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第55話 締めつける手

 謁見での脅し。——それに屈しなかった、ワタシたちへの。大神官の答えは——早かった。


 ある日。王宮から、一つの布告が発せられた。


『アステリア商会の商いには、近頃、不正の疑いあり。よって当面の間、その取引に、特別の監督を課すものとする。——王の名において』


「……来た、か」


 ワタシは、その布告を読んで——奥歯を噛んだ。



 「特別の監督」。——その実態は、あからさまな嫌がらせだった。


 商会の荷には、逐一、王宮の役人による検査が入る。少しでも不備があれば——容赦なく差し止め。仕入れにも販売にも、重い特別税が課せられる。行商の許可も、次々と取り消されていった。


「ちくしょう……! こいつは、ひでえ」


 ニコが、帳面を叩きつけた。


「やってることは、ただのいじめだ。だが——『王の名』でやられちゃ、文句のつけようがねえ。役人どもも、『王命だ』の一点張りで。——取りつく島も、ねえ」


 ワタシは——唇を噛んだ。


 ニコの言う通りだった。


 これまでの、ボルツ伯爵の妨害なら、商売の知恵で対抗できた。教会の糾弾なら、世論で押し返せた。——でも。これは、違う。


 「王の名」という、誰も逆らえぬ看板を掲げた、合法的な——締めつけ。表向きは、正当な行政。それゆえに——抗う術が、ほとんどない。



 商会の経営は、じわじわと——圧迫されていった。


 検査で足止めされる荷。膨れ上がる税。失われていく行商のルート。——日に日に、商会の台所は、苦しくなっていった。


「このままじゃ……商会が、保たないかもしれません」


 メイアが、不安げに言った。


「仕入れが滞れば、薬も石けんも作れません。そうなれば——働くみんなの暮らしも……」


(——っ)


 ワタシの胸が、痛んだ。


 商会で働く仲間たち。——解放した人々。彼らの暮らしが、この締めつけのせいで、脅かされている。


 大神官は——巧妙だ。ワタシを直接攻撃するのではない。商会の土台を、じわじわと崩し、ワタシが守ろうとしている人々の暮らしごと——窒息させようとしている。



 それでも——ワタシたちは、簡単には屈しなかった。


 ニコが、知恵を絞った。検査を見越して、荷の回し方を工夫する。特別税のかからない品目に、活路を見出す。クラリスティアが、貴族の伝手で、少しでも風当たりを和らげようと動く。


「——苦しいけど。まだ、終わりじゃない」


 ワタシは、皆を励ました。


「向こうは、ワタシたちが音を上げるのを待ってる。だったら——意地でも、音を上げない。耐えて、しのいで。——できることを、続けよう」


 仲間たちは——頷いた。


 苦しい。けれど。——ここで商会を畳めば、働くみんなが路頭に迷う。何より——「灯」が消える。それだけは。——させられない。



 ——その頃。


 ワタシは知らなかったが。大神官は——苛立っていた。


 (後に、ヨハンが、教会内の知り合いから聞いた話だ)


 王の名を使った締めつけ。それでも——あの商会は、しぶとく生き延びている。潰れる気配が、ない。


 「なぜだ。なぜ潰れぬ」と。あの老人は——苛立ちを募らせていた、という。


 これまで、ボルツ伯爵を使い、教会の糾弾を行い、王の権威まで持ち出した。——その、すべてを。あの小さな商会は、耐え、しのいできた。


 追い詰められているのは——むしろ、大神官のほうかもしれなかった。


 そして——追い詰められた者が、次に何をするのか。——それを思うと、ワタシは、背筋が寒くなる思いだった。



 その夜。ワタシは窓辺に立って——王宮の方角を見つめた。


 締めつけは、苦しい。商会は、日に日に追い込まれている。——でも。


(——負けない)


 ワタシは、こぶしを握った。


 ここで屈すれば、大神官の思う壺だ。「秩序を乱す者は、こうなる」という——見せしめに、されてしまう。


 耐える。しのぐ。——そして、いつか。あの囚われの王に、届く道を見つける。


 それまで——この灯を。何としても——守り抜く。


 苦しい日々が、これからも続くだろう。——でも。ワタシには、共に耐えてくれる仲間がいる。


(——大丈夫。——まだ、戦える)


 ワタシは、自分に言い聞かせるように——そう思った。


 見上げた空は——どんよりと、重く曇っていた。何か大きなものが、近づいている。——そんな予感が、拭えなかった。

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