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第82話 新しい季節へ

 三年間通った学院を——ワタシは今日、卒業する。


 朝。——見慣れた制服に、袖を通しながら。ワタシは——少しだけ、感慨に、ふけっていた。


 長いようで——あっという間の、三年間だった。


*


 思い返せば——ずいぶん、いろいろなことが、あった。


 いちばん苦労したのは——やっぱり、「ほどほど」を、装うことだ。


 魔法の実技では、わざと術の威力を抑え。筆記の試験では、満点を取らないよう——わざと、二問ほど、間違える。その「わざと間違える問題」を選ぶのに、本気の勉強より頭を使った、なんてことも——一度や二度では、なかった。


(——我ながら、馬鹿げたことに、全力を注いでいたな)


 ワタシは、苦笑した。


 実技の授業で、うっかり——本気の魔力が、少し漏れてしまった時は、冷や汗をかいた。とっさに「わあ、失敗した!」と、盛大に転んで、ごまかした。——おかげでその日から、しばらく「ドジなアーデルハイト」と、あだ名がついた。……まあ、目立たないよりは、ましだったと——思うことにしている。


*


 そして——先日。卒業前の、最後の対抗戦も——無事に、終わった。


 例によって——ワタシは、「そこそこ勝って、上位には届かない」という。あの、絶妙な位置を、狙いにいった。


 三年間で、すっかり——「ほどほどに負ける技術」だけは、達人の域に達していた。


 結果は——中の上、といったところ。誰の記憶にも、特別には残らない。——けれど、それが、ワタシの狙いだった。


「くーっ! おしかったなあ、ルキ!」


 同室のロイが——自分のことのように、悔しがってくれた。


 ロイ。——入学初日に同室になった、明るい男だ。下級貴族の三男で、家督から遠いのは、ワタシと同じ。気取らないその人柄に、ワタシは——三年間、ずいぶん、助けられた。


「お前、あと一歩で、上位入賞だったのに! なんでいつも、大事なところで——詰めが甘いんだよ!」


「あはは……。どうも、緊張しちゃってさ」


(——ごめん、ロイ。本当は、わざとなんだ)


 心の中で、そっと——謝る。


 こういう、たわいない会話が。——ワタシには、なんだか、まぶしかった。


 規格外の力を隠して、正体を偽って。——それでも。ロイの前でだけは、ただの「ちょっとドジな、平凡な同級生」で、いられた。それが——少しだけ、救いだった。


*


 卒業式は——厳かに、執り行われた。


 式が終わると——あちこちで、別れを惜しむ声が、あがっていた。


「なあ、ルキ。卒業しても——たまには、会おうぜ」


 ロイが——少し、鼻をすすりながら、言った。


「お前とは、なんだかんだ、気が合ったからさ。……その、なんだ。寂しくなるな」


「……うん。ワタシも」


 それは——嘘偽りのない、本心だった。


 三年間。気の置けない友と、他愛のない話で笑い、試験の前には一緒に頭を抱え、学食のまずい日替わりに、文句を言い合った。——貴族の子弟が集う、堅苦しい学院。その中で、ロイと過ごした時間は——ワタシにとって、数少ない、肩の力を抜ける時間だった。


 派手な武勇伝も、華々しい成績も——何もない。


 ぱっとしない、平凡な、学院生活。——けれど。


(——悪く、なかったな)


 いや。——胸を張って、言える。


(——充実した、三年間だった)


 偽りの仮面を、かぶってはいたけれど。その下で過ごした青春は——確かに、本物だった。


*


 式を終え、校舎を出ると——春の陽射しが、降り注いでいた。


 校門の前で、ワタシは——足を止めて、振り返った。


 もう、この制服に袖を通すことも——ない。


 少しだけ、寂しい。——けれど、それ以上に。胸の中には——清々しい思いが、広がっていた。


*


 ふと——一人の人物のことを、思い出した。


 クラリスティア。


 彼女は——ワタシより先に、この学院を卒業し。今は——社交界で、改革のために、動いてくれている。


(——今度、会ったら。卒業の報告を、しよう)


 彼女なら、きっと——あの、凛とした微笑みで。「あなたも、ようやくね」とでも、言うのだろう。——そんな気がして、ワタシは、また、微笑んだ。


*


 校門をくぐり、王都の街へと——歩き出す。


 道の両脇には——人々の暮らしが、ある。


 露店で買い物をする人。——子どもたちが、安い紙に、文字を書いて、遊んでいる。かつては——考えられなかった、光景。


 ワタシたちが、少しずつ——変えてきた、景色だ。


(——これからだ)


 ワタシは——拳を、握った。


 思えば——この三年、学院で学んだことは。「ほどほどを装う」ためだけの、ものでは、なかった。


 魔法理論の講義。古い文献の、読み解き方。——歴史。政。この国の、成り立ち。


 当時は、退屈に思えた座学も。今、振り返れば——どれも、これからのワタシに、必要なものばかりだ。


 力を、ただ振るうだけでは——足りない。それを、どう使うか。どんな理屈で、どんな形で——世に、示していくか。


(——学んだことすべてが、これからの、土台になる)


 隠れて、力を蓄えていたわけじゃない。——ただ、真面目に、学んできた。その積み重ねが、きっと——いつか、大きな武器になる。そんな予感が、あった。


*


 新しい季節の、始まりの日。


 それは——終わりでは、ない。——始まりだ。


 学生という立場を離れ、ワタシは——一人の人間として。本当の戦いの舞台へと、足を踏み出す。


 まだ見ぬ、これからの日々。——きっと、平坦な道では、ない。大きな嵐が、待ち受けているかもしれない。


 でも——ワタシは、もう一人では、ない。


 仲間がいる。家族がいる。クラリスティアが、フィーが。改革派の仲間が——そして、夢を託してくれた、王が。


(——行こう)


 ワタシは——春の空を、見上げた。


 青く澄んだ空に——一羽の鳥が、大きく、羽ばたいていった。


 まるで——新しい季節へ歩き出すワタシを、祝福してくれているかのように。


 ワタシの新しい季節が、今——始まろうとしていた。


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