第42話 家族の来訪
それは、ある日の昼下がりに届いた。
一通の文。差出人を見て、ワタシは——息を呑んだ。
父、ガイウス・フォン・アーデルハイト。——辺境伯その人から、だった。
『火急の用件につき、近く王都へ赴く。母と、ヴィルも、共に向かう。着き次第、屋敷にて話す。逃げも隠れもするな。——父』
短い、けれど有無を言わさぬ文面。——しかも、父だけではない。母と、長兄まで、揃って来るという。
(——とうとう、来たか)
ワタシは覚悟を決めた。
教会の糾弾。その噂は、辺境にまで届いていた。——なら、当然、父の耳にも入る。辺境伯家の三男が興した商会が、「女神への冒涜」と教会に名指しで糾弾されている。それは——家門の名誉に関わる、一大事だった。
父が動かないはずが、なかった。それも、母と兄まで連れて。——よほどの、覚悟で来るのだろう。
*
数日後。アーデルハイト家の馬車が、王都のタウンハウスの前に着いた。
まず降りてきたのは——父ガイウス。続いて母エルマ。そして最後に、長兄ヴィルが馬車を降りた。
三人が揃って、王都へ。——その事実だけで、ことの重さが伝わってきた。
久しぶりに見る父は、記憶よりも、いくらか老けて見えた。けれど、その大柄な体から放たれる威圧感は——昔のままだった。母は変わらず穏やかな面差しで、けれど、その目には隠しきれない心配が滲んでいる。ヴィルは無言のまま、硬い表情でワタシを見ていた。
屋敷の客間。ワタシは三人と向かい合った。
「ルキ」
父の低い声が響いた。
「説明してもらおうか。——お前の商会とやらが、教会から『女神への冒涜』だと糾弾されている。この意味が、わかっているのか」
「……はい。父上」
ワタシはまっすぐ、父を見て答えた。
「アステリア商会は、行き場のない者を雇い、職を与える。それを一部の者が『身分の秩序を乱す』と、難癖をつけている。——ただ、それだけのことです」
「ただ、それだけ、だと?」
父の声が、荒くなった。
「教会が、辺境伯家の名を口にして糾弾しておるのだぞ! 社交界では、もう噂でもちきりだ。『アーデルハイト家は、女神に背く一族か』と! ——お前は、家門の名に。泥を塗ったのだ!」
(——っ)
ワタシは唇を噛んだ。
父の言うことは、正しい。ワタシの活動は、確かに家に累を及ぼしている。それは——最初からわかっていた、ことだった。
*
「父上。——申し訳、ありません」
ワタシは頭を下げた。
「家にご迷惑をおかけしているのは、重々承知しています。——でも。ワタシは、間違ったことをしているとは、思いません」
「なんだと?」
「行き場のない者に、手を差し伸べる。——それの、どこが悪いのですか。教会が何と言おうと、ワタシは——困っている人を見捨てることの方が、よほど女神さまの心に背くと、思います」
ワタシの言葉に、父は一瞬、言葉を失った。
その時——脇に控えていた長兄ヴィルが、口を開いた。
「ルキ。——お前の、その優しさは。私も否定はせん」
ヴィルの声は、静かだった。けれど、その奥に苦渋が滲んでいた。
「だが、覚えているか。私は、お前が王都へ発つ前に言った。『無茶はするな。お前は優しすぎる』と。——案じていた通りに、なった。お前に悪気がないことは、わかっている。だが結果として——家は今、危うくなっているのだ」
「兄さん……」
「私は長男だ。この家と領民を守る責任がある。お前の理想のために——何千という領民を、危険に晒すわけにはいかないのだ」
その言葉は、ワタシの胸に、重く刺さった。
ヴィルは——敵では、ない。ただ彼は、彼の立場で、守るべきものを守ろうとしているだけ、なのだ。
*
「……あなたたち。少し、落ち着きなさいな」
その時。穏やかな声が、割って入った。
黙って成り行きを見守っていた、母エルマだった。
「母上……」
「ルキ。——母は知っていますよ。あなたが昔から、どんなに心の優しい子か」
母はワタシのそばに来て、その手を取った。
「奴隷の子を可哀想に思って、買い上げて。給金もお休みも与えて、一人の人間として、大事にしてあげた——あの日のことも。あなたはきっと、今も同じ気持ちで、困っている人を助けているのでしょう?」
「……はい。母上」
「だったら——母は、あなたを信じます」
母の言葉に、ワタシは胸が熱くなった。
けれど——母は、続けてこうも言った。
「でも、ね、ルキ。——あなたの優しさが、お父様や、お兄様の立場を、苦しくしているのも。——本当のこと、なのよ」
(——っ)
その言葉は、叱責よりも、ずっと深く、ワタシの胸に刺さった。
*
その夜。ワタシは一人、自室で考え込んでいた。
家族は——ワタシの本当の活動を、知らない。隷紋を解いていることも。前世の記憶のことも。秘めた力のことも。——何一つ。
ただ、「行き場のない者を雇う、優しい商会」だと思っている。
もし——本当のことを話したら。家族は、どう思うだろう。
(——言えない)
ワタシは目を閉じた。
言えば、家族を巻き込む。ワタシの活動は、王国法では大罪だ。知ってしまえば、家族も共犯にされる。——それだけは、絶対に避けたい。
でも。本当のことを言えないまま、家族に嘘をつき続け、家門に迷惑をかけ続ける。——この苦しさは。
(——いつまで、続くんだろう)
父の怒り。ヴィルの苦渋。母の優しさと、悲しみ。——その、すべてが。ワタシの胸の中で、重く渦巻いていた。
守りたいものがある。譲れない理想がある。
でも——そのせいで、いちばん近くにいる家族を、苦しめている。
これもまた——ワタシが背負うべき、灯の重さ、なのだろうか。
ワタシは夜空を見上げて、静かに唇を噛みしめた。




