第43話 働く者たちの顔
叱責の、あと。父たちは、すぐには辺境へ帰らなかった。
「——せっかく王都へ出てきたのだ。少し滞在する。社交界への釈明や、根回しもせねばならんしな」
父はそう言った。一週間ほど、王都のタウンハウスに留まるという。
正直、ワタシは気が重かった。叱責された、その相手と一つ屋根の下で過ごす。——気まずいことこの上ない。
けれど——この一週間が、思いがけず大きな転機になるとは。この時のワタシは、まだ知らなかった。
*
滞在、三日目。父が、ふいに言い出した。
「ルキ。——お前の商会とやらを、見せてみろ」
「……商会を、ですか?」
「ああ。教会が、あれほど騒ぐ商会だ。いったい、どんなところか。この目で確かめておきたい」
ワタシは少し緊張した。
商会には、解放した仲間たちがいる。もちろん表向きは、「行き場のない者や、買い取った奴隷を雇っている」だけ。隷紋のことは、わからないようにしている。——けれど、父の鋭い目が、何か勘づきはしないか。
いや——大丈夫だ、と思い直す。商会の者はみな、お揃いの制服に、あのスカーフ。首元は、誰もが同じように覆われている。「制服の決まり」として、堂々と。——見られて困るものは、何もない。
それでも一抹の不安はあった。でも——断る理由も、ない。
「……わかりました。ご案内します」
こうしてワタシは、父と兄ヴィルを、アステリア商会へと案内した。母は「わたしは、お留守番していますよ」と、微笑んで見送ってくれた。
*
商会は、いつも通り、活気に満ちていた。
工房では、仲間たちが、めいめいの持ち場で働いている。例の分業の仕組みだ。一人ひとりが、自分の受け持つ工程を、てきぱきとこなしていく。
石けんを型から外す者。薬草をすり潰す者。出来上がった品を、ていねいに箱へ詰める者。——みな、真剣な、けれどどこか楽しげな顔で、手を動かしている。
父とヴィルは。——その光景を、黙って見ていた。
「……父上。あの者たちは」
ヴィルが、ふと口を開いた。
「ずいぶん生き生きと、働いていますね。——あれが皆、行き場のなかった者たち、なのですか」
「ええ」と、ワタシは頷いた。「孤児だったり、職にあぶれたり。——いろいろな事情で、行き場を失った者たちです。今は、ここで働いて、自分の暮らしを立てています」
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その時。一人の少年が、ワタシに気づいて駆け寄ってきた。
ラントだった。
「ルキさま! あ……お客さま、ですか?」
「うん。——ワタシの、父と兄だよ」
ラントは慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。
「は、はじめまして! おれ……いえ、わたしは、ラントといいます。ここで、鍛冶と細工を担当しています!」
その声には、誇りがこもっていた。胸を張って、自分の仕事を名乗る。——その姿は、どこからどう見ても、立派な一人の職人だった。
父が、ラントに尋ねた。
「——坊主。お前、ここで働くのは、どうだ。つらくは、ないか」
ラントは、きょとんとしてから。——花が咲くように笑った。
「つらいわけ、ないです! だって、おれ……毎日ご飯が食べられて、あったかい布団で眠れて。それに、自分の作ったものを『すごいね』って褒めてもらえるんです! こんなしあわせなこと、ないですよ!」
その屈託のない笑顔に。父とヴィルは——言葉を失っていた。
*
商会をひと回り見て、帰りの馬車の中。父もヴィルも、しばらく無言だった。
先に口を開いたのは——ヴィルだった。
「……ルキ。一つ、聞いていいか」
「なんですか、兄さん」
「あの者たちは。——本当に、幸せそうだった。奴隷だの、孤児だの。そんな身の上を、まるで感じさせないほどに。——お前は、あれを一人で作り上げたのか」
「いえ」と、ワタシは首を横に振った。「ワタシ一人じゃ、ありません。仲間がいて、みんなで作ってきた場所です」
ヴィルはしばらく黙って、それから、ぽつりと言った。
「……わからなくなってきた」
「兄さん?」
「私はずっと、お前のしていることは、家を危うくする間違ったことだと、そう思ってきた。——だが」
ヴィルの横顔は、複雑な色を浮かべていた。
「あの、働く者たちの顔を見ていると。——お前のしていることの、いったい何が間違いなのか。——私には、もうわからない」
(——兄さん)
ワタシは、胸が熱くなった。
*
父は——馬車の窓から、外を眺めたまま、何も言わなかった。
けれど。その横顔は——叱責の時の、あの怒りとは、まるで違うものになっていた。
何かを深く考え込むような。あるいは——自分の中の何かと、静かに向き合うような。そんな表情だった。
ワタシは、あえて何も言わなかった。
言葉で説き伏せるのではない。——ただ、見てもらう。働く者たちの笑顔を。あの、生き生きとした姿を。
それが、どんな理屈よりも雄弁に、何かを語りかけていることを。ワタシは——信じたかった。
(——父上。兄さん)
ワタシは、心の中でそっと呼びかけた。
(——ワタシのしていることは、間違っていますか?)
その問いの答えは、まだ出ていない。
でも——確かに。何かが、家族の心の中で、動き始めていた。
その小さな揺らぎが、いつか大きな何かに変わることを。
ワタシは——静かに願っていた。




