第55話 締めつける手
謁見での脅し。——それに屈しなかった、ワタシたちへの。大神官の答えは——早かった。
ある日。王宮から、一つの布告が発せられた。
『アステリア商会の商いには、近頃、不正の疑いあり。よって当面の間、その取引に、特別の監督を課すものとする。——王の名において』
「……来た、か」
ワタシは、その布告を読んで——奥歯を噛んだ。
*
「特別の監督」。——その実態は、あからさまな嫌がらせだった。
商会の荷には、逐一、王宮の役人による検査が入る。少しでも不備があれば——容赦なく差し止め。仕入れにも販売にも、重い特別税が課せられる。行商の許可も、次々と取り消されていった。
「ちくしょう……! こいつは、ひでえ」
ニコが、帳面を叩きつけた。
「やってることは、ただのいじめだ。だが——『王の名』でやられちゃ、文句のつけようがねえ。役人どもも、『王命だ』の一点張りで。——取りつく島も、ねえ」
ワタシは——唇を噛んだ。
ニコの言う通りだった。
これまでの、ボルツ伯爵の妨害なら、商売の知恵で対抗できた。教会の糾弾なら、世論で押し返せた。——でも。これは、違う。
「王の名」という、誰も逆らえぬ看板を掲げた、合法的な——締めつけ。表向きは、正当な行政。それゆえに——抗う術が、ほとんどない。
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商会の経営は、じわじわと——圧迫されていった。
検査で足止めされる荷。膨れ上がる税。失われていく行商のルート。——日に日に、商会の台所は、苦しくなっていった。
「このままじゃ……商会が、保たないかもしれません」
メイアが、不安げに言った。
「仕入れが滞れば、薬も石けんも作れません。そうなれば——働くみんなの暮らしも……」
(——っ)
ワタシの胸が、痛んだ。
商会で働く仲間たち。——解放した人々。彼らの暮らしが、この締めつけのせいで、脅かされている。
大神官は——巧妙だ。ワタシを直接攻撃するのではない。商会の土台を、じわじわと崩し、ワタシが守ろうとしている人々の暮らしごと——窒息させようとしている。
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それでも——ワタシたちは、簡単には屈しなかった。
ニコが、知恵を絞った。検査を見越して、荷の回し方を工夫する。特別税のかからない品目に、活路を見出す。クラリスティアが、貴族の伝手で、少しでも風当たりを和らげようと動く。
「——苦しいけど。まだ、終わりじゃない」
ワタシは、皆を励ました。
「向こうは、ワタシたちが音を上げるのを待ってる。だったら——意地でも、音を上げない。耐えて、しのいで。——できることを、続けよう」
仲間たちは——頷いた。
苦しい。けれど。——ここで商会を畳めば、働くみんなが路頭に迷う。何より——「灯」が消える。それだけは。——させられない。
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——その頃。
ワタシは知らなかったが。大神官は——苛立っていた。
(後に、ヨハンが、教会内の知り合いから聞いた話だ)
王の名を使った締めつけ。それでも——あの商会は、しぶとく生き延びている。潰れる気配が、ない。
「なぜだ。なぜ潰れぬ」と。あの老人は——苛立ちを募らせていた、という。
これまで、ボルツ伯爵を使い、教会の糾弾を行い、王の権威まで持ち出した。——その、すべてを。あの小さな商会は、耐え、しのいできた。
追い詰められているのは——むしろ、大神官のほうかもしれなかった。
そして——追い詰められた者が、次に何をするのか。——それを思うと、ワタシは、背筋が寒くなる思いだった。
*
その夜。ワタシは窓辺に立って——王宮の方角を見つめた。
締めつけは、苦しい。商会は、日に日に追い込まれている。——でも。
(——負けない)
ワタシは、こぶしを握った。
ここで屈すれば、大神官の思う壺だ。「秩序を乱す者は、こうなる」という——見せしめに、されてしまう。
耐える。しのぐ。——そして、いつか。あの囚われの王に、届く道を見つける。
それまで——この灯を。何としても——守り抜く。
苦しい日々が、これからも続くだろう。——でも。ワタシには、共に耐えてくれる仲間がいる。
(——大丈夫。——まだ、戦える)
ワタシは、自分に言い聞かせるように——そう思った。
見上げた空は——どんよりと、重く曇っていた。何か大きなものが、近づいている。——そんな予感が、拭えなかった。




