第58話 灯を守る人々
王の名を盾にした締めつけは、日に日に、商会の首を絞めていった。
売上は落ち、仕入れは滞り、蓄えも。——少しずつ、削られていく。
(——このままじゃ)
ワタシは、帳簿を前に、頭を抱えた。
いちばんつらいのは——お金のことじゃない。商会で働くみんなの暮らしを。——脅かしてしまっていることだった。
*
ある日。ワタシは意を決して、商会のみんなを集めた。
「——みんなに。正直に話さなきゃ、いけないことがある」
ワタシは、頭を下げた。
「商会は今、とても苦しい。王宮からの締めつけで——稼ぎが減っている。だから……しばらく、給金を減らさざるを得ない。本当に……すまない」
ワタシは、唇を噛んだ。
救う、と言って、職を与えて。——なのに。その暮らしを今、ワタシは脅かしている。——情けなかった。
ところが。
*
「——何を言ってるんですか、ルキさま」
最初に声を上げたのは、年老いたあの、元奴隷の女性だった。
「給金が減るくらい。——なんですか。あたしらは、あんたに命を救ってもらった。それに比べりゃ——屁でも、ありませんよ」
「そうだ、そうだ!」
別の男も、声を上げた。
「おれたちは、鎖につながれてた頃に比べりゃ——今は、天国だ。少しくらい稼ぎが減ったって——文句なんか、あるもんか」
ワタシは——驚いて、顔を上げた。
みんなの顔には——不安も、あった。でも、それ以上に——強い何かが、宿っていた。
*
「——なあ、ルキさま」
ラントが、進み出て言った。
「おれたちに、できること。——ないですか? ただ守られてるだけなんて。——おれは、嫌だ」
その言葉に、みんなが頷いた。
「あたしも! 繕い物なら、いくらでもやるよ」
「おれは、力仕事なら任せてくれ」
「あたしは……夜なべしてでも、石けんをもっと作る」
次々と——声が、上がった。
かつて、何もできないと——役立たずと虐げられていた人々。明日をも知れぬ、奴隷だった人々。
そのみんなが——今、自分から。「役に立ちたい」「灯を守りたい」と——立ち上がっている。
(——ああ)
ワタシの胸が——熱くなった。
*
それから。商会のみんなは——本当によく、踏ん張ってくれた。
給金が減っても、誰一人——辞めなかった。むしろ、今まで以上に——懸命に働いた。
手の空いた者は、互いの仕事を手伝った。食べ物を分け合い、励まし合い——少ない稼ぎを、みんなで工夫してやりくりした。
年寄りは子どもの面倒を見て、若い者は力仕事を引き受けた。薬師のメイアは、限られた薬草で——少しでも多くの品を作ろうと、夜遅くまで工房にこもった。
誰も——音を上げなかった。
大神官は。「商会を締め上げれば、働く者たちは逃げ出し、商会は内側から崩れる」と——そう踏んでいたのだろう。
でも。——逆だった。
苦境は——むしろ、みんなの絆を——固く、固く、結びつけていた。
*
その光景を見ながら。ワタシは——一つのことに、気づいた。
ワタシは——救ったつもりで、いた。鎖を解き、職を与え——彼らを守っているつもりで。
でも。——違った。
今、苦しいこの時に——ワタシを、商会を——支えてくれているのは。ほかでもない。ワタシが救ったはずの——あの人たちだった。
(——ワタシは)
ワタシは——込み上げるものを、こらえた。
(——ワタシは、一人で灯を守っているつもりだった。でも——違った。この灯は——みんなで、守っているんだ)
*
その夜。ワタシは、工房で遅くまで働くみんなの姿を——そっと、見ていた。
疲れているはずなのに——誰の顔にも、笑みがあった。互いを思いやり、助け合う——温かい笑みが。
かつて——光を奪われ、物のように扱われた人々。その人たちが今——自分の意思で、誰かのために——その手を、動かしている。
(——これだ)
ワタシは、思った。
(——ワタシが守りたかったのは——この光景、なんだ)
締めつけは——まだ、続く。苦しい日々も——終わらない。
でも。——もう、ワタシは一人じゃない。これほど頼もしい仲間たちが、同じ灯を囲んで——共に踏ん張ってくれている。
(——負けない。——絶対に)
みんなの笑顔が、ワタシに——新たな力を、くれた。
どんなに締めつけられても、この灯は——消えない。
なぜなら、それはもう。ワタシ一人の灯ではなく——みんなの灯に、なっていたのだから。




