第83話 帰る場所は、ここ
卒業して、数日が過ぎた頃。
ワタシは、商会の様子がどこか——おかしいことに、気づいた。
みんな、何やら元気がない。ちらちらとワタシの顔をうかがっては——何か言いたげに、口をつぐむ。
*
その理由がわかったのは——ある日のことだった。
倉庫の奥で、ニコとラントがひそひそと話しているのを——耳にした。
「なあ、ニコさん。——ルキさま、本当に、辺境に帰っちまうのかな」
「……さあ、な。学院も卒業したことだし——元々、だんなは、辺境伯家のご子息だ。いつまでも、こんな商会に——いるわけにも、いかねえだろう」
「そんな……。——おれたち、どうなるんだよ」
ラントの声が——震えていた。
(——そうか)
ワタシは——はっと、した。
みんな、不安だったのだ。ワタシが卒業を機に、辺境に帰ってしまうのではないかと。商会が、自分たちが——どうなるのか、と。
*
無理もない。ワタシは確かに辺境伯家の三男。学院に通うために——王都へ出てきた身。
その学院を卒業した今、故郷に帰るという選択も——あっておかしくは、ない。
みんながそう考えて、不安になるのも——当然だった。
(——ちゃんと、伝えなきゃ)
ワタシはその夜、みんなを——食堂に、集めた。
*
「みんなに、話したいことが、ある」
ワタシが切り出すと——みんなの顔が、強張った。
ニコも、メイアも、ラントも、フィーも。固唾を呑んで——ワタシを、見つめている。
「卒業して、これからのことだけど」
ワタシは、一人ひとりの顔を見回しながら——はっきりと言った。
「ワタシはこれからも、王都を拠点に——活動を続ける。——商会も、みんなとも、これからもずっと——一緒だ」
その瞬間。
みんなの顔が——ぱあっと、明るくなった。
*
「ほ、本当か、ルキさま!」
ラントが——身を、乗り出した。
「ああ、本当だ。ワタシが辺境に帰るなんて——そんなこと、あるわけ、ないだろう」
ワタシは、笑った。
「ワタシのやりたいことは、ここにある。奴隷を解放して、みんなが笑って暮らせる世を作る。——その活動の拠点は、王都だ。——だから、ワタシは、ここにいる」
「だんな……!」
ラントの目に、涙がにじんだ。
「よかった……。——おれ、ルキさまがいなくなったらどうしようって、ずっと——不安で」
「心配かけて、ごめんな」
ワタシは、ラントの頭を——くしゃっと撫でた。
*
「ただ」
ワタシは、続けた。
「一つ、やっておかなきゃ——いけないことが、ある」
「やっておかなきゃ、いけないこと?」
ニコが、首を傾げた。
「この王都の屋敷。——ここは、実は——実家のものを、借りているんだ。学院に通うため、という名目で」
「ああ。——そういや、そうだったな」
「だから、卒業した今、改めてお願いしないといけない。『卒業してもこの屋敷を、活動の拠点として——使わせてほしい』と」
ワタシは、みんなを見た。
「そのために、一度、辺境に帰ろうと思う。卒業の報告も兼ねて、父上に——きちんと、許しをもらってくる」
*
「なんだ。——そういう、ことか」
ニコが、ほっとしたように笑った。
「てっきり、おれは——だんなが帰っちまうのかと、肝を冷やしたぜ」
「ふふ。——ごめんごめん」
ワタシも、笑った。
「すぐに戻ってくるよ。——少し家族と過ごして、許しをもらったら——またここに、帰ってくる」
「帰ってくる、か」
メイアが、ふと——優しく微笑んだ。
「いい言葉ですね。——ルキさまにとって、ここも——『帰ってくる』場所、なんですね」
(——ああ)
その言葉に、ワタシは——胸が温かくなった。
そうだ。ワタシには、帰る場所が二つある。生まれ育った辺境の家。——そして——この、商会。
どちらも、かけがえのない、ワタシの居場所だった。
*
「だから、安心して待ってて、ほしい」
ワタシは、みんなに言った。
「ワタシは必ず、ここに帰ってくる。——みんなのいる、この場所に」
「はい!」
フィーが、元気よく頷いた。
「待ってます、ルキさま。——『いってらっしゃい』を、言える日を」
その笑顔に、みんなも、つられて笑った。
食堂に——温かな空気が、満ちていく。
(——いい仲間に、恵まれた)
ワタシは——しみじみと、思った。
卒業という一つの節目。それは、みんなとの絆を——改めて、確かめる機会にも、なった。
近いうちに、辺境へ帰ろう。卒業の報告をして、父上に——これからのことを、話して。
そして、また、この王都へ。みんなのもとへ——帰ってくる。
その時は——胸を張って、言うのだ。「ただいま」と。




