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第41話 それでも、ここにいる

 ヨハンと出会い、大神官ベルゲンの名を知った、その数日後。


 折しも——辺境から、一通の文が届いた。ニコが育て、辺境の灯を託した、あの後継者からだった。


「旦那。——辺境にも、嫌な噂が流れ始めてるらしい」


 文を読んだニコの顔は、険しかった。


「教会が、アステリア商会を女神への冒涜だと触れ回ってる。その波が、とうとう辺境にまで届いてるそうだ。——『あの商会と関わる村は、女神の罰が当たる』なんて馬鹿げた話まで、出回り始めてるらしい。あいつも、相当心配してる」


「ご報告、痛み入ります」と、文を検めたセバスも、白い眉を寄せた。「ですが——どうやら、ことは私どもが思うより、ずっと大きいようですな」


(——ちょうど、いい)


 ワタシも、ずっと考えていた。——大神官という途方もない敵を知った今、これは灯の皆に、きちんと話さねばならない、と。一人で抱えていい話では、ない。


 ワタシは、王都にいるメイアとフィーにも声をかけた。そして——学院で、クラリスティアにも。「大事な話がある。——力を貸してほしい」と。


 彼女は、ワタシのただならぬ様子に、すぐ頷いてくれた。「いいわ。——商会の後ろ盾として、聞く義理はあるもの」と。


 こうして——その夜。


 王都のタウンハウス。いつもの部屋に。ニコ。セバス。メイア。フィー。そして——クラリスティアが、集まった。


 ワタシは、皆にすべてを話すことにした。


 糾弾の本当の出どころ。——大神官ベルゲン。この国の信仰と政の、両方を握る頂点の存在。ボルツ伯爵すら、その駒に過ぎなかったこと。そして——これから、ワタシたちが戦う相手は、その途方もない影なのだ、ということを。


 話し終えると、部屋には、重い沈黙が落ちた。



「……大神官、ベルゲン」


 最初に口を開いたのは、ニコだった。その顔は、めずらしく青ざめていた。


「おいおい。商売敵の伯爵、なんてレベルじゃねえぞ。この国のてっぺんだ。——そんなのとやり合うって、本気か、旦那」


「……本気だ」


 ワタシは頷いた。それから皆を見回して、言った。


「——だから。これだけは、言っておきたい」


 ワタシは、ひとつ息を吸った。


「ここから先は、これまでとは比べものにならない危険になる。下手をすれば——命を落とすかもしれない。だから——もし、抜けたい人がいたら、今のうちに言ってほしい。ワタシは、引き止めない。——誰も、責めない」


 それは、本心だった。


 ワタシの理想に、みんなを巻き込んで、命まで危険に晒す。——その重さを、ワタシはちゃんとわかっていなければならない。


 逃げ道を用意するのは、仲間への、せめてもの誠意だった。


 ——けれど。



「……旦那。おれを、見くびるなよ」


 最初に答えたのは、ニコだった。さっきまでの青ざめた顔は、もう消えていた。


「確かに、相手はでかい。怖いさ。——けどな。おれは、あんたに拾われたあの日に、決めたんだ。この灯と心中するってな。——今さら、降りられるかよ」


「ニコ……」


「それに」と、ニコはにやりと笑った。「こんなでかい『化かし合い』。商売人として、降りる手はねえだろ。——相手がでかけりゃ、でかいほど。出し抜いた時が、最高に面白えのさ」



「私も、残ります」


 次に、セバスが静かに言った。


「私は五十年、一人の娘すら救えなかった悔いを抱えて、生きてまいりました。——その悔いを晴らす、最後の機会。手放すはずが、ございません」


 セバスは、深く頭を下げた。


「この老いた身。——どうか、坊っちゃまの行く道の、捨て石に。使ってくださいませ」


「……捨て石、なんて。言わないでよ、セバス」


 ワタシは、声を詰まらせた。



「わたしも……残ります」


 メイアが、両の手をぎゅっと握りしめて言った。


「わたしは……足が悪いからと見捨てられ、薄気味悪がられて生きてきました。——でも、ルキさまたちは。わたしを『薬師』として認めてくれた。居場所をくれた。——その恩を。こんな時に返さないで、いつ返すんですか」


 彼女の声は震えていた。けれど、その目には、確かな覚悟が宿っていた。


「わたしの薬で、守れる命があるなら。——わたしは、最後まで戦います」



 そして——フィー。


 彼女はまっすぐに、ワタシを見て。静かに、けれどはっきりと言った。


「わたしは、ルキさまの隣にいます。——ずっと前から、決めています」


「フィー……でも、これは、本当に危険で」


「知っています」


 フィーは、首を横に振った。


「でも——わたしは、ルキさまにもらった、この『自由』を。ルキさまのために使うと、決めたんです。あの時、自分で。——だから、これは。わたしが選んだ、ことです」


 その薄紫の瞳に、もう、迷いはなかった。


 かつて、何も選べなかったあの子が。今、自分の意思で、いちばん危険な道を——ワタシの隣を、選んでいる。


(——フィー)


 ワタシは、胸がいっぱいになった。



 最後に。クラリスティアが、ふっと息を吐いて言った。


「……まったく。誰も抜けないなんて。——困った人たちね」


 けれど、その横顔は、どこか嬉しそうだった。


「言っておくけれど。わたくしは最初から、抜ける気なんてないわ。——大神官が相手? 上等よ。わたくしがずっと、変えたかったものの、いちばん奥に。ようやく、手が届くのだもの」


 彼女はワタシを見て、微笑んだ。


「——一緒に戦いましょう。ルキウス」



 ワタシは、皆の顔を見回した。


 ニコ。セバス。メイア。フィー。クラリスティア。


 誰も——抜けなかった。


 みんな、それぞれの過去を背負い、それぞれの理由で。この、途方もない戦いに、残ることを——自分で選んでくれた。


(——ああ)


 ワタシの胸に、熱いものがこみ上げた。


 怖くないわけが、ない。相手は、この国の頂。あまりにも大きい。


 でも。ワタシはもう、一人じゃない。


 これほど頼もしい仲間たちが、同じ灯を囲んで、ここにいてくれる。


「——みんな。ありがとう」


 ワタシは、深く頭を下げた。


「ワタシは、約束する。——必ず、この国を変える。誰も鎖につながれない国を。みんなと一緒に。——きっと、作ってみせる」


 その夜の灯は。いつもより、ずっと温かく。そして力強く——燃えていた。


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