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第十六話…… 『向かう先が違うのなら……』

こんにちは! 投稿遅くなって申し訳ありません。 今回の話はどうしても一息に書ききってしまいたかったので少々長めです。 読んでくださる方はお茶でも飲みながら、 一息付きつつ読んで頂けたら幸いです。

映画館はショッピングモールの敷地内、 ショッピングエリアから一度外を通る連絡通路を挟んだ隣の棟に入っている、 こちらの棟は比較的小さく、 映画館の他にはワンコインショップと本屋が所狭しと入り、 映画館その物はエスカレーターを上がった二階にせせこましく入っている、 最近の映画館にしては狭いと兄が言っていた事を思い出した………


エスカレーターを上がると、 途端に光を嫌った様な黒めの壁と、 黄色い暖色の証明に照らされた、 正に映画館と思わされる空間に出る、 天井も高い……


チラリと見ると壁に掛けられた看板には、 今大注目で毎週の様に興行収入を伸ばす文芸大作のアワード映画や、 人気の国民的アニメの映画の映画ポスターが飾られて居る……


「……これから見る映画はあのポスターの中には無いよ、 私達が二歳か、 三歳の頃の映画なの」


前を歩く新椥八依(にいなぎやちよ)が日陰に咲く、 日向の向きを知らず地面を向いて咲く花の様な、 黒のワンピースをヒラヒラと揺らして呟く……


……藤里愛美(ふじさとあみ)はその後ろ、 彼女の背の、 腕を振る度肩甲骨が僅かに隆起をするのを見ながら、 映画館の中は温かいが、 先程少し通った既に薄暗がりの連絡通路から、 僅かに覗く肌に当たる風は正に秋風で涼しく、 それを思えば背筋が冷える程彼女の服装は薄手だった……


……


結局パンケーキが有名なカフェを後にしてから一度も、 牽引する様に前を行く彼女の背を追い掛けるばかりで、 もう一度手を繋ぐ事は叶わずに居た……


……でも、 彼女は映画に誘うと共に、 自分の事を語ると言った、 友達の事を知ると言う行為が妙に緊張するのは何故だろう、 初めて行く友達の家とか、 学校の外で会う友達の姿とか…… よく知るような友達の全く初めて見る顔を見るのが偶に、 怖いと思ってしまうのは何故だろう……


それでも、 彼女はこの映画を見れば、 自分の事が分かると言った、 なら、 私は、 今まで見たどんな瞬間よりもずっと、 集中してこの上映時間を迎えようと思う………


……八依は真っ直ぐ、 券売機を目指す、 発券機の前に立って、 彼女は画面を細い指でタッチしていくと、 新作映画の下に埋もれた様な、 極端に上映回数の少ない、 聞いた事がない映画を押し、 子供料金で二人分のチケットを購入した……


吐き出されるチケットを彼女が二枚手に取ると再び歩き出す、 愛美はその後ろを再び続いた、 愛美も必要無いと思ったが、 八依もフードやドリンクの売場カウンターには目も向けなかった……


上映時間を見れば、 二分ほど実は過ぎて居るのだが、 広告が十分程と長く何時までも始まらない事を思えば、 遅れて入った方がずっと賢い…… と言うのは母が言っていた言葉だが……


真っ直ぐにスクリーンに続くカウンターへと歩く八依が映画館の制服を来た女性店員にチケットを渡すと、 女性店員はその内容に目を通し、 チケットを切ると二番スクリーンへどうぞと促した…… 特典も何もない映画は愛美には初めてだった……


足取りは二番スクリーンへと向かう…… 通路へ向かう中愛美は小さな声で尋ねる……


「やっちゃん、 チケットのお金は、 子供料金は千百円だったよね? えっと……」


スッ


八依が掌を向ける


「……いい、 これはおばあちゃんが内密にくれたお小遣いだから…… なにかしら誘って貰ったお礼をしろとくれたの、 だからお金は良い」



「……そっか、 じゃあ帰ったらありがとございますって伝えておいて?」


それより……


「私達が小さい頃の映画って事は…… リバイバル上映の映画って事だよね? やっちゃんは見た事有るの?」



「……あるよ、 と言うか、 私が人生で初めて見た映画だった、 脚本がね有名な俳優さんなの、 見たいと言ったのはお母さんだった、 別にその俳優のファンだった訳じゃ無いの、 でも朝のニュース番組でひっきりなく毎日の様にこの映画の魅力を語られる物だから見たくなったらしいよ」


でも……


「……感想は、 『クソつまらない』これはお母さんだけじゃなくて、 実際に映画を見た人の本当の声、 ネット何かではそう評価され、 メディアの切り取りとのギャップにかなり悪評を叩かれていた」


……何だか似た様な話を聞いた事がある、 ニュース番組がトレンド予測の為にエンタメを派手に煽る、 世間に火が着くけれど、 実際の内容がその期待に伴わず灰の様に消えてしまうのだ……


「……でもよく覚えてるね? そんなに小さい頃の記憶ならすっかり忘れて居そうな物なのに……」



「…………走馬灯かな、 最近、 昔の事や、 忘れていた事を全部思い出したの…… 取り戻したんじゃない、 目を向けて居なかっただけ、 私は一つも捨てては居なかった、 怒りも、 痛みも……」


…………


愛美はなにか言おうとしたけど、 まだ、 まだ彼女の事を知れて居ない、 彼女は愛美の偏った解釈と目を向けない理の外を説いた、 今の愛美の尺度では、 彼女に口を出す事は叶わない……


それでも、 一つだけ……


「……やっちゃんは、 この映画を初めて見た時、 どう思ったの?」


…………


スクリーンに入る前、 閉じられた分厚い扉を僅かに開け、 潜る前に、 彼女がかろうじて、 小さく呟いた……


「………綺麗事ばかり吐く、 本当につまらない話だと思った……」


………………………………



………


予告の番宣が終わると、 一瞬スクリーンが暗くなり、 その後に聞いた事のない映画制作会社のロゴアニメーションを一通り見た後に……


……映画本編は始まる ………


………


ドォンッ! ………


映像は、 誰かキャラクターの目を通して見たような、 パチパチと砂嵐が舞い、 色褪せた過去の記憶の回想と思われるシーンから始まる……


その中でパチリ、 視線が動いて瞼が一度閉じた時、 何処かあちらで爆発する様な音がする、 ゆっくりと首を回すような軌道の視線が、 ザッザッと足音と共に爆発音の方を見る……


ドドドッ ガガッ!!


っ………


目を見開く…… 丘の上のようだ、 眼下に街並みが見える、 黒煙が昇って、 パチパチ、 また瞬きに、 ピカッ! ……強い閃光 ……


ッ


ドガァンッ!!!


………


今度は音が近かった、 また少し視線が動いて…… すぐ側、 視線と同じ程に背の高いビルが中程から、 黒煙を吐いてゆっくりと倒れて行く……


ドジャァンッ! …………


一瞬また瞬きして、 砂埃が立ち上る中、 眼下の街、 その遠くの交差点へとボヤけたピントで、 映像が近付いて行く……


交差点の上で、 傍に横たわる数人の人間、 そしてそれよりずっと大きな、 あれは………


っ


『……怪獣だ』


……


そんな視線の主の呟きと共に、 遠くの…… 怪獣の口がガバッと開き…… 眩しい程の閃光が弾け……


……その眩しい程の光に溶ける様に、 この映画の回想は終了した………


…………………………………………



……………………



……


パッ………


エンドロールも終わり、 スクリーンから全ての光が消えた時、 一瞬の間を置いて場内に電飾が灯る、 目が痛くならない優しい色合いの光、 すっかり固まってしまった体を持ち上げ、 席から立ち上がると通路を歩いた……


……最初、 既に予告が始まって居た為シアター内の様子は伺えなかったが、 こうして見てみると、 観客は愛美達二人だけだった、 こんな映画鑑賞は初めてだった……


何も言えないまま、 愛美は後ろですさすさと微かに聞こえる八依のワンピースの擦れる音を聴きながら、 係員が開けただろう扉を潜り出た……


待ち構えるのはただ静かな映画館の通路、 複数のスクリーンに続く通路だ、 賑わう映画ならば係員が扉を出て直ぐに待ち構えゴミ等を回収してくれる事もあるが、 たったの二人しか入らないシアターに回す手は無いようだった……


……どちらも声を出さないままに、 シアター通路へと続く先程のチケット確認のカウンターを抜けると広いロビーへと出る、 人は疎らだ、 どこかのスクリーンで人気映画がやっている最中なのだろうか、 至ってロビーは静かだ……


少し歩くとロビー内の待合スペース、 二人用の机や椅子、 背もたれの無い真四角のソファー等が並ぶスペースに何を言うでもなく、 二人で机を囲んで椅子に座ると、 息を吐いた………


ふぅ……


「……私は、 面白かったよ」


ふっ、 八依が小さく笑う


「……変わってるね、 私は今見ても本当に…… つまらない話だと思った、 虫酸が走る程……」


でも……


「目が離せない映画だった………」


っ……


愛美が強引に八依の言葉を引き継いで繋ぐ、 八依は一瞬肩を震わせたが、 首を横に振った……


「……そうは思わない、 ストロボが安っぽくて、 環境音も合って居なかった、 十年も前に吐き捨てられた悪評は、 今でも同じ物を使っても事足りる程、 時が経って、 人の心が移ろうとも、 評価の変わらない映画だ……」



「……まあ、 確かにちょっと…… いやかなり…… 脚本が…… 頻繁に過去と現在を行き来して混乱するし…… なんか、 後半は、 何が起こってるのかよく分からない所もあったけど………」


それでも………


「……それでも、 私は、 目が離せなかった…… 面白い、 とか…… つまらない…… とかじゃなくて…… 何か…… こう……… 私は、 主人公のヘクターが、 友達のルーカスに手を伸ばしたシーンから…… 目が離せなかった……」


私も…………


「……私も、 もしも、 ヘクターと同じ立場だったら、 私も、 手を伸ばしたい…… そう思った……」


…………


ふぅん……


八依は机に頬杖付いて、 こちらに目で訴えた……


「……それで? 私が言いたい事、 愛美ちゃんには分かった?」


……分かった、 と言うより、 未だ納得は出来てない、 でもそれしか無い、 故に、 分からざるを得なかった……


…………


……今見た映画、 有名な俳優が脚本をとったと言う、 タイトルを『Monster= Friend』、 名前の通りモンスター、 いや映画のシナリオに乗っ取るなら、 怪獣の友達を題材にした映画だった……


……掻い摘んでシナリオを説明すると、 どうやら映画の世界には『怪獣』と言う存在が居るらしかった、 しかし『怪獣』と言っても、 有名な巨大怪獣や、 怪獣バトルでは無く、 突然現れた未確認の強力な生命体を差す物だった


冒頭の回想シーンは、 主人公の少年『ヘクター』の幼少期に見た景色の記憶らしく、 ヘクターが生まれて初めて遠目から観た『怪獣』と、 その被害だった……


……時は移ろい、 物語は主人公が中学生になった時に映る、 先程までのシリアスなシーンから一転して、 繰り広げられる呑気な学園物語、 その中で特に強く描かれたのは、 ヘクターの親友、 『ルーカス』だった、 ヘクターとルーカスは仲が良く、 中学生男子の親友との日常シーンが暫くキラキラと続く……


しかし、 ある朝、 主人公が朝のニュース番組で、 自分の暮らす街で『怪獣』の痕跡が発見された事が報道される、 冒頭の回想シーンで主人公が暮らして居たのは、 中学生現在に暮らす街とは全く別の遠くの、 『怪獣』被害に滅んだ主人公からしたら、 故郷の街の事で、 中学生現在はそれ寄る引越し先にて暮らしている言う設定らしい……


主人公は過去の記憶から潜在的に『怪獣』を恐れて居て、 報道に強く恐怖する、 そんな不安感の中再び学園での生活が描かれる、 親友ルーカスと笑い合う日々もその恐怖を隠してくれる様だった……


……しかし、 突然その日常は崩れる事となる……


再び『怪獣』の痕跡が発見されるのだが、 その痕跡からルーカスの物と思われる学生証が発見されるのだ……


……そんな事とは露知らず、 当たり前の日常が流れる翌日の中学校、 ルーカスも教室に居た、 時間は一時間目の授業中……


眠たげな数学の授業中だった……


ピピピッ………


ダッ


ダダダダッ!!!


……っ!?


…………


驚かしのような大きな足音が突然複数響いたかと思うと、 教室の外、 廊下を走るミリタリーブーツが描かれる……


その者達が教室の扉を、 勢いよく開くっ


バダンッ!!


……! スロー再生のヘクターの視界が、 教室の扉から侵入した者たち…… それはライフルを構えた、 左胸に、 星に剣を突き立てた英雄像をモチーフに象ったエンブレム……


軍の特殊部隊、 怪獣討伐の精鋭達……


『……標的発見、 攻撃開始っ!』


ッ


ガッ!


ドダダダダダッ!!! バババババッ!!


バァアンッ!! ………


……………


……ドサッ …………


目の前で、 ルーカスが地面に倒れる…………


……この後、 主人公ヘクターは、 息を切らし……


…………


………この映画は再びヘクターの回想シーンに移る、 なんと冒頭のチカチカとした幼少の光景を初めから少しのカット無しに放送し、 故郷を焼いた怪獣の放った光に視界が朧になった後、 更に続きの回想が始まった


……どうやらヘクターは幼少のかの怪獣被害によって故郷を追われただけでは無く、 街へ仕事へ出ていた最愛の父親も失ったそう、 心神喪失の家族は移ろい今の地に移る……


やけに拘った父親の死に様のグロ描写に、 愛美は目を逸らす程だったが、 次にはその死体像の父親は、 現実の教室、 倒れたルーカスへ移行した……


『……っ、 あああああっ!!』


叫ぶ主人公や、 クラスメイトだったが、 教師は平然としていた、 特殊部隊の隊長が教師へと頭を下げる、 どうやらこの作戦は予め学校を通して教師へと伝わっていたらしい、 ルーカスに悟らせ無いよう生徒には伝えて居なかった


同じ学び舎で時を過ごしても、 生徒間と、 生徒と教師とでは全く心の距離が違うのか、 教師は生徒だった筈のルーカスへ忌避の目を向けている……


『……最近の怪獣は人に化けて、 人として紛れ過ごす、 腹を空かせれば食う、 そのルーカスは怪獣だっ』


特殊部隊の隊長が言うと、 悲鳴は別の色へと代わり、 生徒達が席を慌てて立つとルーカスから離れた…… ヘクターを除いて………


っ……


ヘクターは反対に倒れたルーカスに近ずく、 それを見た特殊部隊の隊員が 『……近ずくなっ!』とヘクターを静止するが、 遅かった……


ッ


チカッ! ………


光……… 幼少の頃に見た、 あの………


ピッ! ………


ッ、 ビガジャアアアアアアンッ!!!


ボカァアアアンッ!!


ドォォンッ………


…………………



……


……爆ぜた、 ルーカスの肉体が………


へ?


周りを見る……… 無い、 教室が、 机や椅子が、 黒板も、 教壇も、 先生も、 他の生徒も、 特殊部隊の人達も…………


外………


土煙の中、 ヘクターだけが地を舐めている…… 何か、 半透明な膜の様な物が、 ヘクターの周りを覆っていた………


ッ、 ガジャァンッ!!!


!


金属がぶつかる様な音がして、 音の方向は校庭、 そちらで大きな物音と何かが舞っている……


っ


グジャッ! グシャッ!


足元の小石で膜を切り破ると、 痺れた様な足を引きずって何とか校庭の方へと向かう、 校庭では……


ッ


ドガガガガッ!!!


ババババッ!!


ピュンッ……


ドガァアアアアアアアンッ!!


……


ストロボ発光、 舞い散る火花、 銃火器の重鈍な音が鼓膜を揺らす、 ソレらの向かう先に…… あれは……


『……怪獣』


っ……


でも、 何故か主人公には分かっていた、 変わり果てた化け物の姿を見て、 それでも……


『……っ、 ルーカスっ!!』


!


化け物が一瞬コチラ向く……


ピカッ!!


『……今だっ! 一切放射っ!!』


カチャッ


ドガガガガガガガガガガガッ!!!


ババババハババッ!!


ドォンッ!! …………………


シュウ………


………


ルーカスが、 居ない…………


『……標的ロスト! 逃げられました!』



『……クソッ! 本隊に至急連絡をしろっ!!』


……そんな声に、 姿を消す親友…… 残ったのは、 瓦礫と化した青春の学び舎……


…………………………………



……………


でも…………


「……まさかあの後、 急に時間が三年経って、 高校生になったヘクターが、 ルーカスの事を忘れられず、 独断で高校を中退し、 密かに面接を受けていたあの特殊部隊に入隊しちゃう展開は…… 無理やりだよね……」


愛美は首を横に振った……


…………


特殊部隊の制服を来たヘクター、 『……特殊部隊は来る者拒まず』、 まるでご都合主義の言い訳の様な文言を突如呟く上官、 そうでなければ高校を中退したヘクターが軍隊の、 それも特殊部隊になど入れるのだろうか……


特殊部隊は怪獣討伐のプロである、 ヘクターは面接の際、 幼少の回想内容や、 中学生の時のかの学校での怪獣被害、 つまりはルーカスによる被害を『許せない』、 『怪獣を憎んで居る』と言った、 面接官は怪獣との戦闘に意欲的な事を評価した


しかしその実、 勿論それはヘクターにとって全くの嘘では無いにしろ、 ルーカスの事は今でも憎んで等居なかった、 校舎を破壊し、 学友を沢山殺した事は端に追いやった


……ルーカスは多分ヘクターを守った、 自分を覆っていた膜の様な物がヘクターを守ったとしたならあれはおそらく怪獣の顔をさらけ出したルーカスがそれでもヘクターを想う心があった故、 ルーカスがヘクターに行った物だ……


特殊部隊に入ったのは、 ルーカスの痕跡を探すためだ、 怪獣は行動を起こす時必ず痕跡を残す、 特殊部隊はその痕跡を追って怪獣を仕留める…… しかし、 ヘクターには、 果たして怪獣となったルーカスの痕跡を辿り、 漸くと彼にあったとて、 自分がどうしたいのかはずっと不透明なままだった……


………


……しかし …………


とても、 とてもメタな事を言うと、 この映画は八依が言った様にそんなに長い映画では無いのだ、 映画を見ている最中すら愛美には、 上映時間がこの時点で既にそう多く残されて居ない事が分かっていた……


多分、 多くの人が、 ここでこの映画を泥に投げ捨てたんだと思う…………


………


………………五年後 ……


唐突に、 画面にはそう表示される、 二十歳となったヘクターは特殊部隊の調査隊隊長を任される大出世を成し遂げて居た、 身体中に乾き切った傷跡があり、 顔も少年から、 ずっと青年へと変わっている


そんなヘクターの元に一つの怪獣目撃情報が飛び込む、 調査隊は怪獣の痕跡を追うプロだ、 調査先でそのまま戦闘になる事もあるが、 基本プロセスは調査隊が痕跡を追い、 特定した後本隊との連携で怪獣を叩くことになる……


場面がぼやけながら転換する………


……調査先に赴いたヘクターは深い森の中で急に呟く……


『……これは、 ルーカスの…… こんな所にいたのか』


ルーカスの痕跡、 唐突の発見である……


……そこから、 急に、 ルーカス討伐作戦の作戦内容がダイジェストで巻いた様に流れ出し、 ダイジェストの中で中学生の時に教室へやって来た部隊の隊長とも八年ぶりに再会するシーンも入っていた……


そして、 作戦遂行、 当日……


ふぅ……


『……準備は良いか? ヘクター 遂にこの日が来たなっ』


かの部隊の隊長である、 彼は八年前に怪獣を逃す失敗をこれまで常に悔やみ、 その時生き残ったヘクターと共闘できる事を喜んだ


『……必ず成功させよう、 ルーカスのためにも』


ヘクターは頷く……


そうして、 正に主戦場と言わんばかりの森の中に突如現れた切り開かれた岩の露出する乾いた広間、 その向かって奥にぼっかりと空いた洞窟の口……


のそりッ!


指し示したかのように、 足音を立てて…… かつてのルーカスだった怪獣が、 姿を表した!


キィギャアアアアアッ!!!


怪獣が鳴く、 その姿は…… 触手が沢山生えた大きなエイリアンの様だった、 なんか、 もう少しデザイン考えても良かったのにと思う様な見た目……


『……作戦開始っ!!』


ダダダダッ!!


突如、 作戦が開始する、 森の中から狙撃による乱射をするのかと思いきや、 何を思ったのか特殊部隊は怪獣の眼前に一列に隊列を組むと、 膝を付いてライフルを射撃した……


ドダタダダダダッ!! バババババッ!!


ドガガガガガガガガッ……


ッ、 ガァアアンッ!!! …………


なっ……


『……全然効かないっ! コイツはたったの一発で戦車を木っ端微塵に吹き飛ばす対モンスター弾だぞっ!!?』


……流石に大袈裟である、 画面から得られる情報では目が痛くなる様なフラッシュに似た閃光と、 やたらと多い煙がモクモク…… それでも音の演出一つとってもとても強そうには見えない、 更にルーカスはそれを一度腕を振るっただけでペリシッ、 弾いてしまった……


『……ギャアアアアアッ!!!』


ビカッ!!


銃の乱射による煙幕の中から鋭い大閃光が差すと、 煙が晴れ、 怪獣が吠えると共にかの隊長が叫んだ


『……まずい! 怪獣のビームが来るぞ!! 退避しろ!!』



『……なっ、 なんて質量なんだぁっ!?』


てんやわんやである、 鍛えられた軍人とは思えない程皆てんでばらばらに逃げ出す中、 ルーカスが放つ眩しい程の光に、 ヘクターの視界が霞み……


…………この映画、 もう何度目かの冒頭の回想シーンノーカットが始まってしまう、 遠くの怪獣が見えた後、 光が迫って………


『……あの時、 俺が、 俺に何か出来たなら…… 父さんは死んでしまわなかったのかな……』


……光の中でヘクターの呟き、 ヘクターの人生初めての幼少に抱いた後悔、 父の死、 あの日何も出来なかった自分………


『……今は、 違うっ!』


バッ!


視点はルーカスとの戦いに戻る、 阿鼻叫喚の広間にヘクターの足音が刻まれる、 ヘクターは今にもビームを放つルーカスに向かい走ると、 ルーカスの前へ躍り出て、 両手を広げたっ


『ルーカスっ!! やめろっ! 俺だ! ヘクターだっ!! 思い出してくれぇ!!』


……チャァ~ ラァ~♪


BGMが鳴ると、 スローになる視界の中で、 二人の青春の思い出…… 殆ど、 序盤のシーンの使い回しをダイジェスト化した映像が二人の笑い声と共に流れると……


っぅ………


ルーカスが涙を流す……


隊長が一言……


『……攻撃が、 止まった………』


……正直ここで愛美は、 いや攻撃はまだ始まってなかっただろと心の中でツッコミを入れてしまった……


……………………


『……ルーカスっ! 俺のことがわかるかっ!』



『……忘れるはずが無い、 親友 ……』


ピカァンッ! ………


ビームに似た光がルーカスから漏れる、 光が止んだ地点には……


っ!


『……ルーカスっ!!』


主人公と同じ年頃に成長したルーカスの姿があった……


……主人公は思い出す ……


……


『……怪獣は五十年前、 大戦の終結と共に現れた…… もしかしたならば、 怪獣は人間の憎しみと執念が生み出した、 もうひとつの姿なのかもしれぬ』


白い髭を生やした男性、 主人公の回想内にて、 ここに来て初登場キャラ、 特殊部隊の科学班の博士だった……


『……血と闘争が怪獣を創ったのなら、 幸福と日常を取り戻した時、 もしや怪獣は、 人へと戻れるのかもしれぬ……』


……不思議と、 少しだけ意味のある言葉に愛美は感じた………


……


シーンは、 目の前で涙を流す、 人の姿のルーカスに、 駆け寄ったヘクターが抱き合う時……


『……時代が、 また変わるのかもしれないな、 人と怪獣が、 共に生きる時代……』


ジャガジャンッ!! ……ジャララッ~ チャララッ♪


ジャンジャンッ!!


チャカチャンッ、 チャンチャァンッ~♪


ウホォホ~ イッ!


ッ、 モンスタァッ~~♪


………


…………っ!?


隊長が腕を組んでセリフを吐いた後、 抱き合う二人をバックシーンに…… なんと、 エンディングの時間である、 対して面白味のないエンドロールが流れていく……


エンドロールの最中、 画面には、 ダイジェストで、 後日談の様な映像が流れる、 面白くも無いが、 エンディングをキャンセルも出来ない、 微妙な、 しかも感動のエンディングが流れるかと思いきや、 何処かの国の民族音楽の様な、 しかも結構激しめのメロディー、 もう感情がごちゃまぜだ……


愛美は終始大口を開けて絶句していたが……


ジャァアンッ!! ………


エンディングが終わる、 一拍置いて………


『……博士、 これを見てください!』


……まさかの、 Cパート、 まだ何かあるのかと、 愛美は流石に引いて居た……


主人公の回想シーンでのみ登場した博士が、 部下から一枚の霞んだ写真を見て大きく目を見開いた……


そこには………


『……これは、 月(つき)か…… 月に…… 怪獣の痕跡っ!』


ダァンッ! ………………………


……………………………



……


そうして、 幕が上がり、 先程、 映画の鑑賞を終えて今に至る…… なんだったのだろうあの終わり方…… まさかあの映画の二部を作る予定があったのだろうか? だが、 悪評を受け、 十年近く経って影を潜めている様な映画にそれは無いだろう……


……と言うか、 何がどうしてリバイバル上映すら実現したのだろうか………


………


何にせよ……


愛美は、 八依の問いかけに、 それでもすこし躊躇った後に、 小さく頷いた……


「……やっちゃんは ……自分の事を『ルーカス』の様な……… 『怪獣』だって…… そう言いたいの?」


……ふっ


愛美の目の前で、 望まない首肯、 小さく笑い八依はそれを肯定した……


「……そうだよ、 あのね愛美ちゃん、 私は『怪獣』なの、 牙が生え、 爪の鋭い怪獣なの、 営みを壊し、 命を踏み付ける、 私は凶暴な怪獣だ……」


でも……


「……あの映画の『ルーカス』と同じにされるのは耐えられない…… だってそうでしょ? 見た? 牙を剥き出し、 殺そうと迫った、 そこに有る殺意を、 嘗ての友人の言葉程度で全部投げ捨てて…… あれは『人』である事を選んだ…………」


だからこそ……


「っ、 虫酸が走るんだっ、 元に何か戻れないっ、 何があっても、 残酷に時間が進み続け、 それに引き摺られる者共に、 誰にも、 嘗てには戻れないっ……」


声に力があった、 愛美は八依の語りに口を挟む気は無かった、 教えてと言って、 彼女はそれに応えて語るのだ、 口を挟めばその行為に水を差す……


ははっ


八依が嫌悪の表情のまま口角を上げた……


「……あれが『怪獣』? ……冗談じゃない、 あれは化け物の皮を被っただけの正真正銘の人間っ、 怪獣の見た目になろうが、 銃弾を弾こうが、 ビーム光線を放とうがっ…… 初めっからそっち側の住人…… 私とは真逆だ………」


……そうなのだろうか、 ちゃっちいとは思ったけど、 それでも誰がどう見ても、 ラストも、 中学生の時のあの時も、 『ルーカス』は間違いなく『怪獣』に、 愛美には見えた……


いや、 そもそも、 じゃあならば、 『怪獣』とは何なのだろう、 八依はそれを断定して言うけれど、 愛美にはとてもピンと来ない、 何故なら……


映画とは違う、 『怪獣』等、 フィクションだ………


……………………


……っ


何か…… 何かが途端に引っかかった、 なんだろう、 『怪獣』…… なんだろう、 フィクションの、 作り物のモンスター………


………


不意に、 愛美は八依の顔を見る…… そうして繋がる………


ぁっ…………


そうだ、 彼女は…………


………


「……映画の怪獣は、 人の心を持つ様な怪獣は偽物…… だって、 本物の怪獣は、 獲物を殺して食う事以外に思考は無いもの……」


……モンスター、 最近その言葉をよく聞く、 アニメや漫画、 映画の様な作り物の世界では無い、 現実でその非現実的な言葉を最近よく聞く……


……八依は、 『甘樹街(あまたつまち)の惨劇』の直接的な被害者だ…… 分かって居たはずなのに……


それに気が付いた途端、 八依があの悪評高い映画を、 自身について語ると言って見せたのか理解した……


……あの完成度の低い、 お世辞にも面白いとは言えない、 あの映画、 『Monster= Friend』の世界観は……


しかし…… 何処までも似ているのだ、 世界を震撼とさせた、 あの報道ヘリから見下ろす、 真っ黒い街、 廃墟と化した、 甘樹街…… 『甘樹街の惨劇』にあまりにも似ているのだ………


「……巨大な、 翼を広げると四、 五メートルはある巨大な鳥は、 甘樹街にあった私の家の上に飛来して、 私達の前に立ち塞がって見せた、 隣のおばさんもソレに惨たらしく食われて殺された……」


彼女は語る、 自分が見た、 『怪獣』について……


「……でも、 そんな化け物はもっと大きなトカゲのような化け物に地面に叩きつけられて食われた、 トカゲがお父さんの立てた念願のマイホームに鳥を叩き付けて、 一瞬で私の家を粉砕したのを私は見た……」


……その時の、 彼女が感じた恐怖、 心の底から這い上がる様な冷たいソレが、 話を聞いただけで分かる様な気がして、 八依は、 その時何を思ったのだろう……


………愛美は、 先程自分が、 つまらない気を使って、 あの『つまらない』映画の事を、 自分は『面白かった』と言った事を今更酷く後悔した…… つまらなく在るべきだ、 こんな事は面白く無いに決まってる、 面白くてたまるか………


「……私の知る『怪獣』は、 なぜ命を慈しむ事を知らず、 弱い者に慈悲を掛けず、 そこにある物を蔑ろにし、 当然の様に営みも、 命も、 踏み潰すと思う?」


ぇっ…… ぁっ……


愛美には答えられなかった、 息が詰まって、 今の彼女の前ではどんな言葉も失言になりそうで、 角が立ちそうで、 何も答えられない……


下を向いて大人しい愛美に、 八依は愛おしい様な笑みを浮かべて答える……


「……答えは単純、 『怪獣』もまた生物であり、 今を生きる命だから、 世界が違っても何も変わらない、 周りを見てよ、 ああ、 館内の事じゃなくて…… 森羅万象の事よ、 その目で見て」


…………


ぁっ…………


……光の粒子、 エネルギーの流転、 世界は周り、 命は巡る………


何もそれは、 今始まった訳でもない、 これは世界創世の頃からの、 変わらない流れ……


生物に於いての、 『弱肉強食』と言う自然の摂理、 強い物が弱い者を食う、 一つの命が別の命に繋がる、 エネルギーの譲渡………


そうして、 大昔から、 この世界の命は、 命のエネルギーは巡り続けて居るのだ……


そう……


「……『なぜ』と問いかける事の方が、 この世界にとってずっとおかしな事だ、 命の正しい流転、 摂理に対して問いかけるのは『人間』だけ、 だって…… 人間は、 『理の破壊者』なのだから……」


……理の、 破壊者……


「……確かに、 クソ映画の『怪獣』も、 この世界に、 実際にやって来た『モンスター』も、 この世界の住人では無い、 まあクソ映画の方は知らないけど、 甘樹街を破壊した『モンスター』に関して言うなら確実に…… あれはこことは異なる、 異世界から来たのだから」


でも……


「例え『モンスター』共が人を食い、 この世界の生命を食って生きようと、 この星でさえ文句等言いはしない、 外来種と同じ、 池に住み着いたブラックバスが在来魚のメダカを食べても、 当のメダカさえ不満の一つも言わないでしょう?」


何故ならそれは……


「この世界の『弱肉強食』と言う理の条件を満たす当然なのだから、 何処でとか、 何でとは、 そんなのはないの、 食う側は『食う』事しか無いし、 食われる側は『食われる』しかない…… それに拘っているのは、 『人間』だけだ……」


彼女の言葉を聞けば、 確かに、 映画の『ルーカス』は…… 人の世で、 人として生きて来た経験を持ち、 しかし途中『怪獣』の面を覗かせが、 結局は人の、 『人間』時代に培ったのソレに引かれ『人』に戻ったと思えば……


『ルーカス』の事を『怪獣』の皮を被った『人間』と評する八依の言葉にも頷けた、 人以外の生態は基本、 衝動的、 本能的に動くと言うことは理解出来るし、 彼女の見たモンスターもそうなのだろう……


スゥ……


……八依の指がテーブルの上を滑って、ジャンクフードで汚れたテーブルの、 拭ききれない僅かな油が線を引き、 彼女の指が丸と線で構成された、 『人間』、 棒人間を描く……


ふぅ……


「……『人間』は理の破壊者だ …………ねぇ? 愛美ちゃんは、 ツツジの花は好き?」


えっ……


愛美は突然の問に小さく声を漏らすが、 聞いた事のある花の名前が、 しかし花にあまり詳しくない愛美にはツツジがどんな花だったのか分からなかった……


「四月の終わりから、 五月頃に咲く低木の花だよ、 時期になると白い五枚の花弁をラッパの形に花開く、 街路樹としてもよく歩道の小脇に咲いてる…… 私の…… ああ、 おばあちゃんの家も、 秋は金木犀、 春はツツジが咲くの」


何となく、 分かるような……


「……私ね、 以前おばあちゃんの家で咲くツツジを見た時に思ったの、 綺麗に咲き満開だったツツジは、 少し後、 今度来た時には寂しくも花を落として、 一つの季節の終幕を記した……」


この一見虚しい光景も、 しかし不思議と、 地に落ち色褪せるツツジの花を見て、 八依はその様も共に美しいとそう感じた


「……それは、 物語で言う所の起承転結、 理で言うなら諸行無常、 流転する星の軌跡に逆らうこと無く、 命は廻る、 だから儚さもまた一つの美しさなの……」


八依の声は落ち着いて居た、 しかしその穏やかな、 まるでツツジの花が、 強く風に吹かれて揺れる様に、 言葉に影がさす……


「……仮にこれが、 ツツジの花が意地汚く、 その白い花弁を土色に汚しながら身を引きずって、 悲鳴を上げながら茎を登り出したとしたなら、 その様は正に滑稽だ…… 」


トンッ!


八依が机に描かれた棒人間の頭を指で付く……


「……人の壊す理とは正にこれ ……ツツジに例えるなら、 人は正に必死に食らいついてもう一度高みへ登るツツジの花だ、 汗臭く、 血腥い、 水流に抗う様は卑しい程……」


きっと人がツツジの美しい様を見るように、 ツツジもまた人の醜さを確かに見ている。 人の諸行無常への抗い、 これはやはり、 間違いなく意地汚い身を土に汚す様だ……


「 ……でも、 人は語る、 抗う姿こそ人の美しさだと、 全ての命が美しくある様に、 その様こそ人の美しさだと。 これは完全に、 『人間』の酔狂だ……」


自分達の世界の中、 人の世界の中でしか通用しないフィルターに掛けられた脚色ありきの見た目綺麗さに過ぎない……


「……人がそれでも美しく輝くのなら、 それはやっぱり、 抗おうとも、 人もまた、 命に始まり命に終わる、 諸行無常の渦中にもがく故だ……」


……………


……八依の言葉、 愛美は頭の中、 自分なりに組み立てる、 彼女は何の疑問も持たず人を殺し、 命を、 営みを破壊する『怪獣』すら、 理の水流に逆らわない、 当然だと言う


しかし、 『理の破壊者』と揶揄した『人間』すら、 医療で寿命を伸ばし、 大陸を拓いては個体数を爆発的に増やし、 科学技術で多種の進化を圧倒し、 種族の固有能力値を、 知恵で拡大する、 等と、 逆らえども、 結局は、 殺し、 食い、 生き、 そして死ぬ、 命の巡りから逸脱しては居ない、 工作をしようと未だ破壊の叶わぬ者と言った……


……ならば彼女が明言した、 『理の外』とは何なのだろう? 初め、 それこそが映画を見せた理由、 『怪獣』こそがソレなのだと思ったが、 八依は自分自身に向けて外の者と言う、 しかし結果は、 他所から来た『怪獣』すら、 その自分とは明確な線を引いた……


今まで生きて来て、 多分一度だって愛美はその外に出た事は無い、 どんな人も、 どんな悪人も、 獣も、 どんな生物もこの世に生きる限りその外に出る事は無いのだろう……


……その、 外…… 分からない、 この世界の、 輪廻の、 理の外、 とは一体、 何処に………


…………トンッ


っ


小さく、 八依がリズムでも打つように、 指でテーブルを叩く、 その音に、 思考は引き戻され、 目の前のぼやけた視界から、 八依へとピントが合う、 彼女を見る…………


……全てにエネルギーが有る、 エネルギーは世界を廻っている、 木々から、 草花から、 海、 空、 大地、 命、 それは愛美にも………


………どうして ……分からない …………


光の粒子が、 きらりとも光らない、 見下ろす深淵、 深い闇の底…… 何故、 万物に宿る筈のこの光が、 彼女には無いんだ………


……生きてさえ、 いれば…………


……


…………っ ……


………生きてさえいれば?


「……やっちゃん ……」


愛美がテーブルを指で叩く八依の手へ自身の手を伸ばす……


スッ……


八依が愛美の手を躱す、 愛美は八依の手が触れて居たテーブルの表面に触れて……


……その冷たさを感じた、 まるで彼女は冷えた人形………


………


「……私は、 地に落ちて尚、 這いつくばって体を引きずり、 血を流し、 無様に叫び…… そして茎に食ら付くツツジの花だ…… 私こそが、 真の『理の破壊者』……」


な……


「……なんでそんな事を ……言うの?」


ふっ


八依が短く息を零す様に笑う……


「……モンスターから命からがら逃げ出した私達、 ああ、 私と、 お母さんは、 災害用の甘樹シェルターに身を寄せた、 多くの人がそうした、 モンスターが徘徊し、 人を喰う魔境街で、 あの地下シェルターは確かに、 その機能を発揮した、 無知で無力な私は、 不幸中の幸い、 災禍中の安らぎと思い、 震えながら助けを待つ、 疑問も持たず、 あそこにいれば当然自分は守られるのだと思っていた……」


ここに居れば無事だと…… 恐ろしいモンスターは来ず、 いつか、 ここに姿の見えない父が、 それでも助けに来てくれる、 ここは逃げ延びた者達が身を寄せる安息の地……


でも………


「……ある夜の事だった …… 街の上に報道ヘリが飛び、 けたたましいサイレンの音が煩いくらいに悲鳴を上げたあの、 『甘樹街の惨劇』とよばれる騒動の終わり…… いえ、 街の外に居た人達、 その瞬間に知った人達から始まりになるのかな?」


その……


「……四日前、 消灯時間の過ぎた暗い、 暗い夜だった…… 安全だと思い込んで居たシェルターに侵入者がね…… 逆側に湾曲した珍しい刀剣を持った男の人だった、 大きめのパーカーを羽織って居た……」


……シェルターに、 侵入者? 剣を持っていた?


「……私は当時、 シェルター内の複数有る就寝室の、 《避難者就寝十五番室》を利用してた、 簡素なダンボールマットと仕切りが有るだけの小さなスペースが、 そこに暮らす人の分、 島の様に点々とあったのを覚えて居る…… 皆が寝静まった時間だった……」


……フュンッ! ……


……耳を擽ったのは、 虫の羽音のような風切り音 ……


「……私は目を覚ました、 お母さんの腕が私をがっちり締めて眠りに着くけど、 流石に眠りながらだと力は抜けるから…… 私はその腕をもぞもぞと抜け出して、 ダンボールベットの上で上半身を起こした……」


流石に目を覚ました母が開ききらない目と、 随分潜めた声で問いかける……


『……八依ちゃん、 どうしたの? トイレ?』


八依は首を横に振って………


キラッ……


?


フュンッ! スパッ! ……キラッ……


フュンフュンッ!! ピシャッ!!


ぅっ………


……キラッ、 キラキラッ ………


………?


「……音が、 風切り音と、 何か新鮮な野菜を切るような音…… それと、 銀色に返す光が見えた……」


こちらを見て首を傾げる母に向けて、 数言、 口が開いた時だった………


タンッ! ……


……足音、 八依は横目で見た ……闇の中で、 彼は笑った、 手には鋭い刀剣、 鎌の様に内側に刃が着いたソレが、 キラリと光を返す時、 これかと、 冷静に思った……


次の瞬間だった………


スパンッ! ……


………


「……今思っても奇妙な音だった、 耳よりも、 どちらかと言うと骨伝導で直接脳に響く様な音で、 聞いた事の無い音……」


冷たい金属の刃が、 昔水族館で見た、 イワシの群れが、 間接照明を受けてキラキラと光って見せる様な青白い光が視界を通り抜ける……


ッ


パシャンッ!! ……………


……?


分からない、 痛いとかは無かった、 グルンと、 視界が上下を向いて、 鋭い熱さが首元を一瞬で駆け抜けた……


見えたのは、 いつの間にか振るわれた刀剣、 男性の左目で、 奇妙に輝く琥珀色の塊……


そして一瞬後に、 少しだけ漏れた母の悲鳴と、 それがすぐに途切れる音、 果たして、 母の声が途切れたのか、 八依の意識が途切れたのかは分からない……


ゆっくりの視界の中で……


ドサッ……


倒れた、 衝撃だけが最後に少しだけ感じた………


……………


八依は愛美の目を鋭く見詰めて言う……


「……あの人は夜闇に紛れる暗殺者だった、 消灯後の暗闇の就寝室内で、 正確に剣を振るって……」


首を狙うのは合理的だ、 声が出せなくなるので騒ぎにならない、 暗殺者にとってこれ程望む条件は無いのだ、 体の小さな者はそれだけで致命傷になりえる……


「……私はあの夜、 殺されたの ……喉仏から十センチ以上、 ズバッと…… 切り裂かれ…… 死んだ……」


……勿論、 声を出す余裕等無かったのだが ……


「……お母さんの心が壊れたのは多分、 すぐ側で私が首を切断されて死んだのを見たからだ、 私にはお母さんしか居なかったけど、 お母さんだけ居れば充分安心出来た…… でもお母さんは私以外に縋る物が無かった…… それをすぐ隣で、 娘の返り血を浴びてくたばる所を見れば、 壊れたって責められない」


不思議だね……


「……その事は、 この頭の中の喧しいノイズのせいで忘れる事が出来る筈なのに、 それを受け入れない者が居る、 明山雪もそうだった、 かくいう私は、 すっかり忘れて居た側だけど………」


っ………


ぇっ…………


愛美は、 次々に、 止まらない八依の独白に着いて行けなかった、 何の話をされているのか分からなかった……


ちょっと、 待って欲しい………


「っ、 ねぇ、 やっちゃんっ…… 待って、 さっ、 さっきなんて言ったの…… その、 侵入者が、 やっちゃんに……」


はぁ………


八依が深い溜息を着いた


「……ちゃんと聞いててよ、 話してるんだから、 知りたいと言ったのはそっちなんだからさっ…… 死んだって言ったの、 私、 新椥八依は、 首をざっくり切り飛ばされて死んだっ」


まっ……


「っ、 死んでないっ! 何言ってるのっ、 だって、 今目の前にっ、 死んじゃった人には、 もう二度とっ、 会えない……」


………ふっ


八依が笑う


「……それこそ、 だよ、 それが答えだよ…… 愛美ちゃんが話すそれは、 『理に於ける流転』の話で、 だからこそ私は、 『理の外』の者だと言ったんだよ」


……………ぁっ ……


……話が、 不納得のまま繋がってしまった、 納得は心の問題だ、 愛美の否定の心以外は、 その解を問題なく納得出来てしまった……


生きてさえ居れば世界のエネルギー、 光の粒子は彼女にも巡る、 それが無いのは、 それは……


そうか…… それは、 彼女が既に死体だから………


っ


「……ありえない、 だって、 それじゃあ私達が出会って、 今まで、 色んな事、 全部…… ゆ、 幽霊なんて……」


幽霊は居た


「っ、 ゾンビ映画じゃ無いんだから……」


存在しない筈の化け物は存在した……


っ……………


これ以上、 どんな言葉を重ねても、 彼女が提示した答え合わせを覆す事は出来ないと、 理解できてしまっている……


視界に映る全ての情報が、 初めから、 この残酷な解を、 既に肯定してしまっている…………


…………


「……その人は、 どうしてそんな事を……」


ダンッ!


八依がテーブルを叩く


「話を逸らさないで…… その人の話はどうだって良いの、 それとも聞くに耐えない話だった? 私の事は……」


ぐっ……


愛美は彼女の言葉に手を握る……


「……そうだね、 ごめん、 続きを聞いてもいい?」


ふんっ……


「……別に、 私の事なんてさっさと見限ってくれたら良いのに……… 続きって言うのは、 どうして死体のはずの私が、 ここにこうして居るのかって?」


それは……


ジジッ! ………


八依は頭を抑える……


「……私は、 いや、 私達はもう一度生き返った、 生き返って私達は、 『魔王』様の支配下に置かれる、 隷属だ、 絶対的な支配下に置かれて、 あの方の下で、 人間を殺す側になる、 食うための殺しは理の内、 私達は殺す為だけに殺す、 なるたけ苦しめて……」


………?


「……きっと詳しく話しても理解出来ないわ、 これはね、 『甘樹街の惨劇』は単純な災害じゃない、 映画の様に単純じゃないんだよ」


はぁ……


「続きも何も無い、 結果として私は生き返った、 そのプロセスも関係無い…… ただ一つだけ大事な事を言うなら、 私は…… 今の私は、 『怪獣』と何も変わらないとだけ言うよ」


……分からない ……


「……どうして? 」


………………



……


「………さっきの、 見たでしょ…… カフェの前で、 私はね…… 殺そうとしたの、 さっきの男の人…… 何も殺す必要は無いと思うでしょ? 普通なら……」


ぁっ………


……愛美が止めてなかったら、 あの爆発する様なエネルギーが、 あのサングラスの男性にぶつかって居たなら、 多分、 本当に………


「……でもね、 今の私にとってそれは普通の感覚じゃないの、 『魔王』の支配は、 『魔王軍』の私は…… もう、 『人』の理の内に収まれない…… 頭の中が煩くて、 我慢がならないの、 力が、 私に指示をするの、 てっ、 天秤がっ、 いや、 衝動っ、 力がっ……」


………?


「やっちゃん?」


ワナワナと、 手を震わせる八依、 愛美はその手に、 自分の手を伸ばして………


ッ


「触るなっ!」


!? ………


強い拒絶………………


……静寂が ……


………ガヤガヤっ、 ガヤガヤっ!


……


喧噪に目を向ければ、 スクリーンへ続くカウンター通路から人が大勢溢れてくる、 彼女の拒絶はそれに飲み込まれる、 強いけど、 小さい声にも感じた……


八依もそちらを睨むと、 彼女は椅子を押した……


ガッ! ……


八依が立ち上がって、 ふらふらと立ち上がると口を開く……


「……喧しい所が嫌いだから、 場所を移そう、 話の続きをしよう、 ね? 愛美ちゃん……」



「……ぅ、 うん……」


カタン、 カタンッ……………………


彼女が映画館へ続いたエスカレーターに急ぎ足で歩く、 それに続いて愛美も歩くと、 空いた二人がけのの椅子には、 スクリーンから溢れた客が直ぐに慌てて座り込むのが横目に見えた…………


………………………………………



……………………



……


ヒュォォッ~ ヒュゥッ~ ……


っ……


風が打ち付ける、 一度ショッピングの棟へと戻り、 そこからエスカレーターで上へ、 最上階、 薄暗がりへ続く最上階から扉の外へ出ると、 身に打ち付ける風……


立体駐車場の、 屋上駐車場……


バサバサッ! ……


愛美は額を叩く前髪を抑えて、 視界の前で、 ポツポツと照らす電灯のぼやけた光を受けながら、 後ろを振り返るでも無い、 前を歩く八依が、 風に薄手のワンピースを叩き付けられながら、 駐車場をどんどん横切っていく……


愛美は周りを気にしながら、 車が来ないかおっかなびっくり確認するが、 不意に眩しい光が指して、 奥の方から白いセダンが向かってくる……


っ


愛美は足を止めたが、 八依は気にせず歩く……


ッ


ブゥンッ!! ………


パタパタッ……


目の前をセダンが通り抜けると、 前方に淡々と歩いて行く八依、 急いで駆け寄ると、 愛美は彼女に問いかけた……


「っ、 やっちゃん、 どこに行くの? もうすっかり暗くなってるね、 そろそろ帰らないと……」


……しかし、 彼女は言葉を返さない、 遂には本当に、 無視されてしまった事に少し心が痛い……


タッ


八依が遂に足を止めたのは立体駐車場から会延矢(あのや)の駅の方面を見下ろす屋上の最も端の地点だった、 彼女が手を伸ばして金網のフェンスを掴む


カシャンッ…………


彼女の黒のワンピースは、 すっかり夕暮の闇に解けてしまっている、 目を離せば居なくなって仕舞わないか心配な程に……


愛美は、 電飾の光の傍で立ち止まった、 フェンスはあるが、 何処から先が深い闇溜りか、 一見して分からなかったからだ……


八依は振り返らない……


「……私、 前の学校での事話した事あったっけ?」


……ぇっ?


「……ううん、 聞いた事はあった、 私が…… でも、 言いずらそうだったから……」


ふぅん…… 八依が息を吐く……


「……私ね、 前の学校じゃ、 よく虐められてたの」


……へ?


「……やっちゃ ……」



「いい、 良いんだよ、 仕方ないの、 と言うか、 仕方なかったと思える、 実際に私は今まで仕方なかったと思って生きてきた……」


八依の背が小さく見えた………


「……だって私は、 弱かった、 人から守って貰おうとばかりに、 何の疑問もなく弱さを周囲に晒してきた、 体もちっちゃかったし、 声も震えて小さかった、 周りからすれば、 理解できなかったんだよ、 そんな気もないのに怯えられて、 害す気も無いのに私に泣かれて不当な叱責を教師からされた子も居た……」


だから……


「周囲は私がだんだん嫌になる、 ただ私の口から弱音と嗚咽を止めさせる為に、 必死に遠ざけたり、 力を理解させようとしただけ…… でも弱者はそんな事は露知らず、 さらに声を張り上げて泣きじゃくる、 管理者は目に見えて弱い者を守る義務があった……」


そう……


「負のスパイラル、 ただ私と言う不があるお陰に、 周囲は不幸になり、 私が黙るだけで、 私の不幸すら無しに出来た筈なのに、 力は人を盲目にさせるけど、 非力もまた人の目を塞ぐ…… 何故私は、 一体何に怯えて、 震えて居たのだろう…… まあ、 そんな思考も今漸く産まれたものだけど……」


っ、 はぁ……………


深い溜息、 彼女が夜街を見る、 ビルには点々と光が付いてが、 かと思えば、 朱色の提灯が並ぶのは、 かの城下の通りだ………


そんな街を睥睨する………


「……電車の中で、 一年生の時この街に、 社会科見学で来た時の話をしたね…… 私は今でもあの時の事を思い出す、 思い出して…… 目の前がチカチカと、 火花が走るっ……」


グッ


「ッ、 切符がっ、 買えなかったと話したよね…… だって、 だってそうでしょっ、 何十回とその前に授業で練習したよっ、 券売機の写真を使ってっ、 でもッ!! 実際の券売機と練習で使った写真は微妙に違ったのっ!! 型式の違いなのかなっ、 知らないけどっ、 同じだったら私だって問題なく買えてたっ!!」


ッ


教師が溜息を着いた、 おいおい授業聞いてなかったのか? そんな顔だった、 自分だけ同じ切符を買う子の後ろに移動させられて、 その子の後ろで、 その子が買った切符を買う羽目になった、 くすくすと嘲笑が聞こえる、 何故他の子は少しも迷わなかったのか分からない、 練習で使っていたものと実物は違ったのに……


「……私は下を向いて時が過ぎるのを待った、 そのバスは帰りのバスで、 皆ね、 自分の家の最寄り駅まで帰るの…… 私疲れて寝ちゃって…… 気が付いたら終点、 他の子も、 同じ切符買った子も起こしてくれなかった、 え? なんでここに居るの? って顔されてさ……」


ぁ~あ………


「……ウザイ」


………八依の声は夜風に混ざる、 必死に耳を立てる愛美に漸く届くのは、 腹の底から出た彼女の本音……


「……力を振るわれる側の人間は何時だって自分の事をちっぽけで何も出来ない弱い存在と貶める……」


「……力を振るう側に回って初めて、 根っこに染み付いた劣等感を否定する材料を手に入れ、 勝利を積み重ねる度に、 過去に貶めた弱い自分が、 それでも、 苦渋に顔を歪め、 辛酸に吐くほど怒る、 一度足りとも、 それらを舐めさせられた事を許した事が無かったと知る…… いや、 思い出す……」


そう……


「レイナーリが私に教えたくれた、 彼女はもう私の中に居ないけど、 彼女の残した言葉と、 私の中にある確かな力が、 私に訴えかけるのっ」


ッ、 バササッ!


彼女が両手を広げる、 風を浴びる……


「忘れたのかっ、 捨てたのかっ、 力を振るわれる側だった弱い私は、 ソレから必死に目を逸らしたっ、 でもっ、 力を手に入れた今の私はっ! ………」


スッ


八依がビルを指さす……


「愛美ちゃん見て、 あのビルの五階の左側の部屋、 灯りが着いてるね、 仕事かな…… 今からあの部屋の電気を消すね」


?


首を傾げる愛美、 それを置いて、 八依は手に力を込めてビルへと伸ばす……


ヒタッ……


「……電気を消して」


彼女が何か呟いた…………


パタンッ……


!


……見ていたビルの五階の部屋が突然暗くなる、 本当に電気が消えたのだ……


「着けて」


パカッ!


今度は電気が着いた……


えっ……


「……マジック?」



「いいや、 魔法だよ、 私は、 私の手で触れた者を隷属支配できるの、 魔王様の下位互換だけどね、 完全な………」


ん……


スゥ…………


「今度は下を見てよ、 ほらあそこ……」


愛美が覗くと、 八依が夜闇の眼下へ手を伸ばす、 そこにはピカリッ、 先程の白のセダン、 立体駐車場から出ていく手前、 駐車場出口、 入場券の発券口と並んだ黄色と黒の縞模様のバーに向けて徐行する、 出口には車が数台並んで居た……


ふふっ……


「例えばさ…… 私があの白い車の人に手を伸ばしてさぁ…… こんな事言ったらどうなるかな?」


ふふふっ……


………


「……アクセルを全開で踏み込めっ」


……?


ッ


キュィイイイッ!!!


……………


……小さく耳にタイヤが擦れる音がする、 セダンが……


のっそりと……


そして列に向かって、 加速するっ!!


ギィイイインッ!!!


………


っ!


………パッ、 八依が掴んで居た物を離すように、 向けていた手を解いた……


ッ


パカァッ!


真っ赤に光るブレーキランプ、 ギギィイイッ!!


車体が軋む程の急ブレーキ…… でも、 間に合わない……


セダンは………


ッ


ガジャアアアアンッ!!!


…………


っ!?


「あっ!!」


ブーッ ブッーッ!


……大きなクラクションの音がここまで聞こえて、 眼下では周囲の人が慌てて飛び出しては、 あっという間に騒然としている、 セダンが、 列に並んで居たミニバンに突っ込んだ………


ぇっ、 ぁっ………


見ていた地点にて衝突事故、 詳細は分からない、 でも大事だ、 どうしようっ、 何か……


心が酷く同様している、 焦っている、 その隣で……


………ぷっ


「ふふっ、 ははっ、 あはははっ」


………ぇ?


愛美の隣で、 暗闇の中、 彼女はお腹を抱えて笑う、 その混沌とした夜の渦中に、 ただ一人、 八依だけ笑う、 人々と全く逆を向くように……


ぇっ、 ぁっ……


「あ~あ、 スッキリした…… あの車、 さっき私達の事気づいて癖に対して減速しなかったでしょ? 腹が立ってたの、 これも報いね、 仕方ない」


ぇっ、 は? ……


ねっ……


「ねぇっ、 やっちゃんっ…… 何を……」


?


「……え? まだ分からない? それとも分かる気が無いの? ……私の力であの運転手を支配して、 アクセルを踏ませたの、 あぁ、 それとも触ってないのにって? 私の手はね、 長いんだよ……」


っ……


……なんだろう、 まるで黒い蛇のような、 暗いエネルギーだ、 あれは、 腕、 手だ、 彼女が手を握って開くと、 彼女の背でそれも同じ様に握って開く…… 長い、 大きな手………


「……やっちゃんがやったの? なんで……… っ、 なんでそんな事をっ、 もしもっ、 あの車の中の人がっ、 どうなってっ……」


……ふんっ


「知った事じゃ無い、 腹が立った、 ブレーキ踏んでたし死んでは居ないでしょ、 音こそ大きかったけど、 事故は小さい物だよ……」


と言っても……


「別に死んでたって、 何とも思わない、 だって私は…… 『怪獣』は、 食う為に殺す、 私は…… 私は人間を殺す為に殺す…… どっちも同じ、 人には一生、 無意味な問いかけをするばかりで理解の出来ない、 これはただの衝動なんだよっ」


衝動、 人を殺す…… ?


「そうっ、 『魔王様』は人を殺す、 その部下の私達も人を殺す、 『魔王様』は知らないけど、 少なくとも私達には特に理由は無い、 私達『魔王軍』の者はただ貰った力と衝動で人を殺すっ」


愛美は何も言えない、 早速彼女が何を言ってるか分からない……


「でも、 レイナーリは知っていた、 彼女は魔王軍の中の研究者だったから、 魔王の隷属は、 生前の人間の負の感情、 深い恨みに起因している、 あちらの世界では専ら、 それは『魔王』に向けられた恨みだ、 皮肉な話、 『魔王』に向けた大きな怨嗟が、 殺された後、 当の『魔王』によって利用され、 怨嗟が裏返り、 従順な支配下となった暁に、 今度はそれがかつての同胞、 つまり『人』に向くらしい……」


私は別に……


「『魔王』や、 その被害に殺された訳じゃない、 私を殺したのはあの暗殺者の男の人…… でも結果的に私は『魔王』によって死者蘇生せれ、 人を殺す衝動に動かされる事となる……」


ならば……


「本来、 『魔王』へと恨みが反転し、 その人を殺す衝動になるのなら、 『魔王』に恨みの無い私は一体何への感情がソレになったんだと思う? それはね……」


ギリッ!


「……嘗ての弱い私と、 私が怯えて居た世界その物っ、 力を手にし、 振るう側となった今、 嘗て私が必死に目を逸らし続けたソレ等に、 私はもう一度目を向ける事になった、 嘗ての記憶のほぼ全てを走馬灯の様に振り返った私は……」


そう……


「……ウザイと思った、 私を馬鹿にする声、 笑う声、 私の筆箱でキャッチボールを始める男子もっ、 小動物アピールで男子の気を引いてると在らぬ噂を吐いた女子共もっ、 名前も知らない上級者が一方的に私を認知し下校途中の暇つぶしの様に追随しては背に暴言を吐いて様子を楽しんだ事もっ!」


ガリッ! ガリガリガリッ!!


あああああああああッ!!!


バタバタバタッ!!


風が強い…… 彼女が悲痛な声で心中を吐露する、 これが彼女の隠していた心、 隠した過去、 過去となり過ぎ去っても、 只管に内を焼く……


それは今まで彼女にとっての『恐怖』でしか無かったが、 そう、 『魔王』が、 いや、 『甘樹街の惨劇』と言う騒動が、 決定的に内に籠る弱い気持ちに強引に火を付けた……


……もう彼女は戻れない、 火を煽る風は外からじゃない、 自分の内側から吹いている、 今まで目を逸らして来た物を、 それでも無意識に心の深くに埋め隠した、 それは火薬だ、 導火線に火を付けたのは確実に惨劇だが、 大量の火薬は確実に、 今まで彼女に向けられた他人からの悪意と、 それによる彼女の憎悪……


ただの恐怖が、 今では反転し、 与えらた衝動に背を押され、 復讐心に、 今か今かと焼かれ続ける、 多分きっと、 もう、 彼女が、 過去の他人や、 記憶を許せる事は無い……


何故なら、 その前提にあるのは、 弱い自分自身へと恨みだからだ、 彼女は弱い過去の自分を払拭する為に力を振るうしか選択肢が無い、 でなければ、 この先、 彼女は人生のどの瞬間も、 襲い来る他人の声と内から湧く膨大な殺人衝動に身を縮こめて震え続けるしかないのだから……


それは、 結局、 彼女が嫌う、 今までの自分と全く同じ姿だ、 残酷な程に…………


やるしかない……


………


はぁ……


溜息を付いて、 八依が漸くコチラに目を向ける、 闇の中で、 際立つ程に、 更に深い闇を映す八依の瞳が愛美を見た……


「……映画を見終わった後、 愛美ちゃんは言ったね、 『ルーカス』に手を伸ばした『ヘクター』の様に、 自分も、 そんな瞬間に手を伸ばせる様になりたいと……」


ぁぁ……


「……私はあのシーンが最も嫌いなの、 あれは『ルーカス』が変人で、 『ヘクター』もう変人で、 周囲の、 あの映画の中の住人、 いや、 映画の世界その物の頭がおかしかったから成り立っただけ、 実際には不可能だよ」


ねぇ?


………………


スゥ……


……ピカ、 ピカッ …………


っ……


八依が空に手を向ける、 赤い光が点滅する…… あれは空港から飛び立った、 旅客機っ……


………


空を飛ぶ旅客機に手を向けた八依が笑う、 黒いエネルギーの掌が空に向かって伸びていく……


問いかけの続き………


「……はははっ、 ねぇ? あれに私の手が届いたら…… 私はどうすると思う?」


ねぇ?


「……それでも ………愛美ちゃんは、 私と言う『怪獣』に向けて、 手を伸ばす、 なんて戯言を吐けるのかな?」


っ!? …………


………


ぁっ


手が、 夜空に手が伸びていく、 多分触れる事が出来るんだ、 あの旅客機に、 その後、 もしも、 さっきのセダンの車の様な事を八依がしたら……


愛美は、 街に一直線に落ちていく、 隕石の様な旅客機を想像して、 一瞬で血の気が引いた……


………


ダメだ、 ダメだよ、 ダメっ……


っ、 っ……


ぁっ……


……


っ…………………


足が、 震えている、 声が、 出ない………


八依が……


自分のよく知る彼女が………


あの……………………………


………………………



……



『……愛美ちゃん、 誤魔化したら嫌、 愛美ちゃん昨日の朝からずっと変…… 昨日の怖かった?』


……心配し、 覗き込む彼女の顔 ……


『……無理じゃないよ…… 大丈夫だよ、 絶対に仲良くなれる ……だって愛美ちゃんは、 このクラスで一人の私に初めて声を掛けてくれた人だから』


……心に届く彼女の声 ……


『理由は関係無いよ、 だって今、 愛美ちゃんと、 景子ちゃんと、 それにクラスの皆も、 先生も、 皆優しくて仲良くしてくれる…… 私、 今楽しいよ、 この気持ちの始まりは、 愛美ちゃんなの』


……彼女が手を取る、 その手は……


『……お願い、 私のこの気持ちを、 無い事にしないで……』


……温かい ……


温かい、 言葉……………


『……愛美ちゃん、 大丈夫、 明日こそ絶対に明山雪ちゃんに話掛けようっ、 愛美ちゃんはひとりじゃない、 私も、 景子ちゃんも居る、 絶対に大丈夫だよっ』


『……だから、 また明日ね、 愛美ちゃんっ』


……………………


っ……


……………………………



………多分、 彼女の語った事は全部本音だ、 愛美が聞きたかった彼女の心からの本音、 そして愛美が聞きたくなかった彼女の本心の現実……


……八依は、 ずっと、 生まれてからずっと怯えて生きてきた、 周囲の音に、 視線に、 色に、 空気の揺らぎに、 彼女は、 怯えて泣いて、 蹲って、 耳を塞いで、 生きてきた……


……その話を聞いて、 彼女の棘を立てた心が……


……オブラートの様に、 愛美の鼓膜に解けて、 その内には、 震えた小さな彼女の、 涙を流す心が見える……


……彼女は何時だって、 怯えて、 そんな自分自身を恨んで、 でも、 いや、 多分、 だからこそ……


……彼女の周囲に向ける冷たい棘が、 恐怖故に自身を守る為の表裏なら…… これは影鏡だ……


影は、 鏡と同じ、 自分を反転している、 彼女の隠す心は影鏡、 目に見える棘と恐怖は表裏の関係だが、 ならばふと思う、 鏡に映る自分の影は反転の、 更に反転をして自分と同じ方を向く……


影に目を向けてみれば…… 彼女の恐怖は何時だって、 自分が恐怖する周囲への最大の気遣いだろう、 邪魔になったらいけないとか、 愚鈍な自分がいたら申し訳ないとか、 自身の至らなさを知るからこそ自己否定で小さくなって他人へ気を使った


周囲は彼女を一方的に悪いと言うが、 果たしてそれは彼女のその気遣いに目を向けた上での評価だろうか?


………彼女は、 少なくとも愛美に向けた彼女の言葉は、 優しくて、 柔らかくて、 良くこっちの事が分かっているから、 気を使って必要以上に手間を掛けて棘を取った言葉で


彼女は何時だって愛美を励ました、 声は小さくて、 短いけれど、 彼女の持つ、 秋晴れの空に、 光を包み込む、 金木犀の様な、 気品に満ちた優しさが、 愛美の心を何度も助けた事は、 消える事のない、 大切な思い出の一つ……


まだ、 出会って、 長い時を過ごした訳では無いけれど、 愛美の人生の最も価値の有る瞬間で、 最も輝く青春の、 隣に立つ彼女が………


……カチッ ……


風に揺れたツインテール、 ライラックの花のチャームが耳の傍で音を立てる、 愛美の心を肯定して、 背を押すっ


っ


ぶわっ! ……


……ここで、 足を止める様なら、 なんの為の今日なのか、 今日と言う日にどれだけの想いを込めて、 どれだけの意味を感じて、 私はここに立つのだろうかっ


……強い風は、 向かい風なら自分を強く育てる経験と試練っ、 今吹くのはっ、 得た力を今こそ試す時だと、 背を押し、 勇気をくれる ……


追い風だっ!!


ッ


バッ!!


……


「っ、 やっちゃんっ! 待ってっ! その前にっ! 私の話を聞いてっ!」


? ……


八依が首だけ振り返る……


「……なに? 大きな声を出して……」


ふぅ……


愛美は息を吐いて一歩踏み出す、 それでも、 もう無理に駆け寄ることも、 彼女の手を取る事もしない、 それは結局、 一方的な押し付けに過ぎないのだと気が付いた……


彼女が、 愛美の手を受け入れる事は、 彼女が、 今の彼女を否定する事なのだ…… そんな息を止めた彼女の隣で、 自分は、 彼女の友達を名乗って生きる、 そんな訳には行かない……


「……ねぇ、 やっちゃん、 ごめん、 やっぱりまだ、 私はやっちゃんの事が分からない…… でも、 大切な事は理解する事じゃ無い、 だって人の事を完全に理解する事は、 誰にも出来ないから……」


大切なのは……


「……大切なのは、 理解しようとする事、 分からなくても考えて、 その人の事を想って生きる事…… 分かってる……」


でも……


「一つだけ教えて……… どうして、 昼間私を力で支配しなかったの?」


っ……


彼女が少し肩を揺らした……


「私が手を取った、 やっちゃんの手を、 ずっと握っていた…… でも思い返せば、 私が強引だっただけで、 やっちゃんは私に触れる事をずっと怖がっていた……」


ねぇ……


「……どうして? どうして私に『怪獣』のやっちゃんを拒絶して欲しいのに、 『人』としてのやっちゃんが、 私を支配する事を拒むの?」


…………


「……煩いな、 意味なんて無いよ ……」



「……そっか、 分かった ……じゃあさ……」


ブワッ! ……


「もしも…… 私が、 『人』として苦しむやっちゃんが、 『怪獣』になっても孤独に苦しむ貴方を見てられなくて……」


伸ばせる手は……


「……支配じゃない、 私の意思で、 私も同じ『怪獣』になるって言ったら、 どうする?」


……………………


は? ……


「………なに? なんて言ったの?」


……


ふぅ………


愛美は息を吐く……


……ねぇ


「私は、 やっちゃんとこれからも一緒に居たい、 でも、 私と、 やっちゃんが、 逆方向を向いて、 遠ざかるしか無いのなら…… 例えそうだとしても、 私は簡単に諦めたりはしないっ」


互いの主義主張が食い違った時、 友達ならばどうする?


……簡単だ、 すごく簡単っ


うん……


……


「やっちゃんっ! ふふっ、 ちょっとっ……」


っ


「喧嘩しよっかっ! 私達っ!」


……ぶつける、 互いの想いを、 人はぶつけて来たっ!


………?


八依が顔を歪めて首を傾げる……


「……っ、 は? 喧嘩? なに……」


愛美は頷く


「喧嘩だよ、 友達ならする、 喧嘩っ、 しようっ!」


は?


ビシッ!


愛美は勝負を叩きつける様に指を指す、 人に指を指しては行けない理由は人を威嚇するからだ、 敵意を示す行為、 だからこれは、 挑戦を意味する人差し指っ……


「……私が負けたら、 さっきも言った様に、 私はやっちゃん側でやっちゃんに寄り添う、 やっちゃんが人を許せないなら、 私も人を許さない、 やっちゃんが人を傷付けるなら、 私も傷付ける…… やっちゃんが人を殺すなら…… 私も殺して、 隣に立つよ、 独りにしない」


っ…………


八依が闇に隠しても分かる程、 酷く動揺した……


「……愛美ちゃんが、 勝ったら、 私にどうしろって言うの………」


………


ふっ……


愛美は笑う……


「ごめんっ、 考えて無かった…… 私が勝ってから言うよっ」


……何それ ………


……八依は呆れた、 しかしそんな事をしてる間に、 既に旅客機は空の彼方、 もう目には見えない……


「……それで? 愛美ちゃん、 喧嘩って何するの? 殴り合い?」



「……そうだな、 分かり易いのにしよっか」


例えば……


「隠れ鬼とか」


………は?


「……遊びでしょ? それ……」


ううん


愛美は首を横に振る……


「それは、 気持ちに寄るよ、 遊ぶ気なら遊びになる、 喧嘩でやる隠れ鬼は本気、 だって互いの人生を懸けるんだから……」


本気………


「私は本気でやるから、 やっちゃんも、 持てる全ての力で…… 本気を出してよっ」


はぁ……


八依が深い溜息を吐きすてる……


「それは魔法の使用の事を言ってるの? 馬鹿だね、 魔法はなんだって出来るんだよ? ハンデを下さいって頭を下げたら良いのに……」


……ふっ


愛美が笑って返す……


「……良かったよ、 乗り気で、 一先ずはやってくれるって事、 だよね?」


っ…………


口を噤む彼女に愛美は首を振る


「私だって、 ううん、 誰だって、 魔法なんて無くても、 なんでも出来る、 何にだってなれる、 手を抜いたら、 やっちゃんは負けるよっ、 私は、 今の私は、 立ち向かう勇気の向かい風に押されて居るんだからっ!」


ビュウウッ!!


チッ……


八依が吹く風を鬱陶しそうに、 舌打ちを打つ……


「……分かったよ、 やってあげる ……ルールは?」


……うん


「隠れ鬼やった事ある? 今回は私が隠れて逃げるから、 やっちゃんが鬼ね、 私を探してくれたら良い、 範囲は指定しない、 そして、 その間、 私にだけ集中して、 他の人への攻撃は止めて、 お願い」


………


「……そういう事ね、 はぁ…… 要望が多いね、 でも私の方が圧倒的に有利過ぎるしいいよ、 呑んであげる…… 私はここで一時間待つから、 何処にでも逃げたら良い」


っ……


ビュゥウウッ! ……


「ここで待つの? 幾らなんでも寒いんじゃ無い?」



「煩いな、 さっさと行きなよ」


カシャンッ……


八依がフェンスに背を預け、 地べたに座る、 容赦のない風が屋上に吹き付ける………


………っ


ガサガサっ


愛美はカーディガンのボタンを外すと、 袖から腕を抜いて、 カーディガンを脱ぐ……


「……何してるの? 私は優しくない ……もう時間は始まってるんだよ?」


うん、 分かってる……


「でも、 風邪を引いたら月曜日学校に来れないでしょ? だから、 ここで待つなら、 このカーディガンを着て、 私は下も長袖だから」


八依のワンピースは薄手のシースルーだし袖も五分しかない、 今日一日明らかに寒そうだと思っていた……


「余計なお世話だっ、 別に私はこんな喧嘩何かほっぽりだして今直ぐに愛美ちゃんに触れても良いんだよっ、 私の事は良いから、 気が変わる前に早く行きなよっ! 私の前から居なくなれっ……」


っ……


言葉のおしりが、 力無くすぼんで行くのが、 彼女の心を如実に表す……


ふぁさ……


愛美はカーディガンを地面に置いた………


「これ私のお気に入りだから、 無くならない様に見ててね、 じゃあ、 私行くからっ!」



「はっ? ……」


ダッ!


愛美が地面を蹴る、 屋上駐車場を駆ける、 八依に背を向けて…………


直ぐにその姿は見えなくなった………


……………………………………



……………………


残されたのは、 呆気にとられる八依だけ………


……吹き付ける風に、 身を震わせて ……


今日一日が、 ずっと寒いのは肌に体感して分かっている、 日が落ちてますます刺す程に空気が冷たい事も…… 日中に繋いで居た彼女の手が温かい事も分かっている……


ヒュゥゥウウッ!


パタパタッ……


地面に取り残された彼女のカーディガンが目の前で大きく揺れるっ


ビュウウウウッ!!!


一際強い風……


揺れるカーディガンから目が離せない……


ッ


バタバタッ、 バッ!!


っ……


カーディガンが風を受けて浮き上がる……


っ!!


「もうっ!」


ダッ!


八依は思わず立ち上がって手を伸ばす……


バシッ…… ふぅ………


手に掴んで、 安堵する、 全く彼女には振り回される………


……まさか ……


(……友達と喧嘩か ……そんなのした事無いよ)


カシャンッ……


再びフェンスに背を預けて座る、 ギュッ…… カーディガンを胸に抱いて膝を抱え込んで縮こまる……


ぁぁ……


(……温かい ……)


顔を埋めた時、 まだ薄らと、 拒絶したはずの安らぎの、 香りがした気がした………

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