第十三話…… 『百花斉放』
母の姿見の前に立つ…… 自分が自分じゃ無いみたいに、 浮き足立って…… 普段は履かないスカートは、 心許ないような、 でも自分の事をもっと好きにさせてくれる様な魅力があった……
季節は確実に秋の頃だ、 通り過ぎる風には冷たさが有る、 気合いを入れすぎて風邪を引く様な事にはなりたくない、 オシャレは機能性も考えた上で工夫しなくては、 そもそも服を着るという行為、 その土台を蔑ろにしてしまう、 これは装備なのだ、 その日その時に合わせて着せ替える装備………
ふっ…… クルっ……
愛美は姿見の前で揺れて回る、 空気の流れを受けて揺れる膝丈のプリーツスカートは、 季節感に合わせて暖色のブラウンを選んだ、 ブラウンは見た目にも落ち着いていて温かみが有る、 普段はスカートを履かない愛美にとっても鮮やかでない色は気恥しさを隠すよう目立つ色でないのも良かった
暖色のスカートと打って変わって、 上に羽織ったホワイト系のカーディガンはスカートの色と合わせてもよく映える、 それは愛美にとってこのカーディガンがお気に入りだからで、 最も人に見てもらいた部分だからだ
ふわっ ふわっ……
揺れる度、 リボン付きのカーディガンは薄ピンク色のリボンを揺らして可愛さを振りまく、 袖先で絞りが入った袖はふわっと大きく膨らみ落ちて、 大きめに作られたサイズの袖は常に萌え袖になってしまうのが自分でもあざとく見えた
下に来たTシャツは普段着のお気に入りの物だが、 ゆるくボタンを止めたカーディガンから覗く胸元に、 Tシャツに描かれた筆記体の印刷ロゴがチラリと見えて、 やわらかいだけじゃ無い引き締め感も感じる…… そうオススメしてくれたのは母だ
髪は派手な事はして居ない、 ツインテールだ、 印象が幼くなりすぎるかと思ったがボケてしまうよりは良い、 顔周りは派手に飾らずに自然体で居たいと思った
髪を結ぶのに使ったゴムにはライラックと言う花を象ったアクセントの飾りが付いている、 母が学生時代に友人とお揃いに買った物だそうで、 理由は分からないが特別なおまじないが掛かって居るらしい、 母が昔から使うコスメボックスの引き出しから日の目を浴びた代物だ、 そこに今はゴム隠しのリボンが付いている
愛美はそのままでも十分可愛いと言ったが、 母は地味でしょう、 と言って付けてくれたリボンだ、 カチリと音を鳴らす花の意匠は母がくれた温かい勇気だ……
……ザッ ………
愛美は最後に一度揺れてから静かに姿見の前を後にする、 踵を返してリビングに降りると、 時計をチラリ、 十二時五十分、 待ち合わせの一時まで十分前に迫っている
これから共に街へと出掛ける新椥八依の家は幸いにも車ならば一、 二分もあれば付くほど近所だ、 最寄り駅から三駅先の街を目指す電車にも余裕が有る……
よし……
「お母さん、 そろそろお願い」
母が微笑む
「分かった、 忘れ物は無い?」
愛美はもうすっかり中身を何度も確認し尽くされたショルダーバックを手に持つと頷いた、 そのつま先が玄関へと向かう…………
………
「愛美っ、 こっち向いて」
……?
カシャッ! ……っ!?
……不意に母の声に呼ばれて振り返ると、 スマートフォンを構えた母がイタズラに笑って、 黒い瞳の様なレンズがシャッターを切る……
ぇっ……
「っ、 お母さんっ、 いきなり写真撮らないでよっ」
抗議する愛美の声に母は笑う
「うふふっ、 驚いた可愛い顔撮れちゃった~ パパにも写真送ってあげよぉ~と」
!?
「もうっ、 やめてぇっ!」
ブンブン腕を振るう愛美に、 にこやかに笑う母が告げる……
「え~ だってこんなにおめかししてる愛美ちゃん珍しいもの~ 記録に残しておかないと勿体ないわ~ ……ねぇ、 愛美ちゃん?」
……?
「緊張してるのかも知れないけど…… 大丈夫だから、 笑いなさい、 花はね、 一つ開花すると、 周りの花もつられた様に開花する…… ライラックの花も、 笑顔の花も…… 貴方が教えてあげるのよ、 貴方が咲いて開花の時期を教えてあげるの」
母は愛美の髪を結ぶ、 自分自身の、 嘗ての青春の軌跡を追う花の記憶に触れる……
「……私は教えて貰った側だったけど …… なんにせよ、 緊張しすぎて固いわよ? 肩の力を抜いて、 自然に笑って、 ね?」
………ふっ ……
「……うんっ」
「うん、 愛美ちゃん可愛いわ…… さて、 行きましょうか」
自然と上がった口角、 藤里愛美は今度こそ歩き出す、 まるで旅立ち、 大きな試練を前にした様な気持ちに、 今なら自信を持って、 胸を張って挑んで見せよう……
タンッ!
スニーカーを履いて、 つま先で玄関のタイルを打った、 曇り空の昨日とは違って、 祝福するようか秋晴れの空だった………………
…………………………………………
……………………………
……
最寄り駅の周辺は電車の通る音さえ無ければ閑静な物だ、 この辺はまだ広い田んぼが多く見開けた土地に真新しい駅舎が立っている、 以前まで、 ここは温かみのある木造の駅舎だったが、 二、 三年前に改修され無機質な色の建物に変わった、 有るのは切符売り場とトイレと小さな待合室だけ、 なんだか寂しい限りだ……
………………
先程家を出た愛美は何処か緊張しながらも、 車は直ぐに近所の大きな一軒家の前に停車した、 八依の祖父母の家だ、 迎えに行こうと車を降りたが、 庭に入る直前で扉が開いて八依がその母と共に出てきた、 とにかく静かな一幕だった……
バサッ……
八依の母がまるで従者の様に日傘を開くと八依に追随した、 金木犀の花が、 光を返して眩しい程に咲く中で、 まるで闇影が着いて周るかのように彼女が歩く度に傍の金木犀が陰った……
……彼女は、 黒のワンピースを着ていた、 フリルやボタンのワンポイントがある訳でも無い、 とてもシンプルなワンピースだ、 それでも礼服を連想しないのは、 ウエストの絞りと、 それに伴ったゆったりとした布地のラインからだろう、 膝下のスカートもフワリと揺れる、 故に布地が薄くどちらかといえば夏物に見えた……
それでも愛美には彼女が綺麗に見えた、 何処か無機質で、 陶器の様な肌の白が黒に返る、 まるでお人形の様な…… 無意識にそんな事を思って首を横に振る、 それは友達に対して思う気持ちにしては冷たすぎる……
っ……
「やっちゃんっ…… すごく綺麗だねっ」
笑顔を作る愛美だったが、 八依は笑みを返さずに静かに言い零した
「……そう? ……地味でしょ ……」
八依はそう言って庭の金木犀へ手を伸ばす、 幾つかの小さな花が集まって房になる金木犀から、 無秩序にひと房手に取ると指を捻った
ペキッ
八依は折った金木犀の房を顔に近づけ匂いを嗅ぐ、 愛美はその流れるような動作から目が離せなかった…… 彼女がそれを今度は耳元に当てる、 金木犀のヘアコサージュだ……
八依が一瞬コチラを向いて、 直ぐに視線を落とした……
「……やっぱり似合わない、 ……要らない」
彼女がそう言い捨てて指から力を抜く……
……その前に、 その寸前に愛美の足は動いていた、 境界を引いたような敷居を軽々しく跨ぎ、 影の中の彼女へと手を伸ばす……
すっ……
金木犀の花が八依の手を離れるよりも前に、 愛美はすぐ側で、 彼女の手に、 金木犀に触れる……
「そんなことない…… 凄く素敵だよ、 自信を持って、 やっちゃんっ」
彼女の目が揺れる、 愛美から受ける反射光が彼女の瞳の中の波紋を揺らす、 愛美は八依の手から金木犀を受け取ると、 丁寧に耳元、 三つ編みのハーフアップに纏めた髪へ挿し飾る、 彼女の耳元に、 気高い香りの花が咲く……
そのまま、 固まったままの彼女の手を取り、 その手を引く……
「行こうっ、 やっちゃんっ」
っ……
驚いた彼女がつられて一歩、 影の中から、 日の差す方へ踏み出す……
タンッ…………
……バサッ ……
八依の後ろで、 傘が閉じる、 遮る影が退いて、 秋晴れの陽の光を受けた金木犀が文字どうり、 黄金色に、 風を受けてサワサワと揺れた……
……八依の母が傘を畳んで小さく頭を下げた、 それはもしかしたら車で待つ愛美の母に対してかも知れないが…… 顔を上げた八依の母の口元が数言分動いた、 声は聞こえなかったが、 その顔は、 とても穏やかに見えた……
…………………………
………
「それじゃあ迎えの電車の時間になったらまたここで待ってるから、 もしも遅れそうとか、 何か困った事があったら直ぐに電話してね」
「うん、 分かったよお母さん、 ありがとうっ」
運転席で手を振る母、 その視線を背に愛美は八依の手を引く、 昨日の学校からの帰り道では距離を取るように彼女は歩幅を狭く、 愛美と景子からぐんぐん置いていかれてしまっていた……
……今日は隣で離す気が無い、 この手も、 少し恥ずかしいが…… 余程の事があるか、 余程彼女が嫌がらなければ離すつもりは無い、 八依の手は、 滑らかで冷たくて、 ずっと触っていたいとさえ思う程心地が良い……
……切符売り場には昔からこの駅の窓口で働く白髪のベテラン駅員が和かに腰掛けている、 木造の駅舎の頃の温かみが無くなっても、 この駅員さんの柔らかい笑顔は、 温かみも昔から変わらない
「こんにちは、 会延矢駅まで二人分下さい」
「はいこんにちは、 会延矢まで二人ね……」
ガチャコンガチャコン……
スッ……
「会延矢まで二人分で三百六十円ですね」
チャリンッ
八依が手に持つ小銭を台に置く、 百八十円、 愛美は細かいのが無くて二百円を置いた、 駅員が、 お釣りの二十円と切符をこちらに渡す
「二人でお出かけかな? 仲が良いね」
駅員が和かに言う、 愛美はお釣りと切符を仕舞いながら頷いた
「はいっ、 仲良しなんです、 ね?」
愛美の問いかけに、 八依は目を合わせず、 しかし躊躇いがちに小さく頷いた………
「そうなんだね、 それじゃあ楽しんで来て」
「はい、 ありがとうございますっ」
愛美は小さく会釈して八依の手を引いた……
……………
ホームに立つと目の前は見晴らしの良い広い田んぼが線路の向こう側に広がっている、 これから向かう会延矢は古い町並みだ、 お城があってそこから続く城下町の姿を未だ残している
目指すショッピンモールはその街並みから少し離れた位置なので、 会延矢の駅に着いたら今度はショッピンモールまでのバスに乗らなくてはいけない、 幸い時間的に待ちぼうけは無いと既に調べている
一応歩いて行けなくもない距離で、 歩いて行くなら丁度食べ歩き等が出来る昔からの通りを過ぎて行くのでそれもそれでも楽しいのだが、 今回のメインはショッピンモールだ、 あまり時間も無いし……
……ガタンゴトン ガタンゴトン
そうこうしていると遠くで車輪が線路を叩く音が響いて閑静な駅周辺に響く、 先程通って来た道の踏切が降りて、 遠くから電車が走ってくる、 四両編成だ、 前に一度都会のもっと長い編成を見た時には驚いたが、 まあこの辺は長くてもこんな物だ……
キィィッ!! ……
電車が止まると疎らに降りる人、 そして乗る人、 席もボチボチと空いて居て、 とても満員には程遠い、 昼間の地方の電車などこんなものだろう、 二人分空いた席に手を繋いだまま二人で腰掛けた
プシュゥ……
電車がのっそりと動く、 流れ出す景色を横目で見流して、 そのまま隣の八依に向いた
「私こっちの電車に乗るのは久しぶりだな~ 前はほら、 甘樹駅の方は良く行ったんだけどね……」
愛美は話題を作ろうとして言葉にしたが、 直ぐに、 しまったと内心思った、 八依は『甘樹街の惨劇』の直接的な被害者だ、 少し無神経だったと後悔した……
「……私は寧ろ、 その方面の電車は乗った事無いよ …… 私は甘樹街で暮らしてたから、 甘樹駅より向こうはずっと田舎でしょ?」
っ……
口数が少なかった八依が会話を返してくれた、 愛美は会話の内容は反省するが、 彼女が自分と話をしてくれる事に素直に嬉しいと思った
「そっかっ、 じゃあ会延矢は行ったことある? お城とか、 城下町とかさ」
「……あるよ、 前の小学校でも…… 何年生だったかな、 遠足? ……いや社会科見学か、 電車乗ってったし…… 家族でも行ったかな……」
愛美は相槌を打って頷いた
「そうなんだっ、 うちの小学校でも行ったんだよ、 多分社会科見学だね、 切符の買い方とか、 電車の乗り方とか…… 一年生の時かも? 何か、 何もかもが新鮮だったな、 よく覚えてる…… もしかしたら何処の学校も同じ様な事してるのかもね」
そこでふと八依の顔に影が差した、 愛美は首を傾げる……
「……愛美ちゃんは凄いね ……私の所も多分一年生で行ったけど…… 私は知らない場所が怖くて、 授業で習ったのに切符も上手に買えなくて先生に呆れられたし、 迷子になるのが怖くて知ってる人の後ろにずっと、 ずっとっ…… 着いて回るだけだけだった……」
とても楽しめなかった…… 彼女はそう小さく零した……
……車内放送が鳴って、 駅員が次の駅への到着を知らせる、 緩やかな減速で物寂しい無人駅へと着くと、 見た感じ乗る人は居たが降りる人は居なかった……
プシュゥゥ……
音を立てて列車は再び重い腰を上げる、 動き出した時電車が少し揺れて、 一瞬、 八依の髪が、 愛美の首筋を擽った……
ぎゅっ…… 握る手を固く結ぶ……
「……誰だって怖いよ、 でも皆誤魔化して生きてる、 自分を誤魔化して生きてるんだ…… やっちゃんは、 自分の怖さを誤魔化さなかっただけ、 怖さに向き合える子だから」
……
八依が掠れた様な声を出す……
「………それは都合が良すぎる解釈だよ、 誰もが誤魔化して生きてるなら、 人間は誤魔化す事が当然な生き物と言う事だ…… 誰もがする事、 出来ること、 当然の事、 どれだけ良いように言っても、 世界の中に流れは決まっている、 私はその流れに逆らう、この世界では誤魔化しが出来ない奴の方が特異点、 異常…… でしょ?」
彼女の言葉は達観して大人びていた、 とても愛美の知る八依の物には思えない、 八依の隣に座るお婆さんも少女の口から吐き出される言葉の質感とギャップにあからさまにこちらを見て目を見開いた……
最後の問いかけには棘すら有る、 隠す気の無い刃物の様な棘を首筋に向け、 彼女は鋭い目線で首を傾げる、 愛美は……
……口角を上げて返した
ふふっ……
愛美が笑う、 声は弾んで居る、 首元に当てられた冷たい棘は、 まるで氷柱だった様に、 愛美の頸動脈の熱に先端を丸く研がれて、 愛美は寧ろその冷たさが今は擽ったく、 それでいて心地良い物の様に目を細めた
「……ふふっ、 やっぱり楽しいな、 やっちゃんとお話するのっ」
っ……
……八依はそれきりそっぽを向いて話をしてくれなくなってしまったけど、 触れる肩から感じる彼女の熱は、 心做しか熱を持った様に感じる、 生命の熱だ……
………………………………………
…………………
……
パーッ
変な音を立てて路線バスの扉が開く、 愛美と八依を含めた数人のお客がスマホや切符、 小銭を手に、 支払いを済ませた人からステップを降りていく、 愛美と八依が降りると、 直ぐ目の前には大型のショッピンモールが堂々と立っていた……
後ろで奇抜なデザインの路線バスの扉が締まり今日もう何度目かの周回駅をまた目指して走り去っていく…… 電車で会延矢駅に着いた後改札を出て、 バス停の表示を見て八分後に到着するバスに乗って、 たった今十分ほど掛けて目的のショッピンモールに到着した所だ……
見るにやはりとても盛って居る様で外からでも人がそれなりに見える、 少し先に見える駐車場の掲示板は幾つか有る駐車場の内、 殆どが『満』と満車を知らせていた……
……あれ以降、 バスの中でも八依は黙りこくって仕舞い、 何度が話題を振ったが曖昧に相槌を打つだけで返答は無かった、 それでも愛美は傷付いたりしない、 言葉よりももっと近くで、 繋いだ彼女の手から感じる熱や握る力の微妙な変化が、 彼女の心の動揺を包み隠さず教えてくれたからだ……
普段は八依に隠し事の出来ない愛美だったが、 今日ばかりは、 彼女が隠そうとすればする程、 その心の機微が愛美には理解できた……
さて……
「行こっか」
………
最も近くの入口を探して入る、 何度が来た事が有るショッピンモールだが、 その殆どが家族と来て居て、 車で立体駐車場に駐車し、 その最寄りの入口から入るので、 外側の出入口はよく分からなかった
結果的に入った入口は一階のスーパーに続いて居た、 特に用も無いし、 話題も咲かないので愛美は八依の手を引いた、 彼女はまるで糸を引かれる様に愛美と同じ歩幅で歩き出す……
スーパーのエリアを抜けて広間に出ると、 次に愛美達を迎えたのは眩しいくらいキラキラとしたコスメコーナーだ、 目指して居るのはこのコスメコーナーを抜けた先にある雑貨屋さんだ……
……不意に、 母が使っているコスメブランドのテナントが目に入り、 無意識にそちらに目を向ける、 オシャレな化粧品の小瓶に、 心の奥底からふわふわとした小さな高揚が湧いて一瞬目が奪われる……
ふと、 視線を感じてそちらを見れば、 綺麗な美容部員のお姉さんがカウンターの向こうから、 こちらに和かに微笑んだ、 ドキリッ、 心臓が跳ねて、 愛美は視線を外して、 急ぎ足でコスメコーナーを抜けた…………
………
「……何か欲しかったんじゃないの?」
ぇ?
不意に隣から八依が短く呟いた、 一瞬愛美はなんの事だか分からなくて、 疑問符を浮かべただけだったが、 躊躇いがちに八依が続けた……
「……コスメコーナー、 見てたから、 何か欲しいのかなって……」
っ……
愛美は苦笑いを浮かべた……
「いや…… 何かが欲しかった訳じゃ無くて…… その、 お母さんが使ってるコスメブランドだったから、 見覚えの有る化粧品に目を惹かれただけだよ、 勿論興味は有るけど、 まだ早いと思うし……」
ふぅん……
「愛美ちゃんは似合いそうだね、 落ち着いてて大人びてるし、 お洒落で綺麗だし…… そのカーディガンもリボン付きで可愛いね……」
へっ!?
「わっ、 私っ!? ……いや、 私なんてっ…… ぅっ、 ありがとう…… お気に入りなんだ…… でも、 いつも、 やっちゃんの方が似合うなって思ってるんだ…… それに、 やっちゃんも可愛いよ、 美人だし」
ぁ……
「………そっ、 んなこと……… ない……」
「……じゃあ私も、 そんな事ないよ、 お揃いだ」
ぅっ…………
八依は困り果てた様に下を向く、 愛美も変な返答だったなと反省して、 再び口を閉ざした八依の手をまた引いた……………
……
目当ての雑貨屋、 『Special・Everyday』はこれまた母が好む雑貨屋で、 家族でこのショッピングモールに来る時母と二人で何時も来るお店だ、 日常使いに適した品々を扱う普通の雑貨屋さんだが、 デザインや色使いが他に無い、 実に特別な品が多く、 名前にある通り特別と日常のバランス、 その塩梅が絶妙だ、 日常に色を足すように、 気軽に小さな特別を取り入れる事が出来る……
雑貨屋はそこらじゅうに目を惹かれる、 クラゲや金魚のデザインが入った可愛らしいグラスは冷たい飲み物を入れると色が変わるそうだ、 猫モチーフのマグカップには白や、 三毛、 ハチワレ、 キジトラ等の柄と猫目猫口がプリントされ飲み口に三角形の二つ耳と、 取っ手が尻尾を模した形でとても可愛い
その他にも、 花柄や木目の食器等やキッチン用品を横目に過ぎると、 最近のブームで取り入れる事にしたと言うキャンプグッズが並ぶ、 そうは言ってもランタンやタンブラー等のちょっとした物だ、 その中に以前父が興味を示していたメスティンがあった……
その他に、 雑貨屋の化粧品コーナー、 色んな香りのハンドクリームや、 香水、 どれもオシャレで目を惹く……
愛美はその中から無造作に一つハンドクリームのテスターを手に取る、 香りはカモミール、 少し手に塗って見ようとしてから気が付いた……
「……手を離そうか?」
八依の問いかけに愛美は首を横に振る
「いい、 せっかくだからこのまま、 一緒に塗っちゃう」
愛美は空いた手で半分程減っているテスター容器を繋いだままの自分の手の甲に適量出す、 容器を戻してから空いた手で甲から塗り広げ、 余る分を繋いだ八依の手の甲にも塗った、 少し擽ったいのか、 それとも恥ずかしいのか彼女は周囲をキョロキョロとしたりなんにせよ目を逸らして居た……
……愛美は繋いだままの手を手繰り寄せると、 顔を近ずけて香りを嗅ぐ、 お茶としてはよく聴くカモミールの香りは花と言うよりはほのかにフルーティーさが香る、 安らぎの香りがした……
ぐいっ……
手を引かれ香りが遠ざかる、 上目遣いで八依を見れば彼女は目を逸らしたまま、 ほんのりと頬を染めて呟いた……
「愛美ちゃん…… 息が、 擽ったい……」
……ふふっ
「ごめんごめん、 でもやっちゃん嗅いでみなよ、 癒される凄く良い香りだよ?」
少し躊躇った八依が首を横に振る、 彼女の困った様な顔を見て愛美は眉を顰める、 流石に嫌だったのかもしれない……
微妙な間が空いて…… 八依の方からその間を繋いでくれた、 彼女は唾を飲み込むと口を開く……
「………愛美ちゃんは、 ハンドクリームを買いに来たの?」
「ぁ…… ううんっ、 違ってね…… えっと筆箱が欲しいの、 この間お茶こぼしちゃって、 洗ってもシミが落ちないし、 長い事使ってたから、 それに来年は中学生だし、 ちょっと背伸びした様な可愛い物を買おうと思ってねっ」
棚を大きく回り込んで歩くと文房具のエリアが見える、 何処でもよく見るノートや派手な物は置いてない、 落ち着いた大人な可愛さが今愛美の求める背伸びだ……
文房具の棚に目を向けると、 あった……
「実は前にお母さんと来た時に良いなって思ってたんだ~ 見て、 四つ葉のクローバー柄のペンケース、 無くなって無くて良かった~」
愛美は薄いクリームホワイトの少し固めの生地で作られたポーチ型のペンケースを手に取る、 緑の四つ葉のクローバーとクローバーの白い花がデザインされていて、 ファスナーにもクローバー型のチャームが付いて居る、 落ち着いた可愛さだ……
「……いいね」
八依が放った、 短くそれだけの言葉は心の中で上手に咀嚼すると、 確かな甘い賛美を感じた、 きっと彼女が言うのは、 筆箱そのものよりも、 愛美のセンスにだった……
頬が上がる……
「……あっ、 見て見て、 やっちゃん、 クローバーの形の消しゴムだってっ、 可愛い~」
愛美は一度ポーチを元の場所に置くと、 その手で傍の消しゴムを手に取った、 本当に四葉のクローバー型の消しゴムで、 薄緑色をした可愛らしいデザインだった……
しかし、 少し考えて愛美は首を傾げる……
「……どうしたの?」
「ぁっ、 うん…… いや凄く可愛いけど…… 使うのがもったいないと言うか…… これ使ってると三葉になっちゃうね…… 使えば使う程葉っぱが無くなっちゃう、 せっかくの四葉なのに……」
愛美の言葉に、 八依がこちらに手を差し出す、 愛美は八依の手に消しゴムを載せると、 八依は無言で掌の上の消しゴムを転がした……
「……それでいいんじゃないの?」
…………?
ポツリと八依が零す、 愛美は八依の言葉が何を指して居るのか分からなくて少し考えたが、 その前に八依が答え合わせを続けて零す……
「……四つ葉のクローバーは、 幸運の象徴だよね? ねぇ愛美ちゃん、 幸運と言うのは何処にでもある訳じゃない、 誰もが探し求める、 『特別』だよね?」
「……うん、 そうだね、 皆幸運の四つ葉のクローバーを探してシロツメクサを追うよね…… だからクローバーを模したデザインの雑貨も私は素敵だと思った…… 幸運の象徴を追いかけて、 自分から足を一歩踏み出した時、 本当の幸運は初めて、 自分から触れる事が出来るんだ……」
きっと四つ葉のクローバーを探す行為は、 もしかしたなら過程に過ぎないのかも知れない、 人は何かを探し求め、 葛藤し、 必死に足掻き、 努力をした時、 その人にとっての幸運はもう既に、 手に入れた後なのかもしれない……
まず踏み出さなくては、 幸運は手に入らない……
「もしかしたら、 踏み出す勇気の象徴でもあるのかもしれない、 幸運と言う『特別』を求めて踏み出す為の、 いつかその『特別』が、 その人にとっての幸せな『日常』に、 なる為に…… そんな意味でこの消しゴムもお店に置いてるのかな…… だから使うのがもったいないと思うの……」
愛美の示した解に、 八依は掌の上の消しゴムを弄ぶように宙に投げた…… ポーンと打ち上がった消しゴムの描く放物線を愛美は無意識に横目で置い、 落下地点で大口の様に開かれた八依の掌にもう一度落ちる……
ぽすっ………
……ふふっ、 ふふふっ
八依は堪えきれない様に笑った……
「……まただ、 それは愛美ちゃんの癖だね…… 愛美ちゃん、 それは、 愛美ちゃんの語るそれは、 愛美ちゃんの視点から見た、 自分本位な偏った解釈だよ」
………ぇっ?
気の抜けた様な小さな声が喉から出て、 愛美は八依を見る、 八依はまた、 お手玉の様に消しゴムを空中に投げ放った……
ぽすっ……
「……昔、 以前の学校の遠足で、 私達は、 私達の街を展望出来る公園に行ったの、 実際展望台があったり、 それから近年市街の公園では見られない様な大きなアスレチック遊具があって、 男の子達は随分はしゃいで遊んで居た」
薮から棒に、 語られるのはどうやら八依の記憶の話……
「私は友達も居なかったし、 勿論活発でも無かったから遊具で遊んだり、 何かに参加したりはしなかった、 ただ一人、 公園の隅で、 シロツメクサに誘われて、 ただ何の感慨も意味も無く、 私はクローバーを掻き分けて四葉を探した……」
指が、 絡み合ったクローバーを梳いて、 キョロキョロと目が、 揺れるクローバーを追う…… どれ程か無言でそうした後、 遠くで教師が吹き付ける点呼のホイッスルが鳴った時、 同時に掻き分けた手の中、 ポツリ、 四つ葉のクローバーがまるでお辞儀をする様に揺れて見せた……
「……私はクローバーを摘んでポケットに入れた、 家に帰ってから私はクローバーを取り出すと少しだけ形が崩れてしまって居たけど、 気にせずに、 ティッシュに挟んで、 その上で文庫本に挟んで乾燥させた…… 父に頼んでラミネート加工して貰って、 栞にしようと思ったの……」
語られる思い出は愛美にも思い当たる記憶があった、 愛美も以前クローバーを摘んで本に挟んだ事がある、 そう言えばあのクローバーはその後どうしたのだったろうか…… あまり記憶に無い……
「……ある夜の事だ」
……語りの質が変わる、 愛美は口を挟む事も相槌を打つことさえ憚られ、 ただ聞い役に徹した……
八依は続ける……
「……私はふと目を覚ました、 月明かりの無い暗い夜だった、 再び目を閉じようとした時、 何やら声が聞こえた気がして、 私はふたたび目を開けた…… 耳を澄まして、 やはり聞こえる様な声は、 どうしても私の部屋から聞こえる気がして、 私は息を飲んでベットから立ち上がった……」
添い寝するうさぎのぬいぐるみを抱いて立ち上がった八依は、 差し足でカーペットを歩くと、 つられる様に自室の勉強机のすぐ隣、 本棚の前に立つ
「屈んで、 私は一冊の文庫本を手に取る、 ペラペラ…… 闇に、 頁をめくる音が一つ、 また一つと鳴って、 その度に聞こえる声は大きく、 判然とした、 聞こえて来るのは、 どうやって聞いても、 悲鳴だった……」
頁を捲る手がある一ページで止まる、 そこには白く折り畳まれたティッシュと、 中央には僅かな窪みと暗いシミが目に見えた、 間違いなく、 悲鳴はここから聞こえてくる……
「私は震える手でティッシュを開いた…… そうして、 私は見た、 暗い部屋の、 暗い文庫本の隙間で、 私は干からびた、 ミイラの様な死体を見たの、 悲鳴…… 後から気が付いた、 悲鳴は、 初めから私の頭の中で鳴っていた………」
…………
八依が、 クローバーを模した消しゴムに目を落とす……
「……クローバーだって、 生きてるんだよ、 クローバーはね、 摘まれた時、 当然の様に死ぬんだよ…… 獰猛な飢えた狩人によって、 その儚い命を刈り取られるの」
グッ! ……
八依は消しゴムを強く握り込む……
「……誰もと同じだった ……四つ葉のクローバーと、 三葉のクローバーは何の違いも無かった、 ただ葉っぱが一枚多いだけ……」
でも……
「……事実として、 四葉のクローバーは物珍しさにその命を狩られる、 摘み取られる…… 狩人は幸運を語る、 私達の幸運は何時だって誰かの屍の上にある」
八依から目が離せない、 彼女が食虫植物の様に掌を開く、 クローバーと言う一つの命が食われた…… 掌の上の消しゴムは先程のままだ、 力だって入って無かったと思う………
語りは更に続く……
「……葉っぱが四つ有るだけで、 四葉のクローバーは仲間の影に身を隠し狩人から隠れ息をする、 狂った狩人の酔狂に、 葉の多い者から摘み取られる……」
これは……
「……『幸運』と『枷』だ…… 私達にとっての『幸運』は、 視点を変えれば、 四つ葉のクローバーにとって『枷』でしかない、 四葉に生まれたが為に、 クローバーは生きる事すらままならない、 死ぬまで、 狩人から身を紛れ、 隠し、 息を潜めて生きる事を甘受するしかない……」
八依がクローバーの葉を掴んで一枚隠す、 三葉型になったクローバーの消しゴムを見て彼女が笑う……
「このお店は、 名前の通り、 『特別』を、 『日常』に変えてくれる…… 首筋を刈り取られる事を許容する様な異常的特別性を、 他のそれらと同じ、 誰に目を向けられる事無く、 自分一人がただ、 自分の命の火を見つめ生きる当然の日常性へと劇的に切り替えてくれる…… この消しゴムはその暗示だよ、 私たちがこの子の葉を削って、 この子を『特別』から脱してあげるの……」
っ………
愛美は言葉を失った、 その手に八依は消しゴムを返す、 同時に先程の筆箱も棚から再び愛美の手へと手渡した…… 愛美は、 消しゴムと、 筆箱に目を落とす……
ねぇ………
「……愛美ちゃんには聞こえないの?」
っ
コボボッ…………
……愛美は、 一瞬深い水の中に落ちた様な、 息の止まる感覚に浸かった、 そこに光は無かった、 あるのはただ深い、 深い闇溜まり、 そこに引かれる様に身が落ちていく感覚だけがあった……
……クローバーも、 生きている、 当然の様に生きている、 自分も嘗て、 幸運を語っては刈り取ったクローバーも、 当たり前に生きて、 当たり前に、 刈り取られた時、 死んだのだ………
……八依は言った、 消しゴムは削り、 葉を失うほどに、 偏った人間の視点で見た解釈に、 与えられた不名誉な特別性は摩耗し、 葉を一枚失う時に、 嘗ての四つ葉のクローバーが、 ようやく誰もと同じ、 狩人が興味を示すことのない、 三葉のクローバーの、 『日常』を噛み締める事が出来るのなら……
これから自分の未来を描き、 『幸運』を追い求める為に一歩踏み出す愛美の足元で、 踏みしめた足元から悲鳴が響く、 嘗ての自分が踏みしめた屍の悲鳴が、 今になって………
ッ
……響く ……………
…………………………………
……っ
意識が暗闇から戻る、 手に持った消しゴムと筆箱、 『特別』を研磨し、 『日常』への希望ある軌跡を持つクローバーと、 誰かの望む『特別』の為に、 決して『日常』を手に入れる事の出来ない幸運のレッテルを貼り付けられた命…… 今、 悲鳴をあげたのは、 どっちだ? これから削られる方か? それとも誰かの未来の糧にされる方か………
さあ……
「……買うの?」
っ………… ぁ……………
愛美の手は震えて居た、 頭の中で鋭い劈く様な悲鳴が、 檻の中で逃げ場を失った羽虫の様に、 か細い光を見ては考え無しに檻の内で身を打つ…… 頭の中で酷く反響する…………
「……私は …………」
…………………………………………
……………
愛美は喉が詰まった様に、 周囲は、 音も、 空気の流れすら凍り付いて固まった様に思った……
…………
……でも、 時が止まらない様に、 一瞬停止した様に感じた世界は、 再び動きを取り戻す………
ふふっ
「ははっ、 ふふふっ」
………
停滞した氷の世界に、 それは本当に突然、 笑い声が乱入した、 八依が棚の向こう側を睨む、 愛美もつられてそちらを向く……
カタンッ…… カタンッ……
硬い地面を叩く靴底の音、 棚の向こう側から回り込んで来たのは、 全然知らない人で、 愛美達より少しだけ背の高い、 凄く綺麗なお姉さんだった……
彼女がこちらを見て、 くすくすと、 笑う女性が愛美達を通路越しに見つめた、 愛美は何も言えなかったが、 八依が口を開いた………
「…………あの、 なんですか? 今、 私達を笑いましたか?」
冷たい声だった、 先程『幸運』と『枷』を語った時より、 全く想像出来ないほどに冷えた声だった、 女性がその声に少しだけ表情をぴくりとした後、 また余裕のある笑みを携える……
「ごめんね、 いきなり…… ただ、 雑貨屋を物色してたら、 棚の向こう側から明らかに小学生の女の子の口から、 凄い内容の話が出るもんだから思わず聞き入っちゃた、 笑ったのはほんとにごめんね? 馬鹿にした訳じゃ無いの」
綺麗な女性だった、 よく見れば愛美より少し背が高いかと思ったが、 足元は五センチは盛って居そうな厚底のブーツを履いて居て、 体格だけでは小学生の自分達と変わらないくらいだと思ったが、 一見して分かる程雰囲気は大人びて居た……
先程チラリと見たコスメコーナーの美容部員のお姉さん達にも劣らない程綺麗で、 丁寧に施されたお化粧一つ一つにも意味を感じた、 小悪魔の様なイタズラ顔とハーフツインの髪型がベストマッチで、 大人びて居るのに、 女性としての可愛さを全く損ねていない素敵な人だった……
……それに、 一瞬見えた、 彼女の放つエネルギーの流れは、 他を圧倒する程に轟々と、 燃え盛る、 龍の伊吹の様な、 力強い波動だった………
………
女性が口を開く……
「……私は貴方の解釈、 凄く好きだよ」
女性の目が八依を見る、 握る手から困惑と動揺が素直に伝わった…… 女性は意味深に自分の掌を見詰めた………
「……今の自分は、 誰かの犠牲の上に立っている、 それは誰でもそう…… ただ、 それを実感出来る人と、 知らずにのうのうと生きる人が居ると言うだけで、 誰もが、 明日を生きる為に、 何かを踏み付けて生きる…… クローバーに限らず、 特に人間は ……ね」
でもそれは……
「歩みを止める理由にはならない、 歩みを止めれば鼓膜に張り付いた悲鳴が、 たちどころに色を変え、 責め立てる慟哭に変貌する、 歩みを止めてしまえば、 全ては意味を無くし、 本当の意味で無に帰する、 悲鳴も、 クローバーの命も……」
「……いや、 でもそれだって……」
八依が、 しかし、 女性の目を見て止まる、 まるで圧倒される様に言葉は喉に押し戻された……
そう……
「これもまた、 私の視点の解釈に過ぎない…… でも、 じゃあ、 命は、 誰の視点で生きているの? それは、 自分自身の視点でしかない、 私は視点を通して、 私色に世界を解釈する他無い…… 皆、 自分本位な解釈で、 それぞれに世界を見て、 それぞれの世界に生きて居るの、 『幸運』の色や形すら、 皆違う様に……」
ただ……
「……それを、 その視点から見える景色を見つめる事の出来る物だけが、 初めて『幸運』を手にする資格が有る、 目を逸らし、 他人本意で人任せな解釈を口にする者程、 その本心は、 怯えて逃げ出す事ばかり考えて居る……」
ぎゅッ…… 握る手が痛い程に握られる、 女性を見れば一瞬彼女が愛美に対してウインクをした、 アイドルが見せる様なキラリとする様なウインクだった……
……よく見れば、 女性の持つ小さなお店のカゴの中には、 クローバー型の消しゴムが入っている、 女性はカゴからそれを取り出して、 消しゴムに付随するプラケースの裏面を見る
「えっと…… 四つ葉のクローバーの花言葉は『幸運』、 三葉のクローバーは『愛・希望・信頼』」
?
愛美が首を傾げると女性は笑った
「クローバーには葉の枚数毎にそれぞれ違った意味があって、 どうやらこの消しゴムは使えば使う程色々な願いを込める事が出来るらしいわ…… えっと、 二葉のクローバーは『平和・調和』、 一葉のクローバーは、 『始まり・開拓』、 それぞれ葉の数で『希望・信仰・愛情・幸福』の意味を表すらしいよ」
えっ……
「『幸運』だけじゃ無いんだ……」
「みたいだね、 何も葉が多ければ良い訳じゃない、 四葉だけが『特別』である訳でも無いみたいね、 ただ人間が盲目的に縋っただけ、 クローバーからしたらたまったもんじゃ無いでしょうし、 だから、 その金木犀ちゃんの言う事も間違ってないし、 私は嫌いじゃないわ」
金木犀ちゃん…… 八依が小さく呟いた……
「でも、 雑貨屋の経営者も人間的視点の勝手な解釈で商品を入れてるから、 だからこそ、 クローバーの気持ちなんて考えてない、 ライラックの子が言ったみたいな事を思って棚に置いてると思うわ」
女性は首を横に振る……
「でも、 正直クローバーの葉の数毎の花言葉なんて知ってる方が少ないし、 当然の疑問商品だと思うわ、 これ」
「………すいません、 購買意欲が失せましたか?」
八依が不貞腐れた様な声で問うと女性は笑った
「まさか、 面白い話だったわ、 買おうかどうか迷ってたけど、 寧ろ欲しくなった、 ありがとう」
でも……
「……友達はどうかしら? ……ふふっ、 お節介だけど、 せっかくお洒落して仲良しにお出かけしてるんだから、 暗い話はまた別の時にしなさい、 日陰に咲く花じゃ寂しいからね」
それだけ言うと女性は消しゴムをカゴに戻してコチラに手を挙げた
「じゃあね、 可愛い小花ちゃん達~」
……………………………
レジの方へと歩いていく女性の華奢だが、 強く美しい背中に、 愛美は奇妙な憧れを抱く、 八依は小さく舌打ちした
ちっ………
……ふっ
「ふふふっ」
愛美は思わず笑う……
「……なんで笑うの? 言い負かされた私がそんなに滑稽に見えた?」
「ぇっ!? いやいや、 そうじゃなくて…… 怒ってるやっちゃん、 初めて見た…… そんな顔で怒るんだね、 真剣な横顔も少しかっこよかったし…… ふふっ、 それだけっ」
っ………
今日何度目かの、 もうすっかり呆れた様な顔を見せた八依がまた明後日の方向を向く、 愛美は筆箱と、 消しゴムを二つ手に取る
「消しゴム、 お揃いで買おう?」
「……嫌味? 私その消しゴム見る度にさっきの事思い出すよ……」
乗り気じゃない八依に、 愛美は上目遣いで八依の顔を覗き見る
「お願いっ、 やっちゃんとお揃いが良いの…… やっぱり、 いや?」
…………はぁ
「……それやめて ……分かったよ、 良いよ」
「ふふっ、 ありがとう、 やっちゃんっ」
顔を逸らした八依に笑いかけ、 人に願いを込められ、 意味を持たされ過ぎたクローバーを抱えて二人はレジの方に向かって歩く………
………因みに、 手を繋いだままのお会計は流石に大変だったし、 何度も手を離す離さないとやり取りする二人を微笑ましくクスクス笑う店員さんの反応は流石に恥ずかしかった……………




