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第65話 わたしにできること

 商会は今——とても、にぎやかだ。


 紙が評判になってから、お客さんが——ひっきりなしに訪れる。みんな忙しそうで、でも、その顔は、生き生きとしている。


 わたし、フィーも——その中で、毎日働いている。


 帳場の手伝い、お客さんの応対、荷物の運び出し。——できることが、少しずつ増えていく。それが——うれしい。



 奴隷だった頃のわたしには、考えられない毎日だ。


 名前が、ある。居場所が、ある。——「ありがとう」と言ってもらえる。


 そして——ルキさまが、すぐ近くにいる。


 でも。——最近、ルキさまは、とても忙しそうだ。


 商会のこと。紙のこと。——そして、大神官との戦いのこと。たくさんのものを、たった一人で背負っているみたいに——時々、ひどく疲れた顔をしている。


 夜遅くまで帳簿とにらめっこしていたり、難しい顔で考え込んでいたり。——そんなルキさまを見ると、わたしの胸は、ぎゅっと痛くなる。


(——ルキさまの、力になりたい)


 わたしは、いつもそう思う。


 ルキさまは、わたしを救ってくれた。名前を、居場所をくれた。——だから今度はわたしが、少しでもルキさまの支えに、なりたい。


 でも——わたしに、何ができるんだろう。



 帳場の手伝いも応対も、一生懸命やっている。でも、それは——誰にでもできること。


 わたしには、これといった特技もない。


 ニコさんは、すごい。商売のこつを何でも知っていて、あの締めつけの中でも——商会を立て直してみせた。お客さんを相手にする話術。仕入れの駆け引き。——まるで、魔法みたいだ。


 メイアさんも、すごい。薬草のことなら、何でも知っている。どの草がどんな病に効くのか、どう調合すればいいのか。あの薬草茶だって——メイアさんの知識があったから、できたもの。


 みんな——「これなら誰にも負けない」という、何かを持っている。


(——わたしにも。——何か、あったら)


 わたしは、ぼんやりと思う。


 ニコさんやメイアさんみたいに、「これがわたしの仕事だ」と胸を張れる何か。ルキさまの本当の力に、なれる何か。——そんなものが、あったらいいのに。



 その夜。仕事を終えたわたしは——厨房の隅で、メイアさんが薬草を選り分けているのを、見ていた。


「フィー。——どうしたの、こんなところで」


「あ……えっと」


 わたしは、少しもじもじしてから——思い切って言った。


「メイアさん。——わたしにも、何かできること、ありませんか。その……ルキさまや、商会の役に立てるような。——ちゃんとした、お仕事が」


 メイアさんは——きょとんとして。それから、ふわりと笑った。


「あなたは、いつもよく働いてくれてるじゃない。——十分、役に立ってるわよ」


「でも……わたし。ニコさんや、メイアさんみたいな——『これ』っていうものが、なくて」


 メイアさんは——優しい目で、わたしを見た。


「焦らなくて、いいのよ。——わたしだって、最初から薬草に詳しかったわけじゃない。少しずつ、いろんなことを試して。その中で、『これだ』って思えるものに、出会ったの」


「いろんなことを……試す」


「そう。——だから、フィー。あなたも、気になることがあったら、何でもやってみたらいい。——きっといつか、あなたにしかできない何かが、見つかるわ」



 メイアさんの言葉は——わたしの胸に、じんわりと染み込んだ。


 いろんなことを試してみる。——その中で、わたしの「これだ」を見つける。


(——そうか)


 わたしは——少しだけ、心が軽くなった。


 今は、まだ、わたしの特別な力なんて、わからない。でも——焦らなくて、いいんだ。これから少しずつ、いろんなことに挑戦して——探していけば、いい。


 いつか——ルキさまの本当の力に、なれる何かを。



 その夜。わたしは——窓辺に立って、星空を見上げた。


 たくさんの星が——きらきらと、瞬いている。


(——ルキさま)


 わたしは——心の中で、呼びかけた。


(——わたし、頑張ります。——今はまだ、小さなことしかできないけど。いつかきっと——あなたの力になれるように)


 ルキさまの、疲れた顔を思い出す。——あの人の重荷を、少しでも軽くしてあげたい。隣で、支えたい。


 この気持ちの名前を、わたしは——まだ、知らない。


 でも。——あたたかくて、少しせつなくて——とても大切な気持ちだ、ということは、わかる。


 わたしは——星空に、そっと誓った。


(——もっと、強くなる。——あなたの隣に、いられるように)


 星が——やさしく、瞬いていた。


 まるで——わたしの、その小さな決意を、見守ってくれているかのように。

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