幕間 柄にもなく ニコ視点
おれの名は、ニコ。——アステリア商会の番頭を、やってる。
元は、しがない詐欺師だった。人を騙して、その日暮らし。明日も知れないろくでなし。それが今じゃ——真っ当な商売で飯を食ってる。——人生、わからねえもんだ。
……まあ、それはいい。問題は——別のことだ。
*
最近、おれはどうも——調子が、狂ってる。
原因はわかってる。メイアだ。
商会の薬師。——足が少し不自由で、いつも穏やかに笑ってる女だ。薬草のことなら、右に出る者はいない。
そいつと、おれは普段から——よく軽口を叩き合う仲だった。
「ニコさん、また、サボってるでしょう」
「人聞きの悪いこと、言うなよ。休憩だ、休憩」
そんな調子で——いつも、やり合ってる。
なのに最近、どうも様子がおかしい。
*
この前、メイアが、薬草の入った重い籠を、運ぼうとしていた。
足が不自由なもんだから、危なっかしくて見てられない。気づいたら——おれは、身体が動いていた。
「貸せよ。——そんな重いもん」
「あら。——いいの? ニコさんが、運んでくれるの?」
「……たまたま、手が空いてただけだ。勘違い、すんな」
籠をひったくるように持って、おれは、さっさと歩き出した。
背中で——メイアが、くすくす笑ってるのが——わかった。
(——なんだよ、その笑いは)
顔が妙に熱い。——おかしい。おれは、こんな柄じゃねえはずだ。
*
おれは、口先には——自信が、あるつもりだった。
なにせ、騙りで飯を食ってきた男だ。安物を、さも掘り出し物みてえに売りつける。客の顔色を読んで、するする言葉を並べる。——口が回らなくて困った、なんてこたァ、一度もなかった。
なのにメイア相手だと、どうも調子が出ない。
気の利いたことの一つも——言おうとすると、喉が詰まる。あの、まっすぐな目で見られると。——舌が、うまく回りゃしねえ。
ただ、あいつが笑ってると、なんか——胸の奥が、あったかくなる。
あいつが困ってると、ほっとけない。
(——なんなんだ、これは)
おれは、頭を抱えた。
*
ある日、薬草の調合を手伝ってた、時のことだ。
メイアが、ぽつりと言った。
「ニコさんって——本当は、優しい人よね」
「は? ——何、言ってんだ。おれは——元詐欺師の、ろくでなし、だぜ」
「ふふ。——でも、今は、違うでしょう」
メイアは——穏やかに、微笑んだ。
「困ってる人を、放っておけない。ぶっきらぼうなふりして——いつも、誰かを気にかけてる。——わたし、知ってるのよ」
(——っ)
その言葉に、おれは言葉を失った。
胸の奥を、まっすぐ見透かされたような。——そんな気が、した。
「……かいかぶり、すぎだ」
おれは、ぶっきらぼうに言って、顔を背けた。
でも、心臓はばくばく鳴ってた。
*
その夜。おれは一人、商会の屋根の上で、星を見上げていた。
(——柄にも、ねえ)
おれは、ため息をついた。
人を騙して生きてきたおれが、今さらこんな青臭い気持ちに——なるなんて。
メイアのこと、気になってしょうがない。あいつの笑顔を見ると安心する。——あいつが他の男と話してると、なんか、もやもやする。
これは、どう考えても。
(——おれは、あいつに……)
言葉にしかけて、おれは、慌てて首を振った。
「いや、いや、いや。——ねえ、ねえ。あるわけ、ねえ」
おれみたいなろくでなしが、あんないい女に——釣り合うわけが、ねえ。
メイアは優しくて、誰にでもあんなふうにするんだ、きっと。——おれだけ特別なんて、思い上がりだ。
そう自分に言い聞かせる。——けど。
胸の奥の、このあったかいものは、どうにも——消えてくれ、なかった。
*
(——参ったな)
おれは、夜空に向かって、苦笑いした。
詐欺師時代には、金のことしか考えてなかった。人なんて——騙す相手、それだけ。
なのに、今はどうだ。——商会の仲間がいて、あったかい飯があって。——そして、好いた女の一人や二人——できちまう。
旦那に拾われて、おれの人生は、すっかり変わっちまった。
悪くない。——いや、むしろ上出来すぎるくらいだ。
(——でも、まあ)
おれは、星を見上げながら、思った。
(——この気持ちは、もう少し——胸に、しまっておくか)
柄にもなく、どぎまぎするのも、悪くない。——そんな気が、した。
いつか、ちゃんと伝えられる日が来るのかね。
おれは、柄にもなく、そんなことを考えながら、夜空の星を——いつまでも、眺めていた。




