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第59話 知恵の灯

 仲間たちの踏ん張りで、商会はどうにか——持ちこたえていた。


 でも。——それも、いつまで続くか、わからない。締めつけは、緩む気配がない。このままでは——じり貧だ。


(——何か、手を打たないと)


 ワタシは、考え続けた。


 既存の商いは、検査と特別税で——がんじがらめだ。なら——その土俵では、戦わない。敵がまだ、網を張っていない——新しい何か。それを生み出すしか、ない。



 その夜。ワタシはニコと、膝を突き合わせて——知恵を絞った。


「なあ、ニコ。——今、商会でいちばん人気の品は?」


「そりゃあ、石けんと、メイアの薬だな。——だが、どっちも今は、検査で足止め食らってる」


「うん。——だったら。検査の対象になりにくくて——みんなが、どうしても欲しがる。そんな新しい品を、作れないかな」


 ワタシの頭の中には——おぼろげな像があった。


 前世で——ありふれていたもの。この世界には、まだないもの。——それを、思い出していたのだ。


 でも——それを「前世で見た」とは、言えない。だからワタシは、あくまで、ニコと話す中で——思いついたふりをして。少しずつ、形にしていった。



「——たとえば、さ」


 ワタシは、慎重に切り出した。


「石けんに——花の香りや、薬草の成分を混ぜたら、どうかな。ただ汚れを落とすだけじゃなく——いい香りがして、肌にも優しい。そんな石けん」


「ほう」と、ニコが目を見開いた。


「それから——メイアの薬草の知識を使って。飲んで美味しくて、体にもいい——お茶のようなものも、作れないかな。薬ほど苦くなくて、毎日飲みたくなるような」


 ニコの目が——だんだん輝いてきた。


「旦那……それ、面白えぞ。——ただの石けんや薬じゃねえ。『暮らしを、ちょっと豊かにする』。そういう贅沢品、ってわけだ」


「うん。——しかも、これは。日用品の検査の枠には——きっちりとは当てはまらない。新しい種類の品、だからね」


(——前世でいう、"付加価値"商品だ)


 ワタシは、内心で思った。


 ただの必需品ではない。「あったら嬉しい」「気分が上がる」。——そういう、心を満たす品。前世では——当たり前にあった。でも、この世界には、まだほとんどない発想だった。



 ワタシたちは、さっそく試作に取りかかった。


 メイアが、薬草の知識を活かして、香りのいい薬草茶を調合する。職人たちが、花のエキスを練り込んだ石けんを作る。——みんな、目を輝かせて、新しい品作りに励んだ。


 締めつけで沈んでいた商会に——久しぶりの活気が、戻った。


 そして——完成した品を、ワタシは商会に集う人々に——そっと、お披露目した。



「まあ……! なんて、いい香り」


 香り付きの石けんを手に取った女性が——頬をほころばせた。


「これで体を洗ったら——一日中、幸せな気分でいられそう」


「このお茶も——美味しいねえ。薬みたいに苦くないし——ほっとする」


 人々は——目を輝かせた。


 そう。——これこそが、ワタシの狙いだった。


 大神官は、商会の「必需品」を、締め上げている。——でも。人の心は、必需品だけでは——動かない。


 「これが欲しい」「この商会の品が好きだ」。——そういう、心からの需要は。検査でも、特別税でも——止められない。



 しかも——ワタシたちには、強い味方があった。


 商会の評判だ。


 教会に糾弾されても屈せず、慈悲深い神官を救い——弱き者を雇い続ける商会。その評判は、すでに王都の人々の心に——深く根づいていた。


「アステリア商会の、新しい品だって?」


「あそこの品なら、間違いないさ。——買ってみようじゃないか」


「あの商会を、応援したいしね」


 人々は——こぞって、新商品を求めてくれた。


 「あの商会の品だから」。——その信頼が、何よりの後押しになった。


(——この道だ)


 ワタシは、確信した。


 締めつけられた必需品の代わりに、「人々が心から欲しがる、新しい品」を。そして、それを「商会への信頼」と結びつける。——力でも、小細工でもない。知恵と——積み重ねてきた評判で、道を切り開く。



 新商品は——飛ぶように売れた。


 締めつけで落ち込んでいた商会の稼ぎは——少しずつ、息を吹き返していった。


 もちろん——これですべてが解決した、わけじゃない。大神官はまた、新しい手を打ってくるだろう。


 でも。——ワタシたちは、示したのだ。どんなに締めつけられても——知恵と、人々の信頼があれば、道は開ける、ということを。


「やったな、旦那!」


 ニコが、嬉しそうにワタシの肩を叩いた。


「あんたの、その知恵。——いったい、どこから湧いてくるんだ? まったく。——おれたちの旦那は、底が知れねえぜ」


「ははは。——ニコと、みんなで考えたものだよ」


 ワタシは、笑って答えた。


 前世の記憶。——それは、ワタシだけの秘密だ。でも、それを——この世界で、みんなのために活かせるなら。


 ワタシは——前世を生きたことにも、きっと——意味があったのだと。そう、思えた。



 その夜。ワタシは、賑わいを取り戻した商会を眺めながら——静かに、こぶしを握った。


 締めつけは——まだ、続く。敵は——手強い。


 でも。——ワタシには、仲間がいる。知恵が、ある。そして——人々の心が、ついていてくれる。


(——まだ、戦える)


 力を振るわなくても——道は、ある。


 知恵で。人の心で。——一つずつ、乗り越えていく。


 それが——ワタシの秘めた力とは、また違う——もう一つの戦い方だった。


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