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第54話 囚われの王

 謁見から戻った、その夜。


 ワタシは仲間を集めて、王宮での出来事を、すべて話した。


 大神官の狙い。「王の権威」で、ワタシたちを脅し、抑え込もうとする、その意図。そして——初めて目にした、黒幕の姿。あの、底知れぬ威圧感。


「……やっぱり、脅しに来たわけか」


 ニコが、苦々しげに唸った。


「『王が見ているぞ』ってな。——逆らえば、反逆罪。うまいこと考えやがる。教会の力でも、世論でも潰せねえ。なら、王の名で黙らせる、ってわけだ」


「ええ」と、ワタシは頷いた。「大神官は——自分の手を汚さない。『王の権威』という、誰も逆らえない看板で、ワタシたちを追い詰めようとしている」


 部屋に、重い空気が流れた。


 王の名。——それは確かに、これまでで、いちばん厄介な壁だった。



「——でも」


 ワタシは続けた。


「ワタシは王宮で——もう一つ、気づいたことがある。あの王は——ただの傀儡では、ないかもしれない」


「……どういうこと?」と、クラリスティア。


「謁見の間で、王は、大神官の意を受けた言葉を述べた。心のこもらない牽制を。——でも。その瞳の奥に、ワタシは見たんだ。——深い諦めと、苦悶を」


 ワタシは、言葉を選びながら続けた。


「気になって——鑑定で、王の心を、少しだけ読み取った。——危険なのは、わかってた。でも、確かめずには、いられなかった」


 ワタシは、あの時、流れ込んできた感覚を、思い起こした。


「王の心は——縛られ、封じられ、声を奪われていた。まるで——囚われ人のようだった。深く押し殺された後悔。叶わないと知りながら、捨てきれない、何かへの想い。——あれは、大神官の言いなりに満足している、傀儡のものとは、思えなかった」



 仲間たちは——息を呑んだ。


「……つまり」と、セバスがゆっくりと言った。「あの王は、心の奥底では、大神官の支配を——快く思っていない。むしろ——抗いたいと願っている。そういうことで、ございますか」


「……たぶん」と、ワタシは頷いた。「確証は、ない。でも——そう感じた」


「なるほど、な」と、ニコが腕を組んだ。「もし、それが本当なら。——こいつは、でかい話だぜ」


 ニコの目が、鋭く光った。


「考えてもみろよ。——この国で唯一、大神官の上に立てる御方。それが、王だ。その王が——大神官に不満を抱いてる、ってんなら。——味方に引き込めれば。形勢は、一気にひっくり返る」


(——そうなんだ)


 ワタシの胸が、高鳴った。


 囚われの王。——もし、その鎖を、ワタシたちが解くことができたなら。大神官の支配そのものを——内側から崩せるかもしれない。



「——だが。そう簡単な話では、ないわ」


 水を差すように言ったのは、クラリスティアだった。


「考えてもみて。王は——大神官に、がんじがらめにされている。幼い頃から、ずっと。側近も、侍従も。王宮の人間は、ほとんどが——大神官の息のかかった者でしょう」


 彼女の声は、冷静だった。


「そんな王に——どうやって近づくの? 王と二人だけで話す機会なんて、まず与えられない。下手に接触を図れば——『王に取り入ろうとした』と。それこそ、反逆の口実にされる」


(——っ)


 ワタシは、言葉に詰まった。


 クラリスティアの言う通りだった。


 王が囚われの身だと、わかっても。その王に近づく術が、ない。厳重に囲われた王宮の奥。そこにいる王へ——どうやって、声を届けるのか。


 希望は——見えた。でも。その希望は——あまりにも遠く、高い壁の向こうに、あった。



「……難しい、ですね」


 ワタシは、ため息をついた。


「でも——わかったことも、ある。王は、敵じゃないかもしれない。むしろ——ワタシたちと同じ。大神官に囚われ、苦しんでいる。それが、わかっただけでも。——大きい」


「さようでございますな」と、セバスが静かに頷いた。


「王が、心の奥で、改革を望んでおられるなら。——それは、私たちの戦いにとって、大きな希望。——いつか、その御心に届く道が、見つかるやも、しれませぬ」


 セバスの言葉に、皆が頷いた。


 今は——まだ、その道は見えない。けれど。——知ったのだ。玉座の上にいるのは、冷たい敵ではなく——縛られた、一人の人間だ、ということを。



 その夜。ワタシは一人、あの王の瞳を——もう一度、思い返していた。


 深い諦め。押し殺された後悔。——叶わぬと知りながら、捨てきれない想い。


(——あの御方も)


 ワタシは思った。


(——きっと。本当は——何かを変えたいと、願っていたんだ)


 大神官にすべてを奪われ、声を封じられ、ただ玉座に座らされている。——そんな、囚われの王。


 ワタシたちが解放してきた、奴隷たちと——どこか似ている気がした。鎖の形は違っても。「自由を奪われている」という、その一点で。


(——いつか)


 ワタシは、夜空を見上げて思った。


(——いつか。あの御方の鎖も、解いてみせる)


 それが、どれほど困難な道か。——今は、まだわからない。


 でも。——囚われた王を、見過ごすことは、ワタシにはできなかった。


 たとえ、相手が——この国の頂にいる人で、あっても。

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