第67話 無双の剣
王へ続く細い糸——老侍従、グレイ。
ワタシたちは慎重に、その人となりを見極めることにした。焦って動けば、糸は切れる。——まずは知ることだ。あの人が、本当に信頼できるのか。
クラリスティアが、社交界の人脈を辿り、少しずつ、グレイの人物像を集めてくれた。
*
「——調べれば調べるほど、誠実な人物のようよ」
ある日。クラリスティアが、報告してくれた。
「グレイは——四十年以上、王宮に仕えてきた、古参の侍従。先代の王の頃から、ずっとよ。私利私欲とは無縁で、ただひたすらに——王家への忠義を、貫いてきた人」
「忠義の、人……」
「ええ。——だからこそ、今の状況が、耐えがたいのでしょうね」
クラリスティアの声が——沈んだ。
「幼い王が、大神官に囲い込まれ——傀儡にされていく。その一部始終を、グレイは——すぐそばで、見てきた。何もできないまま——ただ、お仕えすることしか」
*
ワタシは——胸が、痛んだ。
四十年、王家に忠義を尽くしてきた老人。その目の前で、仕えるべき王が、少しずつ——心を殺され、声を奪われていく。
それを止める力もなく——ただ、見守ることしかできない。
その無念は——どれほど深いだろう。
「グレイは——親しい者に、こう漏らしたことが、あるそうよ」
クラリスティアは——静かに言った。
「『この老いぼれの命など——惜しくは、ございません。ただ——死ぬ前に、一度でよい。陛下が、心からお笑いになるお姿を——見とう、ございます』と」
(——っ)
ワタシの胸が——熱くなった。
それは——王を心から案じる者にしか、言えない言葉だった。
*
「……信じても、いいのかもしれない」
ワタシは——ぽつりと言った。
「グレイさんは——きっと、本当に、王を想っている。ワタシたちと——同じ気持ちを、抱いているかもしれない」
「ええ」と、クラリスティア。「わたくしも——そう、感じるわ」
王への糸は——細い。けれど、その先には、確かに——王を案じる、一人の老人がいる。
もし——グレイと、手を結べたなら。あの囚われの王に——ワタシたちの想いを、届けられるかもしれない。
希望が——少しずつ、形を帯び始めていた。
*
——だが。その矢先。ワタシたちは——不穏な噂を、耳にした。
「旦那。——気になる話を、聞いたぜ」
ニコが——険しい顔で言った。
「王宮のことを探っていて——わかったんだがな。どうやら——大神官には、とんでもねえ飼い剣が、いるらしい」
「飼い剣?」
「ああ。——『剣聖』と、呼ばれている男だ」
(——剣聖)
初めて聞く、名だった。
「大神官に仕える——無双の剣の使い手、だとよ。大神官に逆らう者、邪魔立てする者を——これまで、ことごとく斬ってきたって話だ。……王に近づこうとした者も、これまで何人かいたらしいがな。——みんな、いつの間にか、消えた。あの剣聖の仕業だろうと——もっぱらの噂だ」
ニコの声が——低くなった。
「ある者は捕らえられ、ある者は——二度と、姿を見せなくなった、とよ。剣聖に逆らって——無事だった者は、一人もいない。そういう噂だ」
*
ワタシは——息を呑んだ。
剣聖。——無双の剣。大神官の意に逆らう者を、ことごとく斬ってきた刃。
王は、大神官の支配の要だ。その王に近づこうとすることは——大神官の逆鱗に、触れること。せっかく——グレイという糸を見つけ、希望が見え始めた。——なのに。その道は、あの刃の間合いの内に——あった。
「その、剣聖ってのは——どんな男なんだ?」
ワタシが問うと、ニコは——首を振った。
「それが——よく、わからねえ。滅多に人前には、出ねえらしい。ただ——『大神官の剣』として、逆らう者を——斬ってきた。それだけは——確からしい」
大神官の剣。——主の傍らの影に潜み、その命のままに、刃を振るう。——顔の見えぬ、刃。
その存在は——ワタシの胸に、重く——のしかかった。
*
その夜。ワタシは——一人、考えていた。
王へ続く道。——その先に見えてきたのは、希望と——そして、新たな壁だった。
グレイ。——王を案じる、老侍従。手を結べれば——王に近づける、かもしれない。
だが——その道は、大神官の目の届く場所を、通る。うかつに踏み込めば——その無双の剣が、抜かれる。
(——一筋縄では、いかない)
ワタシは——唇を、引き結んだ。
でも。——だからといって、退くつもりは——なかった。
囚われの王。——案じてくれる老侍従。その二つの灯を——結びつけることができれば。きっと——道は、開ける。
たとえ、その先に——どんな剣が、待ち受けていようとも。
(——進むしか、ない)
ワタシは、窓の外の——闇を、見つめた。
その闇の奥に、まだ見ぬ剣聖の影が——潜んでいる気が、した。
(——慎重に。……これまで以上に、慎重に、進まないと)
ワタシは、気を引き締めて——静かに、その夜を過ごした。




