表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/50

第37話 決着の、ない決着

 ラントを取り戻してから、数日が過ぎた。


 あの夜、捕らえられた用心棒たちは、「人攫い」の罪で衛兵に引き渡された。表向きは——それで一件落着、だった。「アステリア商会の使用人が人攫いに遭い、無事救出された」。記録には、そう残るだけ。


 けれど、ワタシたちは知っていた。これは——何の決着でもない、ということを。



「——案の定だ」


 ニコが、苦い顔で報告した。


「捕まえた連中は、誰もボルツ伯爵の名を吐かなかった。いや、吐けねえのさ。末端の雇われ者だ。直接の繋がりなんざ、残しちゃいねえ。——ボルツ本人は、涼しい顔で知らぬ存ぜぬ、だとよ」


「……だろうね」


 ワタシはため息をついた。


 予想はしていた。あの狡猾な男が、自分に累が及ぶようなヘマをするはずがない。ラントを攫ったのも、すべて「末端が勝手にやったこと」。そういう筋書きになっている。


 法では裁けない。証拠がない。——これが、権力と金を持つ者の強さだった。


「悔しいが——今回は、ここまでだな」と、ニコは言った。「ラントが無事だっただけ、良しとするしかねえ」


 ワタシは頷いた。けれど、胸の奥には、重いものが残っていた。



 ボルツ伯爵との攻防は、勝ったわけでも、負けたわけでもなかった。


 ラントは取り戻した。正体も守りきった。——その意味では、ワタシたちのしのぎ勝ち、と言える。


 でも——ボルツ伯爵は無傷だ。そして、これではっきりした。あの男は、ワタシたちを明確な「敵」と見定めた。今後も、手を変え品を変え、狙ってくるだろう。


 それに——もっと気がかりなのは。


(——あの、言葉)


 ワタシは、捕らえられる前に用心棒の頭が漏らした言葉を、思い出していた。


 「お頭からの言いつけ」。——ボルツ伯爵。けれど、ボルツ伯爵の、さらに上。クラリスティアが言っていた、「もっと大きな力」。それが、この一件に関わっていないと——言い切れるだろうか。


 ワタシたちの灯は、気づかぬうちに——もっと深い闇の視界に、入り始めているのかもしれない。



 ——けれど。暗いことばかりでは、なかった。


 この一件を経て、『アステリアの灯』の結束は、いっそう固くなっていた。


 ラントは、すっかり元気を取り戻し——いや、以前よりずっと明るくなった。あれほどの怖い目に遭いながら。「ルキさまたちが助けに来てくれた」という、その事実が。彼の中で、何かを変えたようだった。


「……おれ、決めたんだ」


 ある日、ラントはワタシに、ぽつりと言った。


「おれも、いつか。誰かを助けられる人に、なりたい。ルキさまたちが、おれを助けてくれたみたいに。——だから、もっと頑張る。鍛冶も、商会の仕事も」


 その目には、もう、攫われた時の怯えはなかった。あるのは——自分の足で立とうとする、強い光だった。


(——ああ)


 ワタシは胸が熱くなった。


 救われた者が、また誰かを救おうとする。フィーが、そうだったように。ニコが、メイアが、そうだったように。——その灯の連鎖は、確かに、ラントにも受け継がれていた。


 ボルツ伯爵は、ワタシたちの灯を消そうとした。


 でも——消えるどころか。灯は、また一つ、強く燃え始めていた。



 事件が落ち着いて、最初の週末。その夜、王都のタウンハウスの一室に、仲間たちが集まった。


 ニコがいて、セバスがいて、メイアがいて、フィーがいて、ラントがいて。——そして、わざわざ顔を出してくれた、クラリスティアも。


 ささやかな、けれど温かい集まりだった。ラントの無事を祝う。みんなで、メイアの薬草茶を飲みながら。


「——みんな。今回は、本当にありがとう」


 ワタシは頭を下げた。


「ワタシ一人だったら、絶対にラントを助けられなかった。みんながいてくれたから。——ワタシは、力を隠したまま戦えた」


「水くせえぞ、旦那」ニコが笑う。


「そうですとも」セバスが頷く。


「わたしも……お役に立てて、嬉しいです」フィーが、はにかむ。


 クラリスティアは、相変わらず少しつんとした顔で。けれど、ぽつりと、こう言った。


「……次は、もっと早く報せなさい。——心配、するでしょう」


 その言葉に、ワタシは思わず笑ってしまった。


 氷のバラが——「心配する」と言ってくれた。それが、どれほどすごいことか。


(——ワタシは、恵まれてるな)


 ワタシは、集まったみんなの顔を見回した。


 戦いは、終わっていない。ボルツ伯爵も、その奥に潜む大きな影も。これから、もっと手強くなっていくだろう。


 でも——ワタシには、こんなにも頼もしい仲間がいる。


(——だったら。負ける気が、しないな)


 ワタシは薬草茶を一口飲んで、静かに、次の戦いへの覚悟を固めていた。


 灯は——もう、ワタシ一人のものではない。


 たくさんの手で守られ、受け継がれていく。——そういうものに、なっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ