、 妖精の様な少女の形になる、 未だ透明な水の形で、 小さな人の形の水………


不意に、 その妖精、 水の少女、 マリーと目が合う……


ふふっ


「こんばんは、 一応言っとくね、 初めまして」


っ……


とくとく…… 川が流れている様な、 さらさらと、 砂が滑って行くような、 それでいて、 鈴のような声だった…… 綺麗な声………


ぁっ


「……こんばんはっ、 えっと、 えっと……」


……そうだ ……


「友達なんですよね? 冬夜さんと……」



「恋人ね、 冬夜もそう言ったでしょ? ……ふふっ、 でも今思えば、 友達になるのに、 凄く苦労したわよね、 私達」


水の少女マリーが冬夜の方を向くと、 彼は口角を上げて頷いた


「……そうだね、 愛美ちゃん、 俺達もね、 俺が中二の頃に喧嘩したんだ…… いや、 喧嘩と言うより、 完全にどっちも自分勝手な衝突だった、 今思えば醜い争いだった」


でも……


「少し懐かしいと思ったんだ、 愛美ちゃんの話を聞いてね…… マリーは、 俺の故郷、 今では水の底に沈んだ、 藍木(あいき)の地で暮らす、 水の神様なんだ」


っ!? ……神様?


「八百万の神様、 日本に昔から居る神様だよ、 この国の神様は万物に宿るからね、 そんな彼女との喧嘩だ、 どっちに分があるかは想像に難くないだろ?」


……きっと、 妖魔と呼ばれる存在より、 ずっと絶対的なのじゃ無いだろうか、 神様ならば……


「……二人はどうやって仲直りを?」


愛美の問いかけに二人は顔を見合わせると肩を竦めた……


「俺は、 俺もマリーも、 愛美ちゃんの様には出来なかった、 拠り所として、 暗い感情の吐け口として利用するだけして、 足らなけらば切る、 あの時の俺は本当に今思うと最低だった」



「私も、 冬夜からの気持ちが嬉しくて、 冬夜の心を見なかった、 欲しくなったから殺して手に入れようとした…… 心は目に見えない場所にあって、 肉体その物では無いのにね…… まあ目を逸らしてたから見えないのは当たり前だけどね」


聞けば本当に酷い歪み合いだったと言う、 冬夜が水の少女を求め、 限界を超えた想いが溢れ出す様に水の少女は冬夜を求めた、 殺してでも、 それに冬夜は突然身を引いた、 互いの事なんて何も見えてなかったのだと言う……


「……俺達は、 今の俺達が二人一緒に、 こうして居られるのは…… ぁぁ、 俺が助けられたからだ、 助けてくれた第三者が居たから、 その場を収めた…… でも結局は時間だ、 時間が経って、 互いに気持ちを落ち着けて話し合いをしたら、 解決した、 その間に大人になっちゃったけどね……」


でも……


「愛美ちゃんは、 俺が出来なかった、 ソレを踏み出した、 尊敬に値するよ、 正に俺はあの時楽をしたから和解するのに苦労も、 時も要した…… 青春の為に、 友達とこれからもいる為に、 ぶつからなくちゃいけないと思った…… うん、 本当に凄いことだよ」


っ………


「……でも、 やっぱり、 喧嘩なんて、 しなくて良いならしたく無いですよね、 未だに結局、 私は何をしたいのか分からない……」



「それで良いさ、 その子との青春にゴールは無い、 例え二度と顔の見れない程遠くに離れてしまったとしても、 それでも終わりにする必要何か無いんだ…… そうでなくてもこの流転に則って命は死ぬ、 答えを出すのはその後でも遅くない、 今はただ、 ひたすらに追い求めたら良いよ、 盲目的にね」


それで、 もし道を違えて、 目的地を間違えてしまいそうな時……


「きっと、 この喧嘩を経験して、 今度はその子が君とぶつかって、 道を教えてくれる…… そういう事だと思うよ」


道を、 教える…………


そうか……


………


うん


「……ありがとうございます、 冬夜さん、 マリーさんも、 私、 何をすべきなのか、 いいえ、 何がしたいのか分かった気がします…… だからもう行かないと、 そろそろその子が、 『もういいかい』って聞く頃なんです、 私はその前に準備を終えて、 私の全てをもってやっちゃんを、 迎えるつもりですっ」


ふっ


彼が笑う……


「そっか…… 仕方ない、 夜に出歩く子供を見つけたら保護するのが大人の責任だけど…… こんな暗い竹林の中じゃ、 そばに居たって見えないから、 見なかったと言う事にしようかな……」


それと……


冬夜が、 竹林に面した校舎の壁に手を向ける……


スッ……


「……陰陽術・栓丸(せんがん)の塘脆毘(ともろび)」


ッ


グリリッ!! バガァッ!!



っ!?


彼が何やら力を使ったのはエネルギーの流れで瞭然だった、 しかし分からない、 何か螺旋状に光ったと思えば……


「ぇっ、 壁に穴が………」



「大丈夫、 学校を壊した訳じゃない、 これも術の一つ、 こうやって使えば建物内に侵入できるし、 解除すれば壁の穴も塞がるから」


さぁ……


「行くといいよ」


! ……


愛美は不自然にぼっかりと、 突然空いた校舎へと続く壁の穴を覗き込んでから頷いた……


「……本当にありがとうございます、 私、 絶対に負けませんからっ!」



「ああっ、 あっ、 それと最後にっ……」


?


振り返ると彼は口を開く……


「エネルギーの流れを追えば良い、 レッスンツー、 エネルギーの流れを見極める事を意識してっ」


ぇっ……… いや、 わかる、 この目に見える流れ……


そうだ、 無意識だったけど、 初めから自分はこの流れを見て、 学校(ここ)に来たんだ……


っ


「はいっ! 行ってきます!」


タンッ! ………


愛美が校舎の地面を踏み叩き、 その背が暗い校舎の中へとぼやけて消えて行くのを、 村宿冬夜と、 水の少女マリーは見送った………


…………………………………………



………………………



……


嘗てを思う………


……隠れ鬼………


以前の学校でも、 隠れ鬼が流行っていた、 男子も女子も共に遊べる遊びだ、 運動は体にも良い……


当時の教師は若く経験の浅い担任だった、 こちらがクラスメイトからどういう扱いを受けているのかをいまいち理解して無かった、 誰も目に見えて悪くはしないからだ……


休み時間に、 いつも一人で息を殺す私に、 要らぬ気を利かせて外へ連れ出すと、 燥ぐクラスメイトの元へ連れて行き言った……


『……みんな、 新椥(にいなぎ)さんも皆と遊びたいそうだから、 隠れ鬼に入れてやってくれよ』


っ……


何を言い出すかと思えば、 目が着いて無いのだろうか、 今、 コチラを見たクラスメイトの顔が歪んだのが、 見えないのか、 何故波風立てるのだろう、 最近は無視が行き過ぎて、 干渉されず寧ろ楽を感じて居たのに……


息を殺して居るだけで、 良かったのに………


………


足なんて本当に遅かった、 いきなり輪に入れられ、 教師が暫く監視するので、 溜息を着いたクラスメイトが仕方なく私を追い掛けたが、 私は悲鳴を上げて怯えて逃げる所か、 頭を抱えた……


その時の皆の目、 そのクラスメイトは結局私を無視してどこかへ行ったが、 泣く私を目撃した教師は、 その後のホームルームでこの問題を議題に掲げて、 皆が私をグループから除け者にして泣かせたと的外れもいい事を言い、 大事にして見せた……


その後の展開はお察しだ、 出る杭は打たれる、 隠れれば隠れる程目立つ私は、 今回の件で更に広告塔の様にヘイトを買い、 イジメは更に酷くなった……


例の如く、 教師もその後沈黙した、 何も見えて居ない様だった………


……私は、 隠れ鬼が嫌いだ、 見つけても逃げられたら追いつけない、 隠れても獲物が逃げる猶予を与えられる事が逆に、 追い詰められる恐怖を煽る……


私は……………


っ


グッ! ……………


……


「………昔の事だ、 今の私の事では無い、 嘗ての恐怖は今の私には無い、 今の私は狩る側だ、 鬼となれば獲物を圧倒し、 追われる側に回ったとて、 私は勝つ側だ、 依然変わりは無い………」


ふぅ………


ぱち


目を開ける、 先程よりずっと冷えた空気、 見下ろす街、 彼女と手を繋いで歩いたショッピングモール……


……さて


「そろそろ時間だ…… 始めるか……」


新椥八依(にいなぎやちよ)は迷いを知らぬように、 闇に沈む彼方の虚空を睨み見る……


ッ


「軍式魔法(ぐんしきまほう)・結敷跳緒(けっしきちょうちょ)……」


ブワッ!! …………………


……………


風が吹いた、 それだけで、 一時間沈黙した彼女は、 再び動き出す、 寂しいほどの冷たい秋風のせいか、 それとも……


そこに、 既に八依の熱の、 残り香すら攫われて既に無かった…………

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