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幕間 バラの選んだ道 クラリスティア視点

 父に背いてから、わたくしの暮らしは、少しだけ変わった。


 オルブライト侯爵家の令嬢、という肩書きは、まだある。けれど——その後ろ盾は、もう、ない。


 「何かあれば、オルブライト家はお前を守らん」。——父のあの言葉は、本気だ。これから、わたくしが何をしようと、それはすべて、わたくし一人の責任。家は指一本、貸してはくれない。


 ——けれど。不思議と、心は——軽かった。



 思えば、わたくしはずっと、重いものを背負っていた。


 オルブライト家の娘として、父の望む令嬢であらねばならない。良き嫁ぎ先を見つけ、家のために、心を殺して生きる。——それが、わたくしの定められた道だった。


 氷の仮面は、その重さに耐えるための鎧だった。


 でも——今。わたくしは、その鎧を、自分の意思で——脱ぎ捨てた。


 父に「お断りいたします」と告げた、あの瞬間。生まれて初めて、わたくしは——「わたくし自身の人生」を、選んだのだ。


 怖かった。震えた。——でも。それ以上に。胸の中に、今まで感じたことのない——自由の風が、吹き込んできた。



 なぜ、わたくしは、こんなにも強くなれたのだろう。


 答えは——わかっている。


 ルキウス。——あの少年だ。


 彼に出会うまで、わたくしは、理想を語ることは罪だと思っていた。「奴隷も人間だ」と口にすれば、嘲笑われ、潰される。——だから、心を閉ざした。


 でも、彼はわたくしの理想を、笑わなかった。「ワタシも、同じことを思っています」と——静かに隣に立ってくれた。


 たった、それだけのことが、どれほどわたくしを救ったか。


 一人ではない。——そう知ったその日から、わたくしの世界は、色を取り戻し始めた。



 彼は——不思議な人だ。


 ただの辺境の三男のふりをしているけれど。その内側には、とても深い何かがある。


 わたくしはもう、確信している。彼は——きっと、何か大きな秘密を抱えている。あの規格外の聡明さ。あの迷いのない瞳。——とても、ただの子どもとは思えない。


 でも——わたくしは、あえて問わない。


 彼が自分から話してくれる、その日まで、待つと決めた。——わたくしにも、隠していた本心があったように。彼にも、彼の時があるのだろう。


 信じて、待つ。——それもまた、わたくしが彼から学んだことの一つだった。



 ……正直に言えば。わたくしは彼のことを——どう思っているのだろう。


 同志。——たしかに、そうだ。同じ理想を抱く、仲間。


 でも。それだけ、だろうか。


 彼が笑うと、わたくしの胸は、なぜか温かくなる。彼が危ない目に遭ったと聞けば——いても立ってもいられなくなる。


 あの倉庫の一件の時。「ルキウスが危ない」と知った、あの瞬間の——胸の潰れるような思い。あれは、ただの同志に抱く感情だったの、だろうか。


(——いえ)


 わたくしはそっと、頬に手を当てた。少し、熱い。


(——今は、考えないでおきましょう)


 わたくしには、まだやるべきことがある。大神官との戦い。本物の女神さまの心を取り戻す戦い。——この想いの名前を確かめるのは、すべてが終わった後でいい。


 ……でも。その日が来たら。


 わたくしは——きっと、自分の心に素直になろう。


 氷の仮面を脱いだように。——この想いにも、いつか、ちゃんと向き合おう。



 窓の外。王都の空が、茜色に染まっている。


 父の後ろ盾は、失った。これから待つのは、きっと茨の道だ。


 でも——わたくしは、もう一人ではない。


 ルキウスがいる。フィーがいる。商会のみんながいる。——かつて、氷の中でたった一人、震えていたわたくしには、考えられなかったほどの。温かい繋がりが、今、ここにある。


(——わたくしは、選んだのよ。お父様)


 わたくしは、茜色の空に向かって、心の中で呟いた。


(——家のためではない。誰かに決められた道でもない。——わたくし自身が信じる道を、わたくしは選んだのです)


 その選択に、一片の後悔もなかった。


 氷のバラは——自らの根で、新しい大地に、立とうとしていた。


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