第75話 消えた家の証人
陛下のことで——わたくし、クラリスティアは、グレイと、たびたび連絡を取り合うようになっていた。
もちろん、細心の注意を払いながら。けれど、一度心を通わせた間柄は——確かなものに、なっていた。
ある日。グレイと密かに会った折、わたくしは、ふと思い立って——あることを、尋ねた。
*
それは——ずっと、心の片隅に、引っかかっていたことだった。
あの茶会で、老伯爵夫人から聞いた、ヴァレンクール家。一夜にして滅び、歴史から消された——古い名門。
そして、商会の、フィー。あの肖像画の貴婦人と——どこか重なる、面影。
わたくしは、あれ以来、あの引っかかりを——忘れられずに、いた。
「グレイ殿。——一つ、お尋ねしても?」
「はい。——何なりと」
「ヴァレンクール公爵家、という家を——ご存じ、かしら」
その瞬間。グレイの表情が——わずかに、引き締まった。
*
「……ヴァレンクール家。——懐かしい、名前ですな」
グレイは——遠くを見るような目を、した。
「わしが、まだ若かった頃——確かに、ありました。それは、それは、栄えた名門で。魔法の才に長けた一族として——名を馳せて、おりました」
「魔法の、才……」
「ええ。——代々、優れた魔導士を輩出する。王国でも屈指の家柄でした。ですが——ある時。——忽然と」
グレイの声が——低く、沈んだ。
「一夜にして——滅びました。表向きは——ご当主ご夫妻が、馬車の事故で亡くなられた、と。——ですが、おかしな話でしてな。同じ夜のうちに、お屋敷にいたご一族まで、みな——命を落とされた。事故ひとつで、そのようなことが——あり得ましょうか。そして、その後は——まるで最初からなかったかのように。歴史から——消されて、しまった」
(——やはり)
老伯爵夫人の話と——同じだった。
「グレイ殿は——その真相を——ご存じ、なのですか」
グレイは——静かに、首を振った。
「いいえ。——わしも、王宮に長くおりますが。あの家のことだけは、未だに、謎なのです。何があったのか。——なぜ消されたのか。知る者は——おそらく、もう、ほとんど——おりますまい」
*
(——そう)
わたくしは——落胆を、隠せなかった。
グレイ殿ほどの人物でも、真相は、知らない。ならば——この引っかかりは。ただの空想のまま——終わるのかもしれない。
けれど、その時。グレイが、何かを思い出したように——口を、開いた。
「……ただ。——一人だけ、心当たりが、ございます」
「! ——どなた、ですか」
「ヴァレンクール家に、長く仕えていた執事が——一人。あの滅びの後も、生き延びて。今は——王都の片隅で、ひっそりと暮らしている、と。——風の噂に、聞いたことが、ございます」
(——執事!)
わたくしの胸が——大きく、高鳴った。
ヴァレンクール家に仕えていた、執事。それは——あの家のことを、直に知る。生き証人では、ないか。
「その方は——今も、ご存命なのですか」
「さあ。——確かなことは、わかりませぬ。ずいぶん昔の噂、ですから。ですが——もし。まだ、生きておられるなら」
グレイは——わたくしを見て、言った。
「あの家のことを知りたいというなら——その者を訪ねるのが、いちばんでしょうな」
*
「グレイ殿。——お願いが、ございます」
わたくしは——身を、乗り出した。
「その執事の——居所を、調べていただけませんか。わたくし——どうしても、会って、話を聞きたいのです」
グレイは——少し訝しげに、わたくしを見た。
「……ご令嬢。——なにゆえ、そこまで。滅んだ家のことに、ご執心、なので?」
(——っ)
鋭い、問いだった。
まだ、確信が、あるわけではない。ただ——あの子の面影が、心に引っかかっている。——それだけ。
でも、わたくしは。なぜか——調べずには、いられなかった。
「……勘、とでも、申しましょうか」
わたくしは——慎重に、言葉を選んだ。
「ある人物のことで——確かめたいことが、ございますの。それが、その消えた家と、関わりがあるかもしれない。——ただの思い過ごし、かもしれません。でも、確かめずには——いられないのです」
グレイは、しばし、わたくしを見つめていた。それから——ふっと、目元を緩めた。
「……あなた様も——変わったお方だ。よろしい。心当たりを、辿ってみましょう。ですが——お約束は、できませぬぞ。なにしろ古い話。——存命か、どうかすら」
「十分です。——ありがとうございます、グレイ殿」
わたくしは——深く、頭を下げた。
*
その帰り道。
馬車に揺られながら、わたくしは——胸の高鳴りを、抑えられずにいた。
ヴァレンクール家の、生き証人。もし——その執事に会えたなら。あの家の真実が——少しでも、わかるかもしれない。
そして、もし。——もし本当に、フィーが——あの滅んだ家と、何らかの関わりがあるのだとしたら。
(——いいえ)
わたくしは——逸る心を、戒めた。
まだ、何も、わからない。確証など——どこにも、ない。あの子と、あの家を結びつけるものは——わたくしの、漠然とした勘だけ。
でも、その勘が——告げていた。
これは——ただの偶然では、ない、と。
窓の外を、王都の街並みが、流れていく。その、どこかに——ひっそりと生きているかもしれない。消えた家の、最後の証人。
その人に会えれば、きっと。長く閉ざされていた扉が——少しだけ、開く。
わたくしは、そんな予感を——胸に、抱いていた。




