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第52話 王宮からの使者

 それは、あまりにも突然だった。


 ある日の昼下がり。商会に——一台の立派な馬車が、横づけされた。


 紋章入りの馬車。——ただの貴族のものではない。それを見た瞬間、商会の空気が——凍りついた。


 馬車から降りてきたのは、仰々しい装束をまとった使者。その者はワタシの前に進み出ると——うやうやしく、一通の書状を掲げた。


「ルキウス・フォン・アーデルハイト様。——王宮より、火急の召喚でございます」


(——え)


 ワタシは一瞬、言葉の意味が——理解できなかった。


 王宮。——召喚。


 その二つの言葉が、頭の中で結びついた瞬間。——ワタシの背筋に、氷のようなものが走った。



 書状には、こう記されていた。


 ——ルキウス・フォン・アーデルハイト、ならびに、その父、辺境伯ガイウス・フォン・アーデルハイトを王宮に召喚する。速やかに、参内せよ。


「……父上、も」


 ワタシは、呆然と書状を見つめた。


 ワタシだけではない。当主である父も。——共に呼ばれている。


 使者が立ち去った後。商会には——重い沈黙が落ちた。


「……旦那」と、ニコがかすれた声で言った。「こいつは……どういうことだ。王宮、だぞ。一介の商会の主が——王に呼ばれるなんて」


 ニコの顔は——青ざめていた。


 無理もない。ワタシたちはこれまで、貴族や教会を相手にしてきた。——でも、王宮は、この国の頂。次元が違う。



 ワタシは——必死に、頭を巡らせた。


 なぜ、今、王宮が——ワタシを呼ぶのか。


(——いや。違う)


 ワタシは悟った。


 これは——王の意思では、ない。


 先日、ヨハンが言っていた。「追い詰められたあのお方は、必ず別の手を打ってくる」と。——これだ。


 大神官。——あのお方がついに、「王の権威」を持ち出してきたのだ。


 世論では、もうワタシたちを抑えられない。教会の声でも。——ならば。この国でただ一つ、誰も逆らえぬ力。「王の名」を使って——ワタシたちを抑え込みにかかってきた。


(——なんてことだ)


 ワタシの手が——震えた。


 王に逆らうことは——「反逆」だ。教会に楯突くより、はるかに重い。下手をすれば——一族もろとも、罪に問われかねない。


 大神官は——自らは影に潜んだまま。「王」という最強の看板を、ワタシたちに突きつけてきたのだ。



 その夜。


 ワタシはすぐに、辺境の父に、事の次第を知らせる早馬を出した。——だが、書状はすでに、父のもとにも届いているはずだった。


 そして——ワタシは、仲間を集めた。


「王宮に、呼ばれた。——父上と、二人で」


 ワタシが告げると、皆の顔がこわばった。


「これは——大神官の差し金だ。間違いない。世論で押されたあのお方が、『王の権威』を使って、ワタシを抑え込もうとしている」


「……ルキさま」


 フィーが不安げに、ワタシの袖を握った。


「だ、大丈夫、なんですか。王宮、なんて。——もし、そのまま捕まえられたり、したら……」


 その声は、震えていた。


 ワタシは——フィーの手に、そっと自分の手を重ねた。


「大丈夫。——たぶん、すぐにどうこうされる、わけじゃない」


 ワタシは、努めて冷静に言った。


「向こうの狙いは、ワタシを脅すこと。『王が見ているぞ』『大人しくしろ』と——釘を刺すつもりだろう。いきなり罪に問うほど——まだ、こちらに決定的な証拠は、ないはずだ」


 でも——内心では。ワタシも——不安だった。


 相手は、王宮。何が起こるか——本当のところは、誰にもわからない。



「——だが」


 クラリスティアが、口を開いた。


 彼女の顔は、さすがに貴族令嬢らしく、冷静だった。


「悪いことばかりでは、ないわ、ルキウス」


「……というと?」


「考えてもごらんなさい。——あなたはこれから、この国の王に、直接お目にかかる。それは——めったにない機会よ」


 クラリスティアの緑の瞳が——鋭く光った。


「大神官は、あなたを脅すために、王の前へ引きずり出すつもりでしょう。——でも。その場には、王がいる。大神官の傀儡だとしても——王は、王。この国でただ一人、大神官の上に立ちうる御方」


(——っ)


「もし——その王に。あなたの思いが、少しでも届いたなら。——形勢は、大きく動くかもしれない」


 ワタシは——はっと、した。


 そうだ。——これは、危機でありながら。同時に——またとない機会、でもある。


 この国の頂に立つ人物に、直接、声を届けられる。——そんなこと、普通なら、あり得ない。



 ワタシは——深く、息を吸った。


 恐怖は、ある。罠かもしれない。脅しかもしれない。——でも。


(——行くしか、ない)


 逃げれば、それこそ「やましいことがある」と認めるようなもの。——堂々と参内し、何が待っていようと、受けて立つ。


 そして——もし。万に一つ、王の心に、何かを届けられる機会があるなら。——ワタシは、そのすべてを賭ける。


「——行ってくる」


 ワタシは、皆を見回して言った。


「父上と共に、王宮へ。——どんなことが待っていても。ワタシは、ワタシの信じる道を、曲げない」


 仲間たちの顔に——不安と。けれど、確かな信頼が、にじんでいた。


 こうして——ワタシは、生まれて初めて。この国の頂、王宮へと、足を踏み入れることになった。


 何が待っているのか。——まだ、わからない。


 ただ、胸の奥で。——これは、ただの脅しでは終わらない。そんな確信めいた予感だけが、静かに、研ぎ澄まされていた。

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