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第43話 働く者たちの顔

 叱責の、あと。父たちは、すぐには辺境へ帰らなかった。


「——せっかく王都へ出てきたのだ。少し滞在する。社交界への釈明や、根回しもせねばならんしな」


 父はそう言った。一週間ほど、王都のタウンハウスに留まるという。


 正直、ワタシは気が重かった。叱責された、その相手と一つ屋根の下で過ごす。——気まずいことこの上ない。


 けれど——この一週間が、思いがけず大きな転機になるとは。この時のワタシは、まだ知らなかった。



 滞在、三日目。父が、ふいに言い出した。


「ルキ。——お前の商会とやらを、見せてみろ」


「……商会を、ですか?」


「ああ。教会が、あれほど騒ぐ商会だ。いったい、どんなところか。この目で確かめておきたい」


 ワタシは少し緊張した。


 商会には、解放した仲間たちがいる。もちろん表向きは、「行き場のない者や、買い取った奴隷を雇っている」だけ。隷紋のことは、わからないようにしている。——けれど、父の鋭い目が、何か勘づきはしないか。


 いや——大丈夫だ、と思い直す。商会の者はみな、お揃いの制服に、あのスカーフ。首元は、誰もが同じように覆われている。「制服の決まり」として、堂々と。——見られて困るものは、何もない。


 それでも一抹の不安はあった。でも——断る理由も、ない。


「……わかりました。ご案内します」


 こうしてワタシは、父と兄ヴィルを、アステリア商会へと案内した。母は「わたしは、お留守番していますよ」と、微笑んで見送ってくれた。



 商会は、いつも通り、活気に満ちていた。


 工房では、仲間たちが、めいめいの持ち場で働いている。例の分業の仕組みだ。一人ひとりが、自分の受け持つ工程を、てきぱきとこなしていく。


 石けんを型から外す者。薬草をすり潰す者。出来上がった品を、ていねいに箱へ詰める者。——みな、真剣な、けれどどこか楽しげな顔で、手を動かしている。


 父とヴィルは。——その光景を、黙って見ていた。


「……父上。あの者たちは」


 ヴィルが、ふと口を開いた。


「ずいぶん生き生きと、働いていますね。——あれが皆、行き場のなかった者たち、なのですか」


「ええ」と、ワタシは頷いた。「孤児だったり、職にあぶれたり。——いろいろな事情で、行き場を失った者たちです。今は、ここで働いて、自分の暮らしを立てています」



 その時。一人の少年が、ワタシに気づいて駆け寄ってきた。


 ラントだった。


「ルキさま! あ……お客さま、ですか?」


「うん。——ワタシの、父と兄だよ」


 ラントは慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。


「は、はじめまして! おれ……いえ、わたしは、ラントといいます。ここで、鍛冶と細工を担当しています!」


 その声には、誇りがこもっていた。胸を張って、自分の仕事を名乗る。——その姿は、どこからどう見ても、立派な一人の職人だった。


 父が、ラントに尋ねた。


「——坊主。お前、ここで働くのは、どうだ。つらくは、ないか」


 ラントは、きょとんとしてから。——花が咲くように笑った。


「つらいわけ、ないです! だって、おれ……毎日ご飯が食べられて、あったかい布団で眠れて。それに、自分の作ったものを『すごいね』って褒めてもらえるんです! こんなしあわせなこと、ないですよ!」


 その屈託のない笑顔に。父とヴィルは——言葉を失っていた。



 商会をひと回り見て、帰りの馬車の中。父もヴィルも、しばらく無言だった。


 先に口を開いたのは——ヴィルだった。


「……ルキ。一つ、聞いていいか」


「なんですか、兄さん」


「あの者たちは。——本当に、幸せそうだった。奴隷だの、孤児だの。そんな身の上を、まるで感じさせないほどに。——お前は、あれを一人で作り上げたのか」


「いえ」と、ワタシは首を横に振った。「ワタシ一人じゃ、ありません。仲間がいて、みんなで作ってきた場所です」


 ヴィルはしばらく黙って、それから、ぽつりと言った。


「……わからなくなってきた」


「兄さん?」


「私はずっと、お前のしていることは、家を危うくする間違ったことだと、そう思ってきた。——だが」


 ヴィルの横顔は、複雑な色を浮かべていた。


「あの、働く者たちの顔を見ていると。——お前のしていることの、いったい何が間違いなのか。——私には、もうわからない」


(——兄さん)


 ワタシは、胸が熱くなった。



 父は——馬車の窓から、外を眺めたまま、何も言わなかった。


 けれど。その横顔は——叱責の時の、あの怒りとは、まるで違うものになっていた。


 何かを深く考え込むような。あるいは——自分の中の何かと、静かに向き合うような。そんな表情だった。


 ワタシは、あえて何も言わなかった。


 言葉で説き伏せるのではない。——ただ、見てもらう。働く者たちの笑顔を。あの、生き生きとした姿を。


 それが、どんな理屈よりも雄弁に、何かを語りかけていることを。ワタシは——信じたかった。


(——父上。兄さん)


 ワタシは、心の中でそっと呼びかけた。


(——ワタシのしていることは、間違っていますか?)


 その問いの答えは、まだ出ていない。


 でも——確かに。何かが、家族の心の中で、動き始めていた。


 その小さな揺らぎが、いつか大きな何かに変わることを。


 ワタシは——静かに願っていた。


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