第4話 神官さま、ワタシのステータスは平凡です(大
十歳になった。
この国の子どもは、十歳になると、教会で『鑑定の儀』を受ける。
神官が特別な儀式で、その子のステータス——能力値や、生まれ持ったスキルを、明らかにする。子どもたちは、その結果を見て、自分が将来どんな道に進むかの、参考にするのだ。剣士に向いているとか、魔法の才があるとか、商人がいいとか。
いわば、人生の、最初の通知表。
——なのだが。
(……これ、まずいやつだ)
儀式の朝。礼拝堂へ向かう馬車の中で、ワタシは、一人、頭を抱えていた——かったのだが、そうもいかなかった。
「ふおっほっほ! いよいよだなルキ! さあ、父に見せてみよ、お前の秘めたる才を!」
「あなた、声が大きいわ。馬が驚いてしまうでしょう」
向かいの座席で、父ガイウスが、子ども以上にそわそわしている。その隣で、母エルマが、たしなめつつも、ワタシの襟元を、何度も、直してくる。
そう。鑑定の儀は、人生の節目。辺境伯家ともなれば、当主夫妻そろっての、付き添いである。本来なら、子の晴れ舞台。喜ばしい、家族のイベント。
(——いや、めちゃくちゃ、やりづらいんですけど!?)
なにせ、ワタシには、自前の鑑定スキルがある。だから、自分のステータスが今どうなっているか、すでに、知っている。
知っていて——だからこそ、まずい。
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ルキウス・フォン・アーデルハイト
種族:人間/年齢:10
魔力:1980(※貴族平均の約6倍)
固有スキル:【鑑定】
習得スキル:魔力操作(達人級)/術式解析/波長制御
潜在素質:※規格外※
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(魔力、貴族平均の六倍……術式解析に、波長制御……)
この三年、ワタシは、文字どおり、寝る間を惜しんで魔法を磨いてきた。救えなかった、あの子の、からっぽの目を、胸の奥に抱えながら。「もっと強く、もっと早く」と、毎晩、指先が痺れるまで。
その結果が、これだ。
努力は、裏切らなかった。裏切らなかったが——裏切らなさすぎた。
(こんなの、儀式で出たら、大騒ぎになる)
ワタシは、前世のゲーマー脳で、即座に、シミュレートした。
十歳の辺境伯三男が、貴族平均の六倍の魔力と、達人級の魔力操作と、術式解析能力を持っている。これが公になったら、どうなるか。
答えは、簡単だ。
(——目立つ)
めちゃくちゃ、目立つ。
王都から「ぜひ我が魔法学院へ」と勧誘が殺到し、貴族たちが「あの神童を娘の婿に」と群がり、下手をすれば、王家の目にすら留まる。ワタシの一挙手一投足が、注目される。
それは、ワタシが、いちばん、避けたいことだった。
(——だって、ワタシは)
ワタシには、やりたいことが、ある。
いつか、あの檻の中の人たちを、解放したい。誰にも気づかれず、一人ずつ、手の届く範囲から。それは——きっと、表立っては、できないことだ。法に触れるかもしれない。きれいごとだけでは、済まないかもしれない。
そういうことを、こっそり、やるためには。
(——目立っちゃ、だめだ)
力は、隠す。
ワタシは、馬車の窓の外を眺めながら、静かに、心を決めた。
——ただ、一つだけ、胸が、ちくりとした。
向かいで、目を輝かせている、父。隣で、楽しみと心配を半分ずつ、顔に浮かべている、母。この二人は、今日、純粋に、ワタシの晴れ舞台を、見に来てくれている。なのにワタシは、これから、二人の目の前で、嘘をつく。
(——ごめん、父さん、母さん)
いつか、本当のことを、話せる日が来るだろうか。
わからない。でも、今は——隠すしかない。守りたいもののために、隠すんだ。
今日が、その、最初の一歩になる。
*
「ようこそ、坊っちゃま。さあ、こちらへ」
礼拝堂。優しげな老神官が、ワタシを、儀式の水晶の前へ、導いた。
少し離れた後ろで、父と母が、見守っている。父は、両手を握りしめ、今にも「いけ! いくのだ我が息子!」と叫び出しそうな顔で。母は、その袖を、そっと引いて、静かにさせながら、それでも、瞳を、きらきらさせて。
(うう……視線が、痛い。期待が、重い)
ひんやりとした石の台座に、握りこぶしほどの、透明な水晶が、据えられている。これに手をかざすと、内に秘めた力が、光の文字となって、浮かび上がる——らしい。
(さて。本番だ)
ワタシは、すうっと、息を吸った。
ここからが、ワタシの、初めての「演技」だ。
水晶に、手をかざす。同時に、ワタシは、自分の体の中の魔力を、そっと——ごく自然に見えるように、抑え込んだ。
この三年で身につけた、髪の毛一本に魔力を通すほどの、繊細な制御。それを使えば、自分の魔力を「平凡な十歳児」のレベルまで、絞って見せることくらい、わけはない。
蛇口を、きゅっと、締めるように。あふれそうな力を、奥へ、奥へ。
(——これくらい、かな。ちょっと出来のいい、でも、ありふれた子。それくらいが、ちょうどいい)
ぼうっ、と。水晶が、光った。
文字が、浮かぶ。
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ルキウス・フォン・アーデルハイト
魔力:360(やや高め)
習得スキル:魔力操作(初級)
固有スキル:なし
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「おお……これは、なかなか」
老神官が、うんうん、と頷いた。
「魔力はやや高めですな。魔法使いとして、そこそこやっていけるでしょう。良い結果ですぞ、坊っちゃま」
(よし)
ワタシは、内心で、ガッツポーズをした。
固有スキル「鑑定」は、隠した。魔力も、本来の五分の一以下に絞って表示させた。「ちょっと出来のいい、平凡な貴族の子」。完璧な、偽装だった。
(ふっ……我ながら、完璧な演技力。前世でデバッグのために偽データ仕込んだ経験が、こんなとこで活きるとはな)
「……ふむ?」
(——え)
老神官が、ふと、首を、かしげた。
「おかしいですな。水晶の、揺らぎが……いや、気のせいですかな」
ワタシの、背筋が、ぞくっと、冷えた。
(——やば。締めすぎて、逆に不自然だったか!?)
とっさに、ワタシは、にぱっと、笑った。
十歳児の、無邪気な、満面の笑みで。
「神官さま! ワタシ、そこそこなんですね! よかったぁ! 兄さまたちみたいに、すごくなくて、ちょっと安心しました!」
「……ははは。欲のない坊っちゃまですな」
老神官は、毒気を抜かれたように、笑った。
(——セーフ)
ワタシは、笑顔の裏で、どっと冷や汗をかいた。
すると、後ろから、どすどす、と足音。
「よくやったルキィィ! 魔力やや高め! 上等だ! さすがは我が息子! ぬわっはっは!」
父が、感極まって、ワタシを、ぶんぶん振り回した。「やや高め」で、ここまで喜べる人も、なかなかいない。
(首が……首が取れる……お父さん、嬉しさの表現が、毎回フィジカル……)
「あなた、ルキが目を回してるわ。……ふふ。よかったわね、ルキ」
母が、ワタシの頭を、そっと撫でた。
その手の、温かさに——ちくり、と、また、胸が痛む。ごめん、母さん。本当は、もう少しだけ、すごいんだ。でも、言えないんだ。
「……うん。ありがとう、母さん」
母は、少しだけ、不思議そうに、ワタシの顔を、見た。
「……ルキは、ときどき、ずいぶん、大人びた顔をするのねえ」
「え?」
「ううん。なんでもないの」
ふんわりと、母は、笑った。それ以上は、何も、言わなかった。
(——母さんは、たまに、鋭い)
ワタシは、ひやりとしながらも、気づかないふりをして、笑い返した。
(演技、むずかしっ……。これ、これから、ずっとやってくのか、ワタシ)
*
帰りの馬車。
すっかり満足した父は、早くも、うとうとと舟をこぎ、母は、その肩に、毛布をかけている。ワタシは、その向かいで、ぐったりと、座席に、もたれていた。
たった一回の儀式で、こんなに、神経をすり減らすとは。
(——でも)
窓の外を、流れていく、辺境の景色を眺めながら、ワタシは、思う。
これで、いい。
「ちょっと出来のいい、平凡な三男」。それが、これからのワタシの、表向きの顔。誰にも、警戒されず、誰にも、期待されず、自由に動ける、いちばん都合のいい、仮面。
本当の力は、この胸の奥に、隠しておく。
いつか——本当に、それが必要になる、その日まで。
(——待ってろよ)
ワタシは、心の中で、まだ見ぬ、誰かに、呼びかけた。
あの、からっぽの目の子には、間に合わなかった。
でも、次は。次こそは。
この、隠した力で——ちゃんと、手を、伸ばす。
ガタゴトと、馬車が、揺れる。
その振動に、身を委ねながら、ワタシは、こっそり、指先に、小さな光を、灯した。
誰にも、見えないように。
手のひらの、中だけで。
ぽうっ、と灯る、その光は。
三年前より、ずっと、強く、まっすぐで——
けれど、その輝きを知っているのは、この世界で、まだ、ワタシ、ただ一人だけだった。




