幕間 辺境伯の不器用 ガイウス視点
わし、ガイウス・フォン・アーデルハイトは。——昔から、口下手な男だった。
いや、口数が少ないわけではない。むしろ、声はでかいと言われる。だが——肝心なことほど、うまく言葉にできぬ。気づけば、怒鳴っている。——そういう、不器用な男なのだ。
*
王都への道中。わしの胸の中は——荒れていた。
教会が、我が家の名を口にして糾弾している。「アーデルハイト家は、女神に背く一族か」と。——社交界では、もうその話でもちきりだ。古い付き合いの貴族からも、探るような目で見られる。
辺境伯家は、決して豊かではない。中央から遠く、魔物の脅威と隣り合わせの土地を守ってきた。その誇りと信用だけが、我が家の財産だった。
それを——三男のルキが、揺るがしている。
(——あの、馬鹿者が)
怒りがこみ上げる。けれど——その怒りの裏側で、わしは別の感情とも戦っていた。
*
ルキは——昔から、不思議な子どもだった。
三男坊。家督からは遠い。わしも正直、最初はさして気にかけていなかった。だが——あの子は。幼い頃から、誰に言われるでもなく、必死に何かを学んでいた。
鑑定の儀の日のことを、わしは今でも覚えている。結果は、魔力がやや高め、というだけの——いたって平凡なものだった。それでもわしは、その場で飛び上がって喜んだ。「さすが、わしの息子だ!」と。数値など、どうでもよかった。あの子が無事に育ってくれた。——それだけで、わしは、ただ嬉しかったのだ。
そして——あの子は、いつの頃からか。奴隷だった娘を買い上げ、給金を与え、一人の人間として扱ってやり。行き場のない者たちを雇い。——気づけば、王都で商会まで興していた。
(——たいした、もんだ)
本当は。——わしは、誇らしかったのだ。
三男坊が、誰に頼るでもなく、自分の力で人を助け、商いを興し、立派にやっている。——父として、これほど誇らしいことがあるか。
だが——同時に。わしは、当主でもあった。
*
当主としてのわしは、あの子を叱らねばならぬ。
あの子の行いが、家門を危うくしている以上。領民、数千の暮らしを預かる当主として——見過ごすことは、できぬ。
誇らしさと、責任。親心と、当主の務め。——その二つが、わしの胸の中で、引き裂くようにせめぎ合っていた。
だから——わしは、怒鳴った。
「家門の名に、泥を塗った」と。——その言葉は、半分は本心だ。だが、もう半分は。本当は、こう言いたかったのだ。
——心配、なのだ、と。
お前がそんな大それたことに首を突っ込んで、危ない目に遭いはしないかと。父は夜も眠れぬほど案じておるのだと。
だが——その言葉は。喉の奥で、いつものように、怒鳴り声に化けてしまった。
(——不器用な男だ。わしは)
*
あの夜。叱責を終えた後。
わしは一人、王都の屋敷の窓辺に立っていた。
「……あなた」
妻のエルマが、そっと隣に来た。
「ルキを。——叱りすぎましたね」
「……うるさい」
わしは、ぶっきらぼうに答えた。
「あれは、当然のことだ。家を危うくした、のだからな」
「ふふ。——そうですね」
エルマは笑った。わしの本心など、とうに見抜いている顔で。
「でも、あなた。——ルキの、あの目を見ましたか。まっすぐで、迷いのない、あの目。——あれは。間違ったことをしている子の、目ではありませんよ」
(——ああ)
わかっている。わしにも。
あの子の目は、昔と変わらず——まっすぐで、澄んでいた。家門だの、立場だの。そんなものより、もっと大きな何かを、見据えているような。
「……エルマ」
わしは、ぽつりと漏らした。
「わしは。——あの子のことが、わからん。何を考えて、何をしようとしておるのか。——だが」
わしは、夜空を見上げた。
「だが——あの子は。きっと、わしなどより、ずっと遠くを、見ておるのだろうな」
その声には、怒りではなく——どこか寂しさと、そして隠しきれぬ誇りが、にじんでいた。
*
ヴィルのことも、気がかりだった。
長男のあれは、弟を叱りながら、誰より苦しんでおる。——弟の優しさを眩しいと思いながら、長男として立ちはだからねばならない。その板挟みの辛さを、わしは知っている。
わしら、アーデルハイトの男は——揃いも揃って、不器用なのだ。
優しさも、誇りも、心配も。——うまく言葉にできぬ。
(——だが)
わしは思う。
いつか、この騒動が片付いたら。——一度、あの子と腹を割って、話してみたいものだ。
怒鳴るのではなく、父として。——あの子の見ておる、その「遠く」を、教えてもらえぬものか、と。
その日が来ることを。
わしは——不器用な辺境伯は。心の奥で、静かに願っていた。




