第36話 灯は、消えない
倉庫の中は薄暗く、黴の臭いがこもっていた。
ワタシが足を踏み入れると、奥から、にやついた声が響いた。
「——よく来たな、坊っちゃん。一人で来るとは、いい度胸だ」
数人の男たち。柄の悪い、用心棒風の連中だ。その中央に——縛られ、猿ぐつわを噛まされたラントがいた。
「ラント!」
「むぐっ……!」
ラントが必死に、こちらを見る。その目には、涙が滲んでいた。怯えと——そして、「来てはいけなかったのに」という、申し訳なさが。
(——よかった。無事だ)
ワタシはほっとすると同時に、男たちを見据えた。
鑑定で、すでに見ている。男は全部で五人。腕は立つが、しょせんはただの荒くれ者。——本気を出せば、一瞬で無力化できる。
でも、それはできない。
「その子を、返してください」
ワタシはあくまで「平凡な子ども」として、声を張った。
「金なら用意します。だから——」
「金?」
頭らしき男が、げらげらと笑った。
「悪いが、こっちは金が目当てじゃねえんだ。——お頭からの言いつけは、こうだ。『その坊主を追い詰めろ。痛めつけて、追い込んで——あいつが隠してる”何か”を吐き出させろ』ってな」
(——やっぱり)
ボルツ伯爵の狙いは、ワタシの「隠した力」だ。ワタシを痛めつけ、窮地に追い込んで、たまらず本気を出した、その瞬間を——どこかで見ている誰かに見せるつもりなのだ。
(——なら。なおさら、力は使えない)
*
男たちが、じりじりと間合いを詰めてくる。
ワタシは必死に、頭を回した。
力を使わずに、この五人を相手に、ラントを助け出す。——どうする。
(——一対五。まともにやったら、ただの子どもに勝ち目はない。でも)
ワタシの目は——鑑定は。男たちの動きの癖も、倉庫の構造も、床に転がる木箱や縄の位置も、すべて見抜いている。
(——頭を使え。力じゃなく)
最初の男が、ワタシに掴みかかった。
ワタシはその動きを読み——ぎりぎりで身をかわした。「ちょっとすばしっこい子ども」の範囲で。男は勢い余って、ワタシの背後にあった木箱に突っ込んだ。
その隙に、ワタシは床の縄を蹴り上げ、別の男の足に絡ませる。男がつんのめる。——ほんのわずかな風の魔法で、「偶然、足を滑らせた」ように見せかけて。
「ちょこまかと——!」
ワタシは逃げ回りながら、少しずつ、ラントの方へ近づいた。
まともに戦わない。ただ、かわし、いなし、逃げ、攪乱する。彼らから見れば——「やけに運のいい、すばしこいガキ」。それ以上には見えないように。
(——あと少し。ラントに手が届けば)
でも——五人を相手に、力を封じたまま。さすがに、限界があった。
一人の男の手が、ワタシの腕を掴んだ。別の男の拳が、迫る。
(——っ、まずい——!)
その瞬間だった。
*
ばあん、と。
倉庫の扉が、勢いよく開け放たれた。
「——そこまでだ!」
飛び込んできたのは——武装した男たち。その先頭に、息を切らしたセバス。そして——凛とした声を響かせた、クラリスティアの姿があった。
「王都の衛兵を連れてきたわ! あなたたち、もう逃げられない!」
(——来て、くれた!)
ニコが、ワタシの言いつけ通り、二人に状況を伝えてくれたのだ。そしてクラリスティアが——侯爵令嬢の権限で、衛兵を動かしてくれた。
不意を突かれた男たちは、浮き足立った。
「な、なんだ!? 話が違うぞ!」
「ひ、退け! 退けっ!」
衛兵たちがなだれ込み、用心棒たちを取り押さえていく。ワタシはその混乱の隙に、ラントの元へ駆け寄った。
「ラント! もう、大丈夫だ!」
縄を解き、猿ぐつわを外す。ラントはワタシにしがみついて——わっと泣き出した。
「るき、さま……っ、ごめ、なさい……おれ、おれの、せいで……」
「君のせいじゃない。——よく耐えたね。もう大丈夫。——助けに来るって、言っただろう?」
ワタシはその小さな背中を、ぎゅっと抱きしめた。
間に合った。——力を使わずに。仲間の力を借りて。ラントを取り戻せた。
*
用心棒たちは、全員、衛兵に捕らえられた。
けれど——ワタシにはわかっていた。こいつらは、しょせん末端だ。ボルツ伯爵までたどり着く証拠は、おそらく残らない。あの男のことだ。とっくに、自分には累が及ばないよう、手を打っているだろう。
それでも——今夜は。ワタシたちの勝ちだ。
「……無事で、何よりでした」
セバスがワタシの無事を確かめ、深く息を吐いた。
「ニコ殿から報せを受け、肝が冷えました。——よくぞ、力を使わずに堪えられましたな」
「うん。——みんなが来てくれるって、信じてたから」
ワタシはクラリスティアを見た。
彼女は衛兵たちに、てきぱきと指示を出していた。その凛とした立ち姿。——彼女がいなければ、衛兵を動かすことなど、できなかった。
「——助かりました。クラリスティアさん」
ワタシが礼を言うと、彼女はちらりとこちらを見て。
「礼はいいわ。——あなたが、無事なら」
そう言って、ふいと目を逸らした。けれど、その横顔は——少しだけ、安堵にゆるんでいた。
*
その帰り道。ラントの手を引きながら、ワタシは夜空を見上げた。
危なかった。本当に、危なかった。一歩間違えば——力を使って正体を晒すか。あるいは、ラントごとひどい目に遭うか。そのどちらかだった。
でも——ワタシは、どちらも選ばずに済んだ。
力を隠したまま。仲間を信じて。——大切な灯を、守りきった。
(——一人じゃ、できなかった)
ワタシは噛みしめた。
ニコがいて、セバスがいて、クラリスティアさんがいて。——だから、ワタシは力を封じたまま、戦えた。
ボルツ伯爵。——あなたは、ワタシの灯を消そうとした。
でも。
(——灯は、消えない)
ワタシは、繋いだラントの手に、ぎゅっと力を込めた。
一つの灯を消そうとすれば、その周りの灯が寄り添って、守る。——それが、ワタシたちの『アステリアの灯』なのだから。




