第3話 鑑定スキルは、見たくないものまで見せてくる
魔法の研究に没頭して、二年が経った。
七歳になったワタシは、はっきり言って、ちょっとした有名人になっていた。
屋敷の中で、だが。
「坊っちゃま、また庭の的を真っ二つに……」
「あらあらルキったら。先生が腰を抜かしてたわよ」
五歳で初めて光を灯してから、ワタシの魔法は、われながら、おかしな速度で伸びていた。家庭教師の魔導士は、半年でワタシに教えることがなくなり、「わ、私の手には負えません……」と半泣きで辞めていった。今は王都から呼んだ年配の魔導士が教えているが、その人も最近、ワタシを見る目が「教え子」から「観察対象」に変わってきている。
(——まあ、当然か)
ワタシには、自覚があった。
この世界の人は、魔法を「才能」で語る。生まれつき魔力が多いとか、属性の相性がいいとか。でも、ワタシのやっていることは、それとは少し違う。
ワタシは、魔法を「分解」している。
魔力という「流れ」を観察し、術式という「構造」を解析し、どこをどういじれば効率が上がるかを、ひたすら検証する。前世の、デバッグ作業と同じだ。地味に、しつこく、一つずつ。
(才能じゃない。これは、ただの——作業量だ)
誰よりも多く、魔力を流す。誰よりも細かく、制御する。誰よりも、寝ないで、考える。それだけのことだった。
——と、ワタシが研究に明け暮れていた、ある日の朝。
それは、唐突に、やってきた。
*
いつものように、自分の体の中の魔力の流れを観察していた、その時だった。
ふと、ワタシは、妙なことに気づいた。
自分の中に、魔力とは違う、もう一つの「目」のようなものが、ある。
(——なんだ、これ)
ずっと、そこにあった。けれど、魔力の練習に夢中で、気づかなかった。眠っていた、というより、ワタシがずっと、見落としていた。
その「目」を、そっと、開いてみる。
試しに、目の前の、自分の手のひらに、意識を向けた、瞬間。
ぶわっ、と。
視界に、文字が、浮かんだ。
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ルキウス・フォン・アーデルハイト
種族:人間/年齢:7
固有スキル:【鑑定】
習得スキル:魔力操作(熟練)
潜在素質:※規格外※
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「————」
(か、鑑定だ……!)
女神アステリアの、贈り物。
あの白い空間で、確かに、もらった。「人の本当の力も、隠された才能も、見抜けるようになる」と。すっかり、魔法に夢中で、忘れていた——いや、たぶん、ワタシの魔力がある程度育って、ようやく使えるようになったのだ。
(潜在素質、※規格外※って……なんだその雑な表記。ワタシが作ったゲームでも、もうちょっとマシなテキスト書くぞ)
心の中で女神にツッコミを入れつつ、ワタシは、にやりとした。
使える。これは、使える。
そして——ここからが、ワタシの、ちょっとした失敗だった。
嬉しくなったワタシは、片っ端から、鑑定を、試してしまったのだ。
*
「ルキ、おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます、母さ——」
ぶわっ。
―――――――――――
エルマ・フォン・アーデルハイト
(中略)
感情の傾向:息子が今朝も徹夜したのではと心配している/本日の昼食に新作の焼き菓子を出すのが楽しみ
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(うわ、母さんの心の中が、全部見える……!)
しかも、焼き菓子のくだりが、妙に、生々しい。
「あら、どうしたの? 変な顔して」
「な、なんでもないです……」
(だめだ、これ。プライバシーが、ない)
次に、廊下で兄に会った。
「おい、ルキ。お前また顔色が——」
ぶわっ。
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レオ・フォン・アーデルハイト
感情の傾向:弟の体調を本気で案じている/だが素直に言うのは照れくさい/昨夜も弟の部屋の様子をこっそり見に行った
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「————兄さん」
「な、なんだよ」
「……いつも、ありがとうございます」
「は!? き、急になんだお前、気色悪いな!」
顔を真っ赤にして、兄が去っていく。
(ばれてないと思ってるんだろうな、毎晩こっそり見に来てるの)
じーんと胸が温かくなる一方で、ワタシは、深く、反省した。
(——これ、むやみに使っちゃ、だめだ)
鑑定は、便利だ。便利すぎる。人の隠れた才能も、隷紋の構造も、本来見えないものが、見えてしまう。でも、それは——見たくないもの、見るべきじゃないものまで、見えてしまう、ということだ。
ワタシは、自分に、ルールを課した。
(むやみに、人を視ない。本当に必要な時だけ、使う)
力は、使い方を間違えれば、ただの覗き見になる。
——この時のワタシは、まだ、知らなかった。
この「鑑定」が、いつか、誰も見向きもしない場所で、埋もれた才能を、隠された真実を、たった一人、掬い上げる力になることを。
そして、その力で本当に救いたい一人と出会うまでに——まだ、いくつもの、悔いを、重ねることになるのを。
*
その日は、年に一度の、街の市が立つ日だった。
「ルキ、たまには外の空気を吸ってきなさい。ずっと部屋にこもってると、お肌に悪いわ」
母にそう言われ、ワタシは、執事のセバスに連れられて、領都の市場へ出かけた。
領都、といっても、辺境の街だ。素朴で、活気がある。露店が並び、串焼きの匂いが漂い、子どもが駆け回る。
(——いいな、こういうの)
前世では、こういう、なんでもない日常を、ろくに味わう余裕もなかった。ワタシは、セバスの後ろを歩きながら、串焼きを齧り、初めて見る異世界の市場を、無邪気に、楽しんでいた。
——その、角を、曲がるまでは。
「……セバス」
ワタシの、足が、止まった。
市場の、一番奥。ひときわ人だかりのできた、その一角に。
檻が、あった。
鉄の、檻。
その中に。
人が、いた。
大人も、子どもも。痩せて、汚れて、うつろな目をして。首には、太い、鎖。そして、その鎖に、ぶら下がるように——木の、札。
数字が、書かれていた。
(——値段)
女神が、見せた、あの光景。
白い空間の、スクリーンの向こうの、絵空事だと、どこかで思っていた、あの光景が。
今、目の前に、あった。
匂いまで、あった。音まで、あった。檻の中の、子どもの、咳の音まで。
「……坊っちゃま」
セバスが、静かに、ワタシの肩に、手を置いた。
「あれは、奴隷でございます。この国では、ありふれた、光景です」
ありふれた。
その言葉が、いちばん、こたえた。
誰も、立ち止まらない。誰も、目を留めない。串焼きを売る声も、子どもの笑い声も、何一つ変わらず、檻の周りを、流れていく。檻の中の人々は、まるで、最初から、そこにある「物」のように。
(——ああ)
ワタシの、手の中の串焼きが、急に、ひどく、重く感じた。
知識として、知っていた。覚悟もしていた、つもりだった。
でも、違った。全然、違った。
知っているのと、見るのとは、こんなにも、違う。
ワタシの中の、ずっと燻っていた、小さな熾火が。
この瞬間、確かに、音を立てて——燃え上がった。
(——焦るな、って、自分に言い聞かせてきた)
(一人ずつ、手の届く範囲から、って)
ワタシは、檻の中の、一人の子どもと、目が合った。
ワタシより、少し、年上だろうか。何の感情もない、ガラス玉のような、目。その目は、ワタシを見て、何も、思っていなかった。期待も、助けも、もう、とっくに、諦めた目だった。
ワタシは、その目から、逸らせなかった。
——視るつもりなんて、なかった。自分に課したルールも、忘れていた。ただ、目が合った、それだけで。意図せず、鑑定が、起動してしまった。
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名もなき子ども(出生奴隷)
種族:人間/年齢:9
習得スキル:なし
潜在素質:(標準)
隷紋:所有者登録あり
感情の傾向:——
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感情の、傾向。
その欄が、空白だった。
怒りも、悲しみも、恐れも、何もない。からっぽ。まるで、感じることを、とうの昔に、やめてしまったみたいに。
ワタシは、息が、できなかった。
(——でも、今、ワタシは、思った)
(こんなのは、間違ってる、って)
まだ、七歳。まだ、何の力もない。檻を開ける力も、お金も、立場も、何もない。隷紋がどういうものかも、まだ知らない。
今、ここで、ワタシにできることは、何もない。
それが——悔しくて、たまらなかった。
「……帰りましょう、セバス」
ワタシは、ぎゅっと、唇を噛んで、踵を返した。
その背中に、セバスが、何か言いたげな視線を、向けていたことには。
この時のワタシは、気づかなかった。
*
次に市が立つ日を、ワタシは、待っていた。
あの、からっぽの目の子。せめて、もう一度、顔を見たかった。何ができるわけでもない。それでも——あの子のことが、頭から、離れなかった。
半年後。ワタシは、また、市場の、あの一角へ、向かった。
檻は、あった。
でも、あの子は、もう、いなかった。
「……あの子は」
ワタシが問うと、奴隷商人は、面倒くさそうに、答えた。
「ああ、あれか。とっくに売れたよ。ずいぶん前にな。——坊主、買いたいのか? まあ、行った先で生きてるかは、知らんがね」
生きてるかは、知らんがね。
その一言を、ワタシは、ずっと、忘れられなかった。
名前も、知らない。声も、聞かなかった。助けることも、できなかった。ただ、目が合っただけの、一人の子ども。
その子の、からっぽの目だけが、ワタシの胸の奥に、消えない棘のように、刺さって、残った。
(——間に合わなかった)
(ワタシが、弱いから)
(ワタシに、力が、ないから)
その夜、ワタシは、いつもより、ずっと、長く、魔法の練習をした。
指先が、ぴりぴりと、痺れるまで。涙が、にじむまで。
もっと、強くなる。もっと、早く。
次に、誰かと目が合った時。今度こそ、その目に、ちゃんと、手を、伸ばせるように。
——その「次」が、思っているより、ずっと近くまで来ていることを。
この時のワタシは、まだ、知らなかった。




