第69話 通い合う心
クラリスティアが、グレイと接触してから——数日後。
彼女から、思いがけない報せが、届いた。
「ルキウス。——グレイ殿の、ほうから。わたくしに、連絡が、あったの」
クラリスティアの声は——少し、弾んでいた。
「先日の、催しで。わたくしが、『陛下のために心を砕く仲間を求めるなら訪ねて』と、伝えたでしょう。——あれから、ずっと。考えて、くださっていたみたい。そして——『一度、お話を伺いたい』と」
(——グレイさんの、ほうから)
ワタシの胸が——高鳴った。
あの慎重な、老侍従が。自ら、一歩、踏み出してくれた。それは——彼の中で、何かが、動いた、証だった。
「ただし——相手は、まだ、わたくしたちを、完全には信じていない。見極めようと、しているのよ。だから、ルキウス。次は、あなたが、会うべきだわ。あなたには——人の本心を、見抜く力が、あるもの」
ワタシは——深く、頷いた。
クラリスティアが、繋いでくれた糸を——今度は、ワタシが手繰る番だった。
もちろん、細心の注意を払って。大神官の目も、剣聖の影も——避けねば、ならない。
*
会う場所は——クラリスティアが手配した。
とある、目立たぬ教会の一室。ヨハンの改革派と縁のある場所だ。人目につかず——密談には、もってこいだった。
約束の刻限。ワタシがその部屋で待っていると——一人の老人が、入ってきた。
白髪の、痩せた老人。——けれど、その立ち姿には、確かな品があった。
「……あなたが、ルキウス殿ですかな」
「はい。——お会いできて光栄です。グレイさん」
ワタシは、頭を下げた。
そして、さりげなく、鑑定の力を——その老人へと、向けた。
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グレイ(王宮侍従)
種族:人間/年齢:68
習得スキル:礼法/王宮作法/人心の機微
潜在素質:【忠義】★★★★★
備考:四十年余、王家に仕える。幼き日の陛下の、ただ一人の話し相手。王の身を案じ、その解放を、誰よりも願っている
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(——忠義、星五つ。……こんな鑑定、初めて見た)
そして、鑑定は——その心の奥までも、静かに映し出していく。
*
グレイの心が——静かに、流れ込んできた。
(——ああ)
ワタシは——胸を、打たれた。
そこにあったのは、深い、深い忠義と。——そして、悲しみ、だった。
幼い王への、慈しみ。その王が囚われていくことへの、耐えがたい無念。何もできぬ自分への——歯がゆさ。そして——大神官への、静かな、けれど燃えるような——怒り。
偽りは——どこにも、なかった。
この老人は、本物だ。心の底から、王を案じ——その自由を、願っている。
(——クラリスティアの言った通りだ)
*
「グレイさん」
ワタシは——意を決して言った。
探り合いは、もう、いらない。この人は信じられる。——ワタシは、そう確信していた。
「率直に——申し上げます。ワタシたちは——陛下を、お救いしたいと、願っています」
グレイの目が——大きく、見開かれた。
「陛下が、大神官に囚われ——御心を、押し殺しておられる。それを、解き放ちたい。陛下に、本来のお姿を——取り戻していただきたいのです」
ワタシは——まっすぐグレイを見て言った。
「そのために——どうか、お力を貸してください」
*
しばらく——グレイは、何も言わなかった。
ただ——震える瞳で、ワタシを見つめていた。
やがて、その皺だらけの頬を、一筋の涙が——伝った。
「……ありがたい」
グレイは——絞り出すように言った。
「そのようなお言葉を——聞ける日が、来ようとは。わしは、もう——諦めて、おりました」
老侍従は——堰を切ったように、語り始めた。
「陛下は——本当に、お優しい御方なのです。幼い頃から、民を思いやり、学問を好まれ。いつか——よき王になろうと——努めておられた」
その声は——震えていた。
「ですが——陛下の、お側には。味方が、誰も、おりませんでした。お生まれになった時から、ご身辺は、大神官の息のかかった者ばかり。——心を、許せる相手など、一人も」
グレイは——遠くを見るような目をした。
「ただ、わしだけには——本当の御心を、打ち明けてくださった。世話役の、この老いぼれにだけは。『グレイ、余は、いつか民のための王になりたい』と。——幼い陛下の、あのお言葉を。わしは、今でも——忘れられませぬ」
ワタシは——胸を、締めつけられた。
味方のいない、幼い王。ただ一人、心を許せた、老いた世話役。その、二人だけの——ささやかな絆。
「……ですが」
グレイの声が——曇った。
「大神官は、少しずつ。陛下から——力を。お側の者を。お言葉を、奪っていった。今では、陛下は——ただ玉座に座らされるだけの——人形のように」
「それは——今の陛下だけの、話ですか」
ワタシが、問うと。グレイは——力なく、首を振った。
「いいえ。——先代の陛下も。その、また先代も。みな、同じでした。大神官という地位の者が、代々——王家から、実権を奪い続けてきたのです。もう——何百年も。この国の王は——名ばかりの、囚われ人。それが——ずっと、続いてきた」
(——っ)
ワタシは——言葉を失った。
現王、一代の話では、ない。何代も、何代も。この国の王は——大神官に、心を、奪われ続けてきた。それは——気が遠くなるほど、根深く、長い、闇だった。
*
「わしは——ずっと、見ておりました」
グレイの涙は——止まらなかった。
「お側に仕えながら、何もできぬまま——陛下が、日に日に、光を失っていかれるのを。ただ——見守ることしか、できなかった。——この不甲斐なさ。——どれほど、悔やんだことか」
(——グレイさん)
ワタシの胸も——熱くなった。
この老人は、四十年、たった一人で、この苦しみを——抱えてきたのだ。誰にも——言えぬまま。
「もう——お一人では、ありません」
ワタシは——静かに言った。
「ワタシたちが、います。陛下をお救いしたいと願う仲間が。——あなたと、同じ思いを抱く者たちが」
グレイは、顔を上げた。その目に——もう、警戒の色はなかった。ただ——深い信頼と、かすかな希望が、宿っていた。
「……ルキウス殿。——わしに、できることがあれば、何なりと、お申し付けください。この老いぼれの命——陛下のために使えるなら——本望です」
*
こうして、ワタシたちは、ついに——王へと繋がる、確かな味方を——得た。
グレイは——約束してくれた。
まずは、折を見て、陛下に——ワタシたちの存在を、それとなく——お伝えすること。陛下の御心を——少しずつ、こちらに——向けていただくこと。
もちろん、一気には、動けない。大神官の監視は、厳しい。焦れば——すべてが、水の泡だ。
だが、確かに。道は——繋がり始めた。
*
その帰り道。ワタシは——胸の高鳴りを、抑えられずにいた。
囚われの王。その孤独な玉座へ。ようやく——一本の糸が、届こうとしている。
グレイという、王を案じる、老侍従。彼が——ワタシたちと王を、繋いでくれる。
(——少しずつ、だ)
ワタシは——自分に言い聞かせた。
焦らず、慎重に、王の御心を、こちらに——たぐり寄せていく。
もし、王が、ワタシたちと、心を通わせてくれたなら。——大神官の支配を、内側から——崩すことができる。
何百年も続いてきた、囚われの王の歴史。その鎖を。ワタシたちの代で——断ち切れるかもしれない。
(——進む)
ワタシは、夜空を見上げて——こぶしを握った。
囚われの王のために。そして、グレイの、あの長年の無念を——晴らすために。
味方のいなかった、幼い王。ただ一人、寄り添い続けた、老いた侍従。——その、ささやかな灯に。ワタシたちの灯を、重ねることが、できたなら。
きっと、あの孤独な玉座にも。いつか——あたたかな光が、差すはずだ。
ワタシは、そう信じて。歩みを止めるつもりは——なかった。




