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第5話 その才能、ワタシにしか視えてないやつだ

 鑑定の儀から、二年が過ぎた。


 十二歳になったワタシは、表向き、「ちょっと魔法が得意な、平凡な辺境伯三男」として、すっかり、定着していた。


 我ながら、演技は、板についてきたと思う。


 人前では、ほどほどの魔法しか使わない。質問されても、「うーん、よくわかんないですけど、なんとなく?」と、首をかしげてみせる。たまにわざと失敗して、「あちゃー」と頭を掻く。完璧な、凡人ムーブ。


(——うん。今日も、平凡。実に、平凡)


 その裏で、ワタシは、夜ごと、力を、磨き続けていた。


 もう、指先に光を灯すどころの話ではない。今のワタシなら、人目さえなければ——いや、その先は、まだ、口にするまい。とにかく、力は、順調に、育っていた。


 誰にも、気づかれないように。


 ただ一人を、除いて。



「……坊っちゃま」


 ある夜のことだった。


 屋敷の、誰も来ない、古い物置部屋。ワタシが、こっそり魔力の制御訓練をしていた、その背後から、静かな声がかかった。


 ぎくり、と、ワタシは、固まった。


 振り返ると、そこに、いたのは。


 執事の、セバスだった。


 白髪をきっちり撫でつけた、初老の男。アーデルハイト家に、長く仕える、家令。いつも、物腰やわらかく、けれど、何を考えているか、いまいち読めない人。


(——見られた)


 ワタシの、心臓が、嫌な音を立てた。


 今、ワタシがやっていたのは、「平凡な三男」が、できるはずのない、高度な制御訓練だ。言い訳のしようが——


「ご安心を」


 セバスは、ふっと、目を細めた。


「私は、何も、見ておりません。坊っちゃまが、夜な夜な、何やら熱心に勉学に励んでおられる。——ただ、それだけのこと、にございます」


「……セバス」


「坊っちゃまが、ご自分の力を、お隠しになる。それには、きっと、坊っちゃまなりの、お考えがある。——老いぼれは、余計な詮索は、いたしません」


(——この人)


 ワタシは、思わず、セバスの顔を、まじまじと、見た。


 気づいていた。たぶん、ずっと前から。ワタシが、力を隠していることに。それでいて、何も言わず、誰にも告げず、ただ、静かに、見守っていた。


 ワタシは、ためらった末に、ふと、その「目」を、開いてみた。


 自分に課したルール——むやみに人を視ない。でも、この人のことは、知りたいと、思った。


―――――――――――

セバスチャン・ハルト(家令)

忠誠:アーデルハイト家、特に三男ルキウスへ厚い

感情の傾向:坊っちゃまの志を、密かに、尊んでいる

備考:※若き日、ある「事情」により、流民の子を救えなかった過去あり※

―――――――――――


「————」


 ワタシは、息を、呑んだ。


 救えなかった、過去。


 ——ああ。この人も、なのか。


 この人もまた、ワタシと同じように、救えなかった誰かの面影を、胸の奥に、抱えて、生きているのか。


 ワタシは、何も、聞かなかった。聞く資格は、まだ、ない気がした。


 ただ、ワタシは、立ち上がって、セバスに、頭を下げた。


「……ありがとう、セバス」


「いいえ。——坊っちゃま」


 セバスは、深々と、礼を返して、それから、ほんの少しだけ、声を、潜めた。


「もし、いつか。坊っちゃまが、何か、為そうとなさる日が来たなら。——この老いぼれの手も、どうか、お使いください」


 それだけ言って、セバスは、静かに、部屋を、出て行った。


(——味方が、一人)


 まだ、何も、始まっていない。何の約束も、交わしていない。


 でも、ワタシは、確かに、感じた。


 この、広い世界の中に、ワタシの「本当」を知っていて、それでも、傍にいてくれる人が、一人、いる。


 それは——思っていたより、ずっと、心強いことだった。



 その「鑑定」が、思わぬ形で、役に立ったのは、それから、数日後のことだった。


 屋敷の、厨房。


 ワタシは、こっそり夜食をくすねに行って——そこで、一人の、少年を、見かけた。


 名を、トマ、といった。歳は、ワタシと、同じくらい。下働きの少年で、皿洗いや、水汲みばかりを、任されている。いつも、うつむいて、誰とも、目を合わせない。料理長に、よく、怒鳴られていた。「のろま」「使えない」と。


 その時も、トマは、料理長に、こっぴどく叱られて、厨房の隅で、小さく、なっていた。


(——なんとなく)


 ワタシは、その背中に、鑑定を、向けた。


 本当に、なんとなくだった。


 でも、浮かんだ文字を見て、ワタシは——目を、見開いた。


―――――――――――

トマ(下働き)

習得スキル:なし

潜在素質:【調香】★★★★★/【鋭敏な味覚・嗅覚】

備考:本人も周囲も、その才に気づいていない

―――――――――――


(——調香。星五つ。最高ランクだ)


 ワタシの、ゲーマー脳が、はじけた。


 調香。香りを、見極め、調合する才能。それも、星五つ——この世界で、ワタシが今まで鑑定した中でも、ずば抜けた、数値だった。


(この子……皿洗いなんか、やってる場合じゃ、ないぞ)


 トマが、「のろま」なんじゃ、ない。


 水汲みや皿洗いが、たまたま、この子の才能と、何の関係もなかっただけだ。鼻が、利きすぎるから、厨房の強い匂いに、いつも、気を取られていた。それを、「ぼんやりしている」と、誤解されていただけ。


 誰も、気づかなかった。


 この子自身も、気づいていなかった。


(——でも、ワタシには、視える)


 ワタシは、トマの隣に、しゃがみこんだ。


「ねえ、君。——いい鼻、してるね」


「……え?」


 トマが、びくっと、顔を上げた。怒鳴られると思ったのか、肩を、すくめて。


「今日のスープ、香草、いつもより、ちょっと多くない? 君なら、わかるでしょ」


 トマの目が、丸く、なった。


「……わ、わかる、けど。なんで、坊っちゃまが」


「やっぱりね」


 ワタシは、にっと、笑った。


「君、鼻が、すごくいいんだ。それ、ものすごい才能だよ。皿洗いより、ずっと、向いてることが、あると思う」


 トマは、ぽかんと、ワタシを見ていた。


 たぶん、生まれて初めてだったのだろう。「のろま」じゃなく、「才能がある」と、言われたのは。


 その目に、じわり、と、何かが、滲んだ。



 それから、ワタシは、ちょっとだけ、動いた。


 料理長に、「あの子に、香辛料の管理を任せてみたら?」と、さりげなく、提案した。もちろん、「平凡な三男のなんとなくの思いつき」を、装って。


 半信半疑で、トマに、香辛料庫を任せてみた料理長は——一週間後、目を、丸くすることになる。


 トマは、香りだけで、傷みかけた香辛料を、一発で、見分けた。産地の違いも、調合の最適も、誰に教わるでもなく、言い当てた。


「お、お前……なんで、今まで、黙ってた!」


「だ、だって、誰も、聞いて、くれなかったから……」


 うつむいていた少年は、今では、厨房で、いちばん、頼られる存在に、なりつつある。背筋を、伸ばして。前を、向いて。


 その姿を、厨房の隅から、こっそり、眺めながら。


 ワタシは、一人、胸の中が、じんわりと、温かくなるのを、感じていた。


(——一人)


(手の届く範囲から、一人)


 たいしたことは、していない。檻を、開けたわけでも、世界を、変えたわけでもない。


 ただ、誰にも、視えていなかった才能を、視て。ただ、その背中を、ちょっとだけ、押した。それだけ。


 でも。


(——これだ)


 ワタシは、確信した。


 これが、ワタシの、戦い方だ。


 派手じゃない。誰にも、気づかれない。ただ、埋もれた誰かを、視つけて、掬い上げる。一人ずつ。手の届く範囲から。


 前世で、ゲームの中で、何百時間も、やってきたみたいに。


(——アステリア)


 ワタシは、夜空を、見上げた。


 星が、瞬いている。あの女神が、今も、どこかで、見ているだろうか。


(ワタシ、たぶん、見つけたよ。ワタシに、できること)


 まだ、小さな、一歩だ。


 誰に、誇れるものでもない。明日には、また「平凡な三男」の仮面を、かぶり直す。


 それでも。


 ワタシは、もう、迷わなかった。


 視えるのなら、視よう。掬えるのなら、掬おう。一人ずつ。手の届く範囲から。


 ——それが、ワタシの、選んだ道だ。


 夜風が、頬を、撫でていった。


 ワタシは、もう一度だけ、星を見上げて、それから、静かに、自分の部屋へと、戻っていった。

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