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幕間 老神官の祈り ヨハン視点

 私、ヨハンはもう長いこと、祈り続けてきた。


 女神アステリアに。——どうかこの国に、本当の慈悲が戻りますように、と。



 私が神官になったのは、もう四十年も前のことだ。


 若き日の私は、純粋に信じていた。女神の教えは人々を救うものだと。弱き者に寄り添い、虐げられた者に手を差し伸べる。——それが聖職者の務めだと。


 古い聖典には、こうある。


 『女神は、もっとも小さき者、虐げられし者にこそ、手を差し伸べたもう』


 私はその一節を胸に刻んで、神に仕える道を選んだ。


 ——だが。教会の奥へ進むほど、私は気づいてしまった。


 今の教会が説いているのは、古い聖典の教えとは——まるで違うものだ、ということに。



「身分は、女神の定めた秩序である」


「卑しき者は、卑しきままあることが、女神の御心」


「鎖もまた、慈悲。秩序を守ることこそ、信仰である」


 いつの頃からか、教会はそんなことを説くようになっていた。


 弱き者を慈しむはずの教えが——弱き者を縛る鎖にすり替えられていた。


 私は抗おうとした。「それは、本来の教えとは違う」と。古い聖典を示して。


 ——だが。返ってきたのは、冷たい嘲笑と、「異端」の烙印だった。


 声を上げた同志たちは、一人また一人と「異端者」として追放され、あるいは——もっと恐ろしい末路を辿った。私の敬愛した老司祭も、志を同じくした若い修道士も。——皆、消えていった。


 私は——生き残るために、口をつぐんだ。


 心の中で祈りながら、表向きは長いものに巻かれて。——卑怯にも、生き延びてきた。


 四十年。——長い沈黙の年月だった。



 だから——あの商会の噂を聞いた時。私の胸は、久しぶりに——熱くなった。


 行き場のない者に手を差し伸べ、買われた奴隷にさえ、一人の人間として慈しみ、職と誇りを与える。——それはまさに、私がずっと取り戻したいと願ってきた、本来の女神さまの教えそのものではないか。


 私は——居ても立ってもいられなくなった。


 あの商会の若き主に、会いに行った。——そして、見たのだ。


 彼のまっすぐな瞳を。「本物の女神さまの心を取り戻したい」と語る、その迷いのない姿を。


(——ああ。女神さま)


 私は悟った。


(——あなたは、お見捨てになっていなかった。この腐りきった世に——ちゃんと、灯を遣わしてくださっていた)



 異端として捕らえられた、あの牢の中で。私は——不思議と、怖くなかった。


 四十年、口をつぐんで生きてきた私が、ようやく本当の信仰のために、声を上げられた。——その誇りが、あった。


 暗い石の牢で、私は祈った。


(——女神さま。もし、ここで私の命が尽きるとしても、悔いはありません。——ただ、どうか、あの若者たちの灯をお守りください。私にできなかったことを、成し遂げようとしている、あの子たちを)


 ——だが。女神さまは、私を見捨てなかった。


 膨れ上がった人々の声が、私を牢から救い出した。「慈悲を説く者を罰するな」と。——その声こそ、私が四十年待ち望んだ、人々の心の中に眠っていた、本物の信仰の目覚めだった。



 今、私は再び、自由の身だ。


 大神官は、これで引き下がりはしないだろう。次はもっと恐ろしい手を使ってくる。——私の命も、いつまであるかわからない。


 それでも。私は——もう、口をつぐまない。


 四十年の沈黙は、終わったのだ。


 残された命をすべて、本物の女神さまの教えを、この国に取り戻すために。——あの若者たちと共に、捧げよう。


(——女神さま)


 私は夜空を見上げ、静かに祈った。


(——どうか、あの子たちに、あなたの本当のお心が届きますように。——そして、いつか、すべての鎖が、この国から消え去る日が来ますように)


 その祈りは、もう。一人きりのものでは、なかった。

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