第66話 王へ続く細い糸
囚われの王。——その存在を知ってから、ワタシたちはずっと考え続けていた。
どうすれば、あの王に近づけるのか。
厳重に囲われた王宮の奥。側近も侍従も、ほとんどが大神官の息のかかった者。——下手に接触すれば、反逆の口実にされる。
糸口は、なかなか見つからなかった。
*
そんな、ある日。
クラリスティアから、「会いたい」という報せが届いた。
卒業して、社交界で動き始めた彼女。——その表情は、いつになく引き締まっていた。
「ルキウス。——一つ、掴んだ情報があるの」
彼女は、声を潜めて切り出した。
「社交界で人脈を辿るうちに、ある人物のことを知ったわ。王宮に長く仕える——老いた侍従のことを」
「侍従……?」
「ええ。——名を、グレイ。もう七十に近い老人よ。——なんでも、今の王がまだ幼い頃から——ずっと、おそばに仕えてきたという」
*
クラリスティアは、慎重に続けた。
「考えてもみて。——王が幼い頃から仕えているということは、あの王の——本当の姿を、いちばん近くで見てきた、ということ」
(——っ)
ワタシは、はっとした。
「大神官に支配され、声を奪われ——囚われていく王の姿を。その侍従は——ずっと間近で、見守ってきたはず。——孤独も、苦しみも、すべて」
クラリスティアの瞳が、鋭く光った。
「わたくしは、調べたわ。——その、グレイという侍従。表向きは、大神官の命令に従順に従っている。——でも」
「でも?」
「親しい者には、時折、漏らすのですって。『おいたわしい』と。『陛下は、本当はあのようなお方ではない』と。——大神官の専横を、快く思っていない。——そういう噂が、あるの」
*
(——王を案じる侍従)
ワタシの胸が、高鳴った。
もし——その侍従が本当に、王を案じているなら。大神官の専横を——憎んでいるなら。
その人は、王へと続く、細い、けれど——確かな糸に、なるかもしれない。
「その、グレイという方に——接触、できないでしょうか」
ワタシが言うと、クラリスティアは、首を横に振った。
「簡単では、ないわ。——その侍従とて、大神官の監視下にある。下手に近づけば、たちまち怪しまれる。そうなれば、侍従の身も危ういし——わたくしたちの企ても、露見する」
彼女の表情は、厳しかった。
「糸は、見つけた。——でも。それは、あまりにも細くて——切れやすい。一歩、間違えれば——すべてが、終わる」
*
ワタシは、考え込んだ。
ようやく見つけた糸口。——王の孤独を知る、老侍従。けれど、その糸は——あまりにも危うい。
焦って手繰れば、切れてしまう。最悪の場合、侍従を危険にさらし、ワタシたちの企てを暴かれ——囚われの王に近づく最後の望みすら、断たれてしまう。
「……時間を、かけよう」
ワタシは、慎重に言った。
「焦っては、いけない。——まずは、その、グレイさんの人となりを、もっとよく知ること。本当に信頼できる人物なのか、大神官の罠ではないのか。——じっくり見極めてから、動こう」
クラリスティアは、深く頷いた。
「ええ。——それが、賢明ね。わたくしも、社交界で——さらに慎重に、情報を集めるわ」
*
その夜。ワタシは一人、月を見上げていた。
ようやく、王へ続く糸の端を、掴んだ。
まだ、あまりにも細い。今すぐ、どうこうできるものでは、ない。けれど——確かに。光は、見えた。
あの玉座で、諦めと苦悶を瞳に湛えていた王。——縛られ、声を奪われた囚われ人。
その人にも、案じてくれる者が、いた。幼い頃から、ずっとそばで——見守ってきた、一人の老侍従が。
(——あなたは)
ワタシは——月に向かって、思った。
(——一人では、なかったんですね)
大神官にすべてを奪われたように見えて。それでも——あの王のそばには。小さな、けれど消えない灯が——ともっていた。
ならば、ワタシたちが、その灯に——もう一つの灯を、重ねることができれば。
いつか、きっと——あの王を。あの、孤独な囚われ人を——解き放つことが、できるかもしれない。
そのための第一歩を、ワタシたちは今、確かに——踏み出したのだった。




