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第十八話…… 『光の導き』

…………っ


「……八依が動きだしました」


!


その声に反応して顔を上げる、 場所は夫のミニバンの助手席、 藤里家の庭だ、 運転席には夫が、 声は後ろの席から聞こえた……


「それって、 愛美達は何処に居るんですっ!?」



「……少々お待ちを、 今座標が移動して…… 降り立った、 ここは、 小学校です、 八依達、 愛美ちゃんも通う小学校です、 小学校に向かって、 愛美ちゃんの音も捉えた様です」


小学校!


「小学校に向かえば良いんだな、 分かった! 行きましょうっ!」


キュルルルッ! ブウンッ! ……


ミニバンがやや焦り気味に唸る、 タイヤが道路に痕跡を刻み付け走る………


………


藤里愛美(ふじさとあみ)からの連絡を受けた愛美の母と父の二人は、 現在、 何やらGPSの様に娘の位置が分かると言う新椥八依(にいなぎやちよ)の母と共に向かう事にした……


新椥家に向かう際に同行した、 愛美と八依の友達、 佐々木景子(ささきけいこ)は、 時間も時間だからその後家に送り届けた、 彼女は不安そうな顔でしかし、 着いて行くと食い下がったりはしなかった、 最後には首を横に振って……


『……どうか二人の事をお願いします、 月曜日また、 何時もの三人で学校行ける事を、 家で祈ってます』


……そう言って、 然程遠くない彼女の住宅区画まで送り届け、 その後、 いつでも家を出れるようにミニバンで待機していたのだ……


そして今、 二人の親達は、 自分達の娘を迎えに向かう…………………


「……! 今、 八依が、 業魔刑(ごうまきょう)を使用しました!」


……………………………………



……………………



……


シュボッ! ……


「……業魔刑・径漣冥祇(けいれんみょうぎ)」


ジジジッ! ……


ッ


パシィンッ!! ………………


……あれ?


「……弾かれた、 何で? お兄さんもしかして能力者(ノウムテラス?)、 いやミクロノイズの質感じゃない…… ならあれか、 この世界の原初の神秘か……」


少女の声が竹林に、 冷えた声だった、 抑揚の無い、 死体からボロボロこぼれ落ちる様な声だった……


奇妙な感覚と目の前の少女…… そしてこの目に映る情報を元に推理すれば……


(……そうか、 多分この子が、 愛美ちゃんの言っていた、 喧嘩した友達だな……)


……


先程、 小学校の竹林で、 愛美が、 校舎内へ侵入するのを手伝い、 その背を見送った、 村宿冬夜(むらやどとうや)は、 彼方で弾ける様な力の発露と、 歪なエネルギーの波動に即座に力を使用し防御……


そして、 まるで瞬間移動の様に、 一瞬で目の前に現れた少女の事を分析する……


………ねぇ?


「無視? 大人気ない、 返答くらい返してよ、 それとも、 不審者が出たって通報してあげようか?」


はぁ……


冬夜は首を横に振ると、 溜息を着いた……


「ごめんね、 突然現れた様に見えたものだから驚いただけだよ、 無視したかった訳じゃない、 でもまずは挨拶だろ? こんばんは、 君はこの学校の生徒さんかな? 通報だけはやめてくれ、 仕事に支障が出る……」


それに………


ギラッ


冬夜の目が光る……


「問答無用で支配の手を伸ばして来たくせに、 返答も何も無いだろ? 触れた人を隷属させるんだろ? 恐ろしい力だね…… 力の使い方は考えた方が良い、 それは子供でも、 力を持って大きくなった気になっても人なんてこの世界にとってちっぽけな物だ、 大きい者こそ、 身の丈を誤ると思わぬ所で躓くよ」


ふふっ……


「はははっ、 もしかして愛美ちゃんから聞いたのかな? それともその目に見えてるの? ……面白いっ、 説教されちゃったっ…… でも、 するならもっと、 ずっと早く私を叱って欲しかった…… 愛美ちゃんも、 今手を伸ばすなら、 もっとずっと昔に手を伸ばして欲しかった…… 自分が何も出来ない弱者だと、 自身を貶め、 地を舐めている頃に……」


結局……


「見えてなかったんでしょ? 貴方も、 愛美ちゃんも、 私の事なんて知りもしなかった、 別に攻めたい訳じゃない、 それが当たり前…… でも結果的にこうして目立って初めて私を叩く…… 槌を打つ者と同じ、 出た杭を執拗に打つ者と同じだ、 でもそれが人の言う因果だ、 因果を知らぬ者には、 因果応報すら他人事、 でしょ?」



「さて? 随分難しい話をするね、 ゆとり世代だからかな、 そんな事を言われてもピンと来ない…… 因果や理に、 中も外もあるのかい? そもそもそんなの人それぞれの視点で全く色を変える解釈に過ぎないだろ?」


だから……


「必要以上に深く考えた事は無いよ、 だって考えなくても何の問題もなく生きて居られるからね、 そう言う事を考えられる時と言うのは、 心に余裕がある時…… 暇してる時じゃないかな」


チッ


目の前の少女から舌打ちが飛んでくる……


「煩いな、 大体私は貴方の事何てどっだって良いの、 私は愛美ちゃんを捕まえるだけ…… でも貴方はその邪魔をする気でしょ?」


少女の睨みに、 冬夜は首を傾げる


「ん? 別に、 君の邪魔をする気は無いよ、 愛美ちゃんは校舎の中だよ、 早く追ったら良い、 余裕こいてると足元を掬われた時恥ずかしいからね」



「喧しいな、 だったら最初から愛美ちゃんの所に飛んでるんだよっ、 私は座標をずらされたから腹を立ててるのっ、 結界術を使用してるんでしょ? 私にも知覚出来る、 でもそれは貴方自身を隠す事に使われてない」


つまり、 現状冬夜を守っている訳では無い……


スッ…… 少女が冬夜に手を向ける


「……殺すよ? それともそれが望み? 別に良いよ、 私は貴方と殺し合いをしても、 夜は長いんだ、 愛美ちゃんを捕まえるのはその後でも構わないっ」


ピリッ! ベリリッ………


空気が乾燥する…… 冬夜は両手を上げた……


「……降参だよ、 ごめんね愛美ちゃん、 数分しか稼げなかった、 俺は近接戦闘は苦手だし、 力だって護身術に毛が生えた程度の物だ、 今結界術を解くから、 怖い、 殺さないでくれ~」


最後棒読みの冬夜だったが、 彼が目に見えて脱力した時、 確かに張り詰めた様な力の壁の様な物が剥がれ落ちて消えて行くのが目に見えた……


ふんっ


「自分の命可愛さに力を解除するんだ、 格好付けてもこの程度、 ダサい人だね、 愛美ちゃん可哀想~ もっと粘ると思ってたんじゃ無い?」


まあ良いけど……


タンッ……


八依が校舎の方へと足を向ける、 冬夜が張った結界術が解けた以上、 もう邪魔する物は無い、 無抵抗な冬夜を態々相手しようとも思わない、 この耳に聞こえる、 愛美の足音に向けて、 力を使うだけ……


遂に校舎へと迫った八依が、 その手を校舎へと伸ばす時………



「……ねぇ、 最後に聴いても良いかな ……勝負は愛美ちゃんが君に仕掛けたと聞いたけど…… 本当に、 君自身は、 彼女に勝つ事を思って居るのかな?」


………


八依が伸ばした手を止める、 愛美は言った、 隠れ鬼で戦って、 もし自分が八依に捕まったなら、 彼女が、 愛美の方が、 八依の歩幅に合わせ、 自分も『怪獣』になると………


………友達が、 大切なあの子が、 牙の生えた『怪獣』になる、 爪の生えた恐ろしい『怪獣』に……


……それは、 八依にとって、 決して………


……………


グッ!


「………どうだって良いでしょ、 私の事何て…… じゃあね…… 軍式魔法・結敷跳緒(けっしきちょうちょ)」


バッ! ……………………


ファサッ……


…………


彼女の姿が突然、 現れたと同じに消える、 力でまた飛んだのだろう、 僅かに揺れる風が彼女の足元の笹の葉を舞い上げて落ちる……


ごぽぽっ……


耳元で水の塊が逆巻いて現れる、 冬夜の親友、 水の少女マリーだ……


「これで本当に良かったの? やっつける事も出来たでしょ? 痛い目見せて止める方法もあるよ」


ううん


「確かに、 子供が道を違えそうな時大人がその道を正してあげる事は間違ってない…… でも、 子供達が今、 自分達で問題に立ち向かって、 ぶつかり合って居る、 今はその最中だ、 まだ正解も間違いでも無い、 その答えに向かってもがく時、 子供は大人の階段を上るんだ……」


誰だって、 どんな子供も何時かは大人になる


「その過程に手を出して良いのは本当に最後の手段だよ、 まあでも…… 少し手伝って、 問題にしっかり悩んで考えられる状況を作るのは大人の仕事だけどね」


冬夜は学校の校舎の方を見る……


「迷う事は無いよ、 ただありのままに、 自分の心のままに、 大切なのは、 光の導きを疑わない事…… その光は、 自分の心その物だから」


さて……


子供の喧嘩は子供に任せて……


「こっちは大人の仕事をしようか…… 行こうマリー」


冬夜は一瞬自分の手に目を落としてから、 水の少女と連れ立って、 夜の学校を後にして行くのだった……


…………………………………



……………………



……


ポチャン…… ポチャン……


ポチャッ……


ッ


ガンッ!! ……………


水を滴り落とす蛇口を睥睨して、 握った拳を叩きつける……


ギャァンッ!? ……


悲鳴を上げてねじ曲がった蛇口は明後日の方を向いて、 落ちる水が止まる………


……やられた ……


っ


「チッ…… なにもうっ…… さっきの人しっかり邪魔して来てるじゃんっ……」


八依は溜息を着いて、 自身が立つ手洗い場から視線を上げる、 すると、 そこには放送機材が転がっている…… 多分放送室、 自分の委員でも無ければ入ることの無い放送室は、 八依も来るのは初めてだった……


……だが、 恐らく、 三つ、 蛇口の着いた大きな手洗い場は狭い放送室には無い物だ、 それだけじゃない、 黒板も無いのに黒板消しが落ちていたり、 算数の際に先生が使う大きな黒板用の分度器まで落ちている……


これは……


「……まるでシェイクだね、 この学校全体を持ち上げて中身をジャラジャラ振って中身をバラバラにしたみたい…… 空間歪曲系の力だね……」


だとしたら……


タッタッ…… ガラッ! ……


「……やっぱり、 放送室の外は一、 二年生棟の二階にある筈なのに、 ここは体育館だ…… まあ断片的に体育館ってだけだけど……」


バスケットコートの白線が、 途中で切れて、 そこから急に、 何処かの教室のフローリングに床が変わっている、 本当にこの学校全てをミキサーに掛けてバラバラにして、 適当に繋ぎ合わせた様だ……


それはただ見た目だけの話では無く、 今の様に何処かの扉、 窓、 または何か境界を越えた時何処に着くかは分からない……


……ガチャンッ


後ろ手に先程のコチラも断片的に放送室だった所に続く、 断片的に体育館へと出た扉を閉めて、 もう一度開く……


ガチャッ……


っ……


「……部屋が変わってる、 ここは、 何処かの準備室? はぁ…… トランプの神経衰弱みたいに扉の繋がるペアを覚えて行ける訳では無いんだ、 パターンはあるのかも知れないけど、 それを探すより闇雲に探して回る方が今回は寧ろ早いかもね……」


しかし、 本来なら、 八依は耳が良いので、 勿論愛美の音を聞いて探知すれば良いのだが……


……ポチャンッ ポチャン ……………


まただ……


「……水滴の音、 また何処かの水道から水滴が落ちてる、 これはただの水滴、 でもこの空間その物が、 まるで水の中の様に音をぼやけ反響させている……」


耳が良ければ良い程………


ポチャッ ポチャンッ! ポタタタッ、 パチャンッ、 チャピンッ! ………


音で溢れている、 しかも、 この空間は音すら境界をを通って跨ぎ、 何処か別の空間で音を立てて居る、 今目の前で落ちた水滴の音すら何処か別のところで鳴って居るんだ……


っ……


ダメだ…………


「チッ…… 聞き分けが出来ない、 愛美ちゃんの足音や何かする音も何となく耳に入るのに、 水滴の音に、 音すら弾かれては、 全く関係ない所で音が鳴って……」


これは、 耳の良い者が耳を頼れば頼る程……


「……分からないっ」


クソっ


「……さっきの、 そうか、 この空間歪曲の結界術は制度が高い、 かなり高等の物だ…… 神秘体か、 あの人は神秘体から力を借りてるんじゃ無くて、 神秘体が完全に独立して共闘してるんだなっ」


その上でこの状況……


(……多分これは神秘体の発動した結界術、 さっきの人が目に見えて半端な結界術を発動していたのは、 こっちの本命を隠す為か……)


先程冬夜は八依の目の前で力を解除した、 あれは八依にとってとても分かり易い程度の精度だったが、 その裏で神秘体の方が精度の高い結界術を組んでいて、 ソレを隠すだけなら寧ろ適切なハリボテだった……


……


『……ねぇ、 最後に聴いても良いかな ……勝負は愛美ちゃんが君に仕掛けたと聞いたけど…… 本当に、 君自身は、 彼女に勝つ事を思って居るのかな?』


………



はぁ…………


あの問い掛けすら、 今に思えば校舎の壁に手を触れようとした八依の行動をさえぎった物にも思える、 手を触れれば校舎内の結界術に気が付くかもしれないと危惧したか……


何にせよ、 それは上手く行ったし…… 彼の問い掛けは八依にとって、 まるで呪いの様に………


チッ……


舌打ちが零れ、 しかし落ちる所を知らない様に、 何処かの境界からその舌打ちの音はどこへやら溶けて消えた……


「……まごついてても仕方ないか、 やれる事をやろう、 少なくとも今は……」


そういうと八依は歩き出す、 特に意味は無いが目を瞑って歩くと、 一瞬の浮遊感の後に……


その空間から八依の姿はどこぞへとまた転移して消えるのだった………………


…………………………………………



……………………



……


ッ


ガチャッ! ……


!……


「……今度は音楽室、 音楽室に絵の具セットが落ちてる、 さっきは四年生の教室にバスケットボールが転がってたし…… 凄くごちゃごちゃだ……」


……


知っているはずの学校が、 まるでごちゃごちゃにかき混ぜられた様に、 色んな、 教室や体育館や、 色んな物が混ざりあって、 しかも意図しない所に辿り着く……


しかし……


……意外にも、 愛美は冷静だった、 先程、 学校裏手の竹林にて、 村宿冬夜とのやり取りの後、 彼の導きで学校内へと入った愛美は、 彼が言ったように入って来た穴が背後で閉じる音を聞くと同時に……


……光が、 エネルギーがまるで、 何か形を成して行く、 例えるならジグソーパズルの様な、 ブロック玩具の様な、 ただ世界に溢れるエネルギーの粒子を観ることしか出来ない愛美にとって、 これはまだ未踏の領域……


エネルギーの運用、 そして、 結界術の構築………


っ……………


……


あっという間だった、 瞬きの間に、 目の前の景色が変わっていた、 色んな物がバラバラになっていて、 正直困惑したのだ……


でも、 彼が言った……


『……エネルギーの流れを追えば良い、 レッスンツー、 エネルギーの流れを見極める事を意識してっ』


……………



エネルギーの流れ、 多分愛美は、 愛美のちっぽけな意思では無く、 もっと根底の、 藤里愛美と言う一人の人間、 一つの生物の命、 その全てのエネルギーの軌跡を目に見える様になった時、 愛美と言う自意識では未だ気付けて居ない事に、 だからこそ普段意識の出来ない部分……


……無意識の領域、 本能の部分の気付きを、 エネルギーの軌跡として、 今愛美はこの目を通して知覚しているのだ……


だから自分はここに来た、 未だ何を求め、 何をすれば良いのか、 出来るのか…… まだ分からないけど、 それでもこのエネルギーの軌跡は……


(……迷ってない、 この空間内でも、 依然私は、 この光の粒子を追うことができるっ)


………


だから、 迷っては居ない、 目に映る景色は一々代わり、 目新しさと不気味さに、 以前の愛美ならば足がすくんで居ただろう、 あの竹林で、 身に迫った危機に対して、 逃げる事しか出来なかったあの頃ならば……


……でも、 雪色の髪の少女、 この、 明日の見えない様な不安感に、 まるで黒と灰色に染まった世界に刺した、 不意に目を引く……


白線の軌跡………


……この出会いが、 あの子、 明山雪(あかやまゆき)が、 あの薄暗い竹林で、 恐怖に縮こまったあの竹林で、 愛美の心を、 背を押し……


前へと、 その歩みを進めてくれたのだっ……


……踏み出す、 あの子も、 ずっと前に踏み出した、 前進っ、 前進の一歩をっ


………


ッ


ガチャッ! …………


新たな扉を開く、 その先には、 またごちゃ混ぜの学校の何処か等……


いまいちここが何処で、 何処と何処が混ざりあった場所で、 自分は何処を目指しているのか依然として分からないけど……


ドクンッ……


……うん


(……近付いてる、 感じる、 私の求める物が確かに、 この歩みの先に有るっ)


迷うなと彼は言った、 この空間が決して自分を拒み敵対している訳では無い事もこのエネルギーを見れば理解出来る、 迷いは、 無い………


…………………



……新しい扉の先 …………


(……ここは、 職員室だ、 断片的に)


出たのは職員室、 目を向ければその奥には教室の机が、 何処かの教室だ………


(……大丈夫、 近付いてる、 奥の教室の扉だ、 今度の扉は……)


タンッ……


足を、 其方に向けて、 一歩……………


………………………


スッ……



………ガラッ!



……? …………………


歩み出した、 愛美の、 暗闇の職員室の切り取られた月光の、 僅かに照らす教員机……


っ!? ……


キィ キィ キィ……


キャスター付きの教員用の椅子が回って軋んだ音を立てて居る……


そこに人影…………



……あれ? 見た事が、 ある…… あれは………


ぇっ………


「……ぁっ、 花田(はなだ)、 先生………」


……そこには、 愛美のクラスの担任教師、 花田が教員机に両手を突いて立っていた…… その顔は闇が張り付いた様に伺えない……


ギィッ…… カタンッ……


……見慣れない格好だ、 土曜日だし、 多分あれは普段見ることの無い先生の私服姿だろう、 ならばこそ疑問だ、 態々こんな暗闇の学校に、 仕事では無い先生が居る……


っ、 はぁっ……


しかも…… しかも何故か…………


っ……


(……先生、 光が先生を避けているっ、 拒絶しているっ、 何か、 黒いエネルギーが……)


!


それは、 見た事がある、 そうだ、 今日のショッピングモールで、 八依が拳へ集めた、 この世界の物では無い異物、 あれが『魔力』のっ……


ジャララッ!


黒い、 まるで黒いエネルギーの鎖、 『魔力』の鎖が先生を雁字搦めに縛り、 先生の持つエネルギーを閉じ込めて、 新たな流転のエネルギーを拒絶しているっ……


ッ


カツンッ!


……シュゥゥ …………………



「……藤里、 愛美さん ……ダメじゃない、 こんな時間に学校にいちゃ…… だっ、 だだっ…… ダメっ、 じゃない……… けっ、 喧嘩…… したんでしょ? 友達とっ、 新椥、 八依さんっ、 とっ……」


何故、 その事を…… いや、 まさか………


この感じ、 知っている、 八依の能力っ、 その手で触れた者を、 隷属支配するっ、 八依の、 『業魔刑(ごうまきょう)』っ……


先生は、 その手で既に……


ギィッ!!


っ……


耳を割く不快な音っ、 キラリと光る、 先生の手元に金装飾の万年筆っ


フュンッ、 ヒュンヒュンッ、 ヒュルルッ……


!


ペン回しっ


(……! ソニック・フィリーノーマルっ!)


ヒュンッ!


ペン先がコチラを向き、 キラリと光る……


「……特別授業が、 必要ねぇ、 新椥、 八依さんにっ、 逆らわない為のっ! 特別授業の時間よぉっ!!」


っ!!


バッ……


ッ、 ダンッ!!


教師花田の踏み込み、 万年筆を持つ右手を左上部に強く振り上げ、 体を強く捻ったっ


振り下ろしっ!


ギランッ!


っ


「うわぁっ!?」


ダッ……


僅かに、 足がつんのめる様に前へ………



……ッ


ガァツンッ!!


ッ、 カシャァアアンッ!! …………


!? ………


……タッタッ …………


背後で激しい音、 前に体が出たので万年筆は当たっていない、 幸いと胸を撫で下ろしながら、 愛美は振り返る……


キッ、 ギィィイッ……


……!


職員室の、 清掃用具のロッカー、 丁度隙間に配置されたロッカーに、 万年筆が勢い良く、 貫いているっ


ガァンッ!!


花田が逆の手でロッカーを強く抑え、 力むと突き刺さった万年筆を勢い良く引き抜くっ


ッ、 フュィンッ!! …… ペン先から闇色のインクが飛んで床を汚した……


……ダメだ、 完全に正気を失っている、 優しい先生はここには居ない、 あの勢い、 あれは今、 愛美を狙って振り下ろされた一撃だ、 あんな物が振り下ろされれば、 場所によっては致命傷になり兼ねない……


……ダメだ、 きっと先生は八依の力で操られて居る、 華奢で運動が苦手だと話すこの教師でも、 流石にまだ子供の体格の愛美よりずっと力が有る、 先ず勝てる様な相手では無い……


そもそも、 勝ち負けはどうやって付けたらいい? 隠れ鬼とは違ってルールは無い、 殺そうと迫ってくる大人に対して、 自分はどうやって対処したら良い?


……そんなのは決まっている、 逃げるしか無い、 幸いこの今の学校内ならば、 一つ扉をくぐれば全く別の場所だ、 何も自分は先生と戦う為にここにいる訳では無い……


……きっと、 そんなのは言い訳で、 優しくとも厳しい、 親とは違う距離感の、 そう、 大人として尊敬する先生を、 ただ自分は、 何か害する様な事が出来ないと、 そう思った、 ただそれだけ……


タッ……


踵を、 返す、 逃げる為の一歩を…………


……………………



……っ ……



グッ!


ぅ


「うっ、 あああっ、 あああっ! ダメっ、 止めてっ、 体が勝手にっ、 イイッ! 新椥、 八依さんに逆らッ…… ぅっ、 逃げ、 逃げて愛美さっ……」


……っ!


担任教師、 花田が、 左の手で万年筆を持つ右手を強く抑えて、 衝動に悶え、 それでも……


……自身を、 制止した、 苦しみながら、 愛美に逃げろと言う……



………タッ ……


愛美は足を止める、 それは、 教師花田の事が可哀想に思ったとか、 そんな事ではない、 心配になったとか、 そう言ったことでは無い……


ただ……


……キラッ、 キラキラリッ!


っ……


光の、 導く光の粒子、 その方向が、 変わったっ


教師へと、 愛美の見る自分の意思が向きを変えた………


……逃げるのは一つの手だ、 それを否定しないし、 もしかしたら逃げる事は今、 賢く正しい選択なのかもしれない……


でも…………



『………皆さん、 お家から皆さんの宝物を持ってきましたか? 私も持って来ました、 この万年筆です…… これは、 父の形見でね、 まだ若い私に父が遺した物……』


ふふっ……


『……古臭い万年筆、 どうしてと思ったけど、 大人になって気が付きました、 これは文字を書くものです、 みんなの持ってる鉛筆もね? 文字は、 記録する為に有る、 父は自身の事をこの万年筆で記録して来た…… ここには、 父の人生の記録が有ると、 気が付いた……』


……はっ


『……ま、 そんな難しい話をしてもダメね、 さてさて、 みんなの宝物はどんなに物かな~』


………………………………



……あれは、 物を大切にしようと言うテーマの授業の一環だった、 皆が皆、 大切な宝物を持って、 先生は誰がどんな物を持ってきても決して笑ったりはしなかった……


……万年筆は、 先生の宝物は、 記録する為に有る ……


それは………


「……それは、 人を攻撃する為の武器じゃないです、 先生っ!」


っ! ……


ガタガタガタッ…………


花田の手が痙攣を起こした様に強く震える、 抗って居るんだ、 支配に、 自分の意思で、 歩む事を知る大人の先生は、 今、 抗っている……


……多分


キラリッ!


……光の方向が先生の方に変わったのは、 そこに、 本能的に愛美の求める物があるからだ、 寄り道や時間を無駄にする事は無い、 寧ろこれから、 先の未来の戦いに備える為の、 戦いっ


ならば、 どうする………


よく見て………



……ジャラッ …………


!


………花田に巻き付く黒い鎖、 あれは八依の扱う能力の支配、 その『魔力』の形だ、 あの鎖が、 先生のエネルギーの循環を一時的に停滞させて、 操って居るのだ……


もしも、 あの鎖の様な物を外す、 若しくは壊す事が出来たら、 先生は正気に戻ると言うこと……


どうやって……


どう………



……キラッ、 キラキラ、 キラリッ ………



………いや、 そうか ……


これは……


(……私の、 イメージ何だ、 多分、 『エネルギー』その物が光の粒子では無い、 私の目では無く、 もっと深い感覚が『エネルギー』を知覚していて、 それを私が『視る』為に、 『エネルギー』を光る粒子の様な物と解釈しているだけ……)


これは解釈だ、 そしてこれは『魔力』も共に同じで、 きっと冬夜の様な力の扱いに長けた人は、 もっとずっと、 精密で細かなエネルギーの解釈、 見え方をしている筈だ……


……今必要なのは、 もっと、 もっと、 細分化だ、 よく見ろ、 よく見て、 見極めて、 分析する事……


見えている、 魔力の形が『鎖』なら……


(……そもそも、 鎖は一本で輪になる訳じゃない、 これが単純な鎖だと思えば、 縛るには、 鎖の端と端を何かで繋いで固定しなくちゃいけない……)


そう例えば……


(……錠前、 とか …………)


………


ッ


キラッ!



……ジャラ ………


あっ……


(……あった、 本当に錠前だ、 鎖の端と端を繋いで居る……)


……


………それは何も、 今愛美が見たから弱点が露呈した訳では無い、 どんな物、 どんな力にも弱点があって、 しかしそれは時に上手く隠していたり、 目に見えない事で優位となる事が有る


だから殆どの場合、 相手の弱点を探す事が互いに勝敗を決める為の鍵になるのだ……


つまり……


今、 見えたと言うことは、 初めから愛美の最も深い所の感覚、 エネルギーを知覚するソレには、 理解出来ていたのだ、 その弱点がっ


でも、 当たり前に動く心臓の動かし方を、 当の本人は知らない様に、 愛美もまた、 知識や経験無くしては本能で知覚するソレを見る事は敵わない、 敵わないというより、 見えたとしても気が付けない、 本の僅かな違和感に……


しかし、 その深い感覚を今、 愛美はエネルギーの流れ、 光の粒子と言う形で『視る』事が出来た時、 同時にソレの知覚する『ソレ』を、 またエネルギーの流れで読み取る……


愛美がエネルギーを理解する為に、 光の粒子と解釈したならば、 今この目に写る、 あの鎖を繋ぐ錠前は、 目に見えて愛美が、 この支配の能力の中に見つけた弱点、 その解釈像なのだ!


………


パズルを組立てるように一つずつ理解する、 錠前として解釈出来たならば、 錠前を外す為にする事、 壊すよりもずっと……


(……解錠、 出来る筈だ、 鍵が、 ある筈なんだっ)


見ろ、 光の粒子の導きを、 先生が抗って居るなら、 無意識的に先生自身が、 あの鎖の支配を解こうともがいて居るなら、 鍵は……


最も先生の近くに…………


……


ギィッ!


ダァンッ!!


「あああっ!! 逃げっ…… 逃がすかぁ!!」



!


先生が再び地面を蹴る、 愛美は一瞬周囲を見渡して、 暗い職員室を走る


バッ!



歩幅を思えば、 足の早く体格の有る子ならまだしも、 愛美の様にまだ成長途中でやや運動が苦手ならば、 走り合いでは先生に絶対に追いつかれる


……しかし、 それは直線が多い場合の話、 ここは職員室、 机が点々と島の様に並んで居る、 それに目的は逃げる事じゃないっ


ダッ、 キィッ!


走り、 教員用の事務机が向かい合う一つの島を、 折れ、 曲がり、 更にその先でもう一度曲がる!


ッ、 バッ!


チィッ!


「こっ、 小賢しいっ!! 大人との追い掛けっで、 勝とうって言うのぉ!? 無理無理無理無理っ!!」


バンッ!


「無駄よぉ!!」


ッ!!



!


先生、 やはり歩幅が有るので直ぐに、 先生も、 もう一度折れて直ぐに愛美の後ろへ迫る通路へ……


だが……


(……よし、 やっぱりだ、 やっちゃんの支配の力は、 何か特別その人を強くしたりする訳じゃないっ)


例えば、 愛美を捕まえる為に回り込むのでは無く、 体力を強化されて事務机を飛び越えてジャンプして来るような規格外の動きを見せる事は無いという事


そしてそれは、 この環境下でも同じ……



……ガラッ!


先生が回り込む一瞬前、 一瞬の死角、 愛美は体制を低くすると、 事務机、 その一番下の棚を引いたっ


ダッ!


「待てぇ! 今すぐに捕まえてっ……」


……先生の足音が迫る ……


そう、 例えば……



ッ、 ダンッ!! …………



……この薄暗い職員室は、 このよく目をこらしてもぼんやりとした切り取られた月の光しか差さない職員室では ……


足元に気をつけなければならないっ、 誰でもこの空間では、 例え支配を受けた先生が、 しかしそれ以上の身体的な恩恵を受けていないただの生身ならば、 例外なくっ


足元が留守になると……


躓くっ


……


っ!?



……ゆっくりに感じる視界、 後方で、 先生の体が大きくつんのめるのが見える ……躓いたのだ、 愛美が引き出して置いた事務机の引き出しにっ、 一番下の、 闇が落ちた様な地面に同化する様な引き出しにっ


なぜかは分からない、 もしかしたらまた光の粒子が導いたのかも知れないが、 パッと思い付いた、 多分躓くと思った……


なんにせよ、 一瞬、 完全に浮いた先生の体は、 しかし、 急激に、 その身を地に、 重力に引かれるっ


!


………教師花田の目の前には ……事務用チェア、 腰痛持ちの教師の、 弾力の有るクッションに……


まるですっぽりと嵌る様に、 まるで計算され尽くした様に、 顔から、 崩れるっ


ッ


バッ、 ガシャァンッ!!


ドダンッ! ………



……カランッ ……


っ……


転んだ、 狙ってやった事だが、 自分のせいで先生が転んだ、 衝撃で事務用チェアごと巻き込んで倒れた、 クッションもあったから、 吸い込まれる様に落ちた頭や顔は無事だろう、 でも膝とか打った様だった……


……っ!


「先生っ、 ごめんなさいっ!」


だが…… 転んだ拍子に、 思わず……


(……! 万年筆を落とした!)


ッ


ダッ!


臆するなっ!


「うわああっ!!」


自分を鼓舞して、 こちらから先生へと近ずく、 あの、 万年筆を拾うんだっ!


手を伸ばす愛美……



ッ


ガラッ!!


「無駄だってっ、 言ってるでしょうっ!!」


クワッ!


花田が、 倒れ込んだ体制からそれでも、 傍の、 共に倒れた事務チェアを力一杯に、 押し出すっ!


ガジャァンッ!



っ!?


向かってくる、 チェアが地面を転がってっ、 力任せにっ!


ッ


ガァンッ!!


……っ


(……ぅっ!?)



ガッ、 ガガッ…………


タッ……


チェアがぶつかった、 幸いシートの面がぶつかって来たのであまりダメージはないが、 左足のふくらはぎを打ってっ……


(……っ、 体制がっ)



ッ


バァンッ!!


「アアアアッ!! 渡すかァっ!! 藤里っ! 愛美さぁあああっ!! ここから最終授業っ! 体で覚えるっ、 実戦授業だわぁよぉおおっ!!」


キィィンッ!!


……パンッ!!



っ!!


先生が立ち上がると、 叫び、 しゃがんで万年筆を手に取るっ


フュンッ!



……ドタッ ……


転んだ、 尻餅を付いた愛美、 に、 向かってっ!!



……ッ


バァンッ!!


「シャケェアアッ!! 新椥っ!! 八依さんにぃっ!! 謝りなさぁあああいっ!!」


ドンッ!!



っ!? ………



フュンッ! ………


……花田が、 尻餅を付いた愛美に馬乗りに跨る、 ギラッ ……


万年筆の…… 鈍い輝きが、 振り上げた花田の手の中で光る………


「アアアアッ!! 逃げっ、 逃げっ! 逃げないからっ!! 直ぐにっ、 逃げないからこうなるのよぉっぉっ!!!」


………っ


……先生、 涙を目尻に溜めて、 慟哭、 何故素直に逃げてくれなかったのかと、 何故と……


ギラッ……


ペン先、 ぁぁ………


(……痛い、 だろうなっ)


痛い……



……けどっ


っ


スッ! ……


……きらきらきら …………


!


………ペン先っ、 光って見えるっ、 これは、 意思だ、 花田の意思が残っているからっ、 僅かに残っているからっ、 意志にはエネルギーが灯るんだっ


エネルギーの流れが見えるからっ


ブゥウンッ!!


っ!


(……っ、 見えるっ! 振り下ろされるポイントがっ! ペン先を振り下ろそうとする先生の意志からっ、 位置が読めるっ!)


喉元っ、 狙いは愛美の喉元を、 ペンでっ


だからっ……


(……受けるっ、 ペンを右手で、 受けて掴むっ!)


それは痛いだろう、 例え喉仏に対する死傷を防げても、 鋭い万年筆の先端が手に刺さる、 その痛みは……


………


ははっ


……内心、 不思議と笑った、 痛みに対する覚悟が出来ているから? 違う、 それは勘違いだ


全て勘違いっ………



フュッ!


「っ、 のどちんこっ、 ぶっ潰れちまえぇっ!!」


ブンッ!!



……振り下ろされた、 ペン先、 加速して叩きつけるそれ


に、 狙い通りねじ込む右の手が、 喉元への衝突を、 掌で受けるっ


ッ


バシンッ!! ………


っ


「ぅっ!?」


ビリッ!


痛みっ、 掌にっ………



……鈍い


痛みっ………… とても………



……とても、 鉄心が刺さったとは、 思えない程の、 鈍い、 打撃に似た痛み ………


そう、 何故なら………



………っ!?


なっ


「なっ!? 何でっ!? いつからっ!? こっ、 これはっ!? 私の万年筆じゃぁないわっ!? これはっ!」


カタカナの羅列と、 プラスチックの感触っ


「マッ、 マーキーペンじゃぁないのっ!? 私の万年筆じゃぁ無くて、 これは採点用のマッキーペンじゃぁ無いのぉっ!?」


……そう


初めから………



「っ、 取り違えたんですよっ! ペンをっ、 先生はペンを取り違えたんですよっ! それは、 私の掌に打ち付けられたのは、 プラスチックの蓋付きのマッキーペン何ですよっ!」


さっきっ!


「さっきの、 先生が躓いて蹴飛ばした引き出しっ! その事務机が激しく揺れたもんですから、 机の上の散乱した物が落ちたんです、 整理整頓が苦手な腰痛持ちの社会科の府沢(ふさわ)先生の机の上のものをみんな落としてしまったんですよっ!」


そこには当然っ


「ペン立てがっ、 ペン立ても落ちた、 そのマッキーペンは府沢先生のペン立てから落ちた物ですよっ、 間違えて拾ったんですっ、 それを私に振り下ろしても、 痛いだけで、 痛いだけですっ!!」



っ!?


「何故っ!? 私は間違えたのっ、 何処なのっ、 無くしたくないっ!! 私のっ、 父から貰った大切なっ、 大切な万年筆はっ……」



「私がっ、 さっき私がそのペンを拾おうと手を伸ばしたからっ、 先生は騙されてそのペンを取ったんですっ、 先生は私に騙されたんですっ!」


! !!?


グググッ!!


「何故嘘何て、 付くのっ!! 嘘を付くのはいけない事なのにっ! 教育が、 足りてないのではなくてっ!! これからっ、 特別授業のっ! 二時間目が必要なのかしらぁっ!!」



っ


ピンッ!


「いいえっ、 もう終わりなんですよっ、 先生がそのペンを何の確認もせずに、 間違えた時点で、 先生が盲目的に、 周囲がまるで見えなくなった時点で、 もうっ、 初めからっ、 終わって居るんですよっ!!」


愛美は、 手を伸ばす、 分かりきった様に手を、 伸ばすっ!


パシッ!


掴む、 その手に、 掴むっ!



バッ!


「今更っ! 大の大人に上を取られてっ! 貴方に何ができるって言うのよ藤里、 愛美さぁんっ!! 依然として、 貴方は私に勝てはしないっ、 この最悪の状況からじゃぁねぇっ!! ………」


ッ


キラッ! …………!?



光、 返す光、 伸ばした先の愛美の手の中で、 一瞬の、 しかし良く知る、 あれは……


父の光…………


……


「……最悪? いいえっ、 花田先生っ! 違いますよっ! 私はっ、 先生にチェアをぶつけられて、 体勢を崩して仰向けに寝転がって、 馬乗りにされて居るけれどっ!」


でもっ、 その逆っ!


「今がっ! 最高に体勢がっ、 この体勢が良いんですよっ! この地面に寝転がった体勢がっ! 先生には見えていない物に、 手を伸ばせるこの体勢が、 最も、 良いんですよっ!!」


ッ


ピンッ!!



っ!?


ぁっ!


花田は一瞬で思う、 自身の探し物の在処は、 初めから、 偽のペンを取る動作で誘い、 愛美は初めから自分の勝ち筋に、 乗せているっ


本物の、 万年筆はっ


(……っ!? 机の下に転がって居たっ!? 私が転んだ拍子に手放してしまった万年筆は事務机の下に転がって居て、 彼女はそれを分かった上で、 自然に手を伸ばせる体勢っ、 この馬乗りの仰向けの体勢に狙ってなったと言うのっ!?)


先を、 読まれているっ……


……ビジッ!!


っ!?


なっ………


愛美の目の中に、 何か、 読み取れないなにかの動きがっ、 見え……………



ッ!!


(……っ、 不味いっ! この馬乗りの体勢は不味いっ! 直ぐに立ち上がれ無いからこそっ、 もう万年筆を拾った彼女の手は、 直ぐに私に届いてしまうっ!)


……いや、 そもそも、 何故自分はなにか、 あの万年筆を、 何処か恐れている? 大切な筈の、 父の形見の万年筆を、 何故……



ッ、 ジジジジシッ!! リリィ…… ガシャララッ!! ガチャンッ!


っ……


鎖、 鎖が強く締まる、 ぁ、 ぁぁ……


……そうだ、 そんな事は関係無いんだ、 今はただ、 この愛美を止める事を考えるんだ、 どうにかして留め、 八依がここに来るまで……


何を、 してでもっ!


っ


バッ!!


「うあああっ!! 先にやってやるっ!! もう一度このペンで、 今度はっ、 そのガラス玉みたいな目ん玉貫いてっ、 脳みそに直接っ、 丁度このマッキーペンでゼロ点刻んでやるわぁっ!!」


グッ!!


バッ!



……花田が、 もう一度、 素早く、 マッキーペンを、 振り上げてッ


…………


キュッ ………ポンッ!


……



……………?



……愛美の掌に打ち付けられたマッキーペンを、 振り上げた時、 愛美は、 その先端、 プラスチックのマッキーペンの蓋を僅かに握っていた


今、 マヌケな音を鳴らしたのは、 握っていた為に、 振り上げた拍子に抜けた、 そのマッキーペンの蓋だ、 マッキーペンの蓋が愛美の掌残されて……


振り上げた、 花田の顔のすぐ側に、 剥き出しのマッキーペンのペン芯が…………



「……言いましたよね? もう全てが終わってるって、 私知ってますよ、 前に先生が話したんじゃ無いですか…… 先生の持ってる赤ペンは、 ゼブラの水性ペンだってっ、 先生がっ、 何故なら先生はっ」


……ぷぅんっ~


………ぅっ!?


そう


「先生はっ、 マッキーペンなんかの油性ペンに含まれる、 強いシンナーの刺激臭に、 過剰に反応してしまうからだってっ!」



……このっ、 臭いっ ………


っ


「っ!? げほっ、 ぅっ、 げほげほっ、 ぅぇっ、 ぅぁっ!? げほっ」


……すっ、 カランッ! ………


!


花田が咳き込み、 マッキーペンを落とした……


キラッ


光の、 導きっ!


キラキラキラッ!


ピィンッ!


っ!


(……見えたっ!!)


正確にっ、 差し込むべき錠の穴がっ!!


グッ!!


っ


「あああああっ!!」


お願いっ!


このっ、 この万年筆がっ、 先生が最後まで手放せない、 手放そうとできないこの万年筆が、 先生の、 人としての支配の抵抗ならっ!


錠前はっ、 先生自身が、 支配を外せる為に作り出した、 先生自身の意志の、 力の解釈っ!


その鍵っ……


(……お願いっ! 万年筆っ、 先生のお父さんっ! )


これがっ!!


「外れてぇっ!!」


錠を外す為の、 鍵だっ!!


ッ


スンッ!


腕を引き寄せて、 目に見える錠前へと、 この万年筆を、 遂にっ……


……ッ、 ガチャァンッ!!!



っ……… 入った、 ピッタリと、 入った…………



……ビキッ


ピキピキピキッ………


……


ッ


バガジャァンッ!! ………


カシャァンッ!


………



………………


音を立てて、 先生に巻き付いた、 支配の鎖が、 消えて無くなった、 もうこの目に、 それは見えて居ない………


これは………


……っ


…………………



フッ……


ドサンッ! …………



!


先生が倒れる、 糸が切れた人形の様に……


意識を失っている様だ、 しかし、 良く見れば、 しっかりと呼吸をしている、 今、 愛美は、 自分の力で、 目の前に迫った困難に……


っ


(……勝ったんだっ!)


……ははっ


はっ………………



ぶんぶん……


妙な高揚感が胸を満たすが、 愛美は頭を振った、 それは違う、 先生を傷付けた、 転ばせて、 そんな結果が勝利なんて、 煌びやかな響で良いわけが無いのだ……


カチャッ………


万年筆を倒れた先生のすぐ側に置く……


「……返しますね、 先生 ……私はもう行きます、 たしかに私は八依ちゃんと喧嘩しましたけど、 ちゃんと話し合って、 仲直りしますから」


だから……


「月曜日、 また、 教室で会いましょうね」


今はただ、 未来の、 これから訪れる日常を、 ただ願って……


タッ、 タッタッ……


ふらつきながらも、 光の導きは既に、 もう一度先程の扉を示している、 迷わずに……


しかし……


……どくんっ ………


胸に手を当てる…………


(……行こう、 大丈夫、 私は無力じゃないっ)


確かな戦績が、 それでも、 先程までとは比べ物にならない程、 自分の内側から強く……


背を押すのを感じた

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