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第42話 家族の来訪

 それは、ある日の昼下がりに届いた。


 一通の文。差出人を見て、ワタシは——息を呑んだ。


 父、ガイウス・フォン・アーデルハイト。——辺境伯その人から、だった。


『火急の用件につき、近く王都へ赴く。母と、ヴィルも、共に向かう。着き次第、屋敷にて話す。逃げも隠れもするな。——父』


 短い、けれど有無を言わさぬ文面。——しかも、父だけではない。母と、長兄まで、揃って来るという。


(——とうとう、来たか)


 ワタシは覚悟を決めた。


 教会の糾弾。その噂は、辺境にまで届いていた。——なら、当然、父の耳にも入る。辺境伯家の三男が興した商会が、「女神への冒涜」と教会に名指しで糾弾されている。それは——家門の名誉に関わる、一大事だった。


 父が動かないはずが、なかった。それも、母と兄まで連れて。——よほどの、覚悟で来るのだろう。



 数日後。アーデルハイト家の馬車が、王都のタウンハウスの前に着いた。


 まず降りてきたのは——父ガイウス。続いて母エルマ。そして最後に、長兄ヴィルが馬車を降りた。


 三人が揃って、王都へ。——その事実だけで、ことの重さが伝わってきた。


 久しぶりに見る父は、記憶よりも、いくらか老けて見えた。けれど、その大柄な体から放たれる威圧感は——昔のままだった。母は変わらず穏やかな面差しで、けれど、その目には隠しきれない心配が滲んでいる。ヴィルは無言のまま、硬い表情でワタシを見ていた。


 屋敷の客間。ワタシは三人と向かい合った。


「ルキ」


 父の低い声が響いた。


「説明してもらおうか。——お前の商会とやらが、教会から『女神への冒涜』だと糾弾されている。この意味が、わかっているのか」


「……はい。父上」


 ワタシはまっすぐ、父を見て答えた。


「アステリア商会は、行き場のない者を雇い、職を与える。それを一部の者が『身分の秩序を乱す』と、難癖をつけている。——ただ、それだけのことです」


「ただ、それだけ、だと?」


 父の声が、荒くなった。


「教会が、辺境伯家の名を口にして糾弾しておるのだぞ! 社交界では、もう噂でもちきりだ。『アーデルハイト家は、女神に背く一族か』と! ——お前は、家門の名に。泥を塗ったのだ!」


(——っ)


 ワタシは唇を噛んだ。


 父の言うことは、正しい。ワタシの活動は、確かに家に累を及ぼしている。それは——最初からわかっていた、ことだった。



「父上。——申し訳、ありません」


 ワタシは頭を下げた。


「家にご迷惑をおかけしているのは、重々承知しています。——でも。ワタシは、間違ったことをしているとは、思いません」


「なんだと?」


「行き場のない者に、手を差し伸べる。——それの、どこが悪いのですか。教会が何と言おうと、ワタシは——困っている人を見捨てることの方が、よほど女神さまの心に背くと、思います」


 ワタシの言葉に、父は一瞬、言葉を失った。


 その時——脇に控えていた長兄ヴィルが、口を開いた。


「ルキ。——お前の、その優しさは。私も否定はせん」


 ヴィルの声は、静かだった。けれど、その奥に苦渋が滲んでいた。


「だが、覚えているか。私は、お前が王都へ発つ前に言った。『無茶はするな。お前は優しすぎる』と。——案じていた通りに、なった。お前に悪気がないことは、わかっている。だが結果として——家は今、危うくなっているのだ」


「兄さん……」


「私は長男だ。この家と領民を守る責任がある。お前の理想のために——何千という領民を、危険に晒すわけにはいかないのだ」


 その言葉は、ワタシの胸に、重く刺さった。


 ヴィルは——敵では、ない。ただ彼は、彼の立場で、守るべきものを守ろうとしているだけ、なのだ。



「……あなたたち。少し、落ち着きなさいな」


 その時。穏やかな声が、割って入った。


 黙って成り行きを見守っていた、母エルマだった。


「母上……」


「ルキ。——母は知っていますよ。あなたが昔から、どんなに心の優しい子か」


 母はワタシのそばに来て、その手を取った。


「奴隷の子を可哀想に思って、買い上げて。給金もお休みも与えて、一人の人間として、大事にしてあげた——あの日のことも。あなたはきっと、今も同じ気持ちで、困っている人を助けているのでしょう?」


「……はい。母上」


「だったら——母は、あなたを信じます」


 母の言葉に、ワタシは胸が熱くなった。


 けれど——母は、続けてこうも言った。


「でも、ね、ルキ。——あなたの優しさが、お父様や、お兄様の立場を、苦しくしているのも。——本当のこと、なのよ」


(——っ)


 その言葉は、叱責よりも、ずっと深く、ワタシの胸に刺さった。



 その夜。ワタシは一人、自室で考え込んでいた。


 家族は——ワタシの本当の活動を、知らない。隷紋を解いていることも。前世の記憶のことも。秘めた力のことも。——何一つ。


 ただ、「行き場のない者を雇う、優しい商会」だと思っている。


 もし——本当のことを話したら。家族は、どう思うだろう。


(——言えない)


 ワタシは目を閉じた。


 言えば、家族を巻き込む。ワタシの活動は、王国法では大罪だ。知ってしまえば、家族も共犯にされる。——それだけは、絶対に避けたい。


 でも。本当のことを言えないまま、家族に嘘をつき続け、家門に迷惑をかけ続ける。——この苦しさは。


(——いつまで、続くんだろう)


 父の怒り。ヴィルの苦渋。母の優しさと、悲しみ。——その、すべてが。ワタシの胸の中で、重く渦巻いていた。


 守りたいものがある。譲れない理想がある。


 でも——そのせいで、いちばん近くにいる家族を、苦しめている。


 これもまた——ワタシが背負うべき、灯の重さ、なのだろうか。


 ワタシは夜空を見上げて、静かに唇を噛みしめた。


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