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第十一話…… 『不安感』

『……皆さんおはようございます、 十月〇日の〇〇テレビです。 本日、 金曜日は今朝から全国的に生憎の曇り空で、 季節外れの残暑も落ち着いて、 季節相応の肌寒い秋風が吹く地点も有るので、 服装には十分お気を付け下さい。』


朝のニュース、 キャスターが毎朝恒例の挨拶を済ますと、 さて……、 と続け早速ニュース番組らしくトピックがスライドする様な演出と共に最新ニュースが報道され始めた……


『……こちら、 昨晩の〇〇街の映像を写しております、 えー……、 映像を見ますと空が青く、 または赤く染った様に見えた後、 稲妻の様なバチリとした音がカメラに記録されています』


暗いどこぞの定点カメラには、 キャスターと言う通り、 カメラ上方が、 チカリチカリと光ったようにも見えた……


『……その後、 〇〇街は広い範囲で一時停電したという事で、 家族団欒とした時間帯の突然の停電に騒然となったと住民の方は話して居たそうです…… ただ、 復旧は早かったそうで、 今の所、 送電線や鉄塔等の送電施設に大きな問題は生じた痕跡が発見出来ないという事で、 原因はなんだったのか調査が続くそうです』


『……えーとっ、 またですね、 関連は不明ですが、 同じ〇〇街のビルの屋上で昨夜爆発と思われる衝撃音がしたと言う通報もあったらしく、 警察による操作も開始するそうです……』


キャスター達が顔を見合わせる


『……〇〇街と言えば、 数ヶ月前の《甘樹街の惨劇》のあった、 甘樹街から程近くでしたよね? 考えすぎかも知れませんが色々な事が不安になりますね』



『……はいそうですね、 周辺の街に住んでいる方々も不安を抱えて居るようです、 もうすぐ《甘樹街の惨劇》から三ヶ月が経とうと言う頃、 着実に復興は進み始め居ますが、 惨劇以前の日常に私達は何時になったら戻れるのでしょうか?』


そんな問い掛けで一旦間を置いて締められたニュース速報は、 しかし次の瞬間には朗らかな芸能ニュースに切り替わるのを、 朝の食卓で眠い目を擦って見ていた……


…………


へぇ………


「……昨日そんな事あったんだ、 お母さん、 家は停電したっけ?」


カチャンカチャンッ……


「したわよ~ あれ何時頃? 十一時前だったかな…… 愛美ちゃんが寝た後だったかな…… 爆発音は知らないけどね~」


ふぅん………


忙しなくパタパタとおかってを動き回る母、 腕をぶんぶん振るっているのを見るに卵焼きを巻いているのだろう、 少ない卵で厚焼きにならないのが我が家の卵焼きだ


小さい楕円を斜めに切って片方をひっくり返すと可愛いハート型にしてお皿に乗ってくる所が好きだ、 母は、 今は主に高校生の兄のお弁当の為に卵焼きを焼く、 勿論兄のお弁当箱の中にはハートが無い、 兄が怒るからだ……


まあ、 それは良い………


藤里愛美(ふじさとあみ)は気怠げな金曜日の朝にニュース番組を見ながら朝ご飯を待っていた、 毎日の繰り返し、 ルーティンと化した朝の、 何時もの日常だった……


「……そうだ、 もう聞いてよ愛美ちゃん、 昨夜停電したもんだからさ、 お兄ちゃんがゲームしてたら途中で電源が切れちゃったみたいで、 大声出して怒ってさ、 私が何かやらかして停電したと思ったらしいの…… はぁ…… 知らないわよねぇ……」


あはは……


「遅くまでゲームしてないでお兄ちゃんは早く寝た方が良いよ、 今朝だって多分起きて来ないでしょ」



「ほんとよね…… 言ってやってよ愛美ちゃん、 まあ、 私も高校生ぐらいの頃は毎日夜更かししてたけどね…… 愛美ちゃんは真似しない様に」


うん………


っ、 はぁわぁぁ…………


はぁ……


(……眠い)


愛美は返事しながら必死に欠伸を噛み殺した、 今まではこんな事は無かった、 先日こそは金縛りのせいで寝苦しい事もあったが、 実は昨晩、 愛美は頭が興奮してなかなか眠れなかったのだ……


(……昨日、 雪ちゃんと行った、 村宿冬夜(むらやどとうや)さんの所でこの、 エネルギーの流れ? が見えるようになったのは良いけど……)


愛美は瞼を閉じると、 瞼の裏に、 自分の中の深い宇宙の様な青紫の薄暗闇の中、 無数に煌めく銀河系の様な光の渦が流転している様を見る事が出来るようになった、 彼が言うにはこれが愛美の持つ力の原点だと言う……


……先日、 学校の裏庭の竹林で恐ろしい妖魔に襲われて、 それを隣のクラスの明山雪(あかやまゆき)に救われた事をきっかけに仲良くなったふたりだが、 雪の提案で愛美は何故、 自分が妖魔に襲われたのか、 そしてこれから先不安を抱えるだけでなく、 対抗する術を持つべきだと、 放課後にプロの霊媒師、 陰陽師の祖先だと言う村宿冬夜の元に二人で訪れたのだ……


そんなこんなで昨日の放課後に教わった事を意識して居たのだが………


(……目を瞑ると、 眠る時でもこの光が見えちゃうんだよな……)


不思議とこれらは眩しい訳でも無いし、 実際に光を放っている訳ではない、 瞼の裏、 意識の深い所なのだ、 見ている、 と言うより、 感じた感覚を資格情報として光に変換、 言うなれば例えて居るだけで、 きっとそう言うのをああいう人達は一般的に、 視る、 と言うのだろう……


……とか ……


(……そんな事を色々考えてたら眠れなくなっちゃったんだよね…… )


眠ろうと意識を深くすればする程、 逆に自分の中の光の流れや配置が見えてくる様で、 深く息を吸えば吸う程、 目の前に見える銀河系の中心、 つまり自分の本質へと近づいて行くようだった、 自分の事を知る、 という行為が堪らなく興奮したのだ……


……その結果が、 今朝の眠さである…… 結局その光の流転を追ううちに、 知らぬ間に眠ってしまった様だが、 何時頃本格的に眠れたのかは分からない、 だが一、 二時間は平気でコレをしてた気がする……


電気は消して眠る格好で布団を被って居たので停電等は分からなかったし、 爆発音と言うのも知らない、 もしかしたら夏場の様に部屋の窓を開けていたら聞こえたのかも、 まあ、 件の繁華街から家までは少し距離が有るから単純にその規模だったと言うだけかもしれないが……


そんな事を考えて居ると、 ふと空気が揺れ動く、 おかっての方で忙しなく動いていた空気がこちらに向かって来て、 それに合わせて目を開けるとお皿に料理を載せた母がこちらに向かっていた、 空気の揺らぎは母だ……


最初、 母の手に持つお皿から湯気が上がっているのかと思ったけど違う、 意識して見ると、 湯気のような空気の揺らぎは母から上っていて、 暖かく甘い匂いがする気がした、 でも卵焼きの匂いじゃない……


これは、 母の放つエネルギーなのだ、 と思った……


母が顔を覗き込む……


「……今寝てた?」


っ……


「あはは…… ちょっと今朝は眠いかも……」



「……また眠れなかった?」


愛美はこの間の金縛りに魘された夜を思い出して首を横に振る、 あの危機は去ったのだ、 あの子、 明山雪が解決してくれた……


ううん……


「大丈夫だよ、 ただほら、 何か曇り空だからかな、 何となく眠いだけ……」


心配そうな母に申し訳なくて…… 不意にまた空気の揺らぎを感じる、 二階からだ、 空気の青紫色のヒョロヒョロとした空気が起き上がる……


あっ


「お兄ちゃん起きたみたいだよっ、 ちょっと私もう一回顔洗ってくる~」



「ぇっ、 ええ……」


てって、 とリビングを後にする愛美の背を見送った母が、 その後すぐに二階への階段が軋む音を耳に捉える、 このノシノシとした気怠げな足音は長男……


「……本当に起きてきた、 珍しい……」


………あれ?


「……今、 愛美ちゃん、 足音がする前に気が付いてなかった? ………」


?


首を傾げた愛美の母だったが、 すぐにリビングへ入ってきた長男に挨拶をする、 酷く寝ぼけた顔の彼が首を傾げながら周囲を見渡し、 スマホを付けると……


……どうやら起きる時間を三十分間違えた様だ、 もう一度部屋へと戻ろうとする彼を母が、 もう一度起こしに行くのが面倒だと取り押さえて居る光景を、 見ながら愛美は濡れた顔をタオルで拭いた……


眠たいが、 鏡に映る自分の姿は、 すっかり冴えている様に、 昨日よりずっと、 自分の事が透き通って良く見えた………………


…………………………………………



………………………



……


「うーんっ、 はぁ…… 流石に少し涼しいな、 ついこの間まで本当に暑かったのに、 秋に近ずいて居るんだね…… 秋が終わって、 冬になって…… また暖かくなったら、 桜が咲く頃には中学生か………」


なんて……… でも考えてしまう、 中学生になったら、 六年間通った小学校には、 自分の通う席は無くなり、 私達はお上りさんの様な気持ちで全く違う環境に向かう……


通学路に見る景色、 部活が始まれば時間帯や、 もしかしたら、 景子や、 八依とも、 部活や、 クラスが別れて、 一緒に登校する事も、 無くなるかもしれない……


そう思うと、 胸がキリリとする、 時間の流れは残酷で、 どれだけ楽しくても終わりが来る、 昨日と、 今日と、 明日は、 同じ一日なのに、 急にそっぽを向いた様に、 目に見える全ての物が変わらないまま、 目に映る全てが色を変える……


こうして…… 庭の前で、 八依を待ち、 景子の家で三人合流する朝も、 あと何度有るのだろう…… 手の届かない未来は真っ白なキャンバスのようにこれから自分が色を塗って行くが、 手の届かない未来は…… どちらかと言えば、 着彩の済まない塗り絵の様な、 先の見えない不安ばかりが募って行く……


自分は未来で何をするのだろう、 時間とは過去も今も未来も、 地続きだが、 そうは思えない程、 未来は不透明で、 過去は色褪せた点の様、 今と言う瞬間に、 体感で妙に間延びする……


過去も、 未来も、 既に通った道、 いずれ通る道なのに、 真の意味で、 過去にも未来にも到達する事は出来ない、 全てが今になる、 目に映る全てが視界の先で間延びして、 今と言う体感になっていく………


色褪せのない『過去』は無いし、 見通せる『未来』も無い、 そこに感じる不安感が全く存在しない『今』もない、 生きると言う行為は『今』と言う間延びした不安感の中に縛られる、 生きる事は、 イコール不安感を抱く事なのだろう…………


……………………


でも……


キラキラ…… キラキラキラ………


……煌めく光が、 蛍の舞う様に視界を遮る、 目で追えば、 季節さながらの涼しい秋風に、 煌めく世界の粒子が流れ、 揺れる花や草木が、 ザワザワと鳴らす音に、 屈折した光が、 今度は揺れる水面の波紋の様に世界へ広がっていく……


……ちゅんちゅん パタパタパタ………


キリリリッ…… キリリリッ……


……ワンワンッ!


鳥が鳴き、 羽ばたいても、 虫が音を奏でても、 近所のワンコが挨拶しても……


カタンッ……


っ……


自分がこうして一歩踏み出して見ても、 この目に視える、 この世界のエネルギーが、 光り輝いては揺れて、 波紋を打ち、 新たな流れに乗る……


ぁぁ……


全ては流転している……… 命も、 魂も、 風も、 水も、 地動も、 海流も、 空も、 雲も、 太陽も、 月も…… 君も、 勿論私も……


この星も……


皆、 回って居る、 球をなぞって、 生まれた命は、 いずれ帰り着く地点から歩みを始める、 全ての事に意味が有るし、 でも全ての事がこの法則を逸脱しない、 全てが世界の中で流転している……


………


はぁ…………


息を吐いて、 愛美は掌を心臓に当てれば、 吸って吐いた時、 脈打った心臓の鼓動と、 血の巡り、 そしてエネルギーの光が、 瞼の裏で輪郭を辿る、 この一見しては読み解けないけど、 どこまでも知り尽くした歪で居て正確なエネルギーの軌跡こそ、 自分のよく知る、 自分自身の姿なのだ………


さぁ………


帰り着くところは踏み出した時既に通った道、 目指すべき目標はまだ不透明でも、 最終的に行き着く所は明確だ、 不安感から恐れを抱く事自体、 それもまた世界に定められた一連の流れ、 世界がそうあるべくそうあるのなら……


私もまた、 自分として、 あるべくして、 自分であればそれで良い、 今ここに居る、 存在するべくして存在するなんの違和感もない自分がここに息をする以上、 自分として生きる上で必要な全ては、 生まれながらにして全て自分の中に、 既に持ち合わせて居るのだから…………


…………


もう一度、 目を開く………


……相変わらず曇った空も、 間延びした今に感じる不安感も、 全てが、 在るべくして在る、 流転の軌跡、 踏み出して初めて自分は回るし、 踏み出して見れば、 なんてことは無い、 私は今を生きている……


…………


カタン……


!


足音が庭先で止まって、 そちらを見れば、 少なくとも『今』の中で隣を歩く友達が居る、 新椥八依(にいなぎやちよ)が、 庭先でこちら向く……


っ


ダッ!


足に力を入れる………


「っ、 やっちゃんっ、 おはようっ!」


元気よく、 彼女に笑いかける、 愛美は、 その目で、 友人の顔を覗き込んだ……


………………


彼女は………………


…………


ッ


ビジジッ!!!


っ!?


…………


……昨日、 村宿冬夜が言った言葉を思い出す、 この目で視てはいけないもの、 眩しすぎて目がチカチカとする物がこの世界にはあるらしい、 それはきっと、 太陽を直接見てはいけないのと同じ、 眩しすぎて目が焼けてしまうからだ……


……だから、 それはきっと逆だった、 八依の事をこの目で視た時、 目の前に広がったのは………


…………ただ、 無音で、 色も、 光も無いまるで無い……


闇、 ばかりだった………………


…………………………………



…………


「……………………………愛美ちゃん ………」


……………


……っ!?


八依の声で、 視界に色と光が戻った、 目を瞑っていた訳では無いのに目を見開いた、 いや例え目を瞑って居ようとあんなに何も無い闇を、 愛美は知らない……


首筋から、 背筋に冷たい物が流れて行く、 こんなに涼しい朝に、 気持ちの悪い汗が冷えて背中を不快に撫でて行く……


お構い無しに先を歩き出して居た八依の平坦で、 抑揚の無い声が聞こえる、 彼女は振り返りさえしない、 ただ小さな背中で言う……


「……早く行こう、 学校…………」



「っ、 ぅ、 うん……」


タッタッ……


少し走って何とか彼女の隣を歩く、 彼女はその瞬間も、 そして終始こちらを見なかった、 距離さえ半歩分程常に測った様に、 景子と合流してからも、 八依は言葉少なく、 もう立ち止まれないように歩き続けるだけだった……


………………………………………



………………



……


ガララッ……


「……おはようございます ……失礼します……花田先生に用があって来ました……」


カタンッ……


新椥八依は、 学校に着くなり職員室へやって来ていた、 日直当番の子から、 先生が呼んでいたと聞いたからだ、 一人職員室が有る棟へと歩いてきた八依は挨拶も適当に職員室に入る……


花田は担任の女性教師である、 彼女を探すと、 花田は顔をあげてこちらに手を振った、 何かの係でも無いと職員室にはなかなか来ない、 八依は以前一度来た事があったが先生の席はすっかり忘れていた……


「おはようございます、 新椥さん、 朝からごめんね?」


八依は首を横に振る


「……それで? お話って何ですか?」



「? ……う、 うん…… その前に、 新椥さん、 体調は平気? 顔色が悪そうだけど……」


……………


「……別に、 私はずっとこんなですよ…… ずっと、 ずっと……… 私はこんな風です……」



「……大丈夫? 何か悩みがあるなら…………」


ギッ! ………


っ


八依が鋭く睨む、 子供の見せるソレではない、 大人の花田が息を飲む程だった……


「……私の事はいいんですよ…… ご要件は何ですか? 先生……」



「っ、 ぇ、 と…… 分かった、 でも何かあったら直ぐに先生に言ってね? ……それで、 新椥さんには聴きたいことが有るの…… 昨晩、 隣のクラスの明山雪さんの家を、 新椥さん遅くに尋ねてるわよね?」


はぁ………


「ええ、 そうですね、 それが?」



「………昨日の事を教えて欲しいの ……昨日、 新椥さん、 明山雪さんと夜にあって、 二人で何処かに出掛けた?」


花田は深く息を吐く……


「昨晩、 明山雪さん、 家に帰らなかったそうなの…… それでね、 まだ帰らないまま、 突然行方不明になってしまった、 その前に合ってたのが新椥さん…… だから、 正直に答えて欲しいの、 昨日、 何があったの?」


はぁ………


八依は明らさまに大きな溜息を吐くと肩を落とした……


「……めんどくさい、 私があの子を閉じ込めたのは、 あの子の力を考慮して、 『閉じ込める』性質の結界を使いました、 『秘匿する』、 隠す結界では無くてね? 違いは内から強いか、 外から強いか、 そんな所です、 でも隠す結界なら、 存在ごと誰の認識からも消し去ってしまう事も出来なくは無い……」


……突如語られる内容に花田は首を傾げた


「へっ? なっ、 なに? 結界? 隠す? ……それより、 新椥さん、 閉じ込めたって、 まさか………」


スゥ……… ピタッ……


八依の指が、 花田の額に触れる、 その指を見上げた花田だったが、 しかし直ぐにその目は虚ろに影が落ちる


「私が使ったのは『閉じ込める』性質の結界、 だからこうなる事は分かってた、 あの子の存在まで認識阻害で隠す事は出来ない…… だから先生、 協力して下さい、 まあ適当に、 明山雪が行方不明になった事をそれらしく話しといてくれたらいいですから……」


この世界はあっと言う間に情報が伝わっていく、 少女が一人行方不明となれば、 警察が動き、 メディアによる放送により一瞬で拡散される、 ただ先生を一人洗脳にした所で大きな問題は消えない、 消えた人間を本当の意味で消す事は不可能を感じる程大変なのだ……


方法があるとするならば………


八依は自分の手を見る


「……この街、 いや、 国、 最終的には、 この世界に生きる全ての人間に触れる必要が有る、 触れて、 私の手駒としてしまえば、 もう誰も私に歯向かう事は出来ない……」


……っ


手が、 震えて居る事に気が付く、 もう彼女の中に異世界の、 魔王軍四天王の意識は居ない、 残ったのは、 同じ肉体と、 同じ知識と、 同じ力を持つ少女、 何も、 変わらない筈の……


くっ


「……大丈夫、 出来る、 私なら出来るっ、 私なら……」


……………いや ………


待てよ……


八依はピタリと止まる……………


そもそも……


「………私は、 そんな事をして、 どうしたいんだろう……」


かのレイナーリの言う様に、 魔王軍の残党として人々を支配し殺す? それとも力による隷属にて世界を正しい形に整形し直す?


っ………


「……ねぇ、 教えてよレイナーリっ、 私はこの後どうしたらいいのっ、 明山雪を封印して、 皆を支配したら、 私はどうなったらいいのっ、 ねぇ、 レイナーリっ」


彼女の中にもう声はしない、 あるのはただ、 明確な目的が無いのにも関わらず、 既に始まってしまった戦いの途中成果が目の前に佇むだけ……


……本当は ………


(……私はこのまま、 ただ、 愛美ちゃんや、 景子ちゃんと、 二人と過ごせたら………)


…………


いや、 あれだけ大規模に暴れて、 人一人を封印した、 追求は必ず八依を刺す、 逃れる事は出来ない、 始めてしまった事は、 もう後には引けない、 抗い続けるしかない……


そう…… 分かっている……


(……もう、 私の元に、 絶対的な隷属支配の足場の上にしか、 私の日常は戻って来ないっ)


…………


「……分かってる、 レイナーリが居なくてもやらなきゃ……」


顔を上げると、 静かに指示を待つ複数の視線、 職員室にいる先生には既に皆触れている、 八依は再び深い息を吐き出してから零す


「……じゃあ、 そういう事だから、 上手く言っといて、 全てが終わって、 再び全てが始まりだすまで……」


タンッ…… タンッ………


……ガララッ


八依はそれだけ言って職員室を後にした、 残ったのは奇妙な程の静寂だけだった………


…………………………………………………



……………………



……


ガラ……


「あっ、 やっちゃんっ、 先生何だって?」


朝の会の十分程前、 学校に着くなり教室を後にした八依の教室への帰還に気が付いた愛美は手を振る、 隣には景子も居た


……八依は表情筋が酷く痙攣したような顔をした後すぐに口を閉じた、 彼女は首を横に振ると、 こちらには足を向けず、 壁際の自分の席を引く、 小さく一言だけ聞こえた……


「……何でもない」


っ………


………………………


相変わらず八依の声は冷たかった、 頬杖を着いて壁の方を向く八依は周囲のどんな事も拒絶した様な気配を漂わせて居た、 結局愛美も景子も顔を見合せて彼女の傍には寄れなかった……


…………


「……ねぇ景ちゃん、 やっちゃん、 何かあったのかな? 何かに悩んでるとか、 具合が悪いとか…… 今朝から元気無いの、 気が付いてる?」


愛美の声に景子は頭に手を当てた……


「あれは重症だね……」


?


「ぇっ、 重症って? 何か病気じゃ無いよね?」


はぁ…… 帰って来たのは景子の溜息だった……


「……愛美ちゃん? そもそも、 やっちゃんの様子がおかしいのは今朝からじゃないよ、 昨日の朝からずっとあんな調子だよっ」


………えっ!?


思わず声が出た愛美は慌てて口に手を当てる、 何事かとコチラを見る視線が幾つか有るが、 等の八依は相変わらずそっぽを向いていた……


愛美は顎に手を当てて昨日何があっただろうかと頭を巡らせるが、 不思議と昨日の八依の事が全くと言って良い程思い浮かばなかった、 思い浮かぶのは専ら………


……あっ ………


愛美の声に景子は息を吐く……


「思い出した? 昨日の愛美ちゃんは、 もうずっと雪ちゃんっ、 朝も、 休み時間も、 帰り道まで、 ずっと、 ずーっと雪ちゃんだけだったでしょ?」


っ……


今思えば確かに、 昨日は、 あの竹林での出来事以来話したい事が山程あったためにずっと隣のクラスに赴いては雪と話をしていたのは確かで、 言われれば景子や八依とちゃんと話した記憶が無い、 放課後は村宿冬夜の職場を雪と尋ねて居たから確かに帰りは別だった……


なのだが…… そう言う景子は口を尖らせ、 まるで罪を咎める様に、 言葉の端々には角が立った様な語り方だった……


………


「……ごめん、 もしかして私、 二人の事怒らせちゃった?」



「はぁ…… 漸く気づいたか、 いきなりあんなにそっちのけにされたら誰だって嫌になるよ? 私達忘れられちゃった? ってくらいおざなりだった」


ぅっ………


愛美は小さくもらすと下を向く、 それを見た景子はバツが悪そうに首を横に振ると、 言い過ぎた…… と言った……


「……まあでも? それがきっかけで結果的に、 私もあの子と仲良くなれたし…… まあ良いけどね……」


あの子?


「私の話はいいのっ、 とにかく、 やっちゃんはそうじゃ無いってだけ、 やっちゃんは愛美ちゃんの事好きだからさ~」



「………ごめん、 本当に私のせいなんだ……」


愛美の落ち込みように景子も流石に悪くなってくる


「……い、 いやでも ……うん、 ちょっと大袈裟って言うか…… な気もするけどね? 確かに私もちょっと怒ったけどさ…… 今のやっちゃんは、 凄く冷たいよ」


ぁ……


愛美は尚も壁を見つめる八依に謝りに行こうと立ち上がろうとして、 空気が揺れるのを見る、 教室の扉が開く、 担任の花田先生だ……


ガララッ……


「はいはい、 皆さんそろそろ朝の会始まるから席に戻ってください~」


先生を見て景子を含めほかの生徒がパラパラと自分の席に戻って行く、 キーンコーンカーンコーン…… 鐘が鳴ってから先生は頷いた……


「はい、 皆さんおはようございます」


おはようございます~


生徒の声が返ると先生は黒板に向いて、 何やら書いたり、 話をしたりしていく、 事務連絡だったりだった……


その中で不意に先生はコチラを向くと、 切り替えるように咳払いをしたかと思うと、 クラスの誰もが思っても見ない話を切り出した……


「……因みに皆さん、 隣のクラスの明山雪さんと仲がいい子は居ますか?」


………?


先生は雪の名前を出す、 活発な彼女は色んなクラスに友達がいる様だし、 うちのクラスの男子ともよく外で遊んで居た、 そして今では、 愛美とは仲良しと言って良い程だと思っている……


先生の言葉に男子が反応した


「俺よく話するよ、 アイツがどうしたのっ」


先生が下を向いて頷いた……


「……今からするお話にきっと皆びっくりしてしまうと思うけど、 無関係では済まない事もあるかもしれないので話しますね…… 実は、 明山雪さん、 昨晩一度家を出てから、 行方が分かっていません」



「…………え?」


先生の声に、 出た疑問は愛美の物だったが、 他の子との声とも幾つか被った様な気がする、 唐突に語られる言葉に皆が困惑していた……



「……明山雪さんは夜に一度家を出たんじゃないかとと、 それから家に帰らないと学校に連絡があって、 今警察が動いて彼女を探して居ますが、 この中にもし、 明山雪さんを見たよって子や、 何か手掛かりを知ってる、 気になる事がある人は協力して欲しいの、 ここでは聞かないので、 何時でも先生の所に来て……」


どうたらこうたら………


……愛美は何か背中に嫌な物を感じていた、 ふと、 この誰もが困惑の声を出す教室内で、 八依だけが、 未だ興味なさげに壁を見つめているのがどうにも、 愛美には気になって仕方なかった……


今朝、 八依に見た、 闇のように、 一寸先も見通せない未来が、 何か嫌なものを渦巻いて待ち受けている様で、 とにかく、 酷い不安感に苛まれる様だった……

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