第47話 異端の烙印
報復は——ヨハンが声を上げてから、わずか数日後に訪れた。
その報せを持ってきたのは、商会に出入りする行商人だった。
「大変だ! ——ヨハン様が! 教会に捕らえられた!」
(——っ)
ワタシの頭が、真っ白になった。
「どういうことだ。詳しく話してくれ」
「へ、へい。——ヨハン様が広場で説教をなさった、あの件で。教会から『異端の疑いあり』と。——昨夜、神殿の兵に連れていかれたそうで」
異端。——その言葉に、ワタシは、初めて会った日にヨハンが言っていたことを思い出した。
『私たちのような、古い教えを守ろうとする者は。「異端」として隅に追いやられ、声を奪われてきました』——。
まさに、その手口だった。大神官は、自分たちに都合の悪い声を、「異端」の一言で握りつぶす。
*
ワタシはすぐに、仲間を集めた。
ニコ。セバス。そして、クラリスティア。事の次第を話すと、皆の顔が険しくなった。
「異端、ねえ」と、ニコが舌打ちした。「うまいことやりやがる。『教義に背いた』って名目なら、教会の独断で、どうとでもできる。——王国の法も、口を挟めねえ」
「ええ」と、クラリスティアが頷いた。「教会の内部のことには、世俗の貴族も、王さえも、容易には手を出せない。——それが、大神官の強みよ」
(——なんてことだ)
ワタシは奥歯を噛んだ。
ヨハンは、ワタシたちのために。本物の女神さまの教えのために。——声を上げてくれた。なのにワタシたちは、彼を守ることができない、というのか。
「——助けに、行く」
ワタシは立ち上がった。
「神殿に囚われてるなら、ワタシが——」
「待て、旦那」
ニコが、鋭く遮った。
「気持ちはわかる。けどな。——神殿に力ずくで乗り込むなんざ、正体を晒すようなもんだ。それこそ、大神官の思う壺だぜ」
(——っ)
ニコの言う通りだった。
力で助ければ、ワタシの正体は露見する。——そして、それこそが、大神官の狙っていることかもしれない。ヨハンを餌に、ワタシを引きずり出す。——あのボルツ伯爵と、同じ手口で。
力では、ない。——また、知恵で戦うしか、ない。
*
「——クラリスティアさん。力を貸してください」
ワタシは、彼女を見た。
「教会の独断とはいえ、ヨハンさんはまだ『疑い』の段階のはず。正式な断罪には、手続きがいる。——その間に、世論を動かせませんか」
「世論を?」
「ヨハンさんの説教を聞いた人は、大勢います。『あの神官の言葉は、正しかったのでは』と感じた人も。——その声を、大きくする。『慈悲を説いた神官を捕らえるとは、教会こそ女神さまの心に背いているのでは』と」
クラリスティアの目が、きらり、と光った。
「……なるほど。世論の後ろ盾を作って、教会がヨハンを断罪しにくい状況を、作るのね」
「はい。それに——」
ワタシは続けた。
「ヨハンさんを断罪すればするほど、教会は墓穴を掘る。だって——人々は見ています。商会で、一人の人間として扱われ、幸せに働く者たちの姿を。『弱き者を慈しめ』と説いた、ヨハンさんの言葉が、間違っていないことを。——力で口を塞ごうとするほど、教会の欺瞞が、露わになっていく」
*
ワタシたちは動いた。
クラリスティアが社交界で、「慈悲深い神官が、不当に捕らえられた」という話を広める。ニコが市井に、同じ話を流す。商会の仲間たちも、口々にヨハンの無実を訴えた。
じわじわと。世論は——動き始めた。
「あの、ヨハン様ってお方は。貧しい者に、いつも優しかったそうじゃないか」
「その方を、異端だなんて。——教会は、どうかしちまったのか?」
「慈悲を説くことが、異端なのかい……?」
人々の間に、教会への疑いの声が、少しずつ広がっていく。
大神官といえども、これだけの世論を無視してヨハンを断罪すれば——「教会は、慈悲を説く者を弾圧する組織だ」という印象が、決定的になってしまう。
それは——「女神の代弁者」を名乗る大神官にとって、看過できない痛手のはずだった。
*
数日後。ヨハンは——釈放された。
「証拠不十分」という名目で。けれど本当は——膨れ上がった世論の圧力に、教会が引かざるを得なかったのだ。
「……ご心配を、おかけしました」
やつれた顔で、けれど目には力を宿して、ヨハンは戻ってきた。
「まさか、こんなに早く出られるとは。——皆さんのおかげ、です」
「無事で、よかった……!」
ワタシは、心から安堵した。
けれど——ヨハンの表情は、晴れていなかった。
「ルキウスさん。——油断はできません。今回は、世論が味方しました。ですが——大神官は、これで引き下がるようなお方では、ない。むしろ——」
ヨハンの声が、低く沈んだ。
「次は、もっと強引で、容赦のない手を、使ってくるでしょう。——私たちはとうとう、本当に、あのお方を怒らせてしまったのかもしれません」
(——っ)
ワタシは、背筋に冷たいものを感じた。
ヨハンは、救えた。世論の戦いには、勝った。——でも。
これは、まだ。長い戦いの、ほんの入り口に過ぎないのだ。
大神官、ベルゲン。——その底知れぬ影が、今、確かに、こちらを見据えている。
ワタシは——迫り来る嵐の気配を、肌で感じながら。静かに、こぶしを握りしめた。




