第33話 探る者、欺く者
対抗戦から、数日。
その報せを持ってきたのは、ニコだった。商会の奥の一室。彼の顔は、いつになく引き締まっていた。
「ルキの旦那。——嗅ぎ回られてる。それも、商会だけじゃねえ。あんた個人を、だ」
「……ワタシを?」
「ああ。学院の出入りの商人や、下働きに銭をつかませて、探ってる奴がいる。『アーデルハイトの三男は、どんな男か』『普段、何をしているか』——そんなことを、しつこく聞き回ってるらしい」
(——柱の陰の、あれか)
ワタシの脳裏に、対抗戦の後の、あの気配が蘇った。クラリスティアと話していたところを見られていた——あの視線。
あれは、気のせいではなかったのだ。
「探ってるのは、誰の手の者だ?」
「十中八九、ボルツ伯爵の息のかかった奴だ」ニコは低く言った。「査察で、しっぽを掴めなかった。だから今度は、商会の頭——つまり、あんた自身を調べ始めた。そういうことだろうな」
*
ワタシは慎重に考えた。
敵は、何を掴もうとしているのか。そして——どこまで、掴んだのか。
「ニコ。——探りを入れてる奴が、何を聞き出せたか。逆に、こっちで探れるか」
「もう、やってる」
ニコがニヤリとした。さすが、抜け目がない。
「で、わかったのは——どうも連中は、こう見てるらしい。『アーデルハイトの三男は、ただの凡人のふりをしているが、本当は何か、特別なものを隠しているのではないか』——とな」
(——っ)
ワタシの背筋が、冷たくなった。
本当の力を、隠している。——その核心に近い部分を、敵は嗅ぎつけ始めている。
「それと、もう一つ」ニコは続けた。「査察官が言ってたっていう、例の話。『妙に見どころのある奴隷ばかり引き当てる、目利き』。——あれと今回の話が、繋がりかけてる。『あの子どもには、人を見抜く特別な目があるんじゃないか』ってな」
(——まずいな)
ワタシは奥歯を噛んだ。
鑑定。——そのものずばりではない。けれど、「人を見抜く、特別な目」。それは、あまりにも近い。点と点が、線で繋がりかけている。
このまま放っておけば、いつか、その線がワタシの本当の力へとたどり着く。——それだけは、避けなければならない。
*
「——攪乱、しよう」
ワタシは決めた。
力でねじ伏せるのではない。これもまた、知恵の戦いだ。
「ニコ。連中が、ワタシを『何か隠してる』と疑っているなら。——その疑いを、逆手に取る」
「ほう。——どうする?」
「ワタシが隠している『何か』を、連中の望む形で用意してやるんだ。——もっと、くだらないものを」
ワタシの案は、こうだった。
探りを入れている者に、わざと、こんな「情報」を掴ませる。——「アーデルハイトの三男は、実は、商会の儲けをこっそり自分の道楽に使っている」「珍しい菓子や装飾品を集めるのに夢中な、ただの贅沢好きのぼんぼんだ」と。
「『何か隠してる』。その勘は、当たってる。だから連中は、必死に探る。——その先に、『なんだ、ただの子どもの道楽か』っていう、しょうもない答えを置いておく」
「……へへっ」
ニコがにやりと笑った。
「なるほどな。『隠し事』の正体を、わざと、しょうもないもんにすり替えるってわけだ。連中は『大層なものを隠してる』と思って探ってる。そこに、肩透かしを食らわせる」
「そう。——人は、自分が納得できる答えを見つけると、それ以上、深くは掘らないものだから」
ニコはすぐに動いた。
偽の「情報」を、連中の探りのルートに、そっと流す。アーデルハイトの三男は、隠れて贅沢をしている放蕩息子だ、と。——もちろんその裏では、ワタシはこれまで通り、徹底して「平凡」を演じ続ける。
*
数週間後。ニコの攪乱は、効果を見せ始めた。
「探りの動きが、鈍ってきたぜ」と、ニコは報告した。「連中、どうも拍子抜けしてるらしい。『大層な秘密があるかと思えば、ただの菓子好きのぼんぼんだった』ってな」
(——ひとまず、しのいだか)
ワタシは、ほっと息を吐いた。
もちろん、完全に欺けたとは思わない。ボルツ伯爵が、これですっかり油断するとは限らない。それに——あの査察官の鋭い目を思い出すと、あの男だけは、簡単にはごまかせない気がした。
でも、今は。少しでも時間を稼げればいい。包囲の輪を、ほんの少しでも緩められれば。
「——ニコ。ありがとう。助かった」
「なに。こういう化かし合いは、おれの得意分野さ」
ニコは肩をすくめて笑った。それから、ふと真顔になって付け加えた。
「けどな、旦那。——今回は、しのいだ。けど、敵があんたに目をつけてる、って事実は変わらねえ。これから、もっと用心しねえとな」
「……ああ。わかってる」
ワタシは頷いた。
灯が大きくなるほど、その光は、影の中の者を引き寄せる。
探る者と、欺く者。この見えない戦いは——きっと、これからも続いていく。
(——負けられない)
ワタシは静かに、こぶしを握った。
守るべき灯が、守るべき仲間が、ここにいるのだから。




