第86話 懐かしき道
王都を発ったのは——よく晴れた、朝だった。
馬車に揺られ、一行は辺境を目指す。
ワタシ、フィー、メイア——そして、辺境出身の数人。久しぶりの——故郷への旅、だった。
*
「わあ……! 見てください、ルキさま! ——あんなに広い、畑!」
馬車の窓から、フィーが——身を乗り出して、はしゃいでいた。
王都を離れ、景色は次第に——のどかな田園へと、変わっていく。
見渡す限りの麦畑。——のんびりと草を食む、牛。青い空に——白い雲。
「フィーは、旅が——初めてだっけ?」
「はい! ——こんなに遠くまで行くのは、わくわくします!」
その無邪気な笑顔に、ワタシも、つられて微笑む。
かつて、鎖につながれていたあの子が。今は、こうして旅を楽しんでいる。それだけで——胸が、温かくなった。
*
道中。メイアは——よく馬車を降りては、道端に目を凝らしていた。
「メイア。——何を、探してるんだ?」
「ふふ。——薬草ですよ。——ほら、ご覧ください」
メイアは、摘んだ草をワタシに見せた。
「これは——熱冷ましに効く薬草。王都の近くでは——あまり、採れないんです。辺境に近づくほど、珍しいものが見つかって——つい、夢中に」
そう言って、彼女は嬉しそうに——草を布に、包んだ。
道中の誰かが、疲れた様子を見せれば——すかさず、薬湯を用意する。メイアがいてくれるおかげで——みんな、体調を崩すことなく、旅を続けられていた。
(——頼りに、なるな)
*
夜は——野営を、した。
焚き火を囲んで、みんなで食事をとる。
辺境出身の一人が、遠くの山並みを見て——ぽつりと、言った。
「ああ……。——あの山、懐かしいなあ。子どもの頃——あの麓で、よく遊んだもんだ」
「家族は——元気に、してるかな」
「きっと驚くぜ。——おれが、こんなに立派になって——帰ってくるんだ」
みんな、故郷が近づくにつれ、懐かしさに——表情を、緩ませていた。
離れて暮らす故郷。——でも、心は——いつも、そこにある。その温かさが——焚き火の光に、照らされていた。
*
「ルキさま」
ふと、フィーが、焚き火の向こうから——話しかけてきた。
「わたし、なんだか——この景色、懐かしい気がするんです」
「懐かしい?」
「はい。——うまく言えないんですけど。救ってもらったあと、あの辺境のお屋敷で——過ごした日々を、思い出して」
フィーは——焚き火を見つめながら、穏やかに微笑んだ。
「あの頃は、まだ——いろんなことが、怖くて。でも、ルキさまや——ご家族の皆さんが、優しくしてくれて。少しずつ、笑えるようになった——あの、お屋敷」
(——フィー)
「また、あの場所に行けるなんて——夢みたいです」
その言葉に、ワタシの胸が、じんとした。
フィーにとっても、あの辺境の家は、帰る場所の一つなのだ。
*
旅は、穏やかに、続いた。
昼は、のどかな田園をゆき。夜は——焚き火を囲んで、語らう。時にフィーが歌を口ずさみ、時に——ニコ仕込みの軽口で、みんなが笑う。
メイアは、いつもみんなの体を気遣い、辺境出身者は——故郷の話に、花を咲かせる。
穏やかで、温かい旅、だった。
(——いいものだな。——こういうのも)
ワタシは——しみじみと、思った。
商会の仕事に追われる日々も、いい。でも、こうして、大切な仲間たちと——ゆっくり時を過ごすのも、かけがえのないものだ。
*
そして、旅も——数日が過ぎた頃。
馬車の窓の向こうに、見覚えのある風景が——広がり始めた。
雄大な山々。深い森。そして、その麓に——懐かしい領地が。
「……着いた」
ワタシは——思わず、呟いた。
アーデルハイト辺境伯領。——ワタシの、生まれ育った故郷。
「懐かしい……」
フィーが、窓の外を見つめて——目を、輝かせた。
「うん。——そして、フィーが——昔、過ごした場所でも、ある」
懐かしさが——胸に、こみ上げてくる。
久しぶりに見る、故郷の風景。それは、以前と変わらず——雄大で、温かかった。
もうすぐ、家族に会える。父上、母上——兄上たち。
(——みんな、元気だろうか)
馬車は、懐かしい屋敷へと——ゆっくり、近づいていく。
久しぶりの我が家。——そして——久しぶりの、家族との再会が。もう——すぐ、そこまで、来ていた。




