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第68話 探り合う二つの影

 わたくし、クラリスティアは——慎重に、機会をうかがっていた。


 老侍従、グレイ。王へと続く、細い糸。あの人と接触する。——けれど、相手は、大神官の監視下にある。下手な動きは——命取りになる。


 幸い、わたくしには、社交界という舞台が、ある。貴族の令嬢として、自然な形で——人と会うことが、できる。



 機会は——意外なところから、巡ってきた。


 とある慈善の催し。——王宮に仕える者も招かれる、その席に。グレイも姿を見せる、という。


 わたくしは、その催しに出席し、さりげなく——グレイに近づいた。


 白髪の老人だった。背は、やや曲がり。けれど、その所作には、長年王宮に仕えてきた者の——隙のない品が、あった。


「ごきげんよう。——グレイ殿、とお見受けします」


 わたくしが声をかけると、グレイは——穏やかに、頭を下げた。


「これは、オルブライト侯爵家のご令嬢。——このような老いぼれに、何かご用でございますか」


 その目は、柔和だった。けれど、奥に——油断のない光が、宿っていた。


(——さすが。——一筋縄では、いかないわね)



 わたくしは——慎重に、言葉を選んだ。


 いきなり核心に触れては、ならない。もしグレイが、大神官の忠実な犬であったなら——わたくしたちの企ては、その場で——露見する。


 まずは——探る。あの人の、本心を。


「ふと——お噂を、耳にしましたの」


 わたくしは、扇で口元を隠しながら、さりげなく切り出した。


「陛下は——近頃、あまりお元気がないとか。王宮に長くお仕えのあなたなら、さぞ——ご心配でしょうね」


 その瞬間。


 グレイの表情が——ほんの、わずかに、動いた。


 わたくしは——見逃さなかった。


 柔和な仮面の奥で、何か、深い感情が——よぎったのを。



「……陛下の、ことを」


 グレイは——慎重に、言葉を返した。


「ご案じいただけるとは——ありがたいことに、ございます。——ですが」


 その声に——かすかな警戒が、にじんだ。


「失礼ながら——侯爵令嬢ともあろうお方が、なにゆえ——陛下のご様子など、お気にかけられるので?」


(——来た)


 わたくしは——内心で、気を引き締めた。


 探り合い。どちらが先に、手の内を見せるか。一歩、間違えれば——すべてが、終わる。


 わたくしは、微笑みを崩さぬまま、けれど、声を落として言った。


「……この国を——憂う者は、少なくありませんわ。陛下が、本来のお力を、発揮なさることを——願う者も」


 遠回しな、けれど——確かな匂わせ。


 グレイの目が——見開かれた。



 しばし——沈黙が、流れた。


 グレイは、じっと、わたくしを見つめていた。値踏みするように——その真意を、確かめるように。


 わたくしも——目を、逸らさなかった。


 ここで怯めば、信用は、得られない。わたくしは、本気だと——伝えなければ。


 やがて——グレイは。ふう、と、小さく息を吐いた。


「……ご令嬢。——老いぼれの世迷い言と、お聞き流しください」


 彼は——ごく低い声で、囁いた。


「わしは——長く、王宮に仕えてまいりました。先代の陛下の頃から、ずっと。それゆえ——今の陛下のお姿を見るのは——忍びない。あのお方は、本来——もっと聡明で、お優しい御方なのです」


(——!)


 わたくしの胸が——高鳴った。


 それは、グレイが初めて見せた——本心の片鱗、だった。



 けれど。グレイは——すぐに、口をつぐんだ。


「……いや。——年寄りの繰り言です。お忘れ、ください」


 彼は、再び、柔和な仮面を——被り直した。


 無理もない。まだ、わたくしのことを——完全には、信用できないのだ。当然だ。——初対面の相手に、すべてを明かす者など——いない。ましてや——これほど危険な話を。


(——でも)


 わたくしは——確信した。


 グレイは、本物だ。心から、陛下を——案じている。大神官の犬では、ない。


 今日は、ここまでで、十分。一度に踏み込みすぎては、かえって——警戒される。


「……ご無礼を、申しました」


 わたくしは——優雅に、頭を下げた。


「ただ——これだけは、お伝えしておきますわ。もし、陛下のために心を砕くお仲間を、お求めのことがあれば。——わたくしを、お訪ねください。いつでも」


 グレイは——何も、答えなかった。


 けれど、その目が、一瞬——揺れたのを。わたくしは——見て取った。



 催しの、帰り道。


 馬車に揺られながら、わたくしは——今日のやりとりを、反芻していた。


 グレイは、信頼できる。あの、王への忠義。あの、無念。——あれは、本物だ。


 糸は——確かに、手繰り寄せられている。


 でも、まだ。最後の一歩が、残っている。グレイに、完全に——心を開いてもらうこと。そして——王へと、繋いでもらうこと。


(——それは)


 わたくしは、思った。


(——きっと、ルキウスの役目ね)


 わたくしには、わからない。けれど、あの人には——人の心の奥底を見抜く、不思議な力が、ある。


 ルキウスが、直に、グレイと向き合えば、きっと。本当の信頼を——築けるはず。


 わたくしは——窓の外を流れる、王都の灯を、見つめた。


 囚われの王へ——あと、一歩。


 その最後の一歩を踏み出すために、わたくしは、ルキウスに——この糸を、託そうと——決めた。

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