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第26話 目障りな、灯

 アステリア商会は、順調に滑り出した。


 クラリスティアの口利きと、ニコの商才。この二つが噛み合って、商会はわずかな間に、王都の商業区でそれなりの名を知られるようになっていた。


 扱うのは、解放した仲間たちの手仕事の品。メイアの薬。辺境の特産。——どれも質がよく、値も手頃だと評判になった。何より、「行き場のない者を雇い入れる、心ある商会」というその姿勢が、心ある市民たちの共感を呼んだ。


(——いい流れだ)


 商会の帳場で、ニコのはじく算盤の音を聞きながら、ワタシは手応えを感じていた。


 表向きはまっとうな商会。その裏で解放した仲間が働き、活動の資金が回り、王都中の情報が集まってくる。——辺境の、あの鍛冶場から始まった小さな灯が、ここまで大きくなった。


 けれど、大きくなるということは。それだけ目立つということでも、あった。



 その男が商会を訪ねてきたのは、ある日の昼下がりだった。


 仕立てのいい服。脂ぎった笑み。値踏みするような目つき。ひと目で、裕福な商人——いや、その後ろにもっと大きな何かがいる類の男だと、わかった。


「いやはや、たいした繁盛ぶりですなあ」


 男はねっとりとした声で、店内を見回した。


「私は商業ギルドの使いの者でしてね。新興の商会には、こうしてご挨拶に伺っているのですよ。——アステリア商会さん。ずいぶん変わった商いを、なさっているとか」


「……変わった、と言いますと?」


 ワタシは平凡な少年の顔で、首をかしげた。


「行き場のない者を雇っている、と。孤児や、流れ者。あるいは、その……買い手のつかぬような、奴隷あがりの者まで、ねえ」


(——っ)


 ワタシの背筋が、わずかにこわばった。


 奴隷あがり。——その言葉を、男はわざと強調した。こちらの反応を見るように。


「……ええ。働き口のない者に、仕事を与えているだけです。何か、問題でも?」


「いやいや、結構なことです。慈善も、ほどほどなら」


 男は笑みを崩さないまま、声を低くした。


「ですがね。——世の中には、秩序というものがある。身分には、身分の役割がある。下の者をむやみに引き上げれば、その秩序が乱れる。そうお考えになるお方々も、いらっしゃるのですよ」


(——お方々)


 ワタシは内心で、その言葉を反芻した。


 この男の後ろにいるのは、個人ではない。「お方々」。複数の、力を持った誰か。秩序を乱されることを嫌う、誰か。


 クラリスティアが言っていた。「変化を決して許さない、大きな力がある」と。「教会と結びついた、保守派の貴族たち」と。


 ——それの端っこに。ワタシは触れてしまったのかもしれない。



「ご忠告、痛み入ります」


 ワタシはあくまで穏やかに、頭を下げた。ここで波風を立てるのは、得策じゃない。


「ですが、ワタシはただ商売をしているだけでして。困っている人に仕事を与える。——それの何がいけないのか、ワタシのような子どもには、よくわからなくて」


 わざと無邪気を装った。


 すると男は、ふん、と鼻を鳴らした。


「……子どもは、これだから。——いいですか、坊っちゃん。世の中には、知らないほうがいいこともある。出る杭は打たれる。身の丈に合わぬことに首を突っ込めば——痛い目を見ますよ」


 それは、明らかな脅しだった。


 男は最後に、ねっとりと笑って、こう付け加えた。


「特に。——『見えてはいけないもの』が見えてしまう目を持った者は。せいぜい、気をつけることですな」


(——!?)


 ワタシの心臓が跳ねた。


 見えてはいけないものが、見えてしまう目。——まさか、鑑定のことを言っているのか? それとも、ただの比喩か。


 男はそれ以上何も言わず、踵を返し、店を出ていった。


 残されたワタシは、しばらく動けなかった。



「——ルキの旦那」


 奥から出てきたニコの顔も、めずらしく強張っていた。


「今の男。商業ギルドの使い、なんて言ってたが——ありゃ嘘だ。おれの勘だが、もっとヤバい筋の使いだ。商会の評判を嗅ぎつけて、探りに来やがった」


「……やっぱり、そう思う?」


「ああ。——旦那。おれたちの灯は、でかくなった。それはいいことだ。けど、でかくなったぶん、見つかりやすくもなった。——そろそろ、ただの慈善商会じゃ済まなくなってきたな」


 ニコの言葉が、重く響いた。


 ワタシは商会の窓から、王都の空を見上げた。


 辺境で一人ずつ、こっそり救っていた頃。あの頃はまだ、誰の目にも留まらなかった。


 でも——灯が大きくなれば。その光は、闇の中の者たちにも、見えてしまう。


(——いよいよ、か)


 クラリスティアの言う、大きな力。その正体は、まだ見えない。でも確かにそれは——こちらを見始めている。


(——気を、引き締めないと)


 ワタシは静かに、こぶしを握った。


 灯を守るために。そして、これ以上大きくしていくために。


 ワタシは初めて、ただ「救う」だけでは済まない、もっと大きな何かと——向き合おうとしていた。


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