第十四話…… 『因果の外の者』
土曜日の昼下がり、 ショッピンモールはそれなりに賑わっている、 溢れる喧騒の中、 二人の少女が仲良さげに手を繋いで歩いていた
ライラックの花のチャームで飾られたヘアゴムで縛られたツイテールの少女が、 三つ編みハーフアップの耳元に金木犀のヘアコサージュをあしらった少女の手を引いている
ショッピンモール内にテナントを持つ雑貨屋、 『Special・Everyday』のロゴが入ったビニール袋を逆の手で持つツインテの少女が前方を指差す
あっ
「見て見てやっちゃんっ、 ゲームセンターだよっ、 ちょっと遊んでこうか?」
前方にはギラギラと光を放ち、 やかましい音を立てる空間が構えていて、 かなり賑わっている、 大人や子供、 皆が笑っている、 ここは笑顔が花咲く、 陽の当たる場所…………
手を引く少女、 藤里愛美が、 横目で握る手の先、 新椥八依へと笑いかける……
八依は、 地面に目を落とした……
「……私はいい、 そっちのベンチに腰掛けてるから、 好きなだけ遊んで来なよ……」
っ………
彼女は依然として冷たい言葉と態度だった、 困ってしまった愛美は一瞬眉を顰めるが、 直ぐに首を横に振る……
「なら私もいいや、 今日、 この一日はやっちゃんと、 この手を離す気は無いから……」
「………気ばかり使っていたら疲れない? もう私の事はいいでしょ……」
ううん……
「一番大事っ、 やっちゃんが隠そうとしても私には見えてる、 そんな事言って、 やっちゃんも私に沢山気を使ってくれてるし、 今、 私の事を一番大切にしてくれてる、 気が付いてるから、 だから私も……」
グイッ
っ……
八依が手を引いて愛美の言葉が途切れる、 そっぽを向いた彼女の耳は少し赤く染まっていた……
「……変な事言わないで、 用が無いなら早く行こう、 私はガヤガヤした所が嫌いなの」
……否定はしないのか、 そんな野暮な事を愛美は聞いたりしない、 彼女が否定したくないなら嬉しいし、 否定されてしまっては悲しいのは愛美の方だ……
うん
「行こう」
………
ゲームセンターは二階の一番角っこにあった、 つい今一階をぐるりと回って来てから二階に上がった所だ、 一階では雑貨屋を出た後特に用は無かった、 お菓子屋さんは美味しそうだったが荷物になるし、 かと言って今食べたい訳でも無い、 ああ言うのは父や母にねだって買ってもらう代物だ
その他には高そうなブランドバッグや、 時計に革製品、 愛美達にはまだまだずっと早い世界には目も向けなかった、 傍から見ても言う程人も入って居なかったし、 テナントから鋭い目を向ける店員に目をつけられる事も怖かった
そんなこんなで惜しむ事も無くエスカレーターに乗ると二階にやって来て、 先程ゲームセンターの喧騒を後にしたと言った所だった……
左右に楽器屋と電気屋に囲まれたエリアを抜けると直ぐにそれも終わり、 二階の殆どはファッションコーナー、 よく知る服屋がテナント入りしている……
「やっちゃんは冬服って買った?」
…………
一瞬ついに無視されてしまったかと思う間があった、 今まででは素っ気なくても小さく相槌を打ってくれていたが、 何の返答も無いとなると流石に、 あまりにも悲しくなってしまう……
「………買ってない」
……彼女の横顔を見ればきっと今のは返答に困った故の間だったと気が付いた、 なんと答えようか迷ったのだろうか……
一先ず無視はされなくて、 愛美は胸を撫で下ろした……
「見ていこうか、 私も何か欲しい物、 あるかもしれない……」
「……愛美ちゃんの欲しい物が無いなら必要無いよ、 私にはもう、 そんなのは、 必要ない………」
……そんなの ……
「何も特別な事じゃないよ、 季節が巡って、 この間までの暑さが無くなって、 残暑の残る秋にも冷たい風が吹いてきた…… やがてこの風に肌を刺すような冷たさを感じる頃、 色褪せた木の葉を揺らす木枯らしが吹く時に…… 私達はそんな当たり前の巡りに適応した衣を纏う、 冬服はそんな私たちの当たり前の生活の一部だよっ」
愛美の言葉に、 八依はまるで眩しい光に目を細める様に、 視線を外すと深い溜息を吐いてから告げる……
「……それは理に於ける流転の話でしょ?」
………だからこそ ……
「私には必要無いんだよ ……当たり前では無いんだから……」
……?
どうしようも無く、 彼女声は…… 冷たいと言うより、 寒い、 そして寂しそうだった………
…………………
「……やっちゃん ………」
グイッ
手を引かれる、 八依が前方を指差す……
「当ててあげる、 愛美ちゃんが行きたがった新しく入ったお店は、 二階に入ったカフェの事でしょ? 色んなパンケーキが食べれる」
っ…… その通り、 全くの図星だった……
「お茶の時間だし早速行こうよ、 歩いてたら少しお腹すいてきちゃった、 喉も渇いたし……」
「うんっ、 そうだね、 私もっ、 行こっかっ」
……今日、 初めて彼女が自分の意志を見せてくれた、 それがとても嬉しかった…… 愛美は事前に調べた位置関係を辿って通路を歩き、 二階の最も奥に位置するカフェまで、 八依の手を引いた………
……………………………
………
ぁっ……
「……混んでる、 結構混んでるね………」
愛美は頭を抱えた、 愛美の行きたい場所では勿論あったが、 八依が要望を言ってくれた場所としての意味合いが今は大きかった、 しかしお茶の時間は、 誰にとってもお茶の時間なのだ
お昼時にフードコートが混むからとお昼の時間を外して遊びに来たが、 それと原理は同じ、 お茶の時間帯には今度はお茶屋が混雑するのは目に見えて分かる、 しかも最近出来た話題のお店となれば、 目当てのパンケーキを求めて、 二十人くらいの人が並んで居る様に見えた……
名前を記入する帳簿の挟まれた看板を見れば、 最短で一時間待ちと書いてある、 店内に目を向ければ……
ぅっ……
(……美味しそうっ、 あんなにハニーシロップがかかったパンケーキ食べた事無いよ~)
しかし、 ここに一時間も並んでしまえば予定が一気に狂ってしまう、 愛美の用のあるお店を八依は決して断らなかったが、 この後も一応行きたい場所がちょくちょくとあるのだが……
すっ……
愛美の横をすり抜けて八依が帳簿の前に出る、 紐で括られたペンを空いてる左手で持つと、 彼女はスラスラと記入欄の一番下にカタカナで『ニイナギ』と書いた…… 字は至って綺麗だった、 愛美の知る彼女は右利きなのに……
「並ぼう、 パンケーキ、 楽しみだね愛美ちゃん」
ぇっ……
「うんっ ……でも結構混んでるね……」
この日、 この時ばかりは、 そんなに楽しみなのか八依はご機嫌に愛美の手を引いた、 彼女が笑った様にも見えた、 それが一番だ、 ショッピングモールなどいつでも来れる、 今日彼女が一瞬でも隣で笑ってくれる、 それが何より大切な事なのだ……
(……私の事は後回しで良い、 やっちゃんが嬉しいなら、 私は嬉しいっ)
愛美の手を引く八依が、 カフェの列の最後尾へと並ぶ、 自分達の前には二十人を超えるお客が、 同じ気持ちでお腹をさすってあのパンケーキを待っている、 その実感が、 楽しみを倍増させて、 気持ちを高揚とさせる……
列に、 二人並んで、 こうして楽しみを共有する……
(……あぁ、 友達とカフェに並んで、 別々のパンケーキを頼んで、 分け合ったりするのかな…… それはすごく……)
良いな、 そう思った………
…………………
そんな事を…… 思った時だった …………
………
ッ
ドスッ!
……っ!?
背後から衝撃が走る、 突然、 後ろから何かがぶつかる、 体が勝手に前のめりに飛ばされて、 傾いた体が上手に受け身も取れないまま……
愛美は転んでしまった……
どさっ!
「痛っ!? ………」
ジンジン……
膝が痛む、 突然の衝撃、 不意打ちの殴打に体が警戒感を示して、 必要以上の痛みと、 肉体の緊張と硬直で息が荒くなって、 気持ちが悪かった……
ただ転んだだけだが…………
(………? 何? 何かが、 ぶつかって………)
愛美は何とか、 倒れた体制から首をもたげて背後を見る…………
っ
……高い、 高い視線がこちらを見下ろしている、 男性だった、 建物内にも関わらずサングラスを掛けた明らかにチャラチャラとした三十代前後の男性、 すぐ隣にはスマートフォンに目を落とした女性が居て、 男性は女性に手を回している……
女性は未だスマホから目を離さない、 男性だけが押し付ける様な重い視線で地面の愛美を見下ろした………
………
あ
「あぁ~ 悪りぃ、 もしかしてぶつかった? おいおい大丈夫かよ、 怪我してねぇ~?」
男性が眉を寄せてそう言った、 愛美は特に何を思う事なく大丈夫な旨を伝えようと立ち上がろうとして………
……その前に、 再び男性が零した言葉に耳を疑う事になる……
カチャッ
男性はサングラスを持ち上げると、 嫌な、 感じの悪い視線の後、 小馬鹿にした様に鼻で、 フンッと笑った……
「まぁ~ 気持ちは分かるけどよぉ~ 割り込みは危ねぇよぉ~」
……? ……割り込み?
「……ぇっ、 あの……」
「あぁ~ 分かる分かるっ、 ガキの頃ってそうだよなぁ~ 一度はしゃぐと周りが見えなくなるんだよなぁ~ こう、 目の前しか見れなくなぁ? あれだろ? 美味そうなお菓子屋見つけて、 お客が沢山並んでるの見て、 早く並ばなきゃっ! って焦って並んだんだろぉ? 分かる分かる~」
でも……
「その結果がこれよぉ~ キッズ、 キッズに言っても分かんねぇけど、 因果応報って言うんだぜぇ、 列に割り込んだ、 悪りぃことして、 俺にぶつかっちまって転んで痛い思いしたぁ~ って因果が、 応報したのさ~ たくよぉ、 親も目ぇ離すなや、 こう言うこと教育出来ねぇ馬鹿な奴は結婚なんかしてガキ何か作んなや~」
どうたらこうたら、 うんたらかんら、 ブツブツブツブツ……………
…………へ?
愛美は、 何だかよく分からないで居た、 膝は痛くてまだ立ち上がれ無いし、 自分でぶつかって転ばせたと言う割には手を差し出す気すら無い所か、 何やら怒られてしまって居る……
分からない、 今何が………
………いや、 そもそも待って、 割り込み? いや……
ぁっ……
「……あのっ、 そもそも…… 私達が名前を描いた時には、 居なかったですよね…… 名前を書いてからっ、 並んで下さいって書いてあるし…… おふたりは、 名前を書いたんですか………」
ッ
「あぁんっ!? 何? 名前っ!? 」
っ……
男性が看板を見る、 確かにそこには名前を記入してから列に並んでくれと言う旨が書いてある、 男性は鼻を鳴らした
ふんっ
「はぁ~ぁ、 分かる分かるっ、 キッズってそうだよなぁ~ いっつも大人を言い負かそう、 マウント合戦で勝つ事ばかり考えんだよなぁ? 俺もそうだったから分かるよ~ 確かに書いてあるなぁ? 確かに俺達はまだ名前を記入してねぇよぉ?」
けど……
「割り込みした事には変わんないでしょぉっ! 論点ズラし大人に効かないヨォっ! だいたいだから何? 名前? 列に並んでから書いたって一緒じゃんっ! なんなら今から書きに行こうと思ってたねぇっ、 あぁ名前書きに行こうとしてたねぇ~ ねぇ? るるかちゃん? そうだったよねぇ?」
「うーん、 うーん……… うんうん」
叫ぶ男性、 スマホから目を離さないまま明らさまに適当に空返事をする女性、 今までの人生で、 周囲の大人は皆、 子供のこちらに耳を傾けて、 角を減らした言葉で優しく、 時に厳しく接してくれた
でも、 今目の前で、 こちらに耳を傾けてくれない、 ザラついた角を容赦なく子供に向ける大人に対する対応をまだ愛美は知らなかった、 心のどこかで大人は子供に対して優しい物だと勘違いしていたのかもしれない……
それは理想像だ、 理想は、 まだそう在らないからこそ理想なのだ…… 子供に優しくない大人も、 外には居るのだ………
ぁっ………
……愛美は勢いに負けて謝ろうとした、 自分が間違っている訳では無いと強気に出る事は愛美には出来なかった、 目の前の男性は今の愛美にとって巨大な壁だ、 とても乗り越えようとも、 破壊してしまおうとも勿論思えない、 今は、 力の足りない今は、 唇を噛んでこの降りかかる火の粉を避け、 遠回りをして迂回するしかない……
守ってくれる誰かが居なければ、 自分とはこんなにも弱く、 こんなにも子供なんだ………
………………
ッ
カツンッ!
……
足音がすぐ近くで鳴る、 ひらりひら、 下を向く日陰の黒い花が視界の端で揺れていた、 すらりとした彼女の手、 転んだ拍子にいつの間にか離してしまった彼女の手が、 悼む様に、 慰める様に愛美の頭を優しく撫でた……
ギラリッ
その少女、 八依の目が、 震えることも無く、 迂回する選択肢を知らないように、 聳え立つ壁を壁とも思わない足取りで、 地面を打ち、 鋭い視線が痛い酷に睨み上げる………
っ
「……謝れ」
「……はぁ? なんてぇ?」
チッ
「謝れって言ったんだよゴミっ、 それとも、 人生で一度だって自責した経験が無いままに、 ここ数十年精神的に一度も成長を知らないガキのまま見栄ばかり肥やして、 人に謝った事なんて無いんだろ? 知らないんだよね、 お前見たいなゴミが社会に居座る分、 肥えたお前の代わりに誰かが割を食っているっ」
あぁ、 気になるなぁっ
……男性が目を見開く
っ
「酷ぇっ!? 分かるぜ、 ガキの頃って体の大きさと堪忍袋の大きさが一緒なんだよなぁ? 周囲のあらゆる事にイライラして、 癇癪を起こして怒るよなぁ? 分かる分かる、 俺もガキの頃そうだった~」
でも……
グイッ
男性が八依に顔を寄せる……
「っ、 そんな時親はいっつも俺をぶん殴ったぜ、 俺が黙るまで、 親父は拳で、 お袋は布団叩きでっ、 やかましいからぶん殴ってんだ、 謝ったって終わらねぇっ、 喉が枯れて黙ってようやく終わるんだよっ!」
グッ
これ見よがしに男性が拳を握る、 大きい拳だ、 ジャラジャラと付いた趣味の悪い指輪は頑丈そうで、 メリケンサックと大差無く感じる……
「親はアレを教育だと言った、 俺はその教育の賜物でそうなるべくして他人に暴力振る側に回ったっ、 体格も親父を抜かして、 力も上回った、 数発で事足りた、 報復は数発で足りたのさっ、 お袋なんか一発で腰折って今じゃ立てねぇ、 親父も今や俺を見れば目を逸らすっ、 正しい教育だった、 親は子に強く育って欲しいと望む物だろ?」
アぁっ?
男性が八依を睨み下ろして恫喝する、 八依は、 一歩足りとも引くことは無かった、 表情すら変わらない、 まるで一人だけ静止画の様に落ち着いていた……
はぁ……
「おいゴミ、 勘違いしないでよ、 お前が強くなったんじゃなくて、 お前の親が年取って衰えただけだろ? 手が届かない内は泣きじゃくって内に籠り、 好機を見つけて漸く重い腰を上げて、 お前はどのタイミングで成長したんだよ? 時間に引き摺られて親の方が先にタイムアップしただけでしょ?」
もしも……
「……もしも、 本当にお前が無力なガキの頃より成長して強くなったと言うなら…… 証明してみたら良い」
「……あ? 証明だ? おいおいおいおいおいおいおいおい…… ははっ、 良いよなぁガキは気楽で、 喧嘩じゃねぇんだよ、 一方的な殺しになっちまうだろうがっ、 警察に捕まるのは俺、 割を食うのは俺だけなんだよガキっ、 無駄に煽んなやっ」
………ふっ
八依は口角を上げ、 お腹に手を当てる
「ふふふっ、 あはははっ」
っ!
男性が顔を更に歪ませる、 笑いすぎて出てきた涙を指で掬った八依は男性の目を見据えた、 何故か見上げている感じがしなかった……
「……ねぇ? 貴方は一体何をそんなに怯えて居るの?」
………は?
男性が腹の底から空気が抜けるような声を出す、 それでも八依は続けた
「貴方の過去を語ってくれてありがとう、 貴方が何故か人に牙を向け、 自身を獣の様に繕うのか目に見えて理解した…… 全ては足し引き、 表裏の関係、 貴方の内側には、 幼少期より両親から植え付けられた成長しようとも決して払拭する事の出来ない極度の怯えが根付いて居る」
「貴方はそれを理解している、 それを内に隠し、 獣の面で周囲を威嚇する、 知ってる? 強く余裕のある真の強者は、一見対照的に温厚で他を無意味に威圧しない…… 余裕のある強者は常に爪を隠しているっ」
グッ!!
八依が、 小さな、 男性のものよりずっと小さな拳を握り、 笑うっ
ははっ
「お前の様な弱者は考え無しに、 それら強者の尾を踏み付ける、 怒りを買ったお前の様な弱者がそれら強者に淘汰されるっ」
割り込み? 因果応報? ガキ? はははっ…… 笑わせるな……
ッ、 グググググッ!!!
っ!?
……愛美は目を見開いた、 空間が軋む、 規則正しい流転を繰り返す世界に、 異なる世界から齎された本来この世界に存在しない筈のエネルギーが、 まるで黒い虫の大群の様に渦巻いて空間を引っ掻いて行く
ギギギギィッ!!!
軋む様な音を立てたソレが、 世界に新たな事象としての轍を刻む様に、 この世界の法則を捻じ曲げ、 焼き付ける様に、 膨大なエネルギーの流れが、 新椥八依と言う一人の少女、 その拳へと引力に引かれる様に流れ、 圧縮されていくっ
ッッッ…… ボォッ!!
……膨らむ、 八依の拳の中で、 抑圧されたエネルギーが臨界点を越え膨張する、 黒いエネルギーの中でチカチカと火花が飛んだかと思うと、 直ぐに眩しい程に赤熱を始めた……
……爆発、 する程のエネルギーの塊……
ッ
「……後悔しろ、 深い後悔に溺れながら、 アンタ自身のしょうもない人生を振り返ってくたばれっ!!」
ドォォオオオッ!!!
ボッ……
「……軍式魔法っ ・叡爆来っ!!」
ザッ!
八依が一瞬揺れて、 パサリ、 黒のワンピースが揺れた時、 爆発力を有した拳が、 背の高い男性、 その腹の目掛けてロックオンをするっ
………目に見えて分かる、 ソレを理解出来る……
それが、 男性に衝突してしまえば、 多分、 目の前の男性は………
し…… 死んでしまう…………
………………
……彼女が、 八依が今、 何か、 普通とは違う何かの影響で当たり前の日常を拒絶している事は分かっている、 避けられて居る事も、 時々言葉に、 以前の彼女では考えられない様な鋭さや棘を感じる事も分かっている……
それでも、 愛美が彼女の事を万が一にも嫌いになってしまう様な事は無い、 彼女を見る目も変わらない……
……嬉しかった、 普段から愛美の事をよく見て景子には八依には隠し事が出来ないと言われる程、 八依は愛美の隠す心が怖いほどに見えていた、 彼女は何時だって愛美の事を見ていた……
でも反対に、 愛美には八依の事が未だ分からないときが多かった、 どれだけ見ても、 彼女は微笑むばかりでその表情の下の心はちっとも読めなかった
でも、 彼女の拒絶やそこに付随する彼女自身の罪悪感の様な物や、 自己肯定の為にこちらに向ける冷たい視線、 棘のある言葉…… これは全部、 今まで見えなかった、 彼女が見せてくれた彼女の心だ……
彼女の内側で、 涙を流して蹲る小さなそれに寄り添いたい、 彼女が過去の事を決して忘れられなくても、 一緒に居る時間は笑顔で居られる様に、 例え拒絶されて、 酷い事を言われても、 あの手を離すつもりは無かった、 彼女の鋭い冷たさも温めて、 隣で、 胸を張って、 彼女の友達として、 青春の一ページに互いの色を塗れたなら………
……でも ………
それはダメだ、 その線を越えたらダメだ、 どれだけ人を拒絶し距離を取り、 鋭い言葉を掛けても良い、 でもその一線の先を越えたらダメだっ
もう、 その先は、 愛美や、 周りの人がどれだけ何か彼女の為を思っても、 決して背中に追い付けない、 手を伸ばしても届かない、 声も彼女には届けられない……
誰も、 そちらはには行けない…………
ぁっ…………
………
『……愛美ちゃん、 私はね、 愛美ちゃんが私と友達になりたいって言ってくれた事が、 嬉しかった…… 私はこれからも愛美ちゃんと仲良くしたい…… でも、 でもね…… どんな人でも、 どんなに想っていても、 本当に大切な時になって初めて、 伸ばした自分の手があんまりにも短い事に気が付くの……』
………
ふと、 以前学校の裏庭に有る竹林にて、 雪色の髪の彼女、 明山雪と話をした際の、 彼女の言葉を思い出した……
……これも、 これもまた ……
八依の事を思っても、 届かなくなった時、 自分はただその過去を一生後悔し…… ただそれだけで終わってしまうのだろうか……
果たして、 これは…………
っ
(……ダメだよっ、 やっちゃんっ、 ダメだっ!)
確かに、 自分はちっぽけだ、 地面に伏せたまま未だ立てない、 戦う術も、 立ち向かう勇気も未だ、 何もかも足りない……
それでも…… 今日ここに八依を誘って、 彼女の隣に立ちたいとその一心で、 心では違っても、 愛美の意思として彼女の手を握る事で、 彼女の心へと手を伸ばした、 何があっても手を離さないと決意したっ
まだだ……
(……まだっ、 手を離してしまってもまだっ、 私はやっちゃんにっ、 何度でも手を伸ばすっ、 諦めたくないっ!)
話の通じない大人に勝つ必要なんて無い、 そんな事はどうだっていい事だ、 今日は友達と出掛けているんだっ、 それ以外の事はどうだって良い、 言った筈だ、 八依が最優先っ
友達として、 その絶対の線引きの、 その向こう側には立たせないっ、 これは、 例え愛美の手が短くても、 力が足りなくても、 それでもっ……
(……届くっ、 届く距離だっ!!)
ぐっ!
っ…… ぅっ…… !
体に力を込める、 痛む膝を打って愛美は死に物狂いで体を、 持ち上げるっ!
バッ!! ……カチャンッ ……
立ち上がる、 地面を両足で打ち付ける、 まるで人間の進化の歴史を辿る様に、 そうだ、 嘗ての祖先達も立ち上がる事から、 二足で立つ事から、 この世界の人間の蹂躙の如き、 単独的な超常進化の歴史は始まったっ!
……母から貰ったライラックの、 おまじないが掛かったお守りチャームが、 愛美の体が揺れた時、 立ち上がった愛美の背を強く押し出す様に賞賛した
うん……
(……ありがとうお母さん、 日陰で咲けないあの子に、 私が教えてあげるからっ、 咲いて良いんだって、 照らしてあげるからっ)
ッ……
タンッ!
愛美のスニーカーが地面を打つ、 たった一歩も要らない、 あぁ、 踏み出して見れば、 こんなにも近かった、 あのまま躊躇って居たら、 私はどれだけ後悔したのだろう……
世界を切り裂き、 理に逆行し抗い続けた人間の足跡、 その力強さ、 託し、 託し、 未来に託し続けた人間の、 その最前に立つ私達、 さあ、 その、 前進の一歩を、 今刻めっ!
………ッ
ダッ!
「っ、 やっちゃんっ、 ダメっ!!」
バッ! ………
……伸ばした手、 愛美の手が、 振りかぶった八依の手を…………
ッ、 バシッ!! ………
……っ!?
………愛美の事がすっかり見えて居なかったのか、 八依は突然横から拳を引かれ横目に驚きの顔をした、 その目が合う、 彼女の目を強く見据える……
っ
バッ
「! 愛美ちゃっ、 離しっ、 力がっ……」
きっと、 この爆発する様な拳はヒットと同時にその抑圧したエネルギーを破裂させる、 そのギリギリの導火線を多分愛美は、 中途半端に作動させてしまった事となるのだろう……
それはつまり、 目標到達地点よりも前、 今、 愛美の手の中でこのエネルギーは爆発するのかもしれない、 おそらく八依の焦り様を見るにこの推理は正しい、 一度スイッチを入れた爆弾に、 彼女は態々キャンセルボタンを用意してない……
………ボォオォッ!!!
……熱い、 熱い、 焼けるような熱が、 肌を焼いて吹き飛びす様なエネルギーの流れが………
……それでもっ ……
「っ、 離さないっ!」
だって……
「私はっ、 やっちゃんの『友達』だからっ!!」
……………
……トトトッ …… ガガッ!!
………
何か、 奇妙な音が耳の中で鳴った、 でも耳鳴りの様に不快感は無い、 寧ろ、 自分の心臓の音、 息を吸って吐く音、 自分の命に、 あって当然の音、 それでいて聞き覚えの無い音だ……
……『友達』とはなんだろう、 それはきっとこの長い人生の中で、 進む道が異なっても良い、 志が同じで無くても良い、 その長い時間の中の本の少しでも良い、 ただその中で、 確かに隣に立って、 肩を並べて笑い合う……
………カッカッカッ …………
……ガチャンッ!
……………
重圧な、 何か歯車が噛み合うような音が鳴る、 自分の目の前で、 チリチリと光の粒子が、 世界を流転し、 愛美を経由して、 目の前の日陰にキラキラと光を指していく……
手の中の爆発力は…………
っ ………シュッ…………
そう…… 『友達』とは、 瞬間を心の底から笑い合う仲間、 そこに、 いざこざ何て……
(……要らないっ!)
ボッ! シュッ、 ゥ………
……黒い赤熱したエネルギーが、 目に見えて、 縮んで行く、 法則やルールー、 法式を失った様に、 黒い異界の理が四散して行く……
ッ ……
ボッ…… シュゥゥッ………………………
フワッ……………
………
っ……………
八依が目を見開いた、 自分自身すら止められない暴走したエネルギーが、 忽ちに、 風に溶けて消えてしまった…… 今はただ、 愛美の、 掌の優しい温もりが伝わるだけ…………
ふっ……
愛美が笑う……
「大丈夫だよっ、 やっちゃんっ、 私が居るからっ」
ぁ………
八依は言葉に詰まった、 目の前の愛美の手の温もりが、 どうしようも無く恋しい物に感じてしまって、 目の前の愛美の笑顔が、 痛い程に、 好きだと、 そう、 思って………………
……………
ッ
ぬらりっ!
!
……愛美の死角から、 手が伸びる、 大きな手が、 愛美の肩を……
……ガシリッ!!
掴むっ
っ
「暴ォ力反ッ対ィッ!! うぁあああああああっ!!!」
っ!?
愛美が突然の大声にそちらを見れば、 先程の男性が吠える、 その目は異様に血走って見えた……
ギラッ! 男性が睨み下ろすっ
「お前っ! おばえらっ!! 俺はっ! 俺は話し合いでェッ! 解決しようとしてんのにィッ! 君たち謝れば終わるのにィッ! なんでっ! なんでなんでナンデッ!! 」
グリッ!! 男性が拳を大きく振るったっ
「なんでェ俺にぶん殴らせるかなァっ!!! そっちがその気ならぁっああ! こっちもっ、 やらざるをえっ、 ネェエエエアッ!!」
グッ!!!
男性が腕を大きく引いた、 肩を強く掴んだ、 八依よりも前に出ている愛美へと、 男性の、 大きな拳が……
ブンッ!!
っ…………
……目の前、 まるで地球滅亡の最後の日、 空に迫った巨大隕石の映画の演出見たいな、 やけにゆっくりに感じる視界の中で、 男性の拳が、 愛美の柔肌へと、 容赦なく突撃する……
……目を、 閉じる間すら無かった……
…………
スッ!
ッ
バジィイインッ!!
パアァンッ!! ……………………
シュゥッ……………
……
……………その前に、 とても目には見えない速度で、 まるで瞬間移動かと思う程の速度で、 八依の掌が愛美の顔寸前で男性の拳を受けていた…… ぶつかり合う音がして、 明らかに小さく弱い手が、 しかしそれでも、 拳を止めていた……
ふわっ……
八依がその拳を押し返す……
っ
「……その拳で自分を殴れっ」
ガッ
ブンッ!!!
ッ、 ドチャァアアッ!!
…………
っ!?
八依が何か言った、 その後、 男性は引いた拳を突然、 何を思ったのか自分の顔面に振り抜いた、 鈍い音が鳴って、 男性の曲がった鼻から鼻血が垂れ流れる………
ギロッ
八依が更に睨みあげる
「謝れっ」
ザッ!
男性がそのまま流れるように腰を折る
「大変申し訳ありませんでしたっ、 大変申し訳ありませんでしたっ、 大変申し訳ありませんでしたっっ、 大変申し訳ありませんでしたっ……」
……なんだこれ、 突然、 さっきまでの怒り狂った様子は無く、 まるでロボットの様に彼は同じ言葉を繰り返し吐く度に勢いよく腰を折った
……
「……もういい、 立ち去れっ、 二度とその面を見せるなっ」
「はいっ、 二度とこの面を見せませんっ!」
ダッ
男性はくるり反対を向き直ると突如地面を蹴った、 大きく手を振って全力疾走で駆け出す……
っ
「二度とこの面を見せませーんっ、 二度とこの面を見せませーん、 二度とォ………」
ダダダダダッ!!
……………
???
……そのまま角を曲がって消えてしまった、 声が遠退いていつの間にか聞こえなくなった………
残されたのは………
あっ
「ねねっ、 ぴやっちっ、 この芸人さラクダに似てな~い? …………? あれ? ぴやっち? ん? あれっ? ぴやっちっ!!」
同行者の女性が今更ながらスマホから顔を上げると、 あの男性のあだ名と思われる名を呼んでキョロキョロと周りを見渡す、 まさか、 この騒動の最中すら、 全く周りが見えてなかったのか、 不安になるほど……
あっ
「ねね、 君たち、 私の彼ぴやっちピが何処行ったか知らない?」
「えっ、 あ…… あっちです……」
愛美が思わず男性が走って行った方向を示すと、 女性は短い感謝告げた
「あり~ もーっ、 ぴやっち何処行ったっ!!」
ダダダダッ!!
………………………………
……………
女性も走って消えていった、 嵐が過ぎたような静けさが、 ここがとても休日に賑わうショッピングモールとは思えない程、 静寂が立ち込める、 愛美は未だに体が緊張して強ばっていた………
あぁ……
反対から声がして振り返ると、 待ち列で愛美達の前に並んでいたマダムの様な白髪混じりの三人の女性の一人がこちらを見ていた……
「……あなた達、 災難だったわね、 大丈夫だった?」
えっと……
愛美はそれでも無事だと口を開こうとした、 心配そうな顔をされると胸が痛む、 務めて笑顔を作ろうとして…… しかしその前に、 すぐ側で八依が先に口を開く……
その言葉には、 鋭い棘があった……
「……大丈夫か? 大丈夫じゃ無かったらどうだったって言うんですか?」
「えっ……」
睨みあげる八依に、 マダムは小さく声を漏らす、 その弱みに好機とばかりに、 彼女は言葉を尖らせた
「……私達、 何か間違ってましたか? 二人は何かを間違えた故に当たった罰だったんですか? ……違いますよね、 私達は百パーセント正しかった、 ただあの人が人の因果の外側に居ただけっ」
何故……
「何故大人が子供を守らないんですか? 貴方たちが子供の頃、 貴方達だって周囲の大人に守られ助けられた筈です…… 私達が間違え、 あの人がそれを正す為の一連の行為ならばいざ知らず、 因果の外から降りかかる火の粉に曝される子供を…… 何故貴方は見て見ぬふりで助けようとは思わなかったのでしょうか?」
ぁっ、 っ………
マダム達が下を向く、 周囲を見れば、 見物していたろう大人が、 皆下を向いたり、 目を逸らして居た……
「……今回は運良くあの人が最後には自分の非を認めて退いてくれたから良かったですが、 あの人は私達に対して拳を振り上げて居ました…… 万が一にもあの拳が私の友達に直撃していたら、 果たしてどうなってしまったのでしょうね? 最悪…… 当たり所が悪ければソレはあったかも……」
ぅっ………
マダムが下唇を噛んで震えた、 目の前でそんな事が起きた時、 最悪の想定が瞬時に頭を巡ったのだろう…… 遺族に非難され、 自身の家族にも慰めの言葉とは裏腹に溜息をつかれて首を横に振られる…… 自分自身の罪悪感に潰され、 動けない程に、 影がさす……
………
愛美は八依を止めようとした、 何もそこまで言わなくても良いと…… しかし、 こんな状況で八依は愛美に対してイタズラに頬を上げて見せた…… 棘が少し角を落とす………
「……しょうが無かった、 そう思ってください、 しょうが無かったと、 心の中で諦めを付けて下さい、 その他に貴方たちが動けなかったと言う過去を隠す術はありません、 だってそうでしょ?」
ふふっ
「あの人は因果応報を謳いましたけど、 因果は常に彼のような人では無く、 我々の側に報います、 いつの世も、 かの因果にとって打ちやすい、 報いの響き易い者にのみ、 因果はその報復の鉄槌を下すのですから……」
だから……
「しょうが無かったんですよ…… ただ、 どうしても、 自分達を許せないとそう思うならば……」
八依は笑う
「……私、 なんだかお腹が空いたな~ 早くあの美味しそうなパンケーキが食べたいな~ 待ち列がとってもながいな~ ね?」
……っ
「あっ、 わっ、 私達は列を外れるわっ、 皆も良いわよね?」
マダム達が逃げるように列を抜けていく、 その以前に並んで居る人も、 無言で列を去る者も居た……
「あっ、 ねぇ、 次、 呼ばれるの私達だけど、 私達より先にお店に入りなよっ、 私からお店の人には伝えるからっ……」
列の先頭、 長い列に並んで漸く次とお店に入れると心をワクワクとさせて居たであろう、 おそらく部活帰りだろう制服姿の女子高生二人が、 言葉を震わせてそう言った
列に残った人達が了承して、 どうやら愛美達はこの列に並ばず、 次にお店に入れる事となった様だ、 突発的な騒動だったが、 先程の八依のイタズラ顔がこの事を予見してなら、 彼女は少しだけ腹黒かと思った……
カランカラン~♪
お店の呑気な鐘が鳴って客が二人出てくる、 定員が看板に目を落として女子高生の名前を呼ぶ前に、 先程の女子高生が前に出た
「あの、 店員さんっ、 そこの子達を私達よりも先に入れて上げてくれませんか? ここに並んで居る人達皆了承してるので、 この子達に先に食べて貰いたいんですっ」
「へっ? ぁっ、 えっと…… まあ、 皆さんが了承しているなら構いませんが…… えっとそれではそちらのお二人様、 どうぞっ~」
店員が促した、 列に並ぶ人達がどうぞどうぞとぎこちなく微笑む、 訳が分からないまま愛美は店内へと足を進めた……………
……………
八依がそれに続いて店内に入る時、 先程の女子高生がこちらに向けて小さく呟く……
「本当にごめんね、 助けられなくて………」
………
タッ……
八依は足を止めた
「……しょうないですよ、 あれは打たれるべきにも関わらず打たれずに居る、 因果の外の杭であり、 あなた達からすれば流れの中に居座る不動の巨岩…… ぶつかればこちらが怪我をするし、 貴方達はアレを迂回し続けることしか出来なく、 それで正しい……」
でも……
「……もしも、 もしも貴方がそんな他人のリスク管理ばかりの人生に嫌気が指したなら……」
スッ……
八依が手を伸ばし、 女子高生の手に触れる…… 女子高生の目から光が消える……
「力を振るう側となり、 自身の劣等感を払拭しましょう…… 因果がアレを打たないのなら、 我々がそう在るべくして槌を振る側に回れば良い、 迂回するよりも黙らせる方が確実です」
ねぇ?
「………やってくれるかな?」
こく……
女子高生が頷く、 それを見て八依は薄く微笑むと、 漸く店内へと入っていった………
……………………………
……
見送った女子高生が店前に佇む……
「ね、 ねぇ? あき? さっきの子に何か言われたの?」
もう一人の女子高生が顔を覗き込んで…… その顔には深い影が指していた……
「……ごめん、 ちょっと私用事を思い出したから、 先に帰るね」
「えっ!? あきっ……」
タンタンッ……
それだけ言い残してあきと呼ばれた、 八依に手を触れられた女子高生は友達を置いて歩き出した……
……その後、 一階のスーパーで女子高生が、 包丁一本を購入する姿を店員が目撃した、 スクールバッグに隠すように包丁を閉まった様を一瞬不思議に思ったが、 込み合い出す時間のスーパーの店員にそれ以上の詮索は出来なかった…………




